眠れぬ夜は君のせい
ロマリアのことは何も記憶してない。どんな風に暮らしてたのかも。
火の中から助けられて乗せられた荷車は、やがて小さな港町に流れ着いた。別の大陸へ向かう人で船着場はごった返してて、おまけに僕は海や船をボケッと眺めてたから、まんまと共に移動してきた人達とはぐれてしまった。きょろきょろとあたりを見回すと、船に乗り込もうとしてる人々の中に見知った人影があったんで、ホッとしてその列に加わり乗船した。人違いに気づいたのは、出航した後だった。
船内をくまなく探したけど、知ってる人は誰もいない。途方にくれ、空腹で気分まで悪くなってきたから隅っこに蹲った。命の恩人がくれた剣を抱え込んで顔を押し付けると、冷たい鞘が気持ちよくて少し楽になった。多少落ち着いたことでこれからどうすべきかが無意識に考え出されたが、そんなのわかるはずもなく涙がとめどなく溢れた。
僕は長い間微動だにせずにいた。周りのざわめきは耳に入ってたけど、すべて僕には無関係なものだから気にならなかった。でもそのうちにあたりはだんだんと静まり、同じ声だけが聞こえてくるようになった。それでも僕に関係あるわけないんでぴくりとも反応しないでいたら、肩を軽く揺すられた。うっすら目を開けると、見たことない女の人が僕を覗き込んでた。孤独と泣き疲れたのとで心が空っぽになってた僕には、問いかけられる言葉がよくわからなかった。
すると今度は男の人が来て、そのお姉さんと言い争い出した。やっぱり僕には関わりないと思い、また目蓋を下ろしたところを無理に立たせられた。男の人に腕をつかまれてフラついてる僕を、お姉さんは何事か怒鳴りながら引っぱって自分の方へ寄せると、しっかりと支えてくれて船の出口へ歩き始めた。
いつの間にやら目的地に到着していたらしく、乗客は残らず降りていた。最後に僕らが上陸すると、さっきの男の人が足場にしてた板を船へ引き上げた。船員さんなんだ、すぐに船は出発していったから、僕が邪魔だったんだろう。
船を見送ると、人の波はいくつかの塊に分かれてそれぞれ動き出した。お姉さんは自分を待っている集まりに僕を連れていった。僕はまだフラフラしててやっと立ってる状態で、ここがどこなのかとか疑問を持つ余裕もなく、ただ強く剣を抱きしめていた。お姉さんが誰かと色々話してるのも耳を素通りしていたが、何人かが僕の頭や頬を撫でてくれたんで、体の緊張が少し和らいだ。
それから一行は北を目指して進み、僕も相変わらずお姉さんに支えられてついていった。僕に付き添ってくれてたお姉さんはクレッタさんで、優しい手を差し伸べてくれたのは、住んでた場所を焼け出され新しい土地を求めて渡航したサシャ村の皆だった。
拓けた高台を新天地と定め、村作りが始まった。行き場のない僕も働かせてもらい、食べ物を分けてもらった。家が完成していくにつれて次第に心配になった。僕に手伝えることがなくなったら、ここにいられなくなってしまう。その日がきたら、畑仕事でも雑用ででも使ってもらえるようにお願いしてみようと考えていた。
やがてその日がやってきて僕がどう切り出そうか迷っていると、ゴゼ老の家に呼ばれ、そこに住むように言われた。村に置いてもらえるだけでも充分なのに、家に入れてくれるなんて思ってもなかった。一生懸命働くと約束した僕に、村の人達は微笑んでいた。
夜になって、ゴゼ老の孫のお兄さんに寝床と言って案内されたのは、そのお兄さんの部屋だった。ベッドが二つ設えてあってただでさえ狭いのに、僕までお世話になるのは悪いと思い、僕は納屋でいいと申し出た。だけどお兄さんが遠慮するなって言ってくれたから、僕は素直に甘えることにした。
ドアの脇に寝っ転がり剣を抱くようにして目を閉じると、すぐさまお兄さんに起こされた。なんでベッドへ行かないのか尋ねられたから、僕が使ってしまったら本来の持ち主が寝場所をなくして困るからと答えると、お兄さんはベッドの一つは僕のものだと教えてくれた。僕は下働きじゃなくて、村人としてサシャ村に迎えられたことを知った。大災害以後、初めてのベッドはとても温かく、心から休まった。
