Every Heart ≪U≫
アカデミーの飛行船で地上へと送られる最中、俺は何度かアレクの手に納まった聖櫃に視線を向けた。暗黒の支配者は封印された。あとのことは、俺達だけで悩む必要はない。皆で最良の方法を見つければいいんだ。願わくば、千年後も二千年後も蓋が開くことのないように。
俺達は広間のような場所に案内されていた。シルバーノアで言うなら作戦室ってところだ。大災害からたった三年で、これだけのものを作るアカデミーの技術には驚かされる。あいつらともちゃんと話し合う必要があるな。もう早まったまねはさせられない。
まぁ、今はいいや。どうせ地上へ戻ったら、しばらくはこの件にかかりっきりで、嫌でもあれこれ考えなきゃならねぇんだから。せめて空飛んでる間だけでも、光になった二人や、またも散らせてしまったヒエンに思いを馳せよう。
再び聖櫃に目をやったところに、ルッツが視界の隅に入り込んできた。さっきまで飛行船の中を探索して回ってはしゃいでたのに、今は打って変わって浮かない顔してる。ゆっくりアレクに近づいてく様は、かける言葉を探しあぐねているようだ。
「アレク…。」
あいつにしては歯切れ悪いな。そういやアレクも、飛行船に乗り込んでからずっと大人しい。少し皆から離れて、聖櫃を抱えてじっと座ってる。ハンターとして、ギルドマスターに報告するまでは気を抜けないと思ってるのかもな。
不意に声をかけられてアレクは顔を上げたが、その表情からはいつもの精彩が欠け、どこか虚ろな目をしていた。ルッツが言葉に詰まっていると、アレクは用意していたように笑顔を貼り付けた。
「僕、少し疲れたよ。向こうでしばらく休んでくる。」
淀みなく言いながら、聖櫃をルッツに渡してアレクはこの場を出て行った。なんだか渡したってよりも、ルッツを足止めさせるために押し付けてった感じがする。感情のこもらない物言いも微笑みも、力ない足取りもアレクらしくない。
残されたルッツは、アレクを見送ると泣きそうなほどに顔を歪めた。なんだ?一体どうしたってんだ?
「どうしたの、ルッツ?」
俺と同様にマーシアも二人のやり取りを見てたらしい。そしてルッツの異変に気づいた他のやつらも駆けつける。俺もなんだか気になって、ルッツを取り囲む輪に近寄ってみた。
「アレク…あいつ、ガルドって、もしかしたら、アレク助けてくれた人かもしんない…。」
ルッツが途切れ途切れに、弱々しく呟いた。意味がよく飲み込めない。アレクがどうしたって?
「アレクをって?」
「大災害の時…アレク、ハンターに助けられたって…すごくかっこよかったって…。」
「それが、あいつだったの!?」
「ちゃんとそうなのかはわかんねぇよ。ただ、あいつ言ってたじゃん、子供抱えて逃げたって。」
一つ一つの言葉がつながってく。アレクは大災害でハンターに助けられた、そしてそのハンターがガルドかもしれない?
「そんな…アレク、だからあの時…。」
ガルドと対峙した時、アレクは剣を下ろして呆然としていた。あいつが倒れた後は、無言で足早にあの場を去った。そしてさっき、あの虚ろな表情に漂ってたのは、あれは絶望感?
「アレク、すげぇ憧れてたんだ…唯一残ってる記憶だったのに…それなのに……。」
ルッツが言い終わる前に、俺はアレクの後を追っていた。大切な記憶の中で切実に慕っていた人と争い、失うことがどれほど苦しいかを知ってる俺は、アレクのことを思うといてもたってもいられなかった。
廊下はまっすぐ伸びていて、突き当たりに倉庫らしき扉があった。俺は迷わずそれを開ける。電気は消えていたが、明かりとりから日が射していたので中は見渡せる。奥の方で何かが光った。ドアが音をたてて閉まると、それに反応したようにきらめく。アレクだ。俺が近づくと、アレクは少しだけ身じろいだので、またゴーグルが日に反射した。
「…誰?」
両膝を投げ出した力の抜けた姿勢で、俯いたまま問いかけてくる。泣いてるかと思ったが、その声は意外にもしっかりしていた。
「僕なら平気だよ。ちょっと休みたいだけなんだ。」
微笑んですらいそうな声音だが、相変わらずこっちを見ない。アレクに拒絶されてるのがまざまざと感じられる。だけど、その様子のどこが平気なんだよ。
「…あ、アカデミーの方ですか?」
違うよ。おまえのことが心配で追っかけてきたはいいけど、力の入らない体でそれでも上辺を取り繕おうとしてるおまえを目の当たりにして、返事が出来なかったんだ。
「…俺。」
「え…エルクさん?」
やっと声を出した俺に、アレクがのろのろと顔を上向けた。生気のない目を向けられると、なんだか泣きたくなってくる。
「……大丈夫か?」
「…はい…。」
大丈夫なわけないだろ。そんなわかりきったことを聞いた自分に腹が立つ。もっとちゃんと言うことがあるのに。アレクを見ながらだとうまく話せそうになくて、隣にドカッと座り込む。
「…あ…エルクさん、休むんですか?じゃ、僕は向こうに…。」
腰を下ろした俺にアレクは徐に小首を傾げてみせ、そして立ち上がろうと足を引き寄せた。でもそんな何気ない動作すら、今はひどく緩慢だ。心と体がちぐはぐで、思うように動けないのか?
