◆ツーソンの日々・第二回
                  
「ボーイスカウト」


 もしもあなたがボーイ・スカウトの現役隊員なら、この話は、どうか読み飛ばして頂きたい。


「───いいか、我々には二つの選択肢がある」
 私は、ごくゆっくりとした口調で重々しく言い、傍らに降ろした巨大な軍用ザックを指し示した。
「これを維持して迎撃するか、これを放棄して撤退するかだ」
 全員、無言のままである。四人とも全員揃って泥まみれ、揃って暗い表情で、全員が大きなザックを背負っている。
 時間は深夜。月明かりはあるものの、森の中では真っ暗闇も同然である。
「我々は、既に当初の目的は達成している。つまり敵の保有する補給物資の奪取、及び敵の補給線の破壊だ。この物資を前線基地まで安全に持ち帰れば、任務は完全に達成される」
 全員が頷く。
「だが、このまま移動したのでは、数に物を言わせた敵の索敵に引っかかるのは時間の問題だ。迎撃しながらの撤退も出来ないではないが、脱落者が出るのは確実だろう。希望的観測は捨てるべきだ」
「こっちは荷が増えて、足が遅くなってるからな」
 クールが言う。
「その通りだ。荷を捨てれば、あるいはどこかに隠してから移動すれば、身軽になった分だけ移動速度が上がり、何とか逃げ切れるだろうが、それでは最低限の作戦目的しか達成されない」
「OFLを見誤ったんだよ、OFLを。あと三人、せめて二人居れば、一人当たりの重量も減ったのに」
 トッティが悔しそうに言う。OFLとは作戦目標達成水準、つまり、一定の目的を達するのに必要とされる戦力のことである。
「いや、これは不可抗力だ」
 私は答える。
「OFLは妥当な線で考えられていた。予想外だったのは───」
「敵の物資が予想以上に多かった、ってことだな」
 クールが私の後を受けて言う。
「ああ。まさかテント三つ分もあるとはな。せいぜい一つ分だと思ったんだ」
 私はそれを認めた。
「恵まれてるよなー、あいつら」
 トッティが羨ましそうに言う。
「あれは『恵み』とは言わない」
 今まで黙って聞いていたヤーヴァは、リザベーションからあまり出ないインディアンに特有の、ぶつ切りでたどだしい英語で断言した。
「神より機会を授かり、自らの力で得たもの以外は、『恵み』とは言わない」
「そんなもんかね」
「そうだ」
「あー、『恵み』のなんたるかという議論は別にしてだな」
 私はトッティとヤーヴァの間に入る。
「とにかく、これからどうするかだ。スカウトの連中だって無能じゃない。何しろ連中の車までブッ壊してきたんだ、血眼になって探してる筈だぞ」
「燃料タンクに砂糖を入れるのは、やりすぎだったんじゃないか?」
 クールが私に向かって言った。私は驚いて聞き返す。驚いていたので、今まで努力して格好良く話していたのに、すっかり素に戻ってしまった。
「僕は、そんなことしてないぞ。ディストリビューターとスパーク・プラグを取っ払って、近くの薮の中にまとめて放り込んできただけだ」
「じゃ、あれは誰だったんだ? 暗くて良く判らなかったんだ」
「それ、俺がやった」
 トッティが白状する。
「砂糖なんて、どこにあった?」
 私が訊ねる。我々の装備には、砂糖なんてない。
「スカウトからかっぱらった物資の中に。角砂糖がいっぱいあったんで、一台当たり十個ずつ入れてきた。あ、あと発電器と浄水タンクにも」
 私とクールは顔を合わせ、互いの感想を交換し合った。
「それ、やりすぎだよ…」
「スカウトの連中も可哀想に、あいつら、蛍光灯がないと恐くて寝れないぞ、きっと」
 そこで、ふと疑問がよぎり、私はトッティに訊ねた。
「車と発電器は判るけど、なんで浄水タンクにも角砂糖なんだ?」
「え? うーん、なんとなく。甘い水が出てきたら面白そうかなー、と思って」
 良く判らない動機である。
「とにかく、そりゃやりすぎだよ、トッティ」
「ディストリビューター抜いたユウも、あんまり変わんないと思うけど?」
「僕は、近くの薮に放り込んだ、って言ってるだろ? 見つけることが出来れば、ちゃんと直るよ。見つけることが出来なかったら───論外だ、そんなの」
 私は言い訳をしながら、なんか話がズレてきてるなー、と思う。
「とにかく───」
 私は全員に向かって、言う。
「この荷をどうする? 持ってくのか、持ってかないのか?」
「持っていこう」
 クールが即座に応じた。
「この物資がないと、俺たちが飢え死にだ」
「せっかく、苦労して盗んできたんだし」
「『盗んだ』とか言うなよ。これは『敵の後方兵站システムに対する妨害工作』だ」
 トッティに対して、私は注意する。私は一応カソリックだ、罪の意識も多少は感じている。
「目的は、達成しなければならない」
 ヤーヴァは言葉少なに言った。
「決まりだな」
 クールが私に言った。
「ああ」
 私は軍用ザックを担ぎ直した。
「行こう、夜のうちに距離を稼いだ方がいい。夜間行軍なら、こっちの方が有利だ」