それからは家事や畑を手伝って、その後ルッツ達と日が暮れるまで遊び、お腹一杯に食べてぐっすり眠るというのが日課になった。
そんな生活も、ゴゼ老のとこのお兄さんに結婚が決まって少し変わった。お嫁さんが引越してくるんで、僕はお兄さんの部屋を出た。
今度は誰かの家にやっかいになるんじゃなくて、ちょうど利用してない小屋がルッツの家の隣にあったから、それを住めるように作り変えて一人で暮らすことになったんだ。仲のいいルッツと、僕が一番懐いてるクレッタさんが近くにいるし、それに僕はしっかりしてるから大丈夫だろうと皆は言った。
そう、休む場所が違うだけだ。お手伝いをして遊んで食事して、寝るのは自分の家。ただそれだけの変化なのに、夜になると無性に心細かった。満腹でベッドも気持ちいいのに、不安が湧き上がってひどくおっかなくなる。
だから早く寝てしまうに限る。目をギュッとつぶっていれば、知らないうちに夢の中にいられた。それだけじゃ眠くならない時は、枕元に剣を置く。危ないからベッドに剣を載っけちゃだめだって言われてるから内緒だけど、そっと手を伸ばすと、恐いのなんか消え去ってゆくように感じた。
時々ルッツ達が泊まりに来た。皆で騒いでとても楽しい。時間が経つとそれぞれ眠りに落ちていくが、僕はいつでも遅くまで起きてた。だから次の日はたいがい寝過ごしてしまってた。
僕は周りに誰かいると寝付けない体質かもしれないから、夜は静かに眠らせてあげないとダメだって村の人が言うので、皆は泊りがけで遊んでくことはなくなった。
僕が普段すぐ寝入るのは一人がイヤだからで、誰かが一緒にいてくれるなら、無理に目を閉じる必要もない。例え起きてるのが自分だけでも、家にたった一人でいるわけじゃない。それが嬉しくて、眠るのはもったいないと思ってた、だから横になってもちっとも眠気がささないんだって。でも、それはただの思い込みで、体質のためだったんだ。
寝坊はよくないから、僕はまた一人きりで早寝早起きに戻った。
村が襲われ、リーグルさんに助けてもらったことがきっかけで、僕はルッツと旅に出た。たくさんの人と知り合い、仲間と共にいろんな経験をした。やがてアカデミーと関わり、エルクさんに出会った。
僕らが闇黒の支配者の封印について調べ、エルクさんは空中城へ向かうため飛行船の修理をすることになった。
聖櫃の情報が次々ともたらされ、忙しく世界を巡る。その合間にギルド仕事も受けていたんでくたくただった。毎晩、倒れるようにベッドにもぐり込む。そして目蓋があと少しでくっつくという頃に、決まってエルクさんが思い浮かぶ。
僕が自分の名前すら手放してしまった程の恐怖を味わったあの場所に、彼はたった一人でいる。たくさんの命が失われた、明かりも音も一切ないあの遠い地で、あの人も眠りに誘われるんだろうか。
聖櫃についての知らせが途切れて、滞在してた町のギルドも珍しく依頼が全て片付いてたので、僕達はラグナークへ行くことにした。報告を兼ねて、エルクさんの手助けをするためだ。
干上がった湖底で、形になってきたヒエンの脇にエルクさんはいた。近況を伝え、役に立てることがないか尋ねると、エルクさんは苦笑混じりに言った。お前らはお前らのすべきことをやりとげてくれ、と。
名残惜しむルッツ達を急かして、僕はパルテへ向かってホバーを走らせた。エルクさんの言葉通り、僕の役目は聖櫃を作ることだ。手がかりがないなら、僕もそれについて調べて回るべきだったんだ。自分の役割をちゃんと心得ていなかったのが恥ずかしかった。
ギルド本部には新しい情報が到着していた。僕はすぐにも出発したかったけど、移動続きで皆は疲れてたし、行動を起こすには時間も遅いんで、パルトスに宿をとることになった。
ベッドに入ってから寝付けなくて、何度も寝返りをうった。エルクさんのことが頭から離れない。僕は何をしにラグナークへ行ったんだろう。ヒエンの部品などの物資の供給をギルドが請け負ってるんだから、エルクさんにも状況は知らされてるに決まってる。飛行船の知識もない僕らが手を貸したところで、彼の負担が減るわけないのに。