なぁ、拒否しないでくれよ。俺の側は居心地悪いか?慰めは必要ないか?俺だってそんな言葉に意味がないことくらいわかってる。だけど、どうしてもおまえに謝りたいんだ。
「…悪かった。」
アレクの動きがぴたりと止んだ。それだけで空気が張り詰めたようで、胸が苦しい。
「あいつと、戦わせちまって、すまなかった。」
ちゃんとアレクに伝わるように言ったつもりが、最後は呟きにしかならなかった。アレクは時を止めてしまったかのように動かなかったが、やがて細く息を吐き出した。
「……ルッツが、話しましたか…。」
まただ。またアレクは笑みを浮かべてる。いくらそんな顔してみせたって、俺はおまえが傷ついてないとは思わねぇぞ。そっとしとくのが一番だなんていう優しさも持ち合わせてねぇからな。
「でもエルクさんに謝ってもらうことなんて何もありません。僕が自分で戦うことに決めたんですから。僕こそあの時は皆に迷惑を…。」
「おまえの様子がおかしかったのは気づいてた。何かわけがあるんだろうとも思った。でもおまえのこと考えてやる余裕なかった。」
アレクが淡々と言葉を続けるのにはお構いなしに、俺は自分の気持ちをたたみ掛けるように告げた。あの時、戦意をなくしてたアレクを叱咤して戦わざるを得なくさせちまった。話を聞いてやればよかったんだ。
「…そんな…。」
「せっかく会えたのに、話もさせてやらなかった。」
俺、ジーンやミリルともっとしゃべりたかった。おまえだってそうだろ?ガルドに聞かせたいことあっただろ、知りたいことだってあっただろ。
「…あの人が、僕を助けてくれたかどうかなんて…。」
「そうだな。だからこそ、ちゃんと話して確かめるべきだったんだ。」
お互い認め合えるような証拠なんてないだろうから、はっきりするかどうか定かじゃない。でも可能性がある限り、おまえに手を下させはしなかった。ガルドに向かった時、辛かっただろ?剣を振りかざす度に、まず自分の心が切り裂かれていったろ?
「…話なんて…。」
「うん、話せる状況じゃなかった。だけど俺、おまえに話、させてやればよかった。」
アレクが助けられた子供だってわかれば、もしかしたらガルドだって態度を変えたかもしれない。同じ道を歩めたかもしれないんだ。
俺が何度も話を遮ったからか、アレクはもう言い返してこなかった。ゆっくり首をまわしてアレクの横顔を見る。目を閉じてきつく引き結んだ唇をかすかに震わせ、必死に何かを堪えてるようだ。きっとさっきまで自分に言い聞かせてたんだろうな。仕方なかったんだって、これでよかったんだって。諦めることで笑えてたんだろう。おまえなりに決着つけて、前へ進もうとしてたんだよな。
おまえに俺と同じ思いを味わわせた自分が許せなくて押し付けがましく謝って、おまえのそんな努力まで無駄にしちまった。ごめんな、アレク。
「ごめんな、アレク…。」
「エルクさんが謝る必要っ…。」
悲鳴のような声は最後は嗚咽に変わった。しゃくりあげてしまうのを抑えようと口を覆うアレクの両手の上を、幾筋も涙が伝い落ちていく。おまえ、いつから我慢してたんだ?ガルドに立ち向かった時からか?それからずっと耐えて耐えて、戦い続けてたのか?俺はどうして気づいてやれなかったんだろう。
「ごめん……。」
眉をひどく寄せて、アレクは強くかぶりを振る。そしてとうとう床に突っ伏して泣き出した。それでも口を塞ぐ手は外さず、うめき声さえ殺そうとするアレクが痛々しかった。
こいつには、生きる力をくれる夢が訪れることがあるだろうか。本人の記憶になくても、こいつの成長を見守ってた人達は、力を与えてやってくれるだろうか。
アレクは呼吸も困難なほど泣き崩れてる。多少は楽になるかと思い、背中をさすってやる。苦しげに上下するそれは、泣いてるためか熱を帯びていた。その温かさに、なんだか俺はホッとした。アレクの命の力強さを感じ、こいつはきっと何もかも乗り越えられると信じていいと思った。そしてアレクの支えになりたいと望んでるのが掌から伝わってくれるように、俺は繰り返し繰り返しずっと背を撫で続けた。
end
<言い訳です>
また最後に無理矢理エルアレ。
二人とも感情の流れに矛盾があるような…それも人間らしさってもんさ!と開き直りました。
聖櫃って、空中城におきっぱなしでしたっけ…?ガルドのセリフに続いて曖昧です…。
空中城から降りるだけにしては、ずいぶん時間がかかってます…空中城が、うんと高く上がってたってことで。