|
|
| ◆ツーソンの日々・第五回 「狩りへ」 その昔、ジョンジーとファーザーと私の三人で、鹿撃ちに出掛けたことがある。 実のところ、私は狩りがあまり好きではない。 インディアンのハンティングと、白人のハンティングでは意味が違う。片方は生存のための必要、あるいは伝統を後世に伝えるための一手段であり、片方はただの娯楽である。 ピマ族のインディアンたちと共にバッファローやアンテロープ狩りに行ったことが何度かある。彼らは昔ながらの弓矢と手斧を使って、あるいは恐ろしく年代物のウィンチェスター・ライフルを使って、必要な分だけを取る。一日で何十頭もしとめる必要はない。それは競技ではないのだ。彼らが生きていくために、あるいは彼らが生きていくために行ってきたことを伝えるために必要だから行うのであって、気紛れや暇つぶしのためではない。 彼らは、しとめた動物の魂を、土と水と空気に還す。その場で獲物は解体され、喉の小骨を除く全てが、隅から隅まで利用される。喉の小骨は、その動物がここに生きていた証として、そして再び、同じ場所に「戻ってくる」ことを祈って、しとめた場所の土の下に埋められる。獲物の肉は人々の体の中で再び生きる。毛皮は衣服に、骨は道具になる。 私はピマ族のチーフ(族長)、ハングリー・ホースの勧めで、八歳の時に「成人の試練」を果たし、「成人の儀式」を受けた。精霊が私にくれた名前は「サイレント・コルトー(静かなる暴れ子馬)」だと言われた。その矛盾する名前の謂れについては、チーフはいまだに説明してくれない。とにかく私は、ピマ族の一員として認められた。その過程で、インディアンの文化に触れ、自然に対する考え方は大きく変わった。 しかし、インディアンのハンティングについて知るずっと前から、それこそ物事をある程度判断出来るようになった三歳とか四歳くらいの頃から、銃で撃つにしろ弓矢で射るにしろ、私は、動物を殺すことに、何の楽しみも見いださなかった。他の子供たちがやるような、虫を捕まえて羽根をむしるようなことさえ嫌いだった。今でも、私が自ら進んでハンティングをするのは、基本的に野外で食料が尽きた時だけである(普通は、そんなことはないのだが)。 銃を撃ちたいなら、紙の的に向かって撃てばいいのだ。弓矢を射たいだけなら、西瓜でも射ればいいのだ。必要な狩猟は理解できるが、ただ単に動物を殺すという行為には、楽しむとか何とかいう以前に、我慢出来なかった。 しかし、私は銃も弓矢も得意だった。同世代の子供たちの中では最高の腕だったし、大人たちの中でさえ、かなりの腕として評価されていた。同世代の子供たちが、子供用の小さなライフルで練習している中にあって、私は一人だけ、フル・サイズのバトル・ライフルを使っていた。だから、私が射撃が得意なのは、みんなも知っていた。 周りの人たちは、頻繁に私をハンティングに誘った。学校の同級生や先輩は言うに及ばす、近所のおじさんたちや猟友会の人々、退役軍人協会や全米ライフル協会の人たちも誘いに来た。誘われると断れず、他人に弱みを見せたくない、格好つけ屋で意気地なしの私は、心の中で泣きながら、M14ライフル(ヴェトナム戦争初期の頃に使われていた歩兵用オートマチック・ライフル)か、スプリングフィールドM1903ライフル(第一次大戦時の歩兵用ボルト・アクション・ライフル)を担いでハンティングへ出掛けていくことになる。 私に出来ることはただ一つ、獲物を一撃で倒してやることだけだった。私は常に、眉間か心臓を狙った。ショットガンは獲物を一撃で倒すための武器ではなく、獲物をズタズタにして身動きできなくするための武器だから、使わなかった。鳥を撃つ時でさえ、ライフルを使った。撃ち損じれば、相手を苦しめるだけだから、真剣だった。そして、狙いを外すことはなかった。どんなに小さな動物でも、どんなに素早い動物でも、私はショットガンではなくライフルを使い、一撃でしとめた。 ここから悪循環が始まる。ハンティングから帰ってくると、こういう風に噂になる。 「ユウの腕は大したもんだぜ、どの獲物も、眉間か心臓を一発でぶち抜いて、確実にしとめるんだ」 それを聞いた他の人は、「そりゃ一度、見てみたいもんだな」と言って、次の機会に私を誘いに来る。 「よう、どうだいユウ、今度は俺たちとハンティングに行かないか?」 私は、顔だけ笑顔で誘いに応じるか、何か理由をつけて断ることしか出来なかった。 まったく、あらゆる意味で、どうしようもない意気地なしであった。 そういうわけで、ハンティングは子供の頃から好きではないのだが、好むと好まざるとに関わらず、ジョンジーが「行くぞ、ユウ」と言ったら、もう行くしかない。 ジョンジーは「行こう、ユウ」と言った試しがない。必ず「行くぞ、ユウ」とか「来い、ユウ」である。 ジョンジーに対して格好をつける必要はないから、私は理由を説明して、ハンティングは嫌いだと昔から言っている。 ところが、たとえ頑強に「嫌だ、僕は行かない、絶対に行かない」と言ったところで、当日の朝に目が覚めたらニュー・メキシコ行きの車の中に居たとか、両手両足に手錠を掛けられて無理矢理にテキサス行きの飛行機に乗っけられたとか、そういうことになるだけなので、逃亡の可能性が絶無の場合は、『任意同行』を促されている間に承諾しておいた方が利口だった。 