「綺麗だね、英士」
 英士を腕の中に包み込み後ろから抱き締める形で、潤慶は桜を見上げる。英士は後ろにいる潤慶に体重を預け、小さく同意の意を示してから、また桜に視線を注いだ。
 満開の桜は2人の上で枝を広げている。
 満開の、桜。
 それを見上げる自分を、去年はなかった温もりが包んでいる。
「……今日は、何しに来たの」
 暫時、2人で桜を鑑賞して。幸せそうに英士を抱きすくめて、ただ桜を見上げる従兄に、英士は小さくそう尋ねた。後ろから小さな笑い声が聞こえ、英士はそちらを振り返る。
 いきなり、何の連絡もなしに従兄が英士を訪れることは決して珍しいことではなかったが、それでもこんな、何の行事もない平日の日に、日本にやってくることはなかったのに。
「英士と一緒に、桜を見に来たんだよ」
「……なんで、また」
「英士が昨日のメールで、桜が綺麗だって教えてくれたからね」
 頬に口付けて、潤慶はまた桜を見つめる。腕の中にいる英士をしっかりと抱き締めて、その感触が齎す心地よさを余すところなく享受する。
 青い空と自分たちの間にある薄色の花は、静かに枝を揺らして、2人の上に花びらを散らせている。
 去年も英士は、桜が綺麗だと教えてくれた。
 けれど、次の土曜日を待って日本にやってきた潤慶を待っていたのは、もう既に盛りを過ぎてしまった桜ばかりで。足元に残された、元は木の上を彩っていた花びらたちは、ただ踏み潰されて土の中に消え去ることを義務付けられているだけで。
 どうして、行きたいと思った時に行かなかったのか、後悔した。
『桜がね、綺麗だよ』
 その前の晩に電話をかけてくれた英士の声が、脳裏を幾度も反芻した。
『潤慶にも、見て欲しいぐらい』
 受話器の向こうで少し寂しそうに微笑む従弟の姿など、容易に想像することができた。この優しい従弟は、誰かに迷惑をかけてまで、自分の意思を貫こうとはしない。
 それを潤慶は、知っていたのに。
 判って、いたのに。
『一緒に、お花見したいね』
 そう言いたいことぐらい、それでも言えないことぐらい、英士のことを理解しているつもりだったのに。だからこそ潤慶は、時間を見つけて日本を訪れた。
 けれども、そのほんの僅かな差が、決定的な打撃となった。
 桜は散ってしまった。潤慶の来訪を待つことなく。英士の願いを聞き届けることなく。
 そんなに難しい夢ではなかったはずだった。ただ、美しいものを2人で分かち合い、それを眺める自分の傍に相手の体温を感じたかっただけなのに。
 潤慶が時を置かなければ、叶えてあげられた願いだったのに。
 どうして。
 学校とか、練習とか、日常生活とか。
 そんなものを一瞬捨ててでも、英士に会いに来なかったのだろう。
 潤慶は英士の隣で、ずっとそのことを悔いていた。
 あっという間に散ってしまったと言う桜を眺めて、英士は少し、悲しそうに微笑んだ。
 もしも潤慶が直ぐに会いに来ていれば、こんな顔をさせなくてもすんだのに。そう思うと、酷く胸が苦しかった。
 本当に大切なものを悲しませてまで、守りたかったものなど何もなかったのに。
『……また、来年咲くよ』
 そう呟いた英士は、笑ってはいなかった。
 2人の距離は『会いたい』というだけの理由で簡単に行き来できるものではなく。本当ならばいつでもそれを口にしたい衝動を、その性格と理性で口に出せないということを、自惚れでも何でもなく、潤慶は知っていたのに。
 まだ残っていた桜が、静かに散っていく様を眺めていた。桜は散っていく。ただ、散っていく。それがますます潤慶の胸を焦がした。
 だから。
 もう2度と、もう2度とこんな些細なことで、英士を傷つけたりはしないと決めた。
「潤慶」
 英士の指が、ゆっくりと潤慶の顔にかけられる。そして、潤慶の耳元に英士の唇が近付いた。
「……ありがと」
 小さく囁いた英士に、潤慶は軽く笑って。
 そして、愛しい従弟に口付けた。
 英士が笑ってくれて、良かった。
 そう、心の中で呟いて、潤慶はもう一度英士に口付けた。

 

 

 

豹様に捧げた絵。

 

絵を押し付けたらおまけSSを戴いてしまったのですvv(っていうかねだった★)

どっちかと言うと絵が付属品です。

素敵従兄弟をいつもありがとうございますvv豹さんvv

 

誰が何と言おうと桜なのです。ええ。ほら春だから。

珍しく潤慶1人。あ〜花が咲く〜♪潤慶は原色着るの好きなイメージがあるんだよねえ。

赤青黄橙緑紫黒・・・白は着なさそう、後ベージュ系も(何で)