結局ただエルクさんに会いに行っただけだった。僕の中に、あの人を思いやる気持ちがあるのは自覚してた。エルクさんが大災害を経験したのは空中城だと言ってた。そんなものに見下ろされて過ごすなんて、どんなに辛いだろう。僕達の訪問が彼の慰めになればという思いがあった。それがどうだ、エルクさんは僕達を待ってなんていなかったし、反対にやんわりと諭されてしまった。思い上がりも甚だしい。
僕は何を期待してたんだ。彼が僕に会いたがってる、僕を見て笑ってくれるとでも思ってたのか。エルクさんの反応にこんなにショックを受けて、会いたがってたのは、彼の笑顔を見たがってたのは自分じゃないか。
大災害時のロマリアの有様を見た彼なら、僕がどんなに恐かったかきっとわかってくれると思った。慰めてほしかったのは、僕の方だった。世界が崩壊するかもしれないのに、こんな子供っぽい感情で行動してたなんて、まるで自分勝手で情けなかった。
僕がすべきなのは、大災害を絶対に繰り返さないために、聖櫃を作ること。全力を尽くして成しとげるんだ。あんな悲惨な出来事は二度と起こさせない。
目的をちゃんと見直したら、気持ちが軽くなった。本来の自分に戻れたように思えた。エルクさんには呆れられちゃっただろうけど、これから出来ることを精一杯すれば、次に会う時は彼とちゃんと向きあえる気がした。
そのために今はしっかりと身体を休ませる必要があった。もともと眠るのは得意だから、心のつかえがとれればすぐに睡魔がやってくる。最後にまたエルクさんを思い出した。今日会った時の苦笑いの顔だった。いつか、僕にも心から笑いかけてくれるだろうか。
材料が揃い、大急ぎでギルド本部に駆け込んだ僕達の前にゴーゲンさんが現れた。そしてエテル島の精霊の滝へ行くように教えてくれた。ゴーゲンさんがわざわざ出向いてくれたのが、残された時間は少ないことを改めて感じさせた。
精霊の滝に来たのはハンター試験の時以来だった。ルッツと二人きりで苦労しながら進んだ道も、今では難なく奥へと行けた。頼りになる仲間が増えたのはもちろんのこと、あの頃と比べ自分自身も成長していたからだ。それが、この先に何が待っていてもきっとやり抜けると、少しの自信を添えてくれた。
精霊に呼びかけるため、巨大な水晶の下に集めたものを並べた。どうやったらいいのかなんてわからなかった。ただその四つの材料から、ルッツ達や協力してくれた皆さんの強い思いが溢れてくるようで、僕はそれを伝えたい一心で精霊の夢に語りかけた。
願いは通じ、自らを精霊と人間とのきずなだという声が応えてくれた。水晶の中にいる精霊には、肉体から離れた魂でなければ会えず、目的を果たしたとしても元の体に戻れる保証はない、と。
直感が、僕の番だと告げた。ヴェルハルトが不滅の鋼、テオが久遠の大樹、マーシアが不変の氷、ルッツとシェリルが永遠の炎。誰か一人でも欠けてたら、全てを手に入れることは出来なかった。僕達が仲間として集ったのはとても意味があるように思えた。僕がこの場所にいることも、そして僕が大災害の引き金となったロマリアの者だということも。
僕の記憶にない故郷だけど、それでもロマリアという国が、過ちを悔いて僕をここまで導いたのかもしれない。僕の役目は、聖櫃を作ること。
僕は迷わず魔法を放って皆を足止めさせた。危険な目に合うのは僕だけでよかった。僕は必ず聖櫃を作る。もし魂が体に入れなくなっても、必ず皆に聖櫃を届けに戻ってくる。それが僕のすべきことだ。
引き止める皆に必ず戻ると約束し、僕は水晶の中央に向かって進み、精霊の夢の中へ溶け込んだ。
end
<言い訳です>
書けば書くほど収拾がつかない話になりました。床で眠るアレクが書きたかったんです。
材料探しの最中、エルクにいつ会いに行ってもつれなく追い返されてしまうのは寂しかったです。
エテル島は、大災害時の地殻変動で出現した島だという設定で考えました。
アレクがどの国にいたのかサシャ村では誰も知らなかったので、彼は迷子ということにしてみました。