月のしずく

 

 

 

 空に浮かぶ空中城を見上げるのは、これで何度目になるだろう。
 一度目は火に包まれた町の中から、二度目に見た時には失われてた記憶がよみがえり、大災害を繰り返すまいと決意して乗り込んだのが三度目。そして今。目にするのはこれがきっと最後。明日アカデミーがもう一度空中城を沈める。
 アカデミー本部から離れて、干上がった湖底を歩く。見渡しても、おぼろげに覚えてる町並みは跡形もない。僕の記憶に当てはまるのは浮遊する空中城だけだ。膝を折り、地面にそっと触れてみる。建物やあの高い塀がこの土の一部と化してるんだろうか。
 明日にはここも湖の底に戻ると思うと立ちがたくて、しばらくしゃがんだままでいたら、何か音が聞こえた。顔を上げてそちらを見ると、トラックが走ってくるところだった。アカデミーの車だったらもしかして作業の邪魔になるかもしれない。声をかけた方がいいか考えながら、とりあえず立ち上がる。するとトラックの運転席から誰かが身を乗り出した。
「アレク!」
 クラクションに混じって名前を呼ばれる。トラックは僕の目の前に止まり、会えるといいなと思ってた人が滑り降りた。
「エルクさん…。」
「何してんだこんなとこで?」
「あ…最後に、見ておこうと思って…。」
「そっか…。」
 思いがけない再会に驚きうまく言葉が出なかったけど、事情を知ってる彼はそれだけでわかってくれた。
「エルクさんは、何を?」
「ヒエンのパーツ集めてんだ。」
「ヒエンの?」
「あぁ。でかいのはだいたい運んだけど、使えそうなのがあればと思ってな。」
 一緒に戦った時には見られなかった笑顔に、もっともっと近づきたくなる。
「あの、僕も手伝っていいですか?」
「いいのか?」
「はい、手伝わせて下さい。」
「実はそれ狙って声かけた。頼むわ。」
「はい。」
 断られなかったことにホッとして、トラックに戻るエルクさんに続いて僕も乗り込んだ。助手席に座ると、空中城からの帰りに彼の隣で大泣きしたのを思い出してなんだかエルクさんの方を向けなくなり、顔を背けて外の景色に集中した。少し高い位置からの眺めも、やっぱり僕の中に何も呼び起こさない。
「他のやつらはどうしてんだ?」
「あ、ルッツは村にいます。アイテムいっぱい集まったから、頑張って勉強するって。」
 変に意識してたせいでおかしなトーンの返事になった。でもエルクさんは気にせず運転してる。
「へぇ、あいつじっとしてられんのか?」
「さぁ…他の皆もそれぞれ自分の町へ戻りました。」
「じゃ、今一人でいんのおまえ?」
「はい…。」
「ずっと大人数だったから寂しいだろ。」
「そうですね。僕は仕事で大陸を移動するだろうから、皆を訪ねようと思ってます。」
「あぁ、それ、そのうちいいように使われるぜ。」
「え?」
「次誰々に会ったらこう言っとけとか、覚えてられっかての。」
 きっと何度も何度もそう頼まれてるんだろう。エルクさんがしかめっ面で言ったのがおかしくて、つい笑っちゃった。
「本当、手紙の方が確実かも。」
「だろ?でも手紙書く程のことじゃねぇからとか言いやがんだ。じゃ頼むなって感じだろ!?話したきゃ会えってのな。」
「確かに。僕ならシェリルとルッツの間でケンカに使われそうだな。」
 エルクさんとこんなに会話するのは初めてなのに、彼の親しげな態度のおかげで距離を感じないでしゃべれる。これからもっとエルクさんに仲良くしてもらえたらいいな。
「…おまえは、そういう相手いんの?」
「え?」
「連絡取り合うっつーか…付き合ってるっつーか、好きなやつとか。」
 彼は前を向いたまま、少し言いにくそうにして聞いた。僕もそういう話はあまり慣れてないから、一瞬言葉に詰まる。
「…いえ、いません…。」
「あのアンリエッタとかいうお嬢様は?」
「アンリエッタ?なんでですか?」
「ずいぶん惚れられてるように見えたからさ。」
「違います、そんなんじゃないです。」
「ふーん…。」
 思わずむきになって否定したからか、エルクさんがチラッとこっちを見た。僕は気まずくなってちょっと首を傾げて視線をそらし、そしてゆっくり口を開く。
「…アンリエッタは、同年代の友達がいなかったみたいだから、それで僕達を特別に感じてくれてるんですよ。」
「そういうもんかね。」
 彼は疑わしそうに言う。アンリエッタとも、他の誰とも僕は付き合ってなんかない。この人にそんな誤解してほしくないよ。エルクさんはただ時間つぶしに話してるだけだとしても。
