=============================================================================== − Ghost Writer [霊体化能力者] − Edit by Adeth Windark/2008 =============================================================================== =============================================================================== §第4話 入居攻防戦と人外社交界 「お嬢様、ご希望の荷物をお届けにあがりました。」 「ありがとう、服部。その右に入って2つ目の部屋に運んでおいて。」 「かしこまりました。」 「待て、お前ら!」 「?」 「?」 「さも自分の家みたいに引越しの荷物を運ぶんじゃねー!!」 ある朝、リリーナの執事である服部とかいいう男が、大量に荷物を運び込んできた。 どうやら完全に住み着く体勢にするらしい。 「この建物と敷地は俺のものだ。ちゃんと権利書もある。勝手に居住すんな!」 「広いんだからいいじゃない。あんたが留守の間に使える部屋を探してちゃんと準備できてるんだから。」 「(ムカッ)おい、お前!」 俺は服部を指差した。 「その荷物は持って帰れ。ついでにこれも持って帰れ。」 俺はリリーナを指差した。反射的に花瓶が飛んでくる。頭を横に反らして回避する。 「服部!」 「心得てございます、お嬢様。矢口様、これを。」 服部は1枚の紙を取り出した。何々、居住契約書? 「家賃は月、これぐらいでいかがでしょうか?」 服部は電卓を叩くと見せてきた。・・・むむ、いい金額だな。 「ちょっと待て。契約項目を2つ追加させてもらう。これが承諾できないのならダメだ。」 俺は万年筆を取り出すと、次の2項目を追加した。  ・屋敷にて起きるいかなる事についても、家主は一切責任を取らない。  ・家主に対してなんらかの暴力が振るわれた場合、罰金の上、強制退去とする。 「お嬢様、これを。」 「・・・ふざけてるの? こんなの承諾できるわけないじゃない。」 「じゃあ帰れ。」 「お待ちください、矢口様。家賃を1年分、先に振り込ませていただきます。」 「帰れ。」 「入居祝いとして世界のカップラーメン1年分を。」 「帰れ。」 「それと最高級サプリメントを1年分。」 「帰れ。」 「それと高品質ミネラルウォーターを1年分。」 ・・・ちょっと心が揺らいでしまった。待て、俺。 「ダメだ。帰れ。」 「そこをなんとか。」 「池に沈めるぞ、コラ!」 「何故ダメでございますか?」 「だいたい、なんで執事が交渉するんだ。本人がしろ。それにな、コイツがどうなってもいいのか?」 「といいますと?」 「入居した次の朝には死体になっていてもいいのか?」 「よくはございません。」 「なら帰れ。」 「ではこういたしましょう。矢口様に依頼します。」 「は?」 「お嬢様をお守りください。」 「俺はボディーガードじゃねぇ!!!」 「矢口様は正義の味方だとお聞きしておりますが?」 「正義なんて自分に都合のいい言い方だ。こんなところで通用すると思ったか。」 「ではお嬢様と婚約を。」 「殺ス!」 「では結納を。」 「話が進んでるじゃねーか。」 「では結婚を。」 「お前、どこの出身だ?」 「大阪でございますが、何か?」 「もうかりまっか?」 「ぼちぼちでんな。」 「・・・」 「・・・」 一陣の風が通り抜けた。こんな変な奴に仕えているだけあって、この執事は只者ではないようだ。手ごわすぎる。こいつは俺が最後に”勝手にしろ!”と言い出すのを待っているんだ。そうはいくか。 「よし、じゃあこういうのはどうだ。」 俺は契約の文章を書き直した。先の2つは破棄する。  ・探偵事務所の正式助手となるべく、常に指示された修行を怠らないこと。 「・・・お嬢様、これを。」 「・・・やっと私を認めてくれたってことね。」 「認めてねぇ。」 「いいわ。OKよ。」 「おい、さっきの1年分×4は?」 「もちろん納めさせていただきます。」 「いいだろう。