僕は単身、MMMの目的を突き止めるために神の塔へ乗り込んだ。
 ハンターとしてすべきことをしただけとは思うけど、この時の僕の行動が、自分でもよくわからない。
 どうして一人で行ったんだろう。
 調べていく内に奴らが神の塔あたりに向かったという情報を得て、あんな場所に行くからには何かを企んでるに違いないと後を追った。そこまで判断出来たのに、どうしてギルドに知らせようとは思わなかったんだろう。時間が惜しかったということはある、神の塔を経由してどこかへ行かれてしまっては、今度こそ見失う。
 でも、それだけじゃない。

 

 

FINAL DISTANCE

 

 

 神の塔でエルクさん達と合流すると、MMMを探るためフォレスタモールへ向かった。
 未来から来たというフィニアさんの話には正直とても驚いた。けど、エルクさんが彼女のことを助けようとしていたし、シュウさんやマーシアまでが力を貸していたんだ。僕も協力するのは当然のことだ。
 本当は、時間を遡る装置について尋ねてみたかったけど、自分のことを話そうとする時のフィニアさんはとても悲しそうだったから聞けなかった。何があったのか詳しくは知らない、でもきっと彼女は一人で戦う覚悟で過去へやって来たと思うんだ。僕に出来るなら手助けをしたい、少しでもフィニアさんが楽になれるように。
 それはエルクさんも同じみたいだった。彼女に対する接し方でわかる。フィニアさんだってエルクさんをとても信頼しているようで、彼と話している時が一番楽しそうだ。僕はそれが嬉しくて二人の会話をにこにこしながら聞いてたら、フィニアさんにどうしたのかと不思議がられた。変な人だと思われたかな?ちょっと気をつけよう。
 そんな中で、エルクさんとよく目が合うことに気がついた。僕がどうしてもエルクさんを目で追ってしまうからそれは当然かもしれないけど、振り向いたときにエルクさんがこっちを見ていることが多いんだ。
 気にかけてくれている、そう思って僕は自然と笑顔になるんだけど、彼はそうじゃない。何か言いたげな顔をして、でも告げずに視線を逸らす。だからって態度は変わらない、僕にも優しいままだから不安に感じることはないけど。よっぽど言いにくいのかな、早く聞けるといいのに。
  フォレスタモールに到着すると、シュウさんとマーシアが情報収集をするので別行動をとることになった。
 自分もそうした方がいいかと思ったけど、シュウさんのように諜報活動に長けてるわけじゃないし、マーシアと違って他の視点で調べるのも出来そうにない。それにエルクさんのことも気になっていたから、僕はここに残った。なんだか、結局エルクさんと一緒にいたくて決めたみたいで少し後ろめたかったけど、二人が去ってフィニアさんが寂しそうだったから、僕まで行かなくてよかったかもしれない。
 それから僕達はギルドで急ぎの仕事を請け負い、それを終えると宿屋へ行った。まだ少し時間は早かったけど、明日に備えて休むことにしたんだ。食事を済ませるとフィニアさんを部屋へ送り、と言っても僕達はその隣に泊まるので、すぐに自分たちの部屋へ入った。

 