 私───「我々」にとって、ボーイ・スカウトは不倶戴天の敵であった。
 そう、『不倶戴天』。互いの存在を断じて許すことの出来ない関係である。
 我々は、何度となく、その壊滅作戦を計画、実行したが、敵の勢力は極めて大きく、駆逐するには至っていない。
 ある作戦から帰投した者は、涙ながらに訴えた。
「くそ、きりがねぇよ、奴らは後から後から出てくるんだ!」
 それでも我々は、敵の殲滅作戦を続けている。
 きっと我々の後輩も、そうしていることだろう。
 我々───つまりJROTCヤング・マリーンズである。

 JROTCとは、「ジュニア・リザーブ・オフィサー・トレーニング・コース」の略である。Jの付かないROTC(予備役士官養成課程)は、大学に併設される軍の訓練コースで、卒業単位の一環として受講する形態を取っている。大学在学中にこのコースを受講すると、幾つかの必修科目が免除され、約九十日間の訓練で、各ROTCコースの軍種(陸軍・海軍など)に準じた「予備役少尉」の資格を得ることが出来る。
 ただし、戦時を除けば、大学卒業と同時に少尉になれる、というわけではない。少尉になれる資格を得られる、というだけである。成績がずば抜けて良いと、そのまま少尉になれる場合もあるが、それはごく希で、しかも軍内部では、上官からも部下からも「九十日少尉」と呼ばれてバカにされる運命にあるという、平時には何とも救いのない制度である(戦時には、下級士官を大量生産できるので便利らしいが)。
 JROTCは、その高校以下の学校に存在するミニチュア版である。内容から行けば、「武装ボーイ・スカウト」と言えなくもない。基本的に、高校三年生以下なら誰でも入隊資格があり、JROTCを「満期除隊」した高卒者が軍に入隊した場合、無条件に一階級から二階級昇進させて貰えるという特典がある。この点だけはボーイ・スカウトと大きく異なる。JROTCは、言ってみれば、『貧乏人の幼年学校』なのである。
 JROTC出身の下士官・兵士は、「筋金入り」として尊敬される。特に海兵隊では、JROTC出身者は有利である。新兵が「地獄を垣間見る」初等適応訓練課程を難なく突破してしまうだけの精神力と実力を、多くのJROTC出身者が既に備えているからである。

 当時、私はJROTCヤング・マリーンズ(ジュニア海兵隊)の分隊付き伍長(ランス・コーポラル)で、狙撃兵だった。
 活動内容は、ボーイ・スカウトとあまり変わらないが、全てがとにかく厳しい。入隊にしても、JROTCマリーンズでは志願選抜制度を取っており、腕立て伏せとか腹筋とか懸垂といった体力試験を突破しないと入隊出来ない。入隊したらしたで、初等訓練をクリアしないと在隊を認められない。在隊していればしていたで、厳しい訓練が待っているし、月に一度のPFX(体力測定)で落第すれば、即刻除隊にされてしまう。
 ボーイ・スカウトの活動との差別化をはかるため、JROTCマリーンズでは、以下のように言い換える。

 ○スカウト      → エンリステッド(下士官・兵士)
 ○リーダー      → オフィサー(士官)
 ○チーム       → スクォッド(分隊)あるいはデタッチメント(分遣隊)
 ○フラッグ      → インサインあるいはカラー(国旗)
 ○オリエンテーリング → エスケープ・アンド・エベージョン(逃亡及び脱出)またはフォース・レコネサンス(強行偵察)
 ○キャンプ      → ヘッドビーチ(橋頭堡)
 ○キャンプファイア  → サバイバル・トレーニング(生存術訓練)