ついて行くだけは行って、ただ銃を抱えて突っ立って、ジョンジーがやっていることを眺めているだけ。私がやれることは、ジョンジーが倒した獲物を、ピマ族の風習に従って解体し、調理することだけだった。 ジョンジー、ファーザー、それに私という、最悪の三人が集ってハンティングへ出掛けたことは、今までに三度しかない。一回目が、この十一歳の時のことで、二回目は十六歳で、ドイモイ前のヴェトナムへ旅行した時のこと(この時にはマージまで居たため、まさしく史上最悪のものなった)、三度目は二十一歳、英国だった。逃亡に失敗したり、やむなき事情があってどうしようもなかった場合が三回あった、ということを意味しているわけである。 機会は何度かあったが、私は(私なりに)巧妙な策を弄して、当日に逃げ出していた。ジョンジーとファーザーの二人に同行すれば、ろくなことにならないことは、推測からも、経験からも明白だったからだ。 リズおばさんが居た頃には、リズおばさんに頼まれた「お手伝い」を盾に取って、同行を拒否することが出来た。あるいは、リズおばさんに「何か手伝うことはない?」と聞きに行って、無理矢理にでも理由を作った。 前もってジョンジーがハンティングへ行くことが判っている場合には、リズおばさんが仕事を用意してくれた。時間の掛かる仕事で、なるたけ遠くへ出掛ける必要のある仕事であることが望ましかった(例えば、ツーソン・シティまで、車の荷台がいっぱいになるほどの量の食料品を買い出しに行く、とか)。 その結果として、 「おいユウ、ニュー・メキシコへハンティングに行くぞ」 「あ、そう。いってらっしゃい、がんばってね」 「お前も来るんだ」 「駄目だよ。リズおばさんに、庭の芝生を刈れって言われてるんだもの」 などという風に答えることが出来る。私の言い分には、リズおばさんのバック・アップがついている。 こう言われると、ジョンジーが「戦う」相手は、私ではなくリズおばさんになってしまう。 「おいリズ、ユウはニュー・メキシコへハンティングに行かなきゃならないんだ、芝刈りなんて後回しにさせろ」 「あら、そんなにニュー・メキシコでバッファローを撃ちまくってたら、ニュー・メキシコのバッファローが絶滅しちゃうわよ」 「だったらなおさら、急いで行かにゃならんだろうが。最後の一頭が居なくなる前に」 「あなたが絶滅させたら、パーク・レインジャーに逮捕されますよ。うちは『バッファローを絶滅させた海兵隊員の家』として有名になりますわね」 「なあリズ、一体なんだって、芝刈りがそんなに重要なんだ? 芝刈りをしないと農務省の役人に逮捕されるわけでもあるまいに」 「だってあなた、うちの芝刈りしてくださらないんですもの。なんだったら、あなたが芝刈りします? まる一日掛かると思いますけど」 リズおばさんにこう言われたら、ジョンジーが折れるしかない。ジョンジー自身、家のことを何もやっていないという自覚はあるらしい。 何しろ彼は、自宅に居る時間よりも、海外に派遣されていた期間の方が長かったのだ。二人の娘には愛想を尽かされている。 「……一時停戦を求める」 「受諾します」 ジョンジーのいう「停戦」は基本的に二十四時間有効とされるため、時期を逸する(と言うか、二十四時間後まで、そのことを覚えていた試しがない)。ジョンジーの停戦要求は、基本的に敗北と同義なのだ。 しかし、ファーザーが同席していたりすると、停戦は早々に打ち切られ、「第二次攻撃」が開始される。今度はファーザーの出番である。 「エリザベス、ジョージィがユウを連れ出すのが不服なようだな」 「不服ですよ。普段は海外とか基地とかに出たままで、家のことは何にもしてくれないのに、家に居れば居たで、ハンティングだ、フライングだ、シューティングだって遊び回っているんですもの。ユウまであんな風になったら困ります」 「判ってやるんだ、エリザベス。ジョージィにとっては、ユウが精神安定剤みたいなものなんだ。あの男は、あれでいて結構寂しがり屋なのだ。普段の勤務で神経をすり減らし、久々に自宅からの勤務となって、神の任務から解放されたジョージィは───」 「他人を巻き添えにして、憂さ晴らしをしてもいいわけですの?」 「巻き添え、という考え方は感心出来ないぞ、エリザベス。どんな物事にも、明るい面は常に存在する。天と地、昼と夜、善と悪と同じように、全ては一対の存在なのだ。それはジョージィとユウについても言えることだ。第一、ハンティングが俗悪な行為とは言えないだろう? ハンティングに同行することによって、ユウは自然の偉大さを理解し、創造主たる神の近くへ行くことが出来るだろう。そして───」 「そして神は、嫌がる子供を遠くへさらって行くわけですのね?」 「……エリザベス、その物言いは、聖職者たる私としては看過できないぞ。神は言っている───」 「そう、『いかなる者も、自らの意志に反して、他者により、ある一定の行為を強要されることはない』、と」 「それは聖書ではなくて合衆国憲法だぞ、エリザベス」 「いいえ、憲法ではありません。ジョン・ロックの『政府第二論』ですわ」 リズおばさんは、ファーザー以上に口が達者だった。何しろリズおばさんは、高校の教師だったのだ。