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| ◆ツーソンの一時 「飛行機と散弾」 「♪おお、わが故郷よ、バッファローも歩き回らない場所 コヨーテとハゲタカだけが集うところよ 落胆させられる台詞を、しょっちゅう聞かされる場所 それでも、ここの空には雲が浮かんでいた試しがない わが家よ、砂漠のわが家よ コヨーテとハゲタカだけが集うところよ 落胆させられる台詞を、しょっちゅう聞かされる場所 それでも、ここの空には雲が浮かんでいた試しがない…」 いい加減に作った『峠のわが家』の替え歌を歌いながら、私は一人でペンキを塗っていた。 ジョンジーは仕事だとかで、隣のユマ郡にあるユマ海兵航空基地へ行っている。流石に気が咎めたのか、それとも単に暇だったのか、テラスは一通り直してから出掛けて行った。私は一人で、歌いながら白いペンキを塗りたくっていた。 ペンキを塗りながら適当に作った替え歌ではあったが、一応、この曲の題名は『砂漠のわが家』ということにした。あんまり原曲と差がなくてつまらない替え歌だが、それは多分、こんなつまらない仕事を押しつけられて不機嫌だから、いい歌詞が思いつかないのだ。でなければ、北東部の歌だから、西部人向きではないのだ、ということにした。 昔は、良く歌った。三人集まれば合唱だし、一人でも歌った。鼻歌というレベルではなく、大声で歌ったものである。 歌は、だいたい土地柄を反映してか、カントリー・アンド・ウェスタンやスペイン民謡などが多かったが、私個人としては、ルイ・アームストロングなんかを良く歌った。スウィングなぞ廃れて随分経つにも関わらず、『スウィングしなけりゃ意味がない』を歌ったりした。しょせん子供の声だから、あの重低音は望むべくもなかったが。 そのほか、いかなる外国語の歌でも、何となく、それっぽく歌うことが出来た(これは今でもそうである)。ロシア語もドイツ語もポーランド語もヒンドゥー語もイタリア語もイスラム語も知らないが、「突撃隊の歌」はドイツ語で、「モスクワ郊外の夕べ」はロシア語で、「シュラ・ジェヴェチカ」はポーランド語で、「ブンガワン・ソロ」はヒンドゥー語で、「山の大尉」はイタリア語で、「コーラン」はイスラム語で歌えた(ただし私はカソリックだが)。発音も、けっこうそれっぽい。 これらの歌を、それぞれの歌の発祥地で、地元の人に実際に歌って聞かせても、まずけなされたことはない(もちろん、そんなことをやっていたのは子供の時だけだが)。昔から耳だけは良かったらしい。 ついでに、私は替え歌作りの名人だった。英語の歌なら、取りあえず何でも替え歌にした。ちゃんと韻を踏んだ替え歌なので、評価は高かった。 最も好評を博したのは『おおスザンナ』の替え歌、『おおショットガンナー』だった。この曲は、みんなでハンティングに行った時には、大人から子どもまで揃って大声で歌い、テキサスでもニュー・メキシコでも、地元住民から不興をかったという名曲である。 ぺたぺたとペンキを塗りながら、今度はその『おおショットガンナー』を歌い始める。 「♪俺はアリゾナからニュー・メキシコへ ショットガン担いでやってきた 狙うは大物、テキサス・バッファローだけど 何故かさっぱり見つかりゃしない 何しろ俺は素寒貧だから 弾丸は鳥撃ち散弾だけしかない 取りあえず十発も撃ち込めばなんとかなるだろうけど それじゃいくらなんでも泣けてくる おおショットガンナー、でも結局のところ 十発も撃てば鹿玉一発と同じ代金だよ…」 歌っている私の頭上を、三機の巨大な双発ジェット機が編隊を組んで飛び過ぎて行く。ツーソン市の中心にあるデーヴィス・モンサン空軍基地から飛び立ったとおぼしきA−10ウォートホッグ攻撃機だ。下から見上げると、巨大な十字架が三本、のろのろ空中を進んでいくように見える。 多分、夏休みの間に訓練を受けている空軍予備役隊員が練習飛行でもしているのだろう。デーヴィス・モンサンは重要な基地とは考えられていない。配備されている部隊も第一線とは言えない。