 エルクさんと二人きりだ。彼が滞在していたギスレムへ僕が訪れたりしていたけど、あくまでエルクさんは仕事中なわけだから長居はしづらかったし、僕もMMMに関わることになった依頼を受けてしまったからしばらく会えなかったんだ。隣の部屋にはフィニアさんがいることだし、家と同じようにとまではいかなくても久しぶりに寛げそうで嬉しいな。
 荷物を置いて、そんなことを考えながらマントをはずそうとしたところを、エルクさんに抱きしめられた。
 彼もマントを着けたままなのが、僕と二人になれるのを待っていたと言われているようで、顔がにやけてしまう。そんな自分をおかしいと思いつつ、エルクさんがどんな表情でいるのか見たくて身じろぎすると、それを押さえるように強く引き寄せられた。
 その瞬間、僕は真っ赤になった。全身が赤いに違いない。いつもならとても嬉しいし、いつまででもそうしていてほしいけど、今は別だ!
 とにかく離れなくちゃと、もがくが放してくれない。焦ってうまくしゃべれないから目で訴えようと、なんとか首だけ回しても視線は届かず、無駄な努力とばかりに頭をエルクさんの肩に押しつけられてしまった。そしてさらに力を込めて抱きしめられる。
 うわー!だって隣にフィニアさんがいるんだ、壁一枚なんだ、フィニアさんはまだ十五歳なんだ、なにより僕達のことを知らないんだ、明日からぎこちなくなるに決まってる、ってゆうか僕も顔を合わせられなくなる!ダメだ、絶対にダメだから!ダメなんですよエルクさん!
 半ばパニックに陥った僕の必死の抵抗に、エルクさんの力が緩む。よかった、やっと伝わったと安心したのも束の間、今度は両腕を掴まれた!うわー!
 てっきり倒されると思って足を踏ん張ったけど、予想していた衝撃は来なかった。
「おまえ、めちゃくちゃ無理しただろ!?」
 へっ?あ、あれ?なんでエルクさん、怒ってるんだろう?僕が拒んだから?まさか、そんなことで彼が怒鳴るとは思えない。
「なんだって一人で乗り込んでったんだよ!」
 そうだ、エルクさんは僕に何か話そうとしていたんだった。もしかしてずっと僕に腹を立てていたのかな。聞き慣れない叱責する声に少しビクビクしながら、こんなに怒らせてしまった理由を考える。
「せめてギルドに言ってけよ!おまえ行方不明になってたんだぞ!誰かに言付けるくらい出来ただろ!?」
 ギルドに?行方不明?もしかして、一人でMMMを追っていたことを言ってるのかな。
「だいたい俺達が行かなかったらどうなったと思ってんだ!」
 あぁ、やっぱりそうだ。もし僕があそこで死んでいたら、奴らは誰にも知られずによからぬ計画を進められる。ギルドが気づく頃には、手遅れになってたかもしれないんだ。すぐに追いかけないといけなかったからって、やっぱり報告するべきだったんだ。
「すみません……あの時は逃がしちゃいけないと思って…僕一人で、どうにか出来る相手じゃないのに…。」
 エルクさんはこう思ってるのかもしれない、僕が一大事になるかもしれないことを、実力もないくせに自分だけで片付けようとしていたって。分を弁えない、身の程知らずだって。そんなんじゃないことをわかってほしいのに、どう話しても言い訳として聞こえてしまいそう。
 でも確かに僕は、自分がやらなくちゃと思ったんだ。また何か起きる前に、僕が止めなくちゃって。どうしてなんだろう、どうして誰にも言わなかったんだろう、今更後悔しても遅いけど。
「…そういうこと、言ってんじゃねぇよ……。」
 少しの沈黙の後にかけられた言葉からは、怒りが消えていた。でも溜息交じりの声。エルクさんの言いたいことがよくわからない。そんな僕に呆れているのかな、なんだか顔を見れないや。
「なぁ…おまえが行方不明って聞いて、俺がどんな思いでいたかわかってんのか?」
 ゆっくりと語りかけられて、ようやく思いついた。エルクさんは、僕がどうなってたかわからないと言ってるんだ。勝手な行動をとったことじゃなく、命を危険にさらしたことに怒ってるんだ。
「なんで他のやつから、おまえのこと聞かなきゃなんねぇんだよ……。」
 顔を上げた僕に、エルクさんが言う。僕の居場所を知らなかったのは仕方ないことだ、だからそんな情けなさそうに言わないで下さい。
「あのお嬢様が教えてくれたよ、おまえが神の塔に向かったってな。なんで俺が知らねぇのに、他のやつが知ってんだよ…。」
 僕だって、エルクさんのことを一番知ってるのは自分でいたい。それなのに彼のことで誰かに聞かなくちゃならないときがあったら、悔しくてしょうがないだろう。ごめんなさい、あなたがそんなふうに思う必要はないんです、僕が悪いんですから。
 そう伝えたいのに、申しわけなさでいっぱいで言葉にならない。首を振るだけの僕を見つめて、またゆっくりとエルクさんが続ける。
「ましてこれほど危ねぇことに巻き込まれてるとは思わなかったし。せめてギルドに言ってくれりゃ、すぐ駆けつけることだって出来たんだぜ。ギルドだってこんなやっかいなことになってるって知らねぇから、おまえの捜索もしてなかったんだ。俺だって、フィニアに会って、シュウとも合流してなきゃ、もしかしたらあの場に間に合わなかったかもしれない。そしたらおまえ……ホントにどうなってたか、わかってんのかよ……。」
 僕が無事でいられたのは、すごい偶然なんだ。大災害で助けられたことよりも、今生きている方が奇跡に近い。自分のことなのに、聞かなくちゃわからなかった。怒られてもわからなかった。エルクさんのこんな辛そうな顔を目の当たりにするまで、わからなかったんだ。僕はそれを見たくなくて、がんばろうとしていたっていうのに。
 そうだ。僕が一人でMMMを追跡したのは、誰にも言わなかったのは、エルクさんに知らせたくなかったから。
 三年前、初めて会った時、エルクさんは悲しそうだった。彼の仲間が身を挺して守った世界が、崩壊の危機に陥っていたからだ。僕は二度とあんな顔をしてほしくないと思ったんだ。
 またそんなことが起きたら、エルクさんは絶対に心を痛める。だから不穏な動きが表面に現れる前に、僕一人で終わらせたかった。なのにそれが叶わなかったばかりか、今は僕のせいで辛くさせてしまってる。なんて愚かなんだろう、自分の無力さに泣きたいよ。
「……すみません…僕、いつまでも、エルクさんのお荷物ですね…いつも、心配かけて…迷惑かけてばかりで……。」
 本当に、いくら謝っても足りない。せめてこれ以上困らせたくないから、涙を堪えるために俯いて息を詰めた。
 すると腕に添えられていた手に力が入り、いらだったように体を揺さぶられた。驚いて見上げると、エルクさんはあの何かを言おうとしている時と同じ顔をしてた。
「だから俺は責めてんじゃなくて!そういうことじゃねぇんだよ!」
 責められたなんて思わなかったのに、僕の態度でそう感じたんだろう。また怒らせてしまった。でも口調とは裏腹に、エルクさんは優しく僕を覗き込んできた。視線を捉えられ目を逸らせずにいると、彼は憂いを含んだ笑いを見せた。
「無茶すんなって言いたいんじゃねぇ、こんな仕事してると無茶しなきゃなんねぇ時だってあるさ。けど……けどさ、頼むから、俺のこと忘れないでくれよ。」
「……忘れてなんて…。」
 エルクさんを忘れるわけない。僕は子供の頃の記憶がないから、彼のことも覚えていられないんじゃないかという意味なのか?考えすぎだと思いながらも、僕はひどく傷ついた。これだけはちゃんと否定しなくちゃいけないと口を開こうとしたけど、エルクさんに遮られる。彼は一層笑みを深めた。
「なぁアレク、いつでも俺のこと思い出してくれ。いつも、離れてても、おまえの無事を願ってる俺がいるってこと…頼むから……。」
 エルクさんは、きれいに、寂しげに笑った。僕は彼を見つめたまま、身動き一つ出来なかった。
 頭の中で何度も今の言葉が繰り返される。そしていつしか、自分の声がそれと重なり合う。ずっと持ち続けてた『僕にはいない、僕を思ってくれる人は誰もいない』という、諦めの声が。
 僕の心に新しい思いが生まれた。それは『出来た。僕にも、無事を願ってくれる人が出来たんだ』と響く。
「…………っ…。」
 涙が溢れた。どうしたって止められるはずがない、だってもう何年も我慢してたんだから。ずっとずっと求めてたものを、手にすることが出来たんだから。
「アレクっ?」
 急に泣き出した僕にびっくりしたのか、エルクさんは慌てて手を放した。そして頬を伝う涙を拭ってくれる。何度も何度も、僕をあやすように優しく触れる。でも今の僕には逆効果で、より激しく子供みたいに泣いてしまう。隣にいるフィニアさんのことが頭を過ぎったけど、嗚咽はひどくなるばかりだ。
 エルクさんが呼びかけてくるのにも答えず、彼にすがって泣いた。柔らかく背中に回された腕に包まれて、ずっと押し込めていた寂しさが消えてゆくのを感じていた。
            