ファーザーを丸め込むことが出来たのは、恐らくベックウィズ大佐とリズおばさんだけだったろう(そして、私の口達者な部分は、多分にリズおばさんとファーザーの影響だろう)。私は、つまらなそうな顔をして出掛けていくファーザーやジョンジーを横目に見ながら、心の中で「ざまあみろ! やっぱりリズおばさんは最高だよ!」と大喜びする。 しかし、リズおばさんが亡くなってからは、その手は使えなくなった。 「おいユウ、モンタナへハンティングに行くぞ」 「あ、そう。いってらっしゃい、がんばってね」 「お前も来るんだ」 「駄目だよ。学校の課題がぜんぜん終わってないんだもの」 「そんなに急いで課題をやらなくたって、学校は逃げやしないぞ。あの敵の基地が撤退するっていう話は聞いてないからな」 「だったら、そんなに急いでハンティングへ行かなくたって、鹿は逃げないよ」 「鹿は逃げるんだ、俺が行かないと、最高の獲物は山ん中へ逃げちまうんだ。だから今日、行かにゃならんのだ」 「そしたら、また出てくるまで待てばいいじゃない。ハンティングもスナイピングも、基本は『待つこと』でしょ?」 「来年まで待てって言うのか?! もしもその鹿が、冬の間に熊に食われちまったらどうするんだ!」 「熊は洞穴の中で寝てると思うよ、冬は。───とにかく僕は、僕なりに忙しいんだからね。ハンティングには一人で行ってね」 こういう不毛な会話を続けてから、何か理由をつけて、とりあえずジョンジーから離れる。 そして、自室で宿題をするフリをしながら、大急ぎで身の回りの品をかき集めてデイ・パックに詰め込み、窓から抜け出して、密かに格納庫へ向かう。バイクや馬での逃亡は論外。ジョンジー自慢のフル・チューン版ハマー・ジープで追いかけ回されるだけだからだ。 勝負は一瞬で決まる。コクピットに飛び込んでしまえば、こっちのものだ。私のグラスホッパーは無蓋コクピットだから隠れられないし、わが家の飛行機の中では最も最高速度が低い機体だから、空中でジョンジーに捕捉されて、強制着陸させられかねない。A−1スカイレイダーで遠くへ逃亡し、諦めたジョンジーが一人でハンティングへ行くまで、どこかに隠れていよう、ということに決める。 忍び足でテラスの下をくぐり、格納庫へ行く。こういう時には、ブッシュもシルヴァも事情を察してくれているらしく、私のところへ来ようとしたり、吠えたりはしない。 まんまと格納庫にたどり着き、スカイレイダーのコクピットに飛び込む。わが家の常で、燃料は満タン、整備も万全だ。 エンジンを始動させ、エンストさせない程度にスロットルを絞りつつも、出来る限り急いで滑走路へ出る。ジョンジーが飛び出してくる気配はない。してやったりだ。これでハンティングへ行かされずに済む! ───と思っていたら、百メートルも滑走しないうちに、エンジンの調子がおかしくなる。プスプスと音を立てて、エンジンは止まってしまう。機体は惰性でのろのろ進み、最後には止まってしまう。燃料もあるし、どこにも異常はない筈なのに───。 その頃になって、ジョンジーが出てくる。 「こんなこともあろうかと、燃料は全部抜いておいたぞ。そいつのタンクはからっぽだ」 「そんな、メーターは目一杯になってるのに!」 「メーターには細工して、満タン表示になるようにしておいた。どうってこたぁない、チクレット(ガム)で針を張り付けただけだ」 「最初は調子良く動いてたのに───!」 「ああ、多分、配管の中に残ってた分の燃料だろう。……そうそう簡単に逃げられる思うなよ、ユウ。何しろこっちはプロなんだ」 「卑怯だ! こんなセコくて手間の掛かる手を使ってまで、僕を連れていきたいの?!」 「戦争と恋愛じゃあ、手段を選ぶ必要はない、って言うだろ?」 「これのどこが戦争や恋愛なんだ、言ってみろ! それに少なくとも、戦争には国際法規があるぞ!」 かくして逃亡は失敗し、私は泣く泣く、どこぞの狩猟場へと連れて行かれるのであった。 この年の攻勢は、すさまじいものだった。 ファーザーが遊びに来て、ジョンジーと二人で何やら画策しているようなので、私は慌てて部屋に戻って、家出するための荷造りを始めていた。 ところが、その荷造りも終わらないうちに、ドアの向こうからファーザーの声が聞こえてきたのだ。 「ユウ、観念するのだ。お前は完全に包囲されている。今のうちならば、名誉ある降伏を認めるぞ。私の言葉は神の言葉だ、約束は違えない」 どうやら二人で、ドアの前に陣取っているようだ。私は中途半端に荷物を詰めたリュック・サックをまとめて、慌てて窓から飛び降りて逃げようとした。 「ああ、窓から逃げようなどと浅はかな考えは捨てた方がいいぞ。窓枠にはトリップ・ワイヤーを仕掛けておいた。死にはしないと思うが、合計200グラムのC4爆薬が至近距離で爆発した際の威力がどの程度かは、お前にも判るだろう。しかもこの家は木造だ、まともな遮蔽効果は期待出来ないぞ」 窓の外を見ると、確かに、髪の毛ほども細いニクロム・ワイヤーが張り巡らされている。これ見よがしに設置された、白いチューブの箱のようなものも見える。窓枠に沿ってデトネーション・コード(ロープ状の爆薬)も仕掛けられている。一体いつ準備したのか、さっぱり判らない。 ともかく、はっきりしているのは、進退極まったということだ。 