多くは予備役飛行隊や初等訓練飛行隊、それにアリゾナ州空軍の部隊だ。 アリゾナ州空軍が他州に対して誇るのは、他の州にはほとんど配備されていない、A−10攻撃機の大規模な部隊を持っていることである。A−10は今時の攻撃機では考えられない、ものすごくデカい機関砲(その砲弾はビール瓶を二本繋ぎ合わせたくらいある)を積んでいて、これを使って敵の戦車を穴だらけにすることが出来るということになっている(最近の戦車に対する効果のほどは疑問だが)。やたらとでかくて、やたらとうるさい。そして、やたらとノロい飛行機だ。 以前、私のL−4グラスホッパー軽飛行機で、A−10攻撃機と編隊を組んで並列飛行したことがある。面白半分にやってみたのである。軍の訓練空域に入ることは違法だが、デーヴィス・モンサンは軍民共用の基地なので、ちょっと無茶をすれば、そういうことも出来た。自分の乗ってる飛行機よりも、五十ヤード向こうを飛んでる飛行機の方がうるさかった。それほどすごいエンジンを積んでいるのにも関わらず、芝刈り機のエンジンを取っ払ってくっつけた軽飛行機と同じ速度でしか飛べないジェット機というのも、まあ、ある意味では貴重かも知れない。 頭上の轟音が遠ざかってから、今度は別の替え歌を作ろうと考える。『ラレードの通り』で作ろうかと思ったが、あれはワイオミング(西部人の心の中では、ワイオミングは西部の範疇に入っていない。西部人は、西部と中部を厳格に区別するのだ)の歌なので止めた。歌詞の中の「知っての通り、ワイオミングはお前の新しい故郷となるだろう…」の「ワイオミング」を「アリゾナ」に入れ替えるだけで良さそうだが、テンポが速すぎて、替え歌を作ったらラップになりかねないと思ったからである。 砂漠の向こうで、小さな陰が揺らめいている。たぶん、このへんを縄張りにしているコヨーテだろう。良くうちの方まで遊びに来ている。 はじめのうちはブッシュ(わが家のラブラドル・レトリヴァー)に追い払われたり、シルヴァ(わが家のアラヴィアン種の馬)が騒いだりしていたが、そのうちに慣れてしまった。一度など、不遜にもテラスのカウチの上で昼寝をしていて、同様に昼寝するつもりで出てきたジョンジーに追い払われたりしたこともあった。それでも、そのコヨーテは、うちへ遊びに来るのを止めようとは思わないらしかった。 今思えば、奇妙な光景である。砂漠の真ん中でカントリー・ソングを歌う十一歳の子どもは、家のテラスのペンキ塗りをしており、その家の横には飛行機が三機も停めてあり、頭上の青空はハゲタカとジェット攻撃機が飛び交い、蜃気楼の果てではコヨーテが遊んでいる───「さあ、この絵の中に『まちがい』は幾つあるでしょう?」というような状況である。今の私なら、「ぜんぶ間違ってる」と答えただろう。 だが、こんな光景は、ツーソンでは別に珍しくもない。ごくありふれた風景である。ツーソンのシティ(中心部)から離れれば、あるのは砂漠と青空だけだ。 私の幼少時の生活が、日本の平均的なそれと比較して異常だったと言われても、日常生活は、こんなものである。多少の差はあれど、日本のそれと、さして変わらないのではないかと思うのだが、どうだろう。 ───やっぱり、変わってるのかなあ(笑)。 だんだんペンキ塗りがばかばかしくなってきた。なにせ自分の責任でもないのに、こんな面倒くさいことを押しつけられて、楽しく仕事が出来る筈もない。 私はペンキ缶(実は空軍基地からくすねてきた軍用品。ただし私がくすねてきたのではなく、ジョンジーがくすねてきた。わが家の壁は、全て空軍のペンキで塗られている)を日陰に置くと、ジュースを買うために家の横にある滑走路へ向かう。 滑走路に自動販売機があるわけではない。滑走路から買いに行くのである、飛行機に乗って。 ピマ郡に限らず、アリゾナ南部の道路事情は、単純なようで複雑である。ハイウェイが幾つかあるだけなので、道に迷うのは間抜けだけである。何とかアベニューと何とかストリートの交差点が云々という話は、この地帯ではまず交わされない。