契約成立だ。」 「わーい。」 「ありがとうございます、矢口様。」 −◆− 夕方。俺は装備のチェックに余念が無かった。いつものよれよれのスーツではなく、フォーマルな燕尾服。シルクハットにマント。ブーツはベルト付きの新品。そして銀でできているかのようなステッキを用意した。ベストのポケットに懐中時計を忍ばせ、例の腕輪もつける。 「? めずらしい格好してるわね。どこへ行くの?」 「仕事だ。会合の立会いを頼まれている。」 「こんな時間から?」 「会合は深夜2時からだ。」 「ふーん。」 「子供は寝る時間だ。さっさと部屋へ行け。」 「なによー、子供扱いして。私だってレディなんだからね。」 俺は不信な目でリリーナを見た。 「何よその目は。」 「・・・お前も来るか?」 「え、いいの?」 「いいとも。ただし条件が2つある。」 「条件?」 「その1。飛び切り上等で自分を魅力的に見せられるドレスを着てこい。」 「ドレス? なんで?」 「俺の格好を見てわからんか。正装でなければ入れてくれないんだよ。」 「なるほど。」 「その2。俺と絶対にはぐれるな。」 「は?」 「今から行く会合は、ある氏族の長の継承式がある。しかし、いつもトラブルに見舞われていてな。ごろつきスレスレの連中も沢山来る。お前みたいな生娘は途中で誘拐されても不思議じゃない。俺は助けないからそのつもりで。」 「氏族? ギャングなの?」 「違う。」 「マフィア?」 「違う。」 「ジャンキー?」 「違う。」 「フリークス?」 「近いな。」 「何なのよ?」 「ヴァンパイアだ。」 「何それ。冗談でしょ。」 「冗談なものか。そうじゃなきゃ誰が深夜2時に会合なんか開く。」 「じゃあ、聞くけど。なんであんたが呼ばれてるの?」 「俺は場の勢力を調節するバランサーとしての役目があるんだ。」 「バランサー?」 「そいつは道中で説明してやる。」 「ヴァンパイア・・・なんでとびきり上等なドレスが必要なの?」 「奴らの社会では、美しさはある種の防御能力のかわりとなる。周囲に意識させることで牽制し、不用意に手を出すリスクを計算させるんだ。そうして思考がループしている間は、誰も暴れたりはしない。」 「???」 「で、行くのか?」 「はぐれるなってどういうこと?」 「これから行く場所は、迷路みたいに入り組んでいて、様々な種族が来る。お前みたいのは誰かの連れという扱いになっていないと、すぐに連れ去られたりする。もしはぐれたとしたら、お前を探してやる暇なんかないからな。」 「・・・わかったわ。着替えてくる。」 「急げよ。目的地まで時間がかかるし、道中、お前にいろいろと説明しないといけないからな。」 小一時間後、リリーナは白いドレスで現れた。 「・・・赤の方がインパクトがあるんだが・・・」 「赤は持ってないわ。」 「首と肩は露出させておけ。」 「何で? ヴァンパイアのところに行くんでしょ?」 「ヴァンパイアが人間の中で一番欲情する部分がどこか知ってるか? 首筋だ。そこが隠れていると、誰かが先に牙を立てているのかどうか、気になってしかたない奴が出てくる。露出させておけば、そんな考えを持つ奴は出なくなる。見ればわかる話だしな。」 「間違って噛まれたらどうするのよ。」 「奴らは人間よりも礼節を重んじる。勝手に手を出すような粗暴な輩は、身内の手で真っ先に始末される。」 「・・・」 「あ、そうだ。これを身につけておけ。」 俺は腕輪を外すとネックレスに変形させた。細いチェーンで、中央には小さな十字架がある。それをリリーナの首にかけてやる。 「??? 今、形が変わらなかった?」 「細かいことは気にするな。これはある種のお守りだ。これを見て余計なことを考えるのを止める輩は多い。」 俺はリリーナの服装をチェックし、タクシーを呼んだ。屋敷の前には怖がって誰も来てくれない。したがって、屋敷からは離れたところを指定する必要があった。俺とリリーナは早々に屋敷を出て、途中に止まっているタクシーに乗り込んだ。 「いくつか注意点がある。説明するからしっかりと覚えておけ。」 「注意点?」 「まず、自分の常識を忘れろ。これから行くところは礼節が最も重んじられる。確かこうだからと勝手に行動すると、いらぬトラブルを招くことになる。」 