 そんな調子で、その内容も、呼び方に準じて変わっている。その他の用語は、全て実物の海兵隊に準じる(例:扉はハッチ、寝台はバンク、帽子はカヴァー、流しはスカットル・バットなど)。
 勿論、着るものも違う。可愛いカーキ色の作業服にお洒落なベレー帽とかスカーフなどではなく、無粋このうえない迷彩模様の野戦服を着て、作業帽を被る。普段の制服はカーキ色のシャツに同じ色のネクタイ、モス・グリーンのスラックスとギャリソン・キャップ(舟型略帽)、黒い革靴にピストル・ベルトという出で立ちである。
 各学校のJROTC司令官は、退役寸前の老少佐とか、戦傷で前線任務に就けない大尉、四半世紀も前に満期除隊した将官なんかが務める慣例になっているのだが、我が校のJROTCマリーンズ司令官は、バリバリの「頭からっぽ海兵」、アイアン・ガーフィールド退役海兵中佐だった。冗談みたいな名前だが、「アイアン(鋼鉄)」というのは本名で、朝鮮戦争・ヴェトナム戦争を勤め上げ、現在はフィラデルフィアの全米海兵隊協会理事を務める八十歳である。5マイルくらいは平然と完全武装でランニング出来るくらい元気だ。とても八十歳の御大とは思えない体力を誇っている。
 ガーフィールド中佐は、サウス・ツーソン中隊の司令官であったが、残念ながら、部隊は充足数を大幅に割り込んでいた。充足数百五十人に対して、当時は十数人足らずしか隊員が居なかったのである。対してボーイ・スカウトは、下から上まで合わせると三百人以上。彼我戦力比30:1、日露戦争の旅順攻略戦と同じくらいの戦力比がある。普通なら、戦いかたよりも逃げかたを考えたくなる比率だ。
 ボーイ・スカウトは全世界的な団体であり、知名度も高く、予算もある。対して我々は、全米規模組織ではあるけれども、少数派で、知名度も低く、予算はない。
 かくして、持つ者と持たざる者との対立が発生する。「畜生、なんであいつらは恵まれてるのに、俺たちは貧乏なんだ」あるいは「まったく、あの無粋な連中は何とかならないのかね」というわけである。
 こういった流れは歴史が証明している。どんな革命だって、結局のところは「ハラへった、パンよこせ」で始まってるんだし、私の持つ歴史哲学の中には、「腹が減ると戦になる」という言葉があるくらいだ。
 そういうわけで、ボーイ・スカウト連合とJROTCヤング・マリーンズは、全面的敵対関係にあった。


「やつら、索敵線を縮めつつあるぞ」
 クールは双眼鏡を覗きながら、呟くように言った。
 双眼鏡なしでも、向こうの斜面を幾つもの明かりが右往左往するさまを見れば、それは判った。何しろ夜の山の中で、数十の懐中電灯がふわふわ飛び回っているのである。人魂が飛び交っているようで、見ていると楽しい。
 あの一つ一つの光が、怒り狂った敵の一人一人であるという点さえ知らなければ、心から楽しめただろう。
「俺たちが、あの稜線を越えたことぐらいは、判っているようだな。敵も、まるっきりの無能ぞろいじゃないようだ」
 私はクールの言葉に同意した。彼らとて、だてに「スカウト(偵察兵)」を名乗っては居ないようだ。
 クールは双眼鏡の焦点を調整しながら、馬鹿にした口調で呟いた。
「素人どもめ、独立記念日の花火みたいに目立ってやがる。俺たちがあんなことやったら、中佐にブッ飛ばされるぜ」
「ああ、文字どおり、『ケツにブーツがめり込む』よな」
 ボーイ・スカウトの一団が捜索している山の向かい側の稜線からだと、彼らが我々を捜し回っている様子が良く判る。
 不意に、真っ黒い斜面の一部で、まばゆい閃光が発生した。ワン・テンポ遅れて『うをあぁーっ!』という、意味不明な悲鳴が響いてくる。
「トラップに引っかかったぞ!」
 クールが嬉しそうに言った。二人とも腹這いの姿勢のまま、互いの拳を打ち合わせて喜んだ。
「ざまぁ見ろだ! さすがはユウのトラップだな!」
「相手が間抜け過ぎただけさ」
 私は謙遜して答えた。歩きやすそうな獣道があったので、そこに照明弾のトラップを仕掛けたのだ。勿論、我々なら、そんな場所は真っ先に疑って、通ろうとはしないだろう。
「慌てて様子を見に行くような馬鹿が居れば、こっちのもんだ───ほら見ろ!」
 再び閃光。再び悲鳴が聞こえてくる。複数の怒鳴り声が、谷間に反響する。
「相手の脚は、これで鈍る筈だ。行こう。今のうちに距離を稼ぐんだ」
 私は立ち上がり、脇に置いていたザックを背負った。クールがザックを背負うのを手伝うと、ブッシュ・ハットを被り直して、ゆっくりと斜面を下っていった。
「トッティとヤーヴァは大丈夫なのか?」
 薮を巨大なマシェット(鉈の一種)で払いながら、クールが心配そうに聞いてきた。
 二人は、我々とは別のルートを取って先行している。我々は部隊を二つに分けて、別々の方向へ脱出する計画だった。
「トッティはともかく、ヤーヴァが居るから大丈夫だよ。あいつは文字どおりの『スカウト』なんだから。まあ、正確には『パスファインダー』と呼ぶべきかな。夜の山の中を歩くことにかけては、右に出る者なんて居ないさ」
「ああ、噂には聞いてるけど」
「あいつの爺さんは、朝鮮戦争に従軍したヴェテランだ。朝鮮半島の山の中を、インディアン出身者だけで編成された偵察隊の一員として歩き回った凄腕さ。その血筋は、ヤーヴァにも引き継がれている」
「なるほど」
 マシェットをサーベルのように振り回しながら、我々は斜面を下る。
「そろそろ、マシェットを使うのは止めておこう」
 クールが提案する。
「そうだな、敵にヒントを残す必要はないからな」
 二人ともマシェットを腰のスキャバード(鞘)に収めると、手探りで前進を続けた。
「今、何時だ?」
 クールの問いに、私は答える。
「0106時。あと四時間もすれば、夜が明ける」
「まずいな、それまでに距離を取らないと、面倒なことになる」
「ああ、恐らく目標の車道へ出るのは0630時ぐらいの筈だ。もう陽が昇っちまってる。そこから四時間は、全速力で車道を下っていくしかない。遮蔽物はないし、わざわざ車道の横の薮を進んで行かれるほどの体力が残っているとも思えない」
 この時点で、我々は既に、休息なしで二十四時間以上も『作戦行動』を続けていた。
「車道を走って下っていって、敵に鉢合わせそうになったら、脇の薮に逃げ込む、ってところか」
 クールが言う。
「そんなところかな。どこかで一休みしたいけど、そんなに悠長に構えても居られなさそうだしな」
 我々は、黙々と薮の中を進んでいった。