複雑な住所が存在するのはツーソン市の中心部だけである。 逆に言うと、住所だけを頼りに相手の家を訪ねるのは無謀の極みとなる───普通なら「○○郡○○市○○通り○○番地」となるところが「○○郡○○番地」だけとなってしまうため、具体的にどの方向へ行けばいいのか判らないのである。 だが、「現在地が判らなくなる」ことはあっても、「道に迷う」ということは絶対にない。一本道を進めば、そのうち街にたどり着くか、メキシコ国境にぶつかって国境警備隊が捕まえてくれるからである。そこの警官に道を訊ねれば、時間は掛かったとしても、確実に目的地へ到着するだろう。そうでなくても、交差点などほとんどないから、道なりに進めば、そのうちおおまかな目的地には着ける。すべての街は、生命線であるハイウェイのどこかにある。ハイウェイに面していないのはインディアンのリザベージョン(居留地)だけだ。 一方、主要道路が大きなハイウェイである代わりに、細かい道がない。例えば北東の街へ行くには、一度北へ向かってから、改めて東へ行かなければならない。これだとえらく時間が掛かる。最短距離を突き進むことも出来ないではないが、砂漠のど真ん中でガソリンが切れたら一巻の終わりである。もう死ぬしかない。TVドラマ『エアー・ウルフ』の秘密基地を思い出して欲しい。ああいう場所なのである。そのため、保安官は今でも馬に乗っている。馬なら、燃料切れで動かなくなることはないからである。 そんなわけで、カナダで水上機を脚代わりにする者が多いのと同じように、ここアリゾナでも軽飛行機を脚代わりにする者が多い。そこらじゅう空き地だから、小型機ならどこでも離陸・着陸出来る。目的地の近くの適当な場所に着陸してもいいし、ハイウェイから離陸しても特に問題はない(保安官も文句を言わない。インターステート・ハイウェイを除けば、車の通行量などたいしたものではない)。 私は十歳の時から軽飛行機に乗っている。実際には九歳の時からだが、ライセンスを取ったのは十歳になってからだ。使っていたのはL−4、パイパー・グラスホッパーという軽飛行機で、製造は一九四四年という骨董品である。同世代の軽飛行機では、イギリスのブリストル・ライサンダー、ドイツのフィーゼラー・シュトルヒに相当する。第二次大戦中には軽連絡機・軽観測機として使われていたもので、ジャズ奏者のベニー・グッドマンが行方不明になった時に乗っていたのと同じ飛行機である。 つい数年前まで、ほとんど同じ型の飛行機を、パイパー社が「スーパー・カブ」という名称で生産していた。恐らく世界一安くてボロい軽飛行機である。ヤマハのスーパー・カブの飛行機版だと思えばいい(名前も同じだし)。当時、組立キットが一万ドル弱、完成品が二万ドル弱で買えたと思う。 ちょっした車と同じくらいの値段の飛行機で、速度は最高級スポーツ・カー以上だが、耐久力はスクラップの車にも劣る。何しろ、胴体は鉄パイプを組み合わせたフレームの上に帆布張りである。しかも私の愛機は中古のうえ、元が軍用だったせいで、小汚い緑色に塗られていた。 使ってるうちに破れてきた場所を縫い合わせたり、当て布をしたりしたお陰で、外観は出来の悪いパッチ・ワークのような様相を呈している。左側の胴体には、ジョンジーが勝手に『USMC(合衆国海兵隊)』とステンシルで書いてしまったし(本当は違法である)、右側の胴体には『USAAF(合衆国陸軍航空隊:昔の空軍の名前)』とか何とか半世紀前に書かれたものがそのままで、この恥ずかしい飛行機は、ツーソン市の空軍兵士とユマ市の海兵隊員たちの間では「世界大戦の亡霊」と呼ばれて笑い話のタネにされていた。 私のL−4グラスホッパーを格納庫から引き出すには、馬のシルヴァに手伝って貰わねばならない。十一歳の子どもの力など、たかが知れている。引っぱり出して出せないこともないが、シルヴァの首にロープを掛けて、引っぱり出せば簡単に出せる。馬車や荷車などより遥かに軽いのだから、シルヴァには簡単である。 プレハブ建ての格納庫の扉を引き上げてから、私がいつも首に掛けている木の笛を吹くと、どこからかシルヴァがやってくる。