「・・・わかったわ。」 「自分から話し掛けてはいけない。誰かに話を向けられた時だけだ。それ以外は会話してはいけない。もし何か聞きたいことがあったら、俺に小声で聞け。」 「うん。」 「自分から飲み物や食べ物に手を出すな。」 「うん。」 「誰かに何かを欲しがられたりしても、すぐに応じるな。基本は断るようにしろ。しつこいようなら俺の腕を掴んで合図しろ。俺が仲介に入る。」 「うん。」 「これは難しいかもしれないが・・・できるだけ無表情でいろ。感情を表に出すといらぬ興味を持たれることがある。」 「うん。」 「お前の紹介は俺がする。自分で自己紹介するな。」 「うん。」 「できるだけ声を出すな。悲鳴もだ。」 「うん。」 「挨拶されたら、会釈だけで答えろ。」 「うん。」 「見た目がかっこいいとか可愛いとかで見惚れるな。特にそういうのとは目を合わすな。」 「なんで?」 「意識を持っていかれる。」 リリーナの顔が青ざめた。 −◆− 俺とリリーナはタクシーを降りると、薄暗い路地を歩いていた。石畳にブーツとヒールの足音が響く。 「とにかくだ、お前は人形が歩いているような感じで振舞うようにすればいい。」 「・・・」 「人間は俺とお前だけだからな。見た目で判断するなよ。」 「・・・」 俺たちは古い石作りの住宅が密集した路地裏に到着した。鉄枠で補強された裏口をノックする。 「どなたですかな?」 老人の声がした。 「主に伝えてくれ、ヘルズキーパーが来たと。」 静寂が訪れる。 「”ヘルズキーパー”って?」 「ここでの俺の名前だ。まあ称号みたいなもんだ。」 「どういう意味?」 「”地獄の蓋の番人”。」 ほどなくして裏口が開いた。 「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」 俺たちを案内してくれたのは人間じゃなかった。身長は人間の半分ぐらい。顔はテリアを思わせる犬面。胴体も手足も毛むくじゃら。声はさっきの同じ老人のものだ。燕尾服の上だけを来て、蝶ネクタイをしている。リリーナは目が点になっていた。俺達は個室に通される。 「こちらでお待ちください。」 部屋はテーブルが1つ、ソファが2つ、椅子が2つ。どちらかというと控えの間のような感じだ。俺は服の中から水のペットボトルとサプリメントを取り出し、リリーナに渡した。 「今の内に少し食っとけ。多分、お前が飲み食いできるものは出ないと思うからな。」 「あなたが飲み食いできるものはあるわけ?」 リリーナがジト目で睨む。 「人間向きのものは出ない。俺はここに飲み食いしに来たんじゃないぞ。」 扉がノックされた。 「用意が整いましたので、こちらへ。」 先ほどの犬執事の声だった。 −◆− 俺達が通されたのは、小さなオペラホールのようなところだった。2階フロアから上の貴賓席のようなブースの1つ。それが俺とリリーナのいるところだ。どうやら来賓用らしく、同じようにある他のブースには、様々な種族がいた。ホールの中空を小妖精が数体、燐光を撒き散らしながら飛び回っている。俺たちの正面向かいのブースには狼男とおぼしき獣人が数名いる。ざっと見たところでは、別のタイプの獣人が2〜3組、小妖精の引率と思しき妖精族が1組、直立二足歩行する昆虫人間、アラビアの女性のような衣装をまとったものが1組(こいつらはベールの隙間から見える瞳が金色だった)、グレイのような宇宙人っぽいのが一人、頭部に角を持ち、背中に蝙蝠の翼を持つ男女1組、天使のような雰囲気だが翼が黒い男、全身のあちこちに鳥の羽根飾りをつけたトカゲ人、髪の毛が炎のようになっており、目を閉じている魔人、彫像のように微動だにしない岩男など。黒い霧のようなものがうごめいていて、その中で金のゴブレッドだけが浮いているところもあった。1階の小さなステージには精巧な彫刻を施した玉座があり、今にも死にそうな老人が座っている。客席に相当するところには、服装を赤で統一した一団と、黒で統一した一団が半分ずつ占拠していた。赤の一団の先頭の一人は長さ2mほどの剣を、黒の一団の先頭の一人は、長さ1.5mほどの槍を携えていた。 「静まれ。」 玉座の老人が一言発した。沈黙が支配する。訛りがひどいが、しゃべっているのは英語だった。 