 それから四時間後、そろそろ陽も昇ろうという時刻に、悲劇は起きた。
 その頃には、敵の「部隊」が我々に追いつき始めており、こちらは逃げの一手を決め込んでいた。
 そんな時、朝露に塗れた下生えを踏んで、クールが崖から滑り落ちたのである。
「うおぉ───っ!」
 幸運にも粘土質の斜面だったのだが、粘土質とはいえ、数十メートルも滑り落ちたとなれば、ただでは済まない。何度がバウンドしながら、クールは崖下の車道まで転がり落ちた。
「クール! クラレンス! ああくそ、なんてこった!」
 私は腰から小ぶりのピッケルを引き抜くと、粘土層の斜面に突き立てながら、慎重に、かつ急いで斜面を降りていった。ブーツの爪先は泥で滑り、まるで踏ん張りがきかない。結局、クールと同じように、半分がた滑り落ちるようにして崖下まで降りた。
「畜生! 脚をやっちまった!」
 ザックの緊急投棄ハーネスを外したクールは、自分の足首を押さえて唸っていた。私は彼の装具を取り除き、足首を調べた。
 頑丈なブーツを履いていたにも関わらず、クールは足首を痛めていた。ブーツの紐がちぎれるほどの圧力が掛かったのだ。折れていないのが不思議なくらいだ。
「捻挫か打撲だな。あの高さから落ちたにしちゃあ、幸運なほうだ」
「くそ、くそ、くそっ!」
 私が安心させるために言った台詞も聞かずに、クールは何度も毒づいた。
「安心しろよ、ただ捻っただけさ。何週間か後には元通りに───」
「何を言ってんだ! 敵はそこまで来てるんだぞ!」
 クールに怒鳴りつけられて、私ははっとなった。その通りだ。敵の追跡部隊はすぐそこまで来ているのだ。
 私は慌ててアリゾナ州北部・コッコニーノ郡の地図───つまり、この地方の地図───を取りだした。もっと先だと思っていた山間部の車道が、この場所らしい。
「読みが外れた。俺たちは、思っていたよりずっと早いペースで行軍してたんだな」
 我々は、予定よりも一時間半も早く、所定の追加ポイントに到達したことになる。
「それも、俺のお陰でおじゃんだな」
 クールは歯を食いしばりながら、呻いた。
「なあに、一時間半も余裕があるんだ、何とかなるさ」
 私はつとめて明るく言ったが、それとは正反対に、クールは暗い声で、私に告げた。
「ユウ、俺を置いて行け。お前一人なら、脱出できる」
 その台詞に対して、私は思わず怒鳴った。
「馬鹿言うな、クール! 連中に捕まったりしたら、酷い目に遭わされるぞ! 奴らはジェニーヴァ条約なんかハナから無視するような連中なんだ!」
 私は腰の銃剣を引き抜くと、それを添木代わりにして、クールの足首を固定しようとしながら、続けて言った。
「あいつらは、お前が氏名と生年月日、階級と社会保障番号しか言わないと判ったら、きっとキャンプ・ファイアーの中にぶち込んで、その周りを踊り回りながら『ジャンボリー』か何かを歌い始めるんだ。そんな連中に、むざむざ捕まるわけには───」
「やめろ! そんなのは無駄だ!」
 クールは乱暴に、私がテーピングしようとしていた手を払った。銃剣が乾いた音を立てて転がった。
「クール……」
「いいか、ユウ。俺は死んだも同然だ。お前のその努力は、生きている奴に対して使うべきだ」
「……」
 私は何も言えなかった。