シルヴァは放し飼いになっているが、いつでも家の周りのどこかに居て、呼べばすぐに来る。なんだか犬みたいな馬である。しかし、れっきとしたアラヴィアン種の名馬である。年に数度の地元競馬大会では、必ず上位に食い込む脚力を誇る(騎手はもちろん、私である)。 その日はシルヴァよりも先に、ブッシュが来た。ブッシュという名前はジョンジーが付けたもので、これは『武士道』から取ったらしい。でも、『ブシドウ』という発音が難しいので、いつの間にか略してブッシュになった。副大統領のジョージ・ブッシュ(当時)と同じ綴りである。 もうだいぶ年寄りで(私がアリゾナに預けられた頃から家に居たので、私とほとんど同い年である)、昔のように、私を背中に乗せて歩くことなど出来ない(まあ、私はあの頃の数倍の体重になっているんだから当然だが)。それでも、必ず私かジョンジーの近くに居て、少し遠くへ散歩しに行っていたとしても、ちょっと声を掛ければすぐに様子を見に来る、律儀なやつである。 ブッシュはのそのそと歩いてくると、L−4の後部座席に飛び乗り、そこで丸くなった。ブッシュは、私がL−4で出掛ける時にはいつも、後部座席に座ってしまう。昔なら、座席から首を出して、くるくる歩き回ったりしていたが、近頃はすぐに丸くなってしまう。そんなに寝たいなら乗らなけりゃいいのに、と思って降ろしても、つぎの瞬間には、また乗って寝ている。毎朝やっている新聞配達の時には、新聞の束の下敷きになったままで寝ている。なんだか猫みたいである。 シルヴァが来た。鼻面を私の顔にごりごり押しつけるのだが、いつも勢いが良すぎて、ひっくり返されそうになる。これがシルヴァの挨拶である。犬みたいな馬と、猫みたいな犬。妙なものである。 私は、近場に転がっているドラム缶を踏み台にしてシルヴァの鞍によじ乗り、その首にロープを掛ける。ロープはL−4のランディング・ギア(車輪)に掛けてある。ぽんぽん、と軽く頭を叩いてやると、シルヴァは格納庫からL−4を引き出し、続いて滑走路の端まで曳いて行く。わざわざ手綱を取らなくても、どうすればいいのか、シルヴァはちゃんと知っているのだ。本当に賢い馬で、いちいち手綱を取ったり腹を蹴ったりしなくても、ちょっとかけ声を掛けるだけで、乗り手の思ったとおりに歩いてくれる(ただし、そのかけ声が特殊なので、私とジョンジーにしか乗れないため、誰も信じてくれないのだが)。 ロープを解いてシルヴァから降り、背中をポンと叩くと、シルヴァはもう一度挨拶してから、滑走路から離れて、L−4を眺める。この大きな機械が、空を飛ぶものであることは充分判っているのだろう、グラスホッパーと空とを交互に見やっている。 私はもう一度格納庫に戻ると、ペインター・パンツを脱ぎ捨て、フライト・スーツに手早く着替える。これは軍用のもので、胸には『ユウ』とだけ書かれたネーム・タブが縫いつけられている。難燃素材ノーメックスで出来ているが、この素材は色落ちが早く、日焼けに対して極度に弱いため、アリゾナの日差しのせいで白っぽくなってしまっていた。 続いて、サヴァイヴァル・ベストを身につける。これには非常食、水の入ったプラスチック・ボトル、信号弾、信号用ミラー、ナイフなどが入っている。最後にホルスターを締め、太股で縛ってから、信号ピストルを収める。詳しい形式や名称は知らないが、ドイツ製の信号ピストルである。とんでもなく古い代物で、弾薬はもはや製造されていないが、信号弾程度なら自分で作れるため、今でも現役である。 手袋も帽子もしなければ、サングラスやゴーグルもしない。私はこれらのものが嫌いだった。五感が阻害されるような気がするからである。多くのパイロットたちが、サングラスもなしで空を飛ぶ私を奇人扱いしたが、私の眼は、白人のそれと違って強力だった。アリゾナの太陽を直視出来るほど強かったし、インディアン並みの視力を誇っていた。恐らく、東洋人の血のお陰だろう。 帽子やサングラスをしない代わりに小型の無線機だけ持ってL−4に戻り、座席に荷物を放り込む。