「エイベリオンに連なる血族、アーケイア・オルターを束ねしガードナーの息子、テオールをこれに。」 死にそうな外見とは裏腹に、地響きかと思えるほどしっかりした太い声で老人がしゃべった。赤と黒の一団の中央後方にある扉が開き、一人の男が入ってきた。オールバックにした黒髪。瞳の色は真紅。白で統一したスーツにマント。その顔は微かに微笑み、犬歯の先端が唇から覗いていた。その男は玉座の前まで歩いてくると、膝をつき、頭を垂れる。 「汝、千年をかけ、全ての長の英知と苦悩と重圧をその身に刻むことを望むか?」 老人がよく通る声で男に問う。 「御意。」 男は即座に答えた。 「ならば手にせよ!」 老人は立ち上がり、両腕を水平にひろげた。床に落ちる老人の影が十字架に見える。男は老人に近寄ると、正面から抱きついた。そして口を大きく開け、犬歯が煌かせると、老人の首に噛み付いた。男の喉には老人の血が大量に流れ込む。 ピシッ! 乾いた木の枝が折れるような音がした。次の瞬間、老人が粉々になり、砂と化して流れ落ちる。男を中心にして竜巻のように空気が渦巻き、床に積もった砂を全て吹き飛ばした。男の口と喉元は鮮血に染まっている。男は歓喜に満ちた表情で振り向くと、玉座に腰を下ろした。 −◆− 俺達は先ほどの控え室に戻ってきた。戻る途中、リリーナはほとんど自分では動かず、俺は引きずるように連れてきた。リリーナは顔面蒼白になっていた。どうやらショックが強すぎたらしい。俺はリリーナの頬を外側へ引っ張った。 「・・・痛いじゃない!」 リリーナは俺の手を振り払った。 「どうだ、感想は?」 「もう何がなんだか、わけわかんない。」 「ふむ、”真世界”へようこそ。」 「・・・”真世界”って何?」 「人間が知らない本当の世界って意味だ。」 「なにそれ、わけわかんない。」 リリーナは俺が差し出したペットボトルの水をごくごくと飲んだ。 「1つ聞いていい?」 「ああ。この後、宴がある。宴の間はほとんど話せないから、今の内に聞きたいことを全部聞いておくといい。」 「じゃあ・・・あのおじいさん、なんで砂になるの?」 「お前が見たのは、ここの血族−−ヴァインパイアの一族って意味だが−−の継承の儀だ。ここの歴代の長は、次の世代の長に自分の全ての血を与える。」 「ヴァンパイアって死なないんでしょ? なんでそんなことをするの?」 「死なないってのは正確じゃないが・・・まあいい。ここの血族の創始者は、自らの一族が繁栄するため、頂点に立つ長に最高の力を求めた。その答えがアレだ。」 「? どういうこと?」 「さっきも言ったように、歴代の長は、次の世代の長に自分の全ての血を与える。これは彼らにとって全てのエネルギーと知識と魂を渡すことになる。」 「だから砂になるの?」 「そうだ。この儀式の面白いところは、歴代の長の全ての力と知識が受け継がれることだ。」 「全ての力と知識? ・・・まさか」 「そうだ。今の長は歴代の長の全ての記憶、そしてヴァンパイアとしての能力を使うこができる。お前がちゃんと霊視できればわかるだろうが、奴は一人で一国の軍隊に相当する戦闘能力を持つ。」 リリーナの目が点になった。 「あ、あの・・・」 「なんだ?」 「ヴァンパイアって・・・人間の敵じゃないの?」 リリーナは消えそうな小さな声で言った。 「・・・んー、だとしたら、人間は地球に存在するほとんどの生き物の敵だな。」 「どういうこと?」 「食物連鎖。」 「?」 「人間は食物連鎖の頂点にいると考えているが、本当は違う。頂点にいるのは奴らヴァンパイアだ。奴らは異世界の化け物なんかじゃない。れっきとした生態系の一部だ。」 「でも、血を吸ったり蝙蝠に変身したりするわけでしょ。生き物としての範疇を超えてるって言わない?」 「牛や豚といった家畜からすると、人間は十分奴らの理解の範疇を超えている。品種改良や遺伝子操作までやってのけるしな。スケールは違うが、その構図は同じだ。」 「・・・だったら私達、なんでここにいるわけ? 奴らの晩御飯なの?」 「食物連鎖や知能の面で下位にある生き物が、より上位の生き物と肩を並べることがあるってのはよくある話だ。例えば犬なんかがそうだ。それと同じさ。」 「犬・・・私達って犬並なわけ?」 