=============================================================================== − Ghost Writer [霊体化能力者] − Edit by Adeth Windark/2008 =============================================================================== =============================================================================== §第2話 純潔種と守護天使 「疲れたー。おなかすいたー。」 埃まみれになったリリーナは椅子に座り込むなりそう言った。俺は読んでいる本から視線をはずし、ほどよくくたびれているリリーナを横目で見た。 「なんだ、まだいたのか。」 「なんだとはなによ!」 屋敷の扉をなんとか3つまで開けたものの、必ず何かに付きまとわれ、悲鳴をあげながら事務所にしている部屋へ戻ってくるということを繰り返していた。 「ねーなんかないの−? あ、台所ってどこ? 何か作ってあげようか?」 「台所? ああ、向こうの一番奥の部屋だったと思うが。」 「ねぇ、何が食べたい?」 「腹は減ってない。」 「なによもー。勝手に使うからね。」 「行ってもいいが、蛇口をひねっても赤い水と黒い水しか出ないぞ。」 「赤い水と黒い水? 何それ?」 「ホラー映画でよくあるやつだ。見たこと無いのか?」 リリーナの顔が青ざめた。 「赤って・・・血? 黒? ・・・黒って何?」 「これ。」 俺は自分の黒髪をつまんで見せた。 「イヤー!!!」 俺は耳を塞いだ。リリーナはおろおろしていたが、あきらめたように机に突っ伏した。 「・・・おなかすいたー・・・」 「・・・」 「・・・おなかすいたー・・・」 「・・・」 「・・・おなかすいたー・・・」 「・・・」 「・・・おなかすいたー・・・」 「・・・」 「・・・おなかすいたー・・・」 「・・・」 「・・・おなかすいたー・・・」 「うるさい奴だな。何しに来たんだお前は。しかたないな、ちょっと待ってろ。」 リリーナが跳ね起きて目を輝かせる。俺は事務所の奥の扉に入ると、湯を入れたカップラーメン、プラスチックのフォーク、砂時計を1つずつ持ってきて、リリーナの前に置く。 「・・・何これ?」 「カップラーメンだ。知らないのか?」 「じゃなくて、こんなのしかないの?」 「この屋敷で普通の人間が食べられるものはこれだけだ。」 「・・・栄養のバランスがすっごく偏ってない?」 「ならこれも食っとけ。」 俺は机の引出しからプラスチックの小さなボトルを2つ出した。 「・・・何これ?」 「字も読めないのか。初等学校からやりなおせ。」 「じゃなくて、女の子に何食べさせるのよ!」 「ビタミン剤とサプリメントだ。鉄分もカルシウムも食物繊維も取れる。無駄がなくていいぞ。」 リリーナは膨れっ面のまま黙り込んだ。黙ってはいるが、オーラが実体化しそうなぐらい怒っている。そうしている間に砂時計の砂が落ちきった。リリーナは手を出そうとしない。 「なんだ、いらないのか。」 俺が手を伸ばそうとすると、リリーナは反射的にカップラーメンをガードした。蓋をめくって食べはじめる。 「・・・あら、意外とおいしいじゃない。」 リリーナは満面の笑みをうかべながらスープの一滴まで飲み干した。 「食ったら帰れ。」 ニコニコ顔が瞬時に膨れっ面に変わった。 −◆− 「おーし、ここにしよーぜー。」 「おいおい、ここってゆーれー屋敷じゃなかったっけ?」 「馬鹿言え。昼間に幽霊なんか出るかよ。」 「そりゃそうだ。ぎゃはははは。」 玄関から3人の男がどかどかと入ってきた。気になったので視界を切り替えて見ると、頭のオーラが歪んでいる。どうやらドラッグをキメている連中らしい。 「お、可愛い子がいるじゃーん。」 「よーよー、俺たちと気持ちいいことしよーぜー、レロレロレロレロ。」 リリーナは俺の後ろに隠れた。 「あいつら追っ払ってよ。」 「面倒臭い。」 「何よ。私が襲われそうになってるっていうのに。」 「別にいいじゃないか。遊んでやれば?」 「馬鹿。何言ってんのよ!」 「よーよー、おにーさーん。