指先で触れて
いつもは甲板で海を眺めたり空を見上げたりしてのんびりと過ごす、僕にとって心休まるひと時。でも今は船室のベッドに目をつむって寝転がり、波のことも出来るだけ頭から締め出す努力をしてる。
それほど長くない船旅だっていうのに、僕は船酔いに倒れた。いつもこのくらいへっちゃらなのに、情けないな…。
「起きてるか?」
エルクさんが水を片手に部屋へ戻ってきた。僕のために薬をもらいに行ってくれてたんだ。外はいい天気で、彼と一緒なのによりによって調子を崩すなんてついてない。
薬を飲む間エルクさんはずっと手を添えてくれ、僕がまた横になると、そのまま僕の手を取ってギュッと握った。照れくさいので手を引っ込めそうになったけど、僕は今弱ってるし甘えてもいいかと思い、彼がするのに任せることにした。するとエルクさんは両手で僕の手を支えるようにして持ち、僕の掌のくぼんだところを右の親指で押し始めた。
「ここ、乗り物酔いに効くんだ。」
強く押されて微妙に痛かったけど、彼の心遣いが嬉しかった。
しばらくの間エルクさんはそれを続けてくれて、僕の頭痛も少し楽になってきた頃、ふと彼は手を止めた。
「傷あるな、ここ。」
「…えぇ、ずっと前からあるんです。」
エルクさんが言ってるのは僕の小指の内側にある薄い傷痕。角度によってはわかりにくいくらいの細い。
「こんなとこ、何してケガしたんだ?」
「何したんでしょうね…。」
冷やかすようにからかいを含んだ言葉、でも手は優しく労わるようにさすってくれてるエルクさんに、僕も苦笑混じりに答える。
「でもそれ…すごく大切なんです。」
「この傷が?」
目を閉じて、小さく頷いた。薬とエルクさんのマッサージが効いてきたのか、少し眠い。
「大災害の時にはもうあったんです…忘れる前の僕が残したものなんです…。」
いつついたのか、どこでついたのか、どうしてついたのか。どんな些細なことでも思い出せれば、それをきっかけに記憶を取り戻せるかもしれない。忘れてしまった僕の残した、大切な手掛かりなんだ。
「そっか…。」
エルクさんがそっと指先で触れてくれて、また一つその傷痕は特別になった。
<言い訳です>
甘っ…!
私の左の小指にそんな傷が実際あります。いつついたのか不明ですが、小学生の時はすでにありました。
掌のツボ押しらしき療法は、小学校の遠足のバスの中で流行ってたものです。私には効きませんでした。