自動コンタクト用のセル・モーターは付いていないので、エンジンは手動のトルク・レバーを回して掛けなければならない。 そこで初めて、思い出した。小銭は、さっきのペインター・パンツに入れっ放しだったのだ。 アリゾナ上空の航空管制は、デーヴィス・モンサン空軍基地から行われている。 デーヴィス・モンサン管制塔は、空軍と連邦航空局が、ひとつの管制塔に同居しているという奇妙な状況にあり、そこから双方が、民間機と軍用機の管制を別々に行っている。空中交通量が少ないこと、ひとつの管制塔がカバーする領域が広いこと、予算がないことなどが理由である。しかし、予算がなくて、ろくに滑走路の整備も出来ない地方空港と違って、ちゃんと機能している。何しろ金持ちの空軍から予算が半分出ているから、そこそこの機材が維持できるのである。 自宅横の滑走路から飛び立ち、高度を取り始めると、すぐに通信が入ってきた。 『モンサン・コントロールよりピマ管制区東部を飛行中のセスナ機へ、識別コードを申告せよ』 「こちらサウス・ツーソン、L−4、495号、コピー(受信)出来ますか?」 『コピーよし、495号』 「こちら495号、高度二千でサンタ・クルズのノガレスへ飛行中」 ヘッドホンのマイクに向かって、そう申告する。 『よーお、ユウ、芝刈り機のエンジンはどうだ?』 今日の担当はデイヴのようだ。彼はモンサン管制員の中では一番の若手で、うわさ話が大好きな男である。彼が喋って回ったせいで、モンサンの管制員たちは、私のL−4のエンジンが芝刈り機のものに交換されていることを知っている。 「いいね、最高だよ、これ。こんなに出来のいいエンジンを、ロープを振り回す機械(=芝刈り機)のために使ってたなんて、贅沢な話だよ」 本来、航法管制通信で、このような私語は厳禁されている。厳禁されているのだが、規則というものは、しばしば破られるためだけに存在していたりするものである。 『そりゃ結構だ。AAから伝言を預かってる、新しいプロペラとランディング・ギアが仕上がってるそうだ』 「じゃあ、帰りに寄るよ。エンジンの次はプロペラとギアを換えるつもりだったんだ」 『芝刈り機のエンジンに新品のプロペラ、ってのも妙だな』 「こちとら貧乏人でね」 AAというのは、近所の航空会社、アリゾナ・エア・ベンチャーズ社のことである。小さな民間企業で、固定翼機を扱うアリゾナ・エア社と、回転翼機を扱うアリゾナ・ヘリコプターズ社の二つの部門がある。人材は揃っているが、社員はいつも暇そうである。とても儲かっているようには見えないのだが、妙に機材が揃っていて、社員の給料も良く、機体の改造まで行っている。その理由は、そのうち説明する。ヒントをひとつ───アリゾナ・エアの親会社は、パシフィック・コーポレーションだった(これで全てに気付いた人には、かなり問題があると思うのだが)。 『言うまでもないが、気象警報は一切なしだ。どうせお前は聞きゃしないだろうがな。モンサン・エリアの状況で、お前に必要な警告はない。気象情報は別のチャンネルで聞け。ただ、ユマ・コントロールへ行く時には注意しろ、血の気の多い海兵隊員が戦闘飛行訓練をやってるからな、軍の訓練空域の外でも、高度五千フィート以上では気を付けろ、五千がバブルの底(シャボン玉の底:訓練高度の最低レベル)だが、ひょっとしたら、お前の芝刈りエンジンが、サイドワインダーのシーカーに引っかかるかも知れんからな。まあ、芝刈り機のエンジン程度の熱量なら大丈夫だとは思うが』 一気にまくし立てるようにして、デイヴが教えてくれる。サイドワインダーというのは、戦闘機の発射する空対空ミサイルのことである。目標の熱(=赤外線)を探して飛んでいくもので、その「熱いものを探す」システムのことをシーカーという。 「いや、それは危険だと思うよ。ジョンジーはサイドワインダーでヴィエト・コンのトラックを撃破したことがあるくらいだし、僕のエンジンはあんまり整備してないから、熱量も高いだろうしね」 そう答えると、デイヴが勢いこんで返信してくる。 『おい、その話、まだ聞いてないぞ! 