俺たち最近女日照りでさあ、そいつ貸してくんね?」 「なんだ女に飢えてるのか。裏の温室に”アラクネ”って名前の美女が住んでる。あっちは男に飢えてるそうだ。行ってみたらどうだ?」 「ほぉ、おにーさーん、話せるじゃーん。」 「裏庭の出口はそっちだ。」 男達はぞろぞろと出ていった。 「ねえ。」 「ん?」 「アラクネって誰? 美人なの?」 「さあね。」 「さあねって・・・」 「食われる直前までは美女がいろいろしてくれるそうだ。俺は食われたことないから詳しくは知らないが。」 「食われる? ・・・アラクネ? ・・・アラクネって蜘蛛のことだっけ?」 「自分で見てきたらどうだ? 裏庭はあっちだ。」 「・・・まさか・・・」 その直後、裏庭と思しきところから真綿を裂くような男の悲鳴が微かに聞こえた。リリーナの顔が青ざめた。 「だから飢えてるって言ったろ。」 −◆− 「じゃあ、カメラ回すよ、レポートヨロシクゥ!」 「我々取材班は、ついに問題の屋敷に到着しました。ここは怪奇事件が何度も発生しているといわれるいわくつきのところで・・・」 外が騒がしい。 「誰か来たみたいだけど。」 「ん? ああ、TV局かなんかだろ。」 「TV?」 「怪奇番組の特集かなんかでよく来るぞ。」 俺は立ち上がって玄関へ向かった。 「どこ行くの?」 「ん? ああ、遠くから来たみたいだから少し相手をしてやろうかと思ってね。」 「そうなの。いいとこあるじゃない。」 俺は無造作に取材班に近づいていった。 「という事件があったそうです。あ、誰かきましたので、お話を伺ってみましょう。すいません、ちょっとよろしいですか?」 レポーターらしい女がマイクを向けてきた。 「いいよ。」 「地元の人ですよね?」 「ああ。」 「この屋敷にまつわる事件について何かご存知ですか?」 「ああ、いろいろ知ってる。」 「え、本当ですか。何か教えてもらえないでしょうか?」 「いいよ。で、いくら出す?」 玄関の扉の向こうで、リリーナがずっこける気配がした。プロデューサーらしき男が財布を出し、紙幣を何枚かねじ込んできた。俺は紙幣を見ないで感触だけで枚数を数える。 「あっちの落ち葉のあるところに墓石があるだろ。あそこにはブードゥーのゾンビが眠ってる。近づくと地中に引きずりこまれるから気をつけろ。」 「ブードゥーのゾンビですか。でも何故こんなところに。」 「この屋敷の昔の主がその手のオカルトに興味があってね。現地から材料を取り寄せて、自分の執事を実験台にしたんだ。」 「なるほど。お詳しいですね。」 「ああ、本人に聞いたからな。」 取材班は一様に?という顔をした。俺はかまわず続ける。 「そっちの池の底にはジェイソンが眠っている。」 「ジェイソンって、”13日の金曜日”の?」 「もちろん本物じゃないさ。何年か前、ここで”13日の金曜日”を真似た自主映画を撮ろうとした連中がいたんだ。そこでジェイソンがチェーンソーを持って池から出てくるシーンを取ろうとしたんだが、もぐったジェイソン役のやつがいつまで立っても出てこない。紐を足にくくっておいて合図に使ったんだが、紐を引っ張ると先端が切れていた。」 「なるほど、それで?」 「他の連中は溺れたんじゃないかって探しまわったが、池のどこにも見つからなかった。それどころか、池の中に入っている連中がいつのまにか1人、また1人と姿を消した。」「それは怖いですねぇ。」 「次の日、通りかかった子供が放置されているビデオカメラを拾った。池の周囲にはキャンプした後はあったが、誰もいなかったそうだ。」 俺が話をしている間に、ADらしき男がゾンビがいるという墓にデジカメをもって近づいていた。その男は何枚か写真を撮ると、もっとアップで撮ろうと落ち葉の中に踏み入った。次の瞬間、落ち葉の中から茶色の腕が突き出され、その男の足をつかんだ。男は悲鳴を上げる間もなく地中に引き込まれる。落ち葉の上にはその男の帽子だけが残った。玄関の扉の向こうで、リリーナが慄いている気配がした。 「あ、テープ切れました。交換します。」 カメラマンが車へ走っていった。 「ずいぶん詳しいのね。」 「まあね。」 「もっといろいろ知ってるんでしょう? 聞かせてくださらない?」 レポーターは俺ににじりよってきた。 「もっとギャラをくれるんならね。」 俺はいやらしくないようにニヤリと笑った。プロデューサーがきょろきょろとし、ADの帽子を見つけた。