雑記帳


雑記帳のトップへ戻るトップページへ戻る


A.I. 2001.07.05

 AI(人工知能)が愛を探す話です。って洒落のようで実は当たらずとも遠からず。主人公は人を愛するために作られたロボットなんですから。基本はピノキオらしいです。ここであらすじを書いてしまうとダメなので、例によって気になった点だけ書きましょう。

 まず脇役から。つーか、2体(両方とも人ではないので”n体”と書く)とも、非常においしい役どころです。まずは『ジゴロ・ジョー』。張り付いたように表情の変化に乏しい人形顔(”ドールフェイス”と書くべきか?)と動きのギャップが非常に魅力的なキャラクター。主人公とは行き当たりばったりで同行することになるだけなんですが、その動きは多才です。その名前のとおり”男娼ロボット”なんですが、女を口説くロボットなので、軽くステップを踏んだり、格好付けて回ったり、手を差し出したり、音楽を流したりと人間なら恥ずかしいような動きをどんどんやってくれます。主人公が愛し愛されるために作られたのに対し、ジョーは与える一方なので、その対比が面白いです。役者は助演男優賞とれるんじゃないかと思いました。

 で、もう1体の脇役である『テディ』。名前から察しがつくと思いますが、熊のぬいぐるみ(のロボット)です。身長が人間の3分の1ぐらいしかないわりに、ちょこまかと動きまわるのが可愛い。しかも、要所要所で一番おいしいところをかっさらってくれます。画面の端にひょこっと登場するだけっていうシーンがあるのもポイント高いですな。彼(?)がどんなことをやってくれるのかは、見にいってください。

 で、主人公なんですが、彼が登場するまでの展開が重いやら痛いやら。自分に子供がいる人なら思わずしんみりくる話です。主人公が家族に打ち解けてきたところで邪魔者(というわけでもないんですが)登場。ちょっち嫌らしい演出ですな。家族に打ち解けるシーンがあった後だけにその邪魔者との話が痛い痛い。このシーンも言葉では意味無いので見てください。

 あと特筆すべきは、その世界観の一端をになうロボット達の存在でしょう。アメリカでは日本車を破壊する事件が現実にありましたが、この作中ではロボットに職を奪われた人々がロボットを破壊するショーを行う話があります。しかも破壊の仕方がえげつない。うひー。

 主人公がジョーと出会う直前のシーンでこんなのがありました。ゴミ回収車が森の中へジャンクパーツを捨てにきます。そこへどこからともなく現れたロボット達。彼らは体のあちこちを欠損しており、ジャンクの中から使えるパーツを探し出して自分にくっつけていきます。捨てられたロボット達が自分で行うサバイバル。このシーンにも考えさせられるものがあります。しかもこのシーンには、他の映画では見られないような手段で撮影されています。これはパンフレットを読まないとわからないんですが、ちょっとびっくりするような手が使われてます。

 見にいったのは日曜日だったんですが、人が多いのなんの。席もほぼ満席で、チケット売り場と入場口で行列ができました。まあ、監督ウケや役者ウケで見に来る人が大半なんでしょうが、映画を見にいってこんなに人が多いのは初めてでした。

 現実にロボット技術はかなり発展してきてます。人を愛することはできませんが、人の間にいてコミュニケーションの活性化を促す役割のロボットはすでにいます(ちょっと前にニュースでやってました)。二足歩行も歩いて踊れるところまできてます。この映画みたいな世界は結構近くまできてるような気がしました。


雑記帳のトップへ戻るトップページへ戻る