love.

 

 よく通る町角に大きな車が止められてた。すぐ隣にはテントが立ってて、その下で飲み物を手にした人達と、白衣を着た人が談笑してる。その車やテントに描かれているマークには見覚えがあった。
「あ、献血やってる!」
 サシャ村を出て旅を始めたばかりの頃にやっぱりこうして献血をやってるのを見かけたけど、その時は年が足りなくて出来なかった。
「僕やったことないんです。エルクさんありますか?」
「いや、俺も…。」
 並んで歩いてたエルクさんに聞いてみた。特に目的なく町をぶらぶらしてる今、僕にとって献血はとても魅力がある。
「せっかくですからやりましょう!」
 お互いしたことないことを一緒にやれるのは嬉しい。でも彼は僕の提案に少し考えこむ素振りを見せた。
「どうしたんですか?注射、苦手ですか?」
「そうじゃなくて…献血、出来っかなぁ…。」
「大丈夫ですよ、献血は16歳からですから。」
 16歳になったらやろうと思ってたのを忘れてた。テントに近寄ると、受付の人が親しみやすい笑顔を見せてくれたんで、僕もそれにつられてにっこり笑った。
「あの、献血したいんです。」
「ありがとうございます。じゃ、これに記入して下さい。献血は初めてですか?」
「はい!」
 椅子に腰掛けて、もらった問診票に名前を書き込もうとした時にふと引っかかった。名前と、それから生年月日の欄。僕の名前はアレクだけで、名字がない。誕生日として祝ってもらってる日はあるけど、生年月日じゃない。普通に生活する中では別に問題ないけど、こういう献血とかでそんな曖昧なのを書いてしまっていいんだろうか。そもそも僕はルッツと仲が良いから年も同じくらいだろうって、あいつと同い年ってことになったんだ。本当に16歳を越えてるのかどうかもわからない。
 受付の人にちゃんと事情を説明した方がいいか悩んでると、エルクさんが後ろから僕の手元を覗き込んだ。
「献血って、条件あったよな、年以外で。」
「ありますよ、これに載ってます。」
 机の上に僕らが見やすいように一枚の紙を置いてくれる。ざっと目を通した問診票にも、熱はないかとか日頃の体調はどうかを記入するところがあった。具合が悪いなら献血は無理だろうしな。
「心臓病など特定の病気の方、服薬中・妊娠中の方…。」
 紙には細かく書かれてるようだけど、エルクさんは特に大きく表示されてる部分を読み上げてた。
「過去一年間に不特定の異性と性的接触を持った方…。」
 そういう場合も、献血は遠慮しなきゃいけないんだ。僕は当てはまりはしないけど、もし該当しちゃったら受付した後で申告するのは気まずそうだ。
「男性の方…一年以内に男性と性的接触を持った…か。」
 僕の顔も体も瞬時に強張った。彼の言葉はくっきり耳に届いたが、それでも聞き間違えじゃないか目だけ動かして確かめる。そこにはエルクさんが声にした通り、しかも目立つように赤い文字でしっかりと書かれてた。
 どうしよう、さっき他人事だと思ったのに自分に降りかかってきた!一年以内って、昨夜したばっかりだよ一日以内だよまだ!僕は生まれも定かじゃないし、献血にまったく適さなかったんだ!
「俺、さっき薬飲んだわ。鎮痛剤。」
「頭痛ですか?うーん、それじゃ今回はやめましょうか、残念ですけど。」
 この場から消えてしまいたい心地でいる僕をよそに、エルクさんはあっさりと逃れた。頭が痛いなんて言ってなかったし、薬だって彼は飲んでない。本当のことを明かさずにうまく断る口実だ。その手があった!
「あ…僕…。」
 僕も薬を飲んでることにしよう。エルクさんと同じだといかにも嘘っぽいかもしれない。頭痛薬以外の、何薬がいいだろう。その薬は大丈夫ですよ問題なく献血出来ますよって言われないような、強めの薬って…。
「年によって献血の量も違うのか。おまえはこれだな、200ml献血。」
「えっ…。」