「犬といっしょにするな。格が違う。」 −◆− 祝宴が始まった。サッカーコートが1面とれるような大きさのホールに招かれる。壁際に、各種族に対応した食事と飲み物が用意されている。狼男らしい一団のところには、叩き切ってきたばかりのような生肉が大量に用意されている。それに対し、妖精族らしい一団のところでは、水ばかり飲んでいるように見える。各種族はお互いに干渉しないようにかなり間を広くとられていた。 エスコートするようにリリーナに俺と腕を組ませると、主賓であるヴァンパイアのいる玉座にまっすぐ向かった。そのヴァンパイアの前では、様々な種族の代表らしきモノ達が、挨拶をしていた。周囲のテーブルからは俺達に視線が集中しているのを感じる。リリーナの腕から震えが伝わってきた。俺は周囲から見えない部分のリリーナの腕をぎゅっと抓んだ。反射的に怒りのオーラが伸びてくるが、平然と無視する。挨拶の列が俺達の番になった。俺は無言で会釈する。 「やあ、ヘルズキーパー。よく来てくれた。」 「この招きをすっぽかしたりはしないさ、プリンス・テオール。地球の裏側からでも飛んでくることにしている。」 「おや、その杖は?」 「この前、手に入れた逸品だ。あんたの即位と同じで、使うのは今日が始めてだがね。」 「それはすばらしい。・・・それで、こちらのお嬢さんは? この前とパートナーが違うようだが。」 「紹介しよう。彼女はローズ・シュピーゲル。」 それまで尊大にも玉座に座ったまま応対していたテオールは、ここで初めて立ち上がった。段を降りてリリーナの前にかがみこむ。ぼーっとし始めているリリーナの腕をとり、テオールに差し出させた。テオールはリリーナの手を取ると、手の甲に口付けした。 「よくぞいらっしゃいました。」 テオールは人間の基準で見ても圧倒的な美形だ。高貴なオーラを纏い、輝いているように見える。その視線は一瞬でご婦人方を骨抜きにするだろう。そしてそれはリリーナも例外ではなかった。顔は紅潮しており、酔っているような表情になっている。俺はリリーナと腕を組みなおすと、彼女の腕を強く抓った。少し遅れてリリーナが俺の腕に爪を立ててきた。正気に戻ったらしい。 −◆− 俺達はテオールへの挨拶の後、離れた壁際にたたずんでいた。リリーナは早くも退屈そうにしていたが、俺の仕事は立会いだ。俺は油断なく会場全体を監視していた。嫌な予感がする。 ふと1体の小妖精が飛んできた。身長は20cmほど。ぼんやりと光につつまれており、虹色の燐光を撒き散らしながら飛行する。小妖精はリリーナの周囲を飛び回りながら、なにやら話し掛けてきた。一時も同じ場所で静止しない。 「キュルキュルキュル、キュキィキュィ」 小妖精はテープの早回しのような声を発してくる。 「なんて言ってるの?」 「ちょっと待て。」 いくら俺でも妖精語は習得していない。しかも、この小妖精は早口言葉の10倍ぐらいのスピードでしゃべっている。俺は霊気を練り上げ、指先から糸を作り出すと、その先を小妖精の頭に繋いだ。その途端、小妖精の言いたいことがイメージとなって怒涛のように頭に押し寄せてきた。押し寄せるイメージは一貫しておらず、本題とは関係ないことも世間話のように混ざっている。伝わってくる中でリリーナのイメージのものだけを抽出する。 「こいつはお前の綺麗な髪が1本欲しいそうだ。」 「? なんで?」 俺はリリーナと会話しながら、小妖精に質問のイメージを飛ばす。 「玩具。お土産。外へ出たのは初めてなので、何か記念品が欲しいらしい。」 「別にいいけど、1本ぐらい。」 「おいおい、安請け合いするな。体の一部ってのはいろんなことに使えるんだぞ。」 「いろんなこと?」 「よくあるのが呪いの類だが、妖精ならいたずらに使うだろうな。例えばお前の部屋に自由に出入りし、ひっかりまわしたりとか。」 「なによ、それ。」 小妖精は顔の前で両手を組み、懇願するようにリリーナを見て、キュルキュルと鳴いて訴える。その顔は泣きそうに見えた。 「う、・・・まあ、いたずらとかに使わないんならいいけど・・・」 俺は小妖精の飛んできた方向を確認した。同じような小妖精が2匹。妖精族の代表らしい男女(その外見は綺麗だが人間離れしている)がいた。 「よし、じゃあ同じものと交換でどうだ。