帽子を拾おうと墓に近づいた瞬間、プロデューサーは地中に引き込まれた。 「あ、そうそう。その池の周りは滑りやすいから近づかない方がいい。」 俺は忠告したつもりだったが、レポーターはカメラマンを催促していた。どうやらぎりぎりまで池に近づいていいカットを撮るつもりらしい。しかし、警告する間もなくカメラマンは足を滑らせて池に落ちた。派手な水しぶきがレポーターにかかり、彼女は驚いて足を滑らせ、池に落ちた。池の水面は少しだけポコポコと泡が浮かんできたが、すぐに静かになった。 「嘘は言ってないだろ。」 俺は屋敷に戻った。 −◆− 明日の夜は満月だ。月が明るく照らす夜。こんな夜、俺の感覚は最大限まで研ぎ澄まされる。テーブルにつっぷして寝ているリリーナの呼吸音がしっかり数えられる。その心臓が奏でるリズムもだ。昼間の光景がよほどショックだったのか、気づいたらリリーナは眠り込んでいた。しかたないのでコートをかけてやると、彼女の髪に触れた指先が痺れた。視界を切り替えると、彼女はうっすらと霊的防御膜に覆われていた。 「ほーお、やるな。だがこんなのはすぐに解除されるぞ。」 俺はしばらく観察することにした。1時間、2時間、3時間・・・。彼女の霊的防御膜は同じ強度を保ったまま健在していた。普通ならこんなに長時間張りつづけていたらすぐに消耗してしまうのだが、リリーナはどうやら無意識集中しているらしく、その強度は落ちなかった。  4時間、5時間、6時間・・・俺は睡魔に襲われ、意識を失った。 −◆− 「先生、起きてください(ゆさゆさ)」 「ぐー」 「お客さんですよ、起きてください(ゆさゆさ)」 「ぐー」 「起きなさいっていってるでしょー!!!(べしっ!)」 俺は顔に激痛を感じて目を覚ました。命中しているのはどうやら箒らしい。瞬時に意識を覚醒させると、俺は妙な気配に気づいた。ソファから飛び起き、コートを羽織りながら玄関へ向かう。扉を開けるなり、斜め上に向かって叫んだ。 「メーナ・メル・ティーチェ・ディガ」(白き翼が黒く染まる前に退去せよ) 扉を閉める。眠気がぶり返してきた。俺は大あくびしながらソファーへ横になる。もう一眠りしよう。 「ばかー!!!(べしっ!!!)」 俺の頭に箒が炸裂した。痛みは無視するとしても、むかついたのは無視できなかった。 「なんだ、腹が減ってるのか。そっちの部屋にカップラーメンとポットと水のペットボトルがあるから好きなだけ食え。俺は寝る。」 俺はソファに横になる。 「お客さんっていってるの!!!(ぐぃ)」 顔が靴に踏み潰された。この靴は砂だらけじゃないか。掃除すると言っておきながらこの様はなんだ。俺が起きようとしないと、顔がぐりぐりと踏みにじられる。俺はあることに気づいた。 「・・・おい。」 「なによ。」 「なかなか珍しいアップライトなアングルだな。」 俺がニヤリと笑うと、リリーナは赤面してスカートを押さえた。顔を真っ赤にしながら、靴を片方脱いで投げつけてくる。俺は手刀でそれを受け流した。靴は壁にあたり、その下にあるゴミ箱に入る。 「あ、ちょっと何すんのよ!」 「それはこっちのセリフだ!」 リリーナはゴミ箱に駆け寄った。そこから靴を取り出すが、ついでに手首にぐにゃりとしたものがついてくる。それは先日投げ込んだ霊体の腕だった。 「あんたはもー!!!」 リリーナがぶち切れた。靴を履いて、腕を引き剥がして地面に叩きつける。リリーナの靴が燐光に包まれると、腕めがけて踏みおろされた。腕は転がって回避しようとしたが、靴がその横を掠めた。見ると腕の側面が靴底の縁の形に削りとられている。腕は必死に逃げた。しかし、リリーナの神速の踏み込みを避けきることはできず、端や指先が踏みつけられて消滅する。腕はかろうじて部屋から脱出した。 「ぁぅ〜」 情けない声が玄関から聞こえた。それでリリーナは我に返る。 「そうそう、お客さんよ。」 「さっき追い返したぞ。」 「追い返したって、あのねー、わけのわかんない寝言言っただけじゃない。」 「あのな〜。」 俺は呆れて次の言葉が出なかった。あー面倒くさい。 「おい、扉の向こうにいるオマケ! さっき俺が言ったことがわからなかったのか?」 「・・・え〜と、何の話でしょうか〜ぁ〜。」 間の抜けた調子外れの返事。天然記念物級、いや世界遺産級の大物だろうか。