「俺はもう歩けない。それは俺が一番良く判ってる。歩けたところで、一時間に1ヤードも進めるかどうか」
 自嘲気味にクールは言った。確かにクールは、もう歩けない。それは二人とも良く判っていた。
 クールは寂しげに続ける。
「俺はミスったんだよ、ユウ。こいつは俺の責任だ、何もお前が、そのせいで一緒に───」
 クールがそこまで言ったとき、山道を土煙を上げながら猛スピードで駆け登ってくるシボレーのピックアップ・トラックが目に入った。まだ薄暗いので、ヘッドランプをつけたままだ。
「追手か?!」
 私は腰のベルトから発煙手榴弾を引き抜いた。今回の『任務』には、ライフルは持ってこなかったので、武器は発煙弾と閃光弾だけだ。
「行け、ユウ! お前はまだ動ける! お前までむざむざ捕まることは───」
「───ちょっと待て!」
 私はクールを制した。こちらへ向かってくるシェビー・ピックアップは、オリーブ・グリーン一色に塗られていた。どこから見ても、ボーイ・スカウトの連中が好んで乗りそうには見えない。むしろ───
「とっとと乗れ、ガキども!」
 我々の目の前で急停止したシボレーから、車と同じ色の野戦服を着た男が顔を突き出して、親指で荷台を示した。髭面の凶悪そうな顔をしている。軍人と言うよりは、海賊のようだ───いや、ここは山の中だから、山賊か。
「あんたは誰だ!」
 私は怒鳴り返した。
「お前らの直接の上官とは別系統の上官だ! 貴様から官姓名を名乗れ!」
 名乗れ、と言われて、私は反射的に答えた。
「パトリック、ユウ、生徒隊分隊付き伍長、ツーソン海兵中隊!」
「俺はハックリー、ウェイン、海兵大尉、フラグスタッフ海兵中隊指揮官だ! ツーソン中隊のガーフィールド中佐の要請で、部隊の回収に来た!」
「サー!」
 私は慌てて立ち上がると、直立不動の姿勢を取ってから敬礼した。身動きの出来ないクールまで、地面に仰向けになったまま、直立不動の姿勢を取った。
 ガーフィールド大尉はぞんざいな敬礼を返してから、また怒鳴った。
「茶飲み話は後だ! とっとと荷台に飛び乗れ! 乗ったら、フライ・シートを被ったまま微動だにするな! いいな!」
「サー、イェッ・サー!」


 こうして我々は、友軍のお陰で命拾いして、野営地まで戻ってきた。
 フラグスタッフ中隊の隊長であるウェイン大尉と、彼が選抜したフラグスタッフ分遣隊五名によって、まずトッティとヤーヴァのチームが回収された。彼らから情報を得た大尉は、車を飛ばして、この車道まで、我々を回収しに来てくれたのである。野営地に残っていた十数名の隊員たちは、大騒ぎでこれを迎えた。
 我々は感謝の念と共に、我々が奪取してきた『物資』の四分の一を進呈した。彼らは主に缶詰類を受け取ったが、その場で缶詰のラベルを全て剥がして燃やし、証拠隠滅を図った。完璧な偽装工作である。
 我々も我々で、奪った『物資』の包装紙の類は全て始末し、生鮮品は直ちに調理して、胃の中におさめた。物資欠乏によって三日間しか続けられないと考えられていた『演習』は、二週間に延長された。我々は豊富な物資によって、訓練期間を延長することが出来たのである。


 ボーイ・スカウトとJROTCの関係は、このような様々な出来事の積み重ねによって、より深くなっていったのである。