しばらく考えた後に、私は荷物をベッドの上に放り出し、腰の銃を抜いて、逆さまに握りしめた。 「……判った、降伏勧告を受諾する。ジェニーヴァ条約に基づく処遇を要求する。つまり個人装備の維持、食事と基本的通信手段の保証、国際法に定められたスイス・フランの給料だ」 「よろしい、降伏受諾を受け入れる。CHF(スイス・フラン)は手持ちがないから、相当額のUSD(アメリカン・ダラー)で支払うこととする。汝に神の御加護がありますように。アーメン」 モンタナへの道程は、飛行機で行くことになった。わが家に置いてある飛行機は全て一人乗りか二人乗りなので、デーヴィス・モンサンの格納庫に預けてあるO−2スカイ・マスターで行くことになった。 私とジョンジーはハマー・ジープ(街へ出るため、機関銃や対戦車ミサイルは外しておいた)に乗り、ファーザーはご自慢のコーヴェット・スティングレー(黒のオープン・トップ)に乗り込んだ。ドアに小さな十字架が白抜きされた、どう考えても聖職者が乗るような車には見えない代物だ。ファーザーはスピード狂で、彼の運転する車の平均時速は150マイル(約240キロ)だという(恐ろしいことに事実である)。 しかも、ファーザーは黒の詰め襟という、普段の格好のままの出で立ちだった。黒服の神父が、ボディは言うに及ばずシートやインパネまで黒いコーヴェットに乗り、助手席にでかい革装丁の聖書とSKSカービン(旧ソ連の古い小型ライフル)を置き、時速150マイルでぶっ飛ばすという情景は、どっちかと言うとマイアミやロスにこそ相応しいような気がする(が、たぶん偏見だろう)。もちろん、ハマーは150マイルなんて時速は出ないから(100マイル出るか出ないか、という程度だ)、ファーザーは一人で先行して、モンサンへ行ってしまった。 ツーソンの自宅から出発すると同時に姿が見えなくなったファーザーについて、私はジョンジーに訊ねた。 「そんなに嬉しいのかなぁ、ハンティングに行くのが。平均巡航速度150マイルですっ飛んで行きたくなるものかなあ? 経済巡航速度で充分なのに」 ジョンジーは葉巻を灰皿(ハマーに灰皿はないのだが、勝手にこじ付けた)に突っ込みながら、さもありなんという風に言った。 「あいつはイカレてるんだ。たかだか130マイルのスピードで、何が楽しいんだが」 私はすぐに気づいた。ジョンジーは時速150マイルを、航空マイルに換算して考えている。時速150マイルは、換算すると130航空マイルになる。つまり、飛行機の時速と比較しているのである。 「音速以上のスピードが出るならまだしも、軽飛行機以下の時速で、ああいう風に浮かれてんだからな、あの爺い。困った奴だ」 どっちが困った奴なんだよ、と心中では思う。 しかし私は気づいていない。自分でも、自動車の時速について『平均巡航速度』とか『経済巡航速度』などと言っていることに。 モンサンに着くと、ファーザーは格納庫の日陰で葉巻を吸いながら待っていた。 「遅いぞ、海兵ども。お前たちの唯一の美徳は『最初に突入し、最後に撤退する』ではなかったのか? それでよくRDF(緊急展開部隊)が務まるな」 「空軍の世話にならないと展開出来ない陸軍には言われたくないよなあ、ユウ?」 ジョンジーが私に同意を求めるので、私はそっぽを向いた。 「僕はマリーンじゃないよ」 ジョンジーは舌打ちして、私に詰め寄る。 「陸軍の肩を持つのか、ユウ?」 「陸軍さんの肩を持つ気はないけど。今日の僕は中立だから」 「中立だと?」 「今日の僕は捕虜なんだそうですから」 こう言うと、ジョンジーはぷんぷんしながら格納庫へ入っていってしまった。 「ジョージィの相手をするのはさぞや大変だろうな、マイ・サン」 今度はファーザーが、いかにも同情するぞという調子で言うので、 「あんたの相手をするのよりは楽だよ、ファーザー」 と反撃した。しかしファーザーは笑って、 「それはそうだろう、私の灰色の脳細胞は、海兵隊のそれほど単純ではないからな」 と言いながら、同じく格納庫へ入っていった。悲しいことに、その通りだったりする。 私は肩を落として、三人分の荷物を抱えながら、二人の後を追った。 格納庫の中を進む二人に向かって、私は怒鳴る。 「僕はポーターじゃないんだぞ!」 「それはお前の仕事だ」 ジョンジーが言う。 「どうして?!」 「何故なら、お前は捕虜だからだ。それは国際法で許されている労役の範囲内だ。戦闘に対する直接的支援活動とは言えないからな」 ファーザーがそう説明した。私は荷物を全て放り出した。 「だったら給料払えっての!」 アリゾナのピマ郡からモンタナのレイク郡までは、おおよそ1000マイルの距離がある。車で行けば丸一日掛かるが、飛行機なら五時間と掛からない。しかもこの日は、西海岸一帯で晴天だった。やや風が強いことを除けばいい天気だったので、雨雲を避けたりする必要もなかった。 しかし、O−2の機内は、決して過ごしやすい環境ではなかった。二人の男が葉巻をばかばかふかし続けるからだ。言うまでもなく、当時の私には喫煙の習慣はなかったから、ただ単に、甘くて気持ち悪い匂いが充満しているとしか感じなかった(今でもそうとしか感じないが、自分でも煙草は吸うから、さほど気にはならなくなった)。 