数分後、俺の前に座ったのは、まさに世界遺産級の天然ボケシスターだった。 「あははは〜」 第一声は間抜けな笑い声だった。メガネをかけた綺麗な顔は汗をかいて引きつっている。俺は知覚を切り替えてシスターをスキャンした。身長は157cm±2cm、体重は・・・どうでもいいか。スタイルは服の上から見ても抜群。年齢は幅広く見積もって20歳±3ぐらいか。その間抜けな言動とは裏腹に、霊格が非常に高い。このシスターの霊気は真っ白だった。俺は開いた口が塞がらなかった。世界遺産級どころか、太陽系遺産級の代物だ。こいつは『純潔種』だった。『純潔種』というのは、キリスト教でいえばまったく穢れていない者を指す。穢れきった現代では十億人に一人いるかいないかという存在だ。それを証明するのが、彼女の上に浮かぶ2体の守護天使だった。キリスト教では人間一人につき2体の天使がつくといわれる。普通は最下位のエンジェルが2体だが、最近じゃあ洗礼を受けているやつでさえ1体ついているかいないかという有様だ。しかし、このシスターの守護天使は普通と違った。大天使・・・アークエンジェル級の守護天使だ。しかもそれが2体。って誰に説明してんだ俺。 不浄の巣窟といえるこの屋敷の中にいて、一切穢れていないのは、守護天使が作り出す防御フィールドのおかげだろう。一生かかっても見られない珍しいものを見せてもらった。で、このシスターが何をしにここへ来たんだ? 「で、ご用件は?」 「あの〜、ですね〜・・・」 話し方が溶けていくチョコレートのように甘ったるい。 「昨日〜、TV局の方が〜、行方不明になったと聞きまして〜」 眠くなってきた。 「あはは〜、眠そうですね〜、寝不足ですか〜」 「ぐー」 俺の後頭部に革靴がめり込んだ。リリーナの回し蹴りだろう。痛いのは無視し、甘ったるいシスターのセリフを聞くことにする。 「行方不明の原因は〜、あ・な・た、じゃないかって〜、みんなが〜」 「あー、わかったわかった。昨日何があったか説明するよ。」 俺は昨日の顛末をできるだけ詳しく説明した。 「俺は説明したし、警告もしたんだ。俺が殺したなんて滅相も無い。彼らの失踪はいわば自殺だろうね。」 「くー」 寝てやがる。俺は守護天使たちに向かって怒鳴った。 「おい、お前ら! さっさとこいつを連れて帰れ!」 「ねぇ、誰に向かって言ってんの?」 「誰って、お前・・・」 リリーナには守護天使が見えてないらしい。 「お前はどこまで中途半端なんだ〜!」 俺はリリーナのほっぺたを両方に引き伸ばしながら絶叫した。 「ひひゃい、ひひゃい!」 俺は筋力を強化すると、二人の襟首を持ち上げて玄関へ運んだ。玄関を蹴り開け、猫を放り出すように二人を外へ投げる。 「わ、わ、わ、わ!」 「い、や〜ん。」 二人が着地するのを確認してから怒鳴った。 「帰れ!」 俺は玄関を閉めた。 −◆− 妙な臭いで目がさめた。これは・・・ハーブティか? 「・・・」 事務所の真中にあるテーブルでは、リリーナとシスターによるお茶会が始まっていた。テープで修繕してあるボロいティーポットと、取っ手の欠けたティーカップ。ポットからは湯気が上がっていた。テーブルの真中には手作り感あふれるクッキーが山盛りになっていた。 「お前ら、人の家で何やってんだ。」 「あ、起きた。おはよー、ってもう夕方だけど。」 「おは〜よ〜ござ」 「お前はしゃべるな!」 俺はシスターに向かって怒鳴った。こいつの声は麻薬かなにかのようだ。聞いていると意識が朦朧としてくる。 「そうそう、メリルさんが聞きたいことがあるって。」 「メリル?」 「わたしで〜す。」 シスターはニコニコしながら手を振った。 「わたしの〜、教会の〜、神父さまが〜、言うには〜」 眠くなってきた。 「あなたは〜、魔王の〜、息子じゃないかって〜」 目が覚めた。魔王? 傑作だな。 「そうかもな。俺は自分が誰だか知らないしな。魔王の息子かもしれんなぁ。」 俺は飛び切り邪悪な笑みを作った。 「で、わざわざ餌になりに生娘が二人も来たとはな。じゃあ、そっちの大きいのから先にいただくとするか。がははははは!!」 シスターの上にいる守護天使が構えた。 「とりゃー」 リリーナが飛び蹴りしてくる。俺は腕から袖を垂らすように霊気の膜を作り、腕を回転させてリリーナの全身を巻き取った。リリーナは簀巻きにされて床に転がる。 「なんてことすんのよ!」 