空対空ミサイルでトラックを撃破しただと?! ヴィエト・ナムのトラックは空も飛べるのか? ボンド・カーじゃあるまいし。それなら確かに、アメリカは負けちまうよな』 本来、空対空ミサイルというものは、その名の通り、空から、同じように空を飛んでいるものに対して撃つべきものである。中には常識の判らない人間が居て、地面を走ってるものに対して撃ったりする場合もあるらしい。 「ジョンジーに直接聞いてよ、今はユマに行ってるけど」 面倒くさいので、そう答える。 『判ったよ、モンサン・コントロールからは以上。少佐が帰ってきたら教えてくれ、手みやげ持って聞きに行くから』 「了解、後で無線で連絡するよ。495号、通信終了」 航空無線の内容とは思えない通信は終了した。実にのんびりしたものである。地方ならではのものだ。これが隣のカリフォルニアだと、まるで海軍の航空統制官みたいな早口で必要事項を伝えて、ぱっと途切れてしまうのだが。 目的地への誘導をしてくれないのも、地方ならでは。管制塔の役目は、パイロットを安全に目的地へ誘導することにあるのだが、わざわざ誘導してやる必要もないということを、彼らはちゃんと知っている。まあ、「ノガレスの食堂の前に着陸したいから、誘導してくれ」というのも無茶な要請だろう。 私たちにとっては、百マイル四方へ行くことは、「近所へ出掛ける」という程度のことである。管制官が誘導してくれないのは、ジュースを一瓶買いに行こうとしている者に対して、警察官がわざわざ店まで案内してくれることなどないのと同じ理屈である。 「いよぉ、ユウ」 ノガレス郊外のダイナー『ジャクソンズ』の店主、ジョーおじさん、通称ジェイ・ジェイは、いつも機嫌がいい。店の景気と反比例して機嫌が良くなるという、不思議な性格をしている。稼げるというプラスよりも、忙しくなるというマイナスの方が、彼にとっては大きいのだ。さすがはメキシカン、ラテン的である。 「こんにちは、ジェイ・ジェイ」 私は礼儀正しく挨拶する。 「お前んとこの大将はどうしてる?」 彼の言う「大将」とは、言うまでもなくジョンジーのことである。 「僕んとこの大将さんは、大佐に呼ばれてMCAS(海兵航空基地)ユマへ行ってるよ、どうやら偉くない大将らしくてね。───ビーフ・バーガー四つと、オレンジ・ジュース一瓶ね。あとチキン・ブリトー二つ」 「はいよ」 ジャクソンおじさんはレンジに向かい、ビーフ・パテを塗り始める。ブッシュはダイナーの入り口に座っている。食堂に動物を入れるのもなんだし、ジョーおじさんは犬が嫌いだ。ブッシュもそのあたりのことは、ちゃんと知っている。私が何も言わなくても、ちゃんと入り口で待っている。……というか、寝ている。 「しかしなあ、いつ見ても思うんだが、お前さんの飛行機、何とかならんのか?」 フライ返しで窓の外を指しながら、ジェイ・ジェイが不満げに言った。 「あれ、邪魔だった?」 私のL−4は、駐車場の一番奥に突っ込ませて停めてあった。 「ごめん、もっと早く言ってくれれば良かったのに。今度からはハイウェイの路肩に停めるよ」 「違う、違う。あの色だ、色。塗り直せば、もっとマシになるだろうに」 他人に指摘されるまでもなく、私だって、あの外見は何とかしたいと常々思っている。 「ああ、あれね。表面が防水キャンバスだから、うまく塗れないんだよ。普通のペンキだと、乾いた後でバリバリになって剥がれちゃうし、オイルが引いてあるから、塗料が乗らなかったりでさ。それに、あれは別にいいんだ、自転車みたいなものだから」 「じゃあ、バイクや車は何なんだ?」 「バイクはセスナ、車はスカイレイダーさ」 当時、わが家には四機のレシプロ飛行機があった。最もボロいのが私の自家用L−4と、第二次大戦前に製造されたドイツの複葉練習機、ビュッヒャー・ユングマイスター(ブッカー・ヤングマスター)で、これは単発エンジンの小さな双翼軽飛行機である。双方とも基本的に一人乗りだが、無理をすれば二人乗れないこともない。 次に、双発のセスナ機、O−2スカイマスター。