換気したいが、軽飛行機のエア・コンディショナーのパワーなどたかが知れている。窓を開けると室内に強風が吹き荒れて収拾がつかなくなる。 結局、耐えるしかない。私は自分がスモークされて、燻製か何かになってしまうんじゃないかと思いながら、ジョンジーと交互に操縦管を握っていた。 約六時間後に、我々はモンタナ州レイク郡フラット・ヘッド(フラゼット)に到着した。 レイク郡は大きなフラゼット湖を中央に持つ山岳地帯で、郡の半分がインディアン・フラゼット族の居留地に指定されている。フラゼット族には、頭のてっぺんを剃り上げる風習があり、これが部族名の「平らな頭(フラット・ヘッド)」の由来である。 小さな滑走路に降りた私は、まずジョンジーが持っていこうとしたバレットM82重狙撃ライフルを置いていかせなければならなかった。バレットM82は、民間で調達可能なものとしては世界最大のライフルで、重機関銃と同じ弾丸を使用する。それで鹿なぞ撃とうものなら、標的にされた鹿は消えてしまうだろう。そんなのは見たくもない。ジョンジーはしぶしぶ、M1897ショットガンとデザート・イーグル拳銃、幾つかの模擬手榴弾だけを持っていくことに同意した。 続いて、ナイフを三十本も持っていこうとしたファーザーをさとし、十本に減らさせた。ジョンジーが隠し持とうとしていたウィリー・ピート手榴弾も置いて行かせた。秋の乾燥した森の中で白燐弾(焼夷弾と似たような効果があり、一度火がつくと消すに消せない)など使ったら、山火事になってしまう。 それから、やっと、山の中へ入っていった。 私は、ごくありふれたジーンズのパンツとコットンのシャツに、キャンバス地のフィールド・コート、くたびれたウェスタン・ハットという、いかにも西部人がハンティングに来ましたというような、特に違和感のない格好だった。背中には、小さなデイ・パックを背負い、腰にはケイバー・ナイフとシェル・ストッカー(使用済みの薬莢や散弾のシェルを入れておくための携帯ゴミ箱)を提げている。しいて言えば、十一歳の子供に、M14バトル・ライフルは似つかわしくない、という程度だろう。 しかしジョンジーは、胸に「フェントン」と書かれたオリーブ・グリーンの野戦服にM56野戦装備のフル・セット、第一次大戦時に使われていたM1897トレンチ・ショットガン(塹壕戦用散弾銃)と、それに着剣するための、刃渡り30センチの銃剣を腰に下げていた。 ファーザーが最悪で、司祭用の黒い詰め襟に黒革のガン・ベルト、SKSカービンにスパイク銃剣(ナイフ型ではなく、槍のような形をした銃剣。普通の銃剣と違って突き刺すことしか出来ない)という格好だった。三人の共通点は、全員揃ってジャングル・ブーツを履いている点だけである。 先頭は、ヴェトナム戦争映画から抜け出てきたような男。中間に普通の子供が居て、しんがりは狂暴化したブラウン神父みたいな男である。我々はジョークとしても出来の悪すぎる隊列を組んで、森の中を進んでいった。 山に入って、しばらくたってからというもの、首筋のあたりに違和感を感じ続けていた。得体の知れない、むずむずとした感覚である。首筋だけに鳥肌が立っているような、そんな感じだ。 私がこういう感覚を持っている時には、必ず悪いことが起きる。私は経験から、それを知っていた。足元の枯れ葉や白樺の幹、青い空などを何度も繰り返し確認したが、違和感の正体は見つけられない。 しばらくは耐えていたが、とうとう我慢出来なくなって、 「なんか、すごーく嫌な感じがするんだけど」 と私が言うと、ファーザーは、 「何と無礼な奴なのだ、お前は。いくら一緒に出掛けるのが嫌だからと言って、あからさまに不平を鳴らすのは失礼というものだぞ、東洋人特有の奥ゆかしさはどこへ行った?」 などと文句を言う。 「それ、人種差別だよ。第一、嫌がる奴を無理矢理連れ出すような、気遣いのない人には言われたくないね」 私も負けじと応戦する。しかしジョンジーは、真顔で私に尋ねた。 「その『すごーく嫌な予感』は、本物なのか?」 「うん、何か起きそうな気がするんだよ。───まあ、この面子なら、何が起こっても不思議じゃないけど」 真顔のジョンジーに対して、ファーザーは不審げに訊ねた。 「何を真剣になっているんだ、ジョージィ? これからここで、降霊会でも始めようというのか? あまりに非キャソリック的だと思うが」 ジョンジーは口髭をいじりながら───実際には髭が短すぎて、つねっているようにしか見えない───、答えた。 「いや、こいつの『嫌な予感』ってのは、良く当たるんだ。前にO−2を飛ばしてた時にも、『嫌な予感がする』って言い出して、そしたら着陸の時にギアが折れたんだ。その前は、『嫌な予感がする』って言いながら射撃場へ出掛けたら、銃が暴発したしな」 「ふむ」 この話を聞いて、しばらく空を眺めて考えた後で、ファーザーは私の肩をポンと叩いて、 「マイ・サン、それは神の御加護のお陰だ。ベルティーンの夜に死に、死と再生の月に復活したお前には、ファースト・クラスのゴージャスかつラグジュアリーな御加護があるのだ。恐らくジェームズ・ブラウンやボブ・マーリーにも劣らぬほどの御加護だろう」 という。神の御加護にも、いろいろとグレードがあるらしい。 「だったら事前に予防して欲しいんだけど。