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| ◆ツーソンの日々・第七回 「鎮痛剤」 私はいつでも、莫大な量の「荷物」を持ち歩いていた。 と言っても、大きな鞄を持ち歩いていたわけではない。私は常に、手ぶらで居るのが好きだったからだ。 では、どうやって「荷物」を持ち歩いていたのかと言うと、全て「身につけて」いたのである。 私の普段の格好は、外見的には以下のようなものだった。 ○ウェスタン風のフェドーラ・ハット ○長袖のダンガリー・シャツ ○ジーンズのパンツ ○パナマ・ブーツ ○キャンバスのウェスタン・パーカー シャツに二つ、ジーンズに四つのポケットがあるから、合計六つのポケットがある。キャンバス・パーカーまで含めれば、約十個のポケットがある。しかし、シャツの胸ポケットやジーパンのポケットに入れられる物量など、たかが知れている。 というわけで、これ以外に私は、「荷物」の収納用として、以下のようなものも身につけていた。 ○コットン製ピストル・ベルト 一本 ○レザー製ピストル・ベルト(ジーンズ用) 一本 ○レザー製キャバルリー・ホルスター(腰用) 一本 ○レザー製アンクル・ホルスター(足首用) 一本 ○コットン製マガジン・ポウチ(拳銃用) 二個 ○コットン製ファースト・エイド・キット・ポウチ 一個 ○コットン製ハバー・ザック(小さなリュック・サック) 一個 これらの収容能力を最大限に活用して、最低でも以下のようなものを常に持ち歩いていた。 武器: ○コルトM1911自動拳銃 一丁(7+1発) 予備マガジン 四本(それぞれ7発入り) 予備弾丸(バラ) 五十発 信号ピストル 一丁(単発) 照明弾 四発 煙幕弾 四発 ケイ・バー作業用ナイフ 一本 カミラス工兵ナイフ 一本 バック折り畳みナイフ 一本 訓練用手榴弾(100グラム、大きな音がするだけ) 二発 食料: ○チクレット・ガム 一箱 ○サバイバル・レーション(航空用) 一缶 ○塩・砂糖・胡椒・タバスコのミニ・パック 一セット 医療器具: ○包帯 四本 ○三角巾 四枚 ○圧迫包帯 二枚 ○止血帯 一本 ○防水ポウチ 二袋 ○ワセリン漬け綿棒 十二本 ○ワセリン漬け脱脂綿 二枚 ○消毒液 二本 ○防腐剤 二本 ○浄水剤 一本 ○医療用テープ 三本 ○気付け薬 一箱 ○コンドーム(ゼリーなし) 二枚 ○使い捨てメス 二本 ○外科用ハサミ 一本 ○縫合用ステンレス針 二本 ○縫合用シルク糸 十本 ○コットンの糸(汎用/医療用) 一巻き ○ベビー・パウダー 一缶 ○鎮痛剤 二本 ○胃薬 一箱 ○モルヒネの使い捨て注射器 二本 ○モルヒネの錠剤 一箱 ○石鹸 一個 お守り: ○ドッグ・タグ(認識票) 二枚一組 ○銀のロザリオ(十字架) ○聖パトリックのメダル その他: ○小銭 ○身分証明書 ○メモ帳 一冊 ○ボールペン 一本 ○ダーマトグラファイト・ペンシル(デルマ鉛筆) 四本 ○ジッポー・ライター 一個 ○ジッポー・オイル 一本 ○マグネシウムの固まり ○火打ち石セット 一組 ○タオル 一枚 ○1クォート水筒 一本 ○5クォート水筒(折り畳み式) 一枚 ○耳栓 一組 ○登山用ロープ 一巻き(50フィート) ○銀のフラスコ(ブッシュミルズ16オンス入り) 一本 ○バンダナ 一枚 ○替えの靴下 一足 ○予備の靴紐 二本 ○笛 ○鍵束 毎朝、これらのものを一通り揃えて出掛けていた自分の子供時代を思い返すと、何とも言えず不憫な気持ちになる。 何が楽しくて、衛生兵と同様の装備を持ち歩いていたのだろうか。 とにかく私は、これだけのものを常に持ち歩いていた。学校へ行くにも、アルバイトへ行くにも、常に最低でも、これだけのものを持ち歩いていたのである。