「そこでシスターが汚されるのを見てな。」 「い、や〜ん。」 シスターは腰をくねらせながら言った。顔はなんだかうれしそうに見えるのは気のせいか。しかし、こいつの声はまともに聞くと腰が砕けそうになる。これは一種の心理攻撃かもしれない。 「よーし、邪魔者がいなくなったところで、魔王の必殺技を受けてみろ!」 「あ〜れ〜」 テメーはどこの出身だコノヤロウ。俺が腕を伸ばすと、守護天使が防御フィールドの強化にかかる。俺の腕はその防御フィールドを難なく通過した。守護天使達があせる。俺はシスターのおでこを指ではじいた。 「はい?」 「見たか守護天使ども。お前らの防御なんてそんなもんなんだよ。魔王の必殺技”魔王デコピン”を止めることはできないのだぁ。そりゃそりゃ!」 俺はシスターのおでこにデコピンを連続してお見舞いした。シスターは一撃を受けるたびに『いやん』とか『あはん』とか艶っぽい奇声を発する。その表情は喜んでいるようにしか見えない。守護天使達は頭上で右往左往していた。いくら強力な天使が守護しても、対象者がその力を引き出す訓練を受けていなければ、防御といってもそんなもんだ。ざまあみろ。 「・・・う」 俺は急に吐き気をもよおし、外へ吐きに行った。外は満月だった。こんな日に限って吐き気がするというのはどういうことだ? 「・・・!」 俺は唐突にあのシスター、メリルといったか。こいつが送り込まれてきた理由がわかった。あいつは空気清浄機だ。いや、より正確には瘴気清浄機というべきだろう。誰だ、こんな作戦を考えた奴は。 「やれやれ。」 −第2話、終− -------------------------------------------------------------------------------- 第2話、解説  例によって解説という名の補足情報です。 ・矢口探偵事務所の食料備蓄  この事務所の倉庫にある食料は、1)カップラーメン(大量)、2)ビタミン剤とサプリメント各種(大量)、3)水のペットボトル(冷蔵庫いっぱい)の3種類だけです。栄養バランスはサプリメントで調整。収入のほとんどがカップラーメンとサプリメントを買いあさるのに使用されています。カップラーメンには日本製品もあり。”ラーメン”と書いてますが、ヌードル、うどん、そばもあります。 ・アラクネ  屋敷の裏庭にある温室に住んでいます。体重は50kgちょっと。虎縞の毛皮が美しく、差し渡し5mの細い足を持ってます。その名が示すとおり巨大蜘蛛ですが、あごから出る毒液には幻覚作用があり、これを付着させられると淫らな夢を見るといわれています。 ・ブードゥーのゾンビ  いつもおなかをすかせています。引きずり込まれたら、骨まで食われてしまうので注意。 ・ジェイソン  池の底は長い水草と粘性の高い泥が入っています。飛び込むと泥と水草に絡まれて浮上できません。ジェイソン君も同じです。 ・霊的防御膜  ルール的にはクラフター『結界[ClosedSpace]』です。寝ている間は張りっぱなしというのは、彼女の特殊な才能であるということで。 ・俺は顔に激痛を感じて目を覚ました。  今回は半分、どつき漫才です。 ・「メーナ・メル・ティーチェ・ディガ」(白き翼が黒く染まる前に退去せよ)  神霊語です。人間が最初に使っていた言葉で、バベルの塔事件以前に使われていた言葉としておきます。矢口が話しているのは天使に向かってであって、シスターは無視しています。矢口にとっては天使の方が脅威で、シスターはどうでもいいからです。 ・守護天使  1人につき2体というのは聞いたことがある人もいるでしょう。大天使級の天使がついているというのは、それだけ例外であるということで。 ・魔王の必殺技”魔王デコピン”  零距離からの肉体による単純明快な物理攻撃です。ダメージは0。痛いだけです。守護天使の防御フィールドを通り越してから攻撃しています。 ・瘴気清浄機  メリルの純潔種としての性質に引き寄せられる瘴気を、守護天使の防御フィールドで浄化するというものです。不用意に彼女に触れようとする霊的存在は、即座に破壊されます。 −第2話、解説、終− ===============================================================================