 サシャ村の皆は僕にとても親切にしてくれた。でもそれは僕が可哀想な子だからだ。僕だから、というわけじゃない。せっかくの好意を素直に受け止めきれず、僕は寂しさを抱えて過ごしてたんだ。
 旅に出てからも同じだった。ルッツにはクレッタさんがいて、テオには所長さん、シェリルにはダリオさん、マーシアにはティクバ、ヴェルハルトには亡くなってしまったけどリシャルトさんがいた。でも僕にはいないんだ。
 皆はもちろん僕を大切な仲間だと思ってくれてるだろうけど、でもそれは一緒にいる間だけだ。離れたら僕のことはきっと思い出さない、だって皆には僕より大切な人がいるんだから。記憶を失う前はたぶん僕にもいたんだろうけど、もういない、取り戻せない。
 だから誰かがしなければならないという場面では、どんなことでも危険を顧みず引き受けていた。もし失敗しても、僕なら誰も悲しまない。
 そう思い込んでいたんだ。
   

 僕はバカだ。望みは果たされていたのに、気づきもしないで命を落とすところだった。ふと、いつからそこまで思ってくれていたんだろうと疑問が浮かんだけど、考えるだけ無駄だった。だってエルクさんはいつだってこうして抱きしめてくれていたんだから。
 少し顔を上げるとエルクさんのマントが、肩口がずいぶん濡れて色が変わってしまったのが見えた。洗濯しなくちゃいけないな。そのまま視線を巡らすと、彼の困惑してる顔に行き当たる。そんな表情の中にも僕への思いやりが見て取れるから嬉しいけど、僕はエルクさんに笑っていてほしいんだ。まだ涙は止まらないけど、泣き声はもうおさまった。この気持ちを言葉にしよう。そうすれば、きっと僕の大好きな笑顔を見られるだろう。
 まずは、何もわかっていなくてごめんなさいと謝らなくちゃ、なんて考えつつ、隣の部屋の女の子に明日なんて言われるだろうと思いながら、もう一度大切な人に身を寄せた。

 

 

end

 

 

 

<言い訳です。>

無条件で自分のことを考えてくれる人を、家族以外に作るのって難しいと思ったんです。
だからアレクは自分にそんな存在は現れないって、無意識に諦めてしまってたんじゃないかと。
アレクの天然さを出そうとしたら、ネガティブな子になってしまいました。
途中でアレクがパニック起こしてるところは、浮いてる気がしないでもないですが、入れたかったのです。

 

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