私の持ち物は、増えこそすれ、これ以下の物量になることは、ほとんどなかった。 これだけのものを持ち歩いていると、色々なことが起きたときに、それらを使うことになる。 というわけで、これらの「道具」にまつわる話を、幾つか書いてみようと思う。 私はいつも、小さな救急箱のようなものを持ち歩いていた。 軍用のもので、蓋には「応急処置キット」と書かれており、赤十字のマークも描かれている。プラスチック製のケースはオリーブ・グリーンで、蓋にはラバーのパッキンが入っており、防水になっている。この救急箱が、私の背中のハバー・ザックの半分を占めていた。 この中には、詰められるだけの薬品や医療器具が入っていた。頭痛薬や胃薬から、包帯やバンテージ、果ては用法を間違えると危険な麻酔薬や外科手術用の使い捨てメスまで入っており、ただの擦り傷からライフル弾の銃創に至るまで、たいがいの外傷を治療するに足るものが揃えられていた。 子供というのは怪我ばかりする。少なくとも私や、私の周囲の子供たちはそうだった。だから、この救急箱はたいへん重宝された。たいがいの医薬品は揃っているし、その持ち主は一通りの応急処置術を心得ていた。 最も減りの早いものは、消毒液やバンテージ(絆創膏)などの初歩的治療に必要なものだった。グラウンドで転んでは「ユウ、バンテージ持ってるだろ?」と来るのだから、あっと言う間になくなってしまう。 また、岩石砂漠特有の、広範囲にわたる擦過傷には、ヴァセリン・パッドが便利だった。これは薄いパッドが消毒液に浸された状態で真空パックされたもので、表面的な傷の汚れさえ落としてしまえば、そのまま張り付けて、包帯や三角巾で巻いてしまえるものだった。 メスや縫合用の針などは、自分に対してしか使ったことがない。例えば木登りをしていて腕を切ってしまった時とか、サボテンの針が指に入り込んで抜けなくなってしまった時などに使った。お陰で自分の体を切ったり縫ったりするのは上手になった(上手になったからってどうにもならないが)。 そんなわけで、外傷を治療するための薬品は、たいがい男の子(自分も含む)によって消費された。 一方、その他の飲み薬の類は、私が小学校低学年の頃には、まったく使われなかった。ミルクの飲み過ぎで腹を壊すような奴がたまに居て、そういう場合に胃薬が少し使われるだけだった。 しかし四年生から五年生くらいになると、何故だか女の子たちによって飲み薬が消費され始めた。それまで、まるで消費されることのなかったものが、ある時期から急激に消費されるようになったのだ。 特に女子に人気(?)があったのが、頭痛薬と胃薬だった。これらのものは、私が自分で使ったことは全くなく、全て女の子たちによって消費された。 なにかと言えば、「ユウ、薬ちょうだい」とやってくる。しかも一人二人ではなく、大挙してやってくるのだ。 これが不思議でならなかった───言っておくが、当時の私は子供だった。 特に頭痛薬・鎮静剤の類は、摂取し過ぎると体に良くないということは知っていた。だから、三日とあけずに薬を貰いに来る女の子とか、月末が近くなると全校の女子が大挙してやってきて、一日で手持ちの鎮静剤六十粒が全て持って行かれて無くなった挙げ句に、「もう持ってないの?」と聞かれたりする事態に遭遇して、私は心配になってきた。 『ひょっとして、うちのクラスの女子、いやうちの学校の女子は、揃いも揃って偏頭痛持ちなのか? それとも、アリゾナ特有の風土病か何かなのか?』 繰り返し言うが、私はほんの子供だったのだ。私はなんにも知らなかった。 今になって思い返せば大爆笑だが、とにかく何も知らなかったのだ。 というわけで私は、知り合いの女の子たちに、理由を聞いて回り始めた。