お互いの敬意の証としてな。それならよからぬことに使ったりはしないだろう。」 「・・・うん。」 俺は小妖精に代表のどちらかの髪の毛と交換するイメージを送った。小妖精は頷くと、代表のところへ戻っていった。ほどなくして、銀色の髪を1本持ってくる。それと交換にリリーナの金色の髪を渡した。小妖精は小鳥がさえずるような声を発してリリーナの周囲を飛び回り、最後にリリーナの頬にキスをして飛んでいった。リリーナはにっこりと微笑んでいた。 「ちょっと貸してみろ。」 俺は掌に霊気を集中すると、長さ10cmほどの多数の触手を作り出し、実体化させた。そこに銀の髪を置き、触手でリング状に編んでいく。小さな髪を人間の指では不可能な動作で編み上げる。数分後、銀の髪は銀の細い指輪になっていた。 「後でなんかの役に立つだろう。身につけておけ。」 俺はリリーナに銀の指輪を渡した。 −◆− 自慢じゃないが、俺の嫌な予感はよく当たる。突然、ホールの誰もが黙り込み、天井を見上げる。流石に人間よりも霊格が高い連中ばかりのことはある。ホールにいるリリーナ以外の全員が、何者かの侵入を感知していた。テオールの前に、赤いローブを来て剣を持つ一団と、黒いローブを着て槍を持つ一団が瞬時に現れた。一部のヴァンパイアが持つ加速能力。普通の人間には瞬間移動してきたようにしか見えないだろう。赤の一団は『ブラッド・ムーン』、黒の一団は『シャドゥ・スパイク』という。テオールの直属の騎士団であり暗殺集団でもある。 そしてそれはやってきた。天井にひびが入り、瓦礫と砂埃を撒き散らして巨体が着地する。全身が金属鎧に包まれてはいるが、左腕と右足は妙に細い。逆に右腕と左足は妙に太い。そして頭部はその3mほどの身長にしては妙に小さかった。右手には先端が放射状の棘に覆われた巨大な棍棒を持っていた。 「デオーーール!!!」 鎧の巨人が吼える。石の床をその重量で軋ませながら、鎧の巨人が玉座へ向かって突進してきた。赤と黒の一団が瞬時に鎧の巨人の左右と上に出現し、四方八方から剣と槍が突き立てられる。剣と槍は正確に鎧の隙間を貫いていた。しかし、鎧の巨人は棍棒を振り回し、群がるものたちを弾き飛ばした。床に転がった赤いローブの剣士に巨大な棍棒が振り下ろされる。棍棒の棘を胴体に受け、赤いローブの剣士は血反吐を吐くが、次の瞬間、砂と化して崩れ落ちた。鎧の巨人が体を震わせて全身に力を込めると、突き刺さっていた剣と槍が全て抜け落ちた。 「ディーーーーン様ニ頂イタコノ無敵ノ肉体ーーーィ、雑魚ゴトキガ倒セルモノカーーーァッ!!!」 ホールにどよめきが走った。一斉攻撃を耐えしのぐ肉体。ヴァンパイアを一撃で砂にできる棍棒。赤ローブの剣士と黒ローブの槍使いは、テオールの前にいる2名だけになっていた。狼男と思しき一団が一斉に獣化し、鎧の巨人を威嚇する。殺気を漲らせ、殺る気満々だ。俺は早々に視界を切り替えて鎧の巨人を観察していた。奇形とも思える異様な体格。強靭な肉体。手にしている棍棒には、何か力を込めてあるように感じる。俺はリリーナの腕を解くと、巨人と玉座の間に割って入った。誰も何も言わなかった。鎧の巨人を除いては。 「ダー!! ドキヤガレ!! ブチ殺スゾ、人間!!!」 「お前は招待客リストに入ってないんだぜ。」 鎧の巨人が棍棒を振り下ろした。俺は瞬時に脚力を強化すると、棍棒の棘のすぐ内側へ入るように間合いを詰めた。俺のすぐ後ろの床が砕け散る。 「!?」 巨人の眼が鉄兜の奥で驚愕に見開かれた。間合いを詰めることで攻撃を回避されるとは思っていなかったらしい。一瞬の間の後、棍棒が横薙ぎに振るわれる。俺は間合いを離すことでそれを難なく回避した。俺は霊気を噴出させ、烏を思わせる黒い鎧に変えてそれを纏った。手にしていた杖に意識を送ると、それは瞬時に剣に変形する。俺は剣の柄を後方に引き、切っ先を鎧の巨人に向けた。 「ただの人間に倒される気分はどうだ?」 俺はやってもいないことをさらっと言って挑発した。 「誰ガ倒サレルダ!!!」 鎧の巨人は棍棒を思いっきり振り上げる。相手を一撃で粉砕するためのオーバーモーションだ。俺は棍棒が振り上がる前に霊気で筋力を強化し、剣を腰だめに構えると騎兵のように突撃した。狙