 僕がこの状況を打開するためあらゆる種類の薬を検証してるところなのに、エルクさんは信じられない発言をした。あまりのことに目をむいて驚く僕に、彼は平然と笑った。軽い冗談のつもりなんだろうけど、時と場所ってもんがある。ただでさえ焦ってるのに強力な横槍を入れられて、頭どころか目の前まで真っ白になった。
「あ、君も顔色悪いね。大丈夫?」
 受付の人が心配してくれた。人の為に血を抜いてる場合じゃないくらい血の気が引いてるのが自分でもわかる。
「あ…僕も…ちょっと…。」
「悪ぃな。今日は二人ともやめとくわ。」
「またお願いしますね。」
 よたよたと立ち上がった僕にエルクさんは手を差し伸べてくれたけど、それを無視して受付を離れる。
「助かったな。」
「…なんであんなこと言うんですか。」
 僕の態度もさして気にする様子のない彼にひどく腹が立った。僕がどんなに冷や汗かいたかわかんないんだろうか。
「あぁ?えーっと…時間稼ぎ、時間稼ぎ。うまい助け舟ないか考えたけど、やっぱ無難なのって薬だろ?でも二人揃って同じってのも不自然かと思ってさ。」
 僕も元気一杯で受付したわりに薬飲んでますってのは、説得力ないんじゃないかと危ぶんださ。だからって、僕だけでも献血しとけって感じのあの言い方はない。
「ま、よかったじゃねぇか。結局断れたんだし。」
「よくありません。」
「怒るなよ。」
「怒ってません。僕は献血したいんです。だからこれから一年間エルクさんとしませんから。」
 エルクさんの方も見ずにびしっと言い渡す。このくらいしないと、きっと伝わらない。怒るなってのが無茶です。
「一年て、おまえなぁ…。」
 彼は呆れたような声を出した。自分で言っといてなんだけど、一年ってずいぶん長い。男女の恋人同士なら、昨日しようが今朝してようが関係ないんだ。好きな人とするってのは僕らだって変わらないのに。
 献血出来なかったからって負い目を感じることない。そうは思うんだけど、ヘタな嘘までついて誤魔化したのがすごく後ろめたい。悪いことしてるみたいだ。
「なぁ、悪かったよ。機嫌なおせって。」
 神妙な顔で謝られて、後ろめたさを抱いたことに、今度はエルクさんに申しわけない気持ちになる。彼との関係を僕自身が否定してしまったような、そんな錯覚にとらわれる。
 エルクさんはこんな風にイヤな気分にならないのかな。はっきりしてる彼だから、出来ないものは仕方ないって割り切ってるのかもしれない。それとも僕の言葉を真に受けて、僕が本当に拒んだらたまらないから折れてるのかも。それだったらちょっと情けないけど、僕だって宣言したもののちっとも本気じゃないからお互い様ってもんだろう。
「…反省しましたか?」
 彼が頭を下げてくれてるし、僕ももう気がおさまった。これ以上拗ねてると、許すタイミングをはずしちゃいそうだ。
「した。」
「…わかればいいんです。」
 大きく頷いたエルクさんに、もったいぶって一言だけ返す。改めて考えると、エルクさんも僕としたいんだってことに思い至って、素直になるのが恥ずかしかった。
「よかったぜー。一年なんて絶対無理だもんな。俺、どんな強硬手段に出ちまうかわかったもんじゃねぇよ。」
 エルクさんはとんでもない内容をさらっと明るく言い放った。そのさわやかな様子に裏表なんて垣間見えず、この人はそんな状況になったら本当に実行するんだろうと僕は本能で悟った。病気と間違われる色をしてた顔に、どんどん血が上り熱くなってく。僕の献血はずっとずっともうずっと後になりそうだ。

 

end

 

<言い訳です>

愛の献血…と思ったんですが、「愛の」とつくのは募金だったような気も…。
アレクがよくわからない考察をしてます…いつもの如く、意味不明な話です…。
去年、初めて献血した時、血抜いてる最中にこんなもの考えてました。
献血が出来ない理由はさまざまみたいです。私の友達は「血が軽すぎ」て献血出来ないらしいです。

 

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