なにしろ理由が判らない。当の本人たちに聞くのが一番手っ取り早いと考えたのだ。 まず最初に、たまたまその日に一番最初に薬を貰いに来た、同じクラスのジャクリーンに聞いてみた。ジャクリーンは背が高い白人の女の子で、私の家の近所に住んでいた。 「ジャッキー、なんだってそんなにたくさん、鎮静剤を持っていくんだよ」 「だって、辛いもんは辛いんだもん。ほら、早く出しなさいよ」 そう言いながら、私の手から鎮静剤を四粒、持っていった。これでは理由がさっぱり判らない。しかも礼のひとつも言わない。 ジャッキーは昔から、やたらと偉そうであった。それは今でも変わらない。鼻の高さがプライドの高さに、胸のでかさが態度のでかさに比例している。会えば二言目には「あんた、まだ海兵隊員なんかやってんの?」と馬鹿にされる(ちなみにジャッキーの父親は元空軍パイロットだった。恐らく海兵隊員の悪口をさんざん聞かされて育ったのだろう)。しかも始末に負えないことには、四年生以降は、ジャクリーンの方が私よりも背が高くなってしまっている(現在では3インチ、私よりも高い。ヒールを履かれたら、私の方が完璧に低くなる)。なんとも情けない。 続いて、レティシアに聞いてみた。レティシアは私よりも一歳年下の、ジャッキーとは正反対に、やたらと背の低い、控えめな性格の、メキシコ系の女の子。私の家の隣(隣、と言っても数マイル先だが)に住んでいた。私にとっては妹みたいなものだった(ああ、私の実の妹にも、レティの十分の一でもいいから可愛気があれば!)。 ありがたいことに(?)今でも背は低い。今は実家のパン屋の手伝いをしている。 「レティ、鎮静剤をいっぱい飲むと、体に悪いんだよ」 「知ってるよ、だから、あたしは一粒でいいの。背も低いし、あんまりたくさんは要らないの。ありがとね、ユウ」 後輩なだけに、ちゃんと礼を言って行くだけジャクリーンよりはいいが、相変わらず理由は不明だ。 『……謎だ』 謎は謎を呼び、理由は皆目見当がつかなかった。 「───わかんないよなぁ、なんだって鎮静薬ばっかり持っていくんだろ」 放課後、机に座った私がそう言うと、トッティが、 「うちの姉貴も、しょっちゅう薬飲んでるなぁ、眉間にすげー皺寄せてさぁ。お袋と一緒に、でっかい瓶に入った頭痛薬飲んでるよ」 「へえ」 「そういう時ってさ、たいがい、すっげー機嫌悪くてさぁ、なにかって言うと、二人して俺に八つ当たりするんだぜ、姉貴なんかヒステリー寸前だよ。まったく、やってらんねぇよ」 と教えてくれた。 「ふうん、そんなもんなのかなぁ」 わが家は男所帯で、女は一人も居ないので、良く判らない。私は救急箱の蓋に貼られた、タイプライター打ちの『内容物リスト』を確認しながら言った。 「まあ、いいか。取りあえず、無くなった薬は補充しとかないとな」 「そう言えばさ、お前、その薬、ぜんぶ自腹で買ってんの?」 トッティに聞かれて、私は答えた。 「そうだよ」 「ぜんぶ自腹?」 「まあ、うちに在庫がないものは」 「金取れよ、あの女たちから。お前、慈善活動の赤十字じゃないんだからさ」 「それほどのものじゃないさ。ほとんどの薬は軍の放出品だから二束三文なんだ。頭痛薬なんて千粒で10ドルかそこらだし」 「そんなもんかぁ?」 「じゃあ、お前が僕んとこにバンテージ一枚貰いに来るたんびに、25セント請求しようか?」 そう言うと、トッティはコロリと態度を変えて、私の肩をポンと叩いた。 「慈善活動、頑張ってくれよな、ユウ」 「いきなり変わるなよ、お前」 その日の夕方、私はサウス・ツーソンのドラッグ・ストアに出掛けた。無くなった頭痛薬を補充するためだ。 「やあ、ユウ。今日は何が入り用なんだい?」 ラルフおじさんがカウンターから身を乗り出し、ニコニコしながら聞いてくれる。