これは朝鮮戦争からヴェトナム戦争ぐらいの時期に、米軍でも使われていた軽偵察機(軍では「前線航空統制機」、略称FAC、「ファック」などと呼んでいた)。翼の長い双胴式で、プロペラが前後(鼻と尻)に付いているというもの。大きさの割にはエンジン出力が高く、スピードも出る。しかも、最初から高性能の無線機やレーダーを搭載しており、操縦系統が二つあり、最大四名が乗れるので便利である。その代わりに、私の小遣いでは燃料費を出すのがつらい。 最後に、第二次大戦末期に開発されたが間に合わず、その後の朝鮮戦争、ヴェトナム戦争末期まで運用された、単発の傑作艦上戦闘攻撃機、A−1スカイレイダー。外見は、いわゆる「零戦」にそっくり。海軍の払い下げで、機銃が搭載されていないこと(ただし簡単に取り付けられる)と、射出座席がない(あるにはあるが、壊れている)ことを除けば、軍用のままである。無線もレーダーも火器統制システムもそっくり残ってるし、空母に着艦するためのアレスティング・フックも付いたままになっている。これも、毎日のように乗り回すには、私の収入が劇的に倍増しなければならない。新聞配達とホットドッグ・スタンドで働いているだけの子供には、そんな金額は出せない。 「いい時代だなぁ、戦闘機に乗って買い物に行けるなんてよぉ」 ジョーおじさんは感慨深げに言う。 「俺は、しょっちゅうサンディに援護して貰ったもんだけどなぁ、ほんの二十年ほど前にはな」 彼はヴェトナム帰還兵である。陸軍の第二十五歩兵師団(映画「プラトーン」に出てきた師団)の歩兵で、機関銃手だった。店の壁に並んでいる写真の中には、その当時のものが幾つもある。ちなみに「サンディ」というのは、スカイレイダーの愛称である。他に「スパッド」という呼び方もある。 「ああ、そうだ。ショットガンのタマが切れたんだ、また頼むよ」 彼はフライパンを振り回しながら、カウンターの奥に掛けられている古いショットガンを指さして言う。 「ぜんぶ使っちゃったの?」 一ヶ月前に、私は三十発の「特殊散弾」を、この店に納めたばかりだった。 「三日前に、とんでもないケンカ騒ぎがあってなあ、その時に十発まとめて使っちまったんだ」 「十発?! 死人が出るよ、そりゃあ」 「俺もあやうく死ぬところだったんだが、お前の薦めでガス・マスクを用意しといたお陰で、何とか助かった。ただ、ワイフのマスクまでは用意してなかったんでな、後で殺されかけたよ」 「ジェニーヴァ条約違反の化学兵器になっちゃうかも知れないね、そのうち。───わかった、明日か明後日までには届けるよ。在庫がないから、また作らなきゃならないんだ。ついでに、おばさんの分のガス・マスクと、新しいフィルター・キャニスターもね。たぶんSサイズで大丈夫だと思うよ。多少のズレはストラップで調節出来るし」 「おう、悪いな、ありがとよ」 彼が私に頼んでいる「特殊散弾」は、正式には「非殺傷型暴動鎮圧用特殊広域散弾」という名称が付けられている。なんということはない、弾頭がコショウの固まりなのである。 夕方から深夜ともなると、この店にはメキシコ=アメリカ間を移動する長距離輸送トラックの運転手が集まってきて大騒ぎになる。大半の長距離トラックは、カリフォルニア=メキシコ国境の街、メキシカリーやタチアナを通るのだが、その国境が混雑することを知っているドライバーは、アリゾナ=メキシコ国境のノガレスやサン・ルイ、リオ・コロラドーを抜け道として使うことが多い。アリゾナ方面からカリフォルニアへ抜けるドライバーの大半は、そういったことを熟知しているヴェテラン・フレイター(長距離トラック運転手)ばかりで、ヴェテランになるほど、馬鹿騒ぎが好きになるという正比例の法則が、この種のドライバーにはある。 ヴェテラン・フレイターの馬鹿騒ぎについては文句を言わないジョーおじさんの店は、当然、フレイターたちの間では好評で、ジョーおじさんの店で騒ぐためだけに、わざわざアリゾナ回りの道路を使う者まで出てくる。大騒ぎになれば、当然、喧嘩だって起きる。