「僕なんかを思ってくれる人、いるわけないですよ。」
「え?」
「あ…。」
 エルクさんにちゃんと伝わらない不満が声になって出てしまった。俯いても、視界の端で彼が怪訝そうにしてるのがわかる。こんなバカな一言で壊した楽しい雰囲気を取り戻したくて、僕は精一杯笑う。
「どうやって育ったのかもよくわからないような僕を、本気で思ってくれる人、いるわけないですよね。」
 すごく自虐的なことを言ってるけど、それでも笑ってればただふざけてるんだと思えるはずだ。きっとエルクさんもどうってことなく流してくれるという僕の予想とは裏腹に、彼の顔から表情が消えた。
「…そうだな。」
 ただの一度も僕を見ずにそう告げた。
「…そうですよね…。」
 震えそうになる口元を無理やり笑顔の形に引っ張って必死にそれだけ言い残すと、下を向かないように体に力を込めた。そうしないと泣くかもしれない。自分の言葉を肯定されて傷つくなんて情けないし、何よりエルクさんにも僕が誰からも好かれないやつだと思われてるのがショックで、とても悲しい。
 息が泣き声になりそうでこわくて呼吸も出来ずにじっとしてると、隣からためいきが聞こえた。それがしゃべり出す前触れだとわかって、僕はさらに唇を強く噛む。何を言われても、絶対に泣くな。
「そんなことで人を判断するようなやつに、おまえの良さはわかんねぇだろな。」
 どこかイライラしてるような口調だけど、想像と違って僕を慰める内容だった。強張った体はすぐには動かなかったけど、緊張が解けたおかげで口が緩んで自然に息を吸うことが出来た。そのまま呆けたみたいに彼を見つめると、エルクさんの横顔がふっと和らいで、横目でだけど僕と視線を合わせてくれた。
「おまえ、記憶全部戻ったんじゃねぇのか?」
「あ…あの、大災害が起きた時、ここにいたってことだけ…あとは、全然…。」
「…覚えてねぇのはキツイな…自分のことよりも、周りにいた人達のことを。」
 走行してるトラックの中で、エルクさんの声はとても静かに響いた。彼のこんな声、前にも聞いたことがある。アカデミーの飛行船で、僕の側にいてくれた時。
「一人でいたはずねぇんだから。絶対、側にいてくれた人がいるはずなんだから。もう会うことは出来ねぇかもしれないけど、その人達を思い出せねぇのは、ツライな…。」
 エルクさんが話し終わると、僕は何も考えずにただ首を縦に振っていた。
 子供の頃、ルッツは時々お父さんお母さんのこと思い出して泣いてた。僕も同じように両親がいないけど、でも僕は泣かなかった。だって悲しくなかったんだ。一人でいるのが心細くて寂しいことはあったけど、覚えてない人を悼むことは出来なかった。
 僕はひどい薄情者だ。こんな子供でごめんなさいと詫びたくても、それも出来ない。思い出せないのがつらかった。
「…はい…。」
 頷くだけじゃなく、何か返事したくてやっと声を出したのに、のどがつまってこれしか言えなかった。再び泣きたい気分になったからそっと目蓋を下したけど、涙は溢れなかった。切なくて仕方ないのに、内側に閉じ込めた涙は温かい。
 ふと、またエルクさんだなと思った。僕は記憶がないけど、それでも数々の経験をしたし思い出も増えた。だけど僕にとっての重要な言葉は、会って間もないこの人から与えられたものが多い。たまたまなのかな、それとも彼が生まれながらにそういう特別な人なのかな。
「この辺探すか。」
 トラックを止めたエルクさんは、僕の髪をぐしゃぐしゃに撫でて、少し笑ってから降りる。僕もドアを開け、のろのろしながら飛び降りた。
 数歩の距離に、軽く伸びをしてるエルクさんがいる。この人の側にいたい。そうするには、どうしたらいいんだろう。
「エルクさん…僕と仕事してくれませんか?」
「へ?別にいいけど。」
 一緒にいてもらうための手段として最初に思いついたのは、ハンターとして組むこと。でも、なんか違う。こんな二つ返事で彼が了解してくれるようなんじゃなくて、依頼とか理由が必要ない特別な何かがいい。
 そうして頭に浮かんだのは、ヴェルハルトとマーシアだった。あの二人は仲間の輪にいてもたいてい隣に立っていて、何かあるとまずお互いで顔を見合わせたりしてた。いつもまぶしげな優しいまなざしを相手に注いでた。あんな風になりたいんだと思うけど、それじゃ、男同士じゃどうしようもないじゃないか。
 急に胸が苦しくなって、眉をギュッと顰めて堪える。
「…僕…エルクさんが女の人だったら、僕と付き合ってもらいたかったです。」
「は?」