手には大きなマグ・カップを握っている。 このドラッグ・ストアには、いつもコーヒーの香りが漂っている。カウンターにコーヒー・メーカーがあるせいだ。 「いつもの鎮静剤を一箱と、バンテージ一箱、それに使い捨てメスを四本と……あと何だったかな?」 私はハバー・ザックから救急箱を取り出し、リストと内容物を照らし合わせた。 「……えーと、あと縫合用のシルク糸、消毒液に浸されてるやつを四パック、医療用ビニール・テープ一巻き……いや二巻きにしとこうかな、それだけ」 「それだけ、って言うには、結構な量だな。全部、放出品でいいんだな?」 そう言うと、マグ・カップのコーヒーを啜りながら、品物を一つずつ棚から取り出して行った。 「それにしても、ユウ、随分と鎮静剤の減りが早いなあ。調子が悪いのか?」 「いやぁ、僕が飲んでるんじゃないよ、クラスの女の子がみんな持って行っちゃうんだ」 「ああ、なるほど」 この時に、ラルフおじさんの台詞、「なるほど」を良く考えてみるべきだったかも知れない。しかし私はそれに気付かず、こう続けた。 「まったく、なんだってうちのクラスの女の子たちは、救世軍の慈善食堂に群がるみたいに、僕の鎮静剤を持ってっちゃうんだろう?」 ブッ、という音に私が顔を上げると、ラルフおじさんはコーヒーを吹き出してから、盛大に咳き込んでいた。 「おじさん、だいじょうぶ?」 「───いや……お前、本気で言ってるのか?」 「は?」 「あれ? お前、何歳だったっけな、ユウ」 「十一歳だよ」 「……まあ、知らない場合は知らないよなぁ、ジョージの家で育ってるんだものなぁ」 「何が?」 「いや、なんでもない」 「なんなの?」 「そのうち判る時が来る。お前にだって、そのー、何というか、似たような……」 「僕は別に、頭痛なんてしないよ」 「だから、頭痛じゃなくてだな、成長に於ける、あれだな」 「だから、それ、一体なんなの?」 「ああ、まったく、ジョージに聞け、ジョージに」 「ジョンジーなら知ってるの?」 「あいつだって、一応は子持ちで、二人とも娘だったし、それ以前に結婚してたんだから、知ってる筈だよ」 「娘の子持ち? 子供が居るのと居ないのとで、なんか変わるの?」 「えーとだな、その子供が生まれる以前の過程でだな……うーん、コウノトリじゃ説明にならんしなあ」 「コウノトリ? フェデックス(宅急便)で子供でも連れてくの?」 「ああもう、いいから、家に帰ってジョージに聞け!」 しまいには追い出された。 ラルフおじさんが敬虔で生真面目なクリスチャンであったことは、お互いにとって不幸であった。 「ねえジョンジー」 「なんだ?」 「僕が持ち歩いている救急箱さあ」 「『機材、応急処置、野戦向け、個人携帯用』のことか?」 その救急箱の正式名称である。 「その中に入っている鎮静剤なんだけど」 「確か標準セットで、頭痛用が二十粒、軽傷用が十粒、重傷用のアンプルが二本だな」 「そう、それ。それの頭痛用のやつが、学校でどんどん使われちゃうんだよ」 「頭痛持ちが多いんだろうな」 ジョンジーはライフルを分解しながら、そう答えた。 「ぜんぶ、女の子が持っていっちゃうんだ」 「女の子の頭痛持ちが多いんだろうな」 「それだけなの?」 ジョンジーは、ものすごく不思議そうな顔をした。 「そうだろう? 頭痛薬を欲しがる奴は、頭が痛いから欲しがるんだから、ただ単にそれだけだろうが」 「そうなのかなあ」 「他にどんな理由がある?」 ジョンジーは本当に、「本当の理由」に思い当たっていないようだった。 だから私も、 「まあ、確かにそうだね」 と答えて、なんとなく納得するより他になかった。 私が『生理痛』という医学的症状の存在を知るのは、もうちょっと後のことであった。 |