結局、事故に遭ってるんだから、エコノミー・クラス以下だよ」 「違うな、マイ・サン。それは神の試練なのだ、お前をより強い存在とするために、神が特別に試練をお与えになっているのだ」 「それのどこが御加護なのさ。守られてないよ、全然」 そう言ってから、自分の頭の上あたりに向かって言ってみる。 「こら、守護天使、半端なことやってないで、ちゃんと仕事しろ」 守ってくれるなら、ちゃんと守って欲しいものである。 「判っていないようだな、マイ・サン。それは潜在的な防衛能力となるのだ。困難な試練に遭遇させることによって、お前自身の内に存在する能力を高めようとしているのだ。神は慈悲深く、考え深い存在なのだ。お前は自分の力で、その困難を越えなければならない。そしてお前は大きく成長するだろう。エリック・クラプトンだって、最初からギターが上手かったわけではないのだからな」 「じゃあ、どうして事前に感づくのさ。それじゃ試練にならないでしょ?」 「そこが慈悲だ。全く予備知識や事前通告なしに強制査察……もとい試練に立ち向かわせるのではなく、前もって、ある程度のきっかけをお与えくださるのだ」 「それ、『明日の二時間目は抜き打ちテストだ。範囲はここだから、ちゃんと勉強してくるようにな』って言うのと同じだよ」 言われていることが矛盾するような気がするので指摘すると、 「善意とは、時として押し売りになる場合もある。神の善意とて、それは変わらん。何しろ神が創り出した善意だからな、基準は神のそれにある。それは宇宙の果ての天国と地獄と同じように、我々の計り知れない場所だ。その場所は、我々の科学技術が発達するに従って、どんどん遠くなって行くのだ」 という、わけのわからん無茶苦茶な答えが返ってきた。 「……わかった、もういい」 私は手を振って、話を打ち切ろうとした。それでもファーザーは、しつこく言いつのる。 「何だ、その不審の目は。マイ・サン、私は悲しいぞ。神の声に耳を傾けぬ者に、心の安寧は永久にもたらされることはない。お前の魂の救済が遠いことは、ゴッド・ファーザーたる私としては本当に悲しむばかりだ。どれくらい遠いかと言うと、リオ・デ・ジャネイロからフラ・マウロ高地までぐらいの遠さだ」 「聞きたくなーい、もうなんにも聞きたくなーい」 私は両耳を手で覆った。 「お前は日本のことわざを知らないのか? 日本には、『聞くは一生の恥、聞かぬは来生の恥』という言葉があってだな、これはクリスチャンとブディストに共通して言えることだが、一時の恥を恐れることが、魂の永遠の救済を妨げるという───」 「それ、全然違うと思う」 「では、お前にも判りやすいように、アメリカの故事に例えよう。『代表なくして課税なし』という聖句がある」 「それのどこが聖句なの」 「何を言う、まさしく聖句ではないか。最後には『ティー・パーティ(ボストン茶会事件のこと)』と銘打って茶箱を海に突き落とすあたり、まさしくハードかつソウルフルだ。彼らは、ディープな心理状態に陥った民衆の声を聞こうとしない英国政府に対して───」 「伏せろ!」 不意にジョンジーが、押し殺した声で怒鳴りつけた。 私もファーザーも、くだらない言い合いを直ちに止めて、ばっと身を伏せた。ジョンジーは大きな木の陰に身を潜め、私は薮の中に飛び込み、ファーザーは身を転がして岩陰に隠れた。 さっきの言い合いが中断されてから、全員が完全に身を潜めるまで二秒と掛かっていない。ほとんど条件反射である。 私が、弾丸の装填されていないライフルを片手に、薮から慎重に顔を出すと、ファーザーが手信号で『報告せよ』とジョンジーに送った。手にはSKSカービンが握られ、いつでも撃てるようになっている。 ジョンジーは木陰に膝をつき、『待機せよ』と送り返す。鹿撃ちに来たのに、なんでこんな調子なのだろうか。 ジョンジーはしばらく膝をついた姿勢のまま、ライフルと手榴弾を握りしめ、周囲を眺め渡し、耳を澄ませていたが、ゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向いた。 「済まん、どうも気のせいだったらしい」 まず真っ先に、ファーザーが文句を言った。この人と沈黙ほど縁遠いものもない。 「ジョージィ、一体何だと言うのだ? モンタナの山奥でヴィエト・コンの戦闘中隊に遭遇するとでも言うのか? 黒パジャマの小さな友人たちがバーベキュー・パーティでもやっている姿が見えたのか? 戦争中毒患者に特有の?」 これだから戦争キチガイはどうこうとファーザーが並べ立てるので、私が突っ込みを入れる。 「だったら、なんでファーザーは隠れたのさ」 「危険に対しては、警戒して、し過ぎるということはないのだ、マイ・サン。そういうお前だって隠れたではないか」 「だって、隠れなかったらジョンジーが可哀想だもん」 ファーザーは肩を竦め、ジョンジーに向かって慰めの言葉を掛けた。 「聞いたか、ジョージィ? ユウは心優しい子供だ。お前の経年劣化したプライドに、ここまで付き合ってくれる奴なぞ、そうは───」 ここで、ファーザーと私は気づいた。ジョンジーが無表情に、何かを凝視しているのだ。 その視線を追っていって、我々も気づいた。 熊に。 その熊は、茶色と言うか灰色と言うか、中途半端な色の熊だった。あまり良く覚えていない。森の梢から漏れる陽の光と、暗い陰のせいで、色が複雑に溶けあってしまっていた。 体長は少なくとも2メール半、ひょっとしたら3メートル以上かも知れない。ジョンジーが2メートル弱、ファーザーが2メートルちょっとの身長だが、それよりもずっと大きかった。互いの距離は60メートルから40メートルくらいだったと思う。 三人が同時に熊に気づいてから、この騒動が収まるまでの時間は、恐らく三十秒ほどだったのだろうが、怒涛のごとく流れた。 三人揃って熊に気づき、呆然とした直後に、熊は「うがー」とも「ぐおー」ともつかないような唸り声を上げながら、こちらに向かって走ってきた。思いのほか素早い身のこなしだった。我々を歓迎してくれているわけではないことは明白だった。 ジョンジーが先頭に立っていて、ファーザーは私の後ろに立っていたので、その間、ファーザーがどんな行動を取っていたのかは判らないが、ジョンジーがどんな行動を取り、自分がどんな行動を取ったかは知っている。 私のライフルには弾丸が詰められていなかったので(それぐらいは判っていたので、流石にカラのライフルを熊に向けるという間抜けなことはしなかった)、ポケットから二十連装の.308口径(7.62ミリ口径のNATOミリタリー・ボール)弾マガジンを取り出して、装填しようとしたのだが、慌てていたこともあって、うまく装填出来なかった(ひょっとしたら、上下逆さまに装填しようとしていたのかも知れない)。 そこで、ライフルを放り出して、腰のコルト・オートマチックを抜いたのだが、運悪くホルスターに引っかけて、マガジン・キャッチ・ボタンが押されてしまったらしく、弾倉が抜け落ちてしまった。ここまでで三秒から五秒くらいだろう。 最後には、腰からナイフを抜きながら(そんなもので対抗出来る筈もないのだが)ジョンジーに望みを託して、彼がどう対処しようとしているのかを見たところ、ジョンジーはショットガンを右手から左手に握り替え、銃口を上へ上げると、シェル・リリース・ボタンを押して、装填されていた五発の散弾を、全て撃たずに捨てていた(ウィンチェスターM1897には、そういう機能がある)。 襲い来る熊を前にして、一体何をやってるんだと思った直後、ジョンジーは走ってくる熊の顔を見据えたまま、胸から五発のスラグ弾(コンクリの壁でも抜けるほど強力な弾丸。散弾ではない)を取り出し、手元を一切見ずに、次々と再装填していった。ここまでで、さらに三秒くらい。 続いて、銃口を下げ、熊に狙いを定めると、引き金を引いたままでポンプするラピッド・ファイアという速射で、五発のスラグ弾をあっと言う間に撃ち尽くし、また再装填すると、再びラピッド・ファイアで全弾、撃ち込んだ。これに五秒くらい。 ここでショットガンを捨てたジョンジーは、続いて脇に吊っていたホルスターからデザート・イーグル大型自動拳銃(イスラエルIMI製の世界最強の拳銃)を引き抜き、拳銃としては最大の50AE口径弾を片手で連射した。これに四秒くらい。 カラになった弾倉を捨て、次の弾倉を叩き込んだ頃には、熊は既に倒れていたが、その倒れた熊に対してゆっくりと歩み寄ったジョンジーは、熊の頭めがけて、至近距離からクー・ド・グラーセ(慈悲の弾丸)として四発を撃ち込んだ。これで八秒くらい。 熊がまったく動かなくなったのを確認するまでに数秒かけて、最後にジョンジーは、こちらを一切振り返ることなく、 「クリア(障害なし)!」 と怒鳴って、私とファーザーに報告した。 私は、やや呆然としたまま、地面に落ちたコルトの弾倉を拾って、枯れ草を払い落としてから銃に戻した。 それくらいしか、やるべきことが思いつかなかった。 「素晴らしい!」 出し抜けに賞賛の声が上がる。私の後ろに立っていたファーザーだ。振り向くと、ファーザーはニーリング(立て膝撃ち)の姿勢から立ち上がろうとしていた。手にはSKSカービンがきちんと構えられており、さらに左手の指には、いつ出したのか判らないが、予備弾のクリップが二つ、挟まれていた。 「───クールだ、極めてクールなアクションだったぞ! タランティーノが涙を流して喜ぶようなアクションだ! 香港のアクション映画にも、そこまでクールなコンバット・アクションは出てこないだろうな!」 この阿呆な一言で、どっと力が抜けた。よろけて、隣に立っていた木に手をついた。 「……一体なんなの、これ?」 「見れば判るだろう、敵だ」 ジョンジーは手にした拳銃だけ熊に向けて、こちらを振り向いた。 「僕には、普通の熊にしか見えないんだけど」 「敵対行動を取る者は、ぜんぶ敵だ」 「その意見には反対しないけどさ……」 「やっぱりバレットを持ってきた方が良かったな、バレットなら一発でカタがついたろうに」 「いや、いや、いや」 ファーザーが大げさに両手を拡げながら反論した。 「さっきの、シェルを全部捨てるところだがな、あれはウィンチェスターでなければ出来ないことだ。それに、あの素早いポンプ・アクション! ただ単にバレットを乱射しただけでは、さっきの素晴らしいアクションは生まれなかったぞ」 「乱射じゃない、狙撃だ。陸軍の歩兵と一緒にするな」 「はあ……」 私は自分のライフルを杖のようにして立ち上がった。 その直後、くだらない言い合いをしていた二人が、ぴたりと黙った。 「───どうしたの?」 不審に思った私が訊ねると、ファーザーとジョンジーは互いに目配せしてから、背中に背負っていた荷物を放りだし、 「お前は、ここで荷物の番をしてろ」 とだけ言い残して、ぱっと薮の中に消えてしまった。 その場には、見るも無惨な熊の死骸と、なんだか事態が飲み込めていない私だけが取り残された。 それから数分後。 一体なんなんだと思っていると、枯れ葉を踏む音が近づいてきた。 「ジョンジー? ファーザー?」 私が声を掛けると、ぜんぜん知らない声が返ってきた。 「一体何の騒ぎなんだ? 銃のチェンバーを開いて、安全な状態にしろ!」 私がライフルのチェンバーを開いて、銃口を下げると、薮をかき分けて、紺色のパーカーを着たパーク・レインジャー(自然公園保護観察官)とおぼしき男が出てきた。 まず私を見て、私の周囲に散乱している荷物や空薬莢に目をとめた。その荷を見れば、ここに居たのが私一人だけではないことは明白だった。 「お前の連れはどこに行った? あと何人が───」 そこまで言って、その向こうに倒れている熊に気付いた。首から上は、もはや原型を止めていない状態だ。 「おい、こいつは一体───」 「動くな。銃を捨てろ。両手を頭の後ろに組んで、膝を付け」 唐突に、長い銃剣を取り付けたショットガン(ほとんど槍のようになっていた)を構えたジョンジーが、ぬっと出てきた。すぐ近くの薮だったが、そんな近くに隠れたていたとは、全然気付かなかった。 パーク・レインジャーは直ちに銃を捨てて、両手を挙げて跪いた。 「お前、パーク・レインジャーか?」 レインジャーを頭のてっぺんから爪先まで眺め渡してから、ジョンジーは訊ねた。 「そうだ、フラゼット・インディアン居留区を担当している」 「なんだ、そうだったのか。───ジュージュ! もういいぞ、こいつは敵じゃないらしい」 銃口を下げ、そう大声を張り上げた。 すると、少し離れた大木の上から、ファーザーがSKSカービンを抱えて飛び降りてきた。これまた、一体いつ登ったのか、さっぱり気付かなかった。 「やれやれ、久しぶりにやったが、随分と体が鈍ったようだ。昔はこんなの、日常茶飯事だったのだがな。これも神の試練か」 集まった三人を見て、レインジャーは手を挙げたまま、呟くように言った。 「……一体、お前たちは何をやってたんだ?」 我々はパーク・レインジャーに「連行」され、事務所でこってり絞られた。自然公園内で火器を乱射し、禁猟区で熊を「射殺」したからである。 その犯人グループのうち二人は、海兵少佐と陸軍従軍司祭中尉である。お前たちには常識というものがないのか、とレインジャーはカンカンに怒っていた。無理もない、二人からは銃口を向けられたのだ。誰だって怒るだろう。 我々は三人揃って、国立公園の意義とか自然保護の心構えなどについてお説教をされ、自然公園に関するリーフレットを朗読させられ、最後には熊の「射殺体」の処理までやらされた。 その熊の死骸を食べた他の動物が、ショットガンの弾丸のせいで鉛中毒にならないようにするためだと言われたが、通常の散弾ならまだしも、12ゲージのスラグ弾や50口径のメタル・ジャケティッド弾でも鉛中毒になるのかどうかは疑わしい。だいたい、ほとんどの弾丸が貫通していた。 たぶん、復讐の意味しかなかったんじゃないかと思う。 かくして我々は、一頭の獲物も得ることなく山を下りて、湖のほとりのロッジで夕食を取ることになった。 機嫌がいいのは私一人だけだ。熊についてはしょうがないとしても、私の嫌いなハンティングが短時間で終わったからである。パーク・レインジャー怒られたが、「僕は悪くない」と思っているから、気にならなかった。 私はニコニコしながら鱒のソテーをたいらげ、山のようにガーリック・トーストを食べて、シーバス・リーガルを一杯飲んで、一人で先に寝てしまった。 ところが、話はそれだけでは終わらなかった。 私が寝ている夜のうちに、ジョンジーとファーザーは、パーク・レインジャーの詰め所に舞い戻り、レインジャーが寝入っているのを確認してから、その入り口の前に深い深い落とし穴を掘った。 何しろトラップのエキスパートたちが作った落とし穴だ、恐らく完全に偽装されていた筈である。後にファーザーから聞き出したところによれば、直径4フィート、深さ8フィート(直径約1メートル、深さ約2.5メートル)の擂り鉢状の穴で、穴の底には石灰を混ぜた泥水を流し込んだだけだ、と言っていた。「だけだ」ではない。普通はそれで充分である。 ともかく翌朝、詰め所から出てきたパーク・レインジャーは、その穴に落ちた。 脚を思いっきり捻って歩けなくなってしまった彼は、無線で救難ヘリコプターを呼び出した。ジョンジーとファーザーは、そのヘリコプターがフラゼット・フィールド滑走路の脇に着陸し、泥だらけのストレッチャーが降ろされるのを見届けてから、にっこり笑って、口々に、 「さあ、帰るぞ。ユウ、操縦しろ。いや、今回は有意義なハンティングだった」 と言った。 その時には知らなかったが、私は確信していた。 この二人が、また何かやったんだ、と。 こういうことになるから、私は、あの連中とは一緒に出掛けたくないのである。 |