「…すみません、変なこと言って…。」
「いや…。」
 僕が望む形でこの人といる方法はないんだ。
「えっと…今のって告白か?」
「え…。」
「なんだよ冗談?」
 彼の顔をまともに見れないでいると、エルクさんが不機嫌な口調に変わったんで慌てて頭と手まで振って打ち消す。
「いえっ冗談なんかじゃ!本当にそう思って…。」
「なら女だったらってなんだよ?男の俺にゃ用はねぇってことか?」
「そんなこと!だけど男の人だから、僕じゃ…。」
 話がかみ合わなくて困ってたら、エルクさんはポンッと手を打った。
「あ、おまえ同性愛て聞いたことねぇかもしかして?ホモとかゲイとか。」
 同性愛と聞いて、自分でも一気に赤くなったのがわかる。僕が告白みたいなことしたから、エルクさん誤解しちゃったよ!
「違いますっ、僕スカートとか化粧とかは興味ないですしっ…。」
 同性愛って、男の人を好きになるからには、やっぱりラベンダーさんのように女の人みたく振舞うものなんだよな。いくら彼がああいう格好するならいいと言ったって、僕はそういうことは出来ないし、反対に彼が女装したからってわだかまりなく付き合えるか自信ない。
「スカート?俺だって興味ねぇよ。」
 エルクさんが不審そうに首を傾げてる。だんだんもうわけがわかんなくなってきちゃったよ。
「でもラベンダーさん…。」
「ラベンダー?」
「パンディラの…ラベンダーさんっていつもドレス着てる人で、男の人で、男の人が好きみたいで…。」
「あぁ、あいつな…おまえさ、もしかして男と付き合うなら女装しなきゃとか思ってる?」
 彼は吹き出すのを我慢してるかのように口を歪ませてるけど、目は完全に笑ってた。
「だって…。」
「別にスカートはきたくならなくても、同性好きになることもあるみてぇだし。」
「…そうなんですか?」
「あぁ、そんなん人それぞれだし、好きになっちまうもんはどうしようもねぇだろ。」
 思ってもみなかったことを聞かされてぽかんとしてると、彼が少し固い動作で視線を外した。
「俺も…ホント言うとおまえ気になってた。」
「え…。」
 ゆっくりとまたこちらを向いたどこか照れくさそうな瞳に、まるで縛られて動けない。
「…だから、付き合おうぜ俺達。」
 なんで…男の人でも付き合えるのはわかったけど、だからってなんでこんな急展開になってるんだ。
「…おい?」
 頭が働かない間に、目の前に来た彼が覗き込んでくる。これまでになかった至近距離に、突然ものすごく恥ずかしくなった。
「きゅ…急に言われてもっ…。」
「はぁ?そっちから切り出しといて何言ってんだ。」
「だって全然考えてなかったから…。」
「おまえ俺が女だったらどうしてほしかったんだ?」
「それは、僕と付き合って…。」
「それは、男の俺じゃ出来ねぇことか?」
 男のエルクさんも何も、僕が寄り添いたいと思うのは、離れずにいてほしいのはこの人なんだ。
「…いいえ…。」
「だろ?」
 ニッと笑う彼は嬉しそうで、僕にこんな顔をしてくれるのがなんだか信じられない。
「で、でも、いいんですかエルクさん?」
「何が。」
「だって付き合うって、一緒に仕事するとかそんなんじゃなくて、なんかそんなんじゃなくて…。」
「…だから、仕事とかじゃなくっても、おまえに関わりてぇんだよ俺は。」
 なんでここまで言ってくれるのか本当にわかんないけど、これ以上話を伸ばしたら彼の気が変わっちゃうかもしれない。
「あ…それじゃあ…よろしくお願いします…あの、末永く…。」
 ぺこりとおじぎをしたら、即座にエルクさんが吹き出した。
「す、末永くっておまえ…。」
 頭を上げた僕の前で、彼は腹を抱えて笑ってた。末永くって、出来るだけ長く側にいたいって時の言葉じゃなかったっけ…僕間違えたかな…。
「あの、僕…。」
「悪ぃ…よろしくな、す…末永くっ…」
 彼は体をくの字に折ったまま、掌だけを僕に向けて振った。どうやら僕は受け入れてもらったようだけど、ツボにはまってしまったらしくしばらくエルクさんの笑いは止まなかった。
 すべてを失ったはずのこの場所に、僕は幸せな記憶を残せた。

 

end

 

<言い訳です>

前に書いたEvery Heartの後の話です。アレクは自覚がないけどエルクのことが好きになってて、
エルクはアレクのことかまいたいくって、なんかこいつかわいいし俺付き合えるなじゃあ付き合うかって感じです。

 

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