店主であるジョーおじさんとしては、客が喧嘩をするのは勝手なのだが、店の備品を壊されるのは困る。 というわけで、彼の誇るオンボロのイサカ製十番ゲージ・ショットガンと、私の開発した特殊散弾の出番である。弾頭がコショウであることと、やや弱装(火薬が少ない)である点を除けば、本物のスラグ弾と変わらないから、当たった相手はものすごく痛い(開発者として私は実際にテストして、その痛みを良く知っている)。 しかも、私が最近開発した新型弾頭は二層構造になっていて、弾頭の内部に粉末のコショウも入れてある。弾頭はインパクトと同時に破裂し、コショウの粉をまき散らし、周辺にも大きな被害を与える。これを喧嘩騒ぎの真ん中に撃ち込めば、自分たちが喧嘩していたことさえ忘れてしまうほどの壮絶な威力を発揮する(開発者として私は以下省略)。この弾丸は広く普及しており、ツーソン周辺だけでなく、ユマ市のメロン農家などにも納められ、絶大な評価を受けていた。 「ああ、あと、あの広告を見た奴が、十発欲しいって言ってたんだ、その分も頼む」 ジョーおじさんが、壁に貼られた広告を見ながら言う。 「どのタイプの弾頭で?」 「C型弾頭だそうだ」 「オーケー、まとめて作っとくよ」 その広告とは、手書きのいい加減なもので、私が作った特殊散弾がセロテープで貼り付けられており、太いマジック・ペンで次のような説明書きがされている。 『ユウ博士の開発した非殺傷型暴動鎮圧用特殊散弾! サウス・ツーソン保安官事務所正式採用品! これさえあればコヨーテも強盗もイチコロ! 酒癖の悪いあなたの旦那にぶち込むのもいいかも知れません! 用途に合わせて各種弾頭あり! A型弾頭(スラグ):1ドル20セント B型弾頭(ピーハイヴ):1ドル50セント C型弾頭(ケミカル・エクスプローダー):2ドル10セント 口径:十番ゲージ、十二番ゲージのみ(十番ゲージは上記の価格プラス50セント) 十二番ゲージ以下の口径については応相談、ただし特注となります! まとめ買いすればさらにお得! <詳しくは当代理店までご連絡を!>』 そして、各弾丸の断面図が、へたくそな絵で説明されている(十二番ゲージ以下が特注なのは、わが家にそんな小口径ショットガンはないからである)。 似たような広告(なにしろ手書きだから、どの広告も微妙に文面が違う)が、近所の軍放出品店や銃砲店、中古車屋、保安官事務所などに貼られており、各店舗(及び保安官事務所)は私の「販売代理店」となっている。これで月に百ドルほど稼いでいた。ちなみに「保安官事務所正式採用」というくだりは、単にデーヴィス保安官やその他の保安官代理、保安官事務所特別捜査官たちが面白がって買っていったから、というだけの話である。 この特殊散弾を開発し、商売にしてしまったがために、私の部屋は「デクスターの研究室」みたいな状態になってしまった。マーケットではコショウの固まりをやたらと買い込まなければならないし、それを旋盤でくり抜いたり、賽の目に切ったり、C弾頭の製造時には、粉末コショウをリロード・マシン(弾薬の再装填を行う機械)で詰めてジョンジーに怒られたりと、なんだか滅茶苦茶になっている。 しかも、それだけ苦労している割には、儲けは一発当たり15セント程度にしかならないのだから、つくづく私は商売には向かないようだ。 「ほい、出来たぞ、ユウ」 ジョーおじさんが茶色い紙袋を差し出してくれる。 「ありがとう、ジェイ・ジェイ」 私は小銭で代金を払うと、礼を言って店を出る。 さっきまで寝ていたブッシュは、私が出てくるのを察したのか、ちゃんと「お座り」の姿勢で待っていた。 「ほい、出来たぞ、ブッシュ」 ジョーおじさんの口調を真似て、ブッシュに紙袋を見せると、ブッシュは尻尾を振りながら、私にくっついてL−4へと戻っていく。ごちそうの相伴にあずかれることをブッシュは疑っていないようだ。 駐車場に停めているグラスホッパーへ向かいながら、無意識のうちに、非常用信号ピストルを点検している私であった。 「さて、と……」 ジュースは手に入れた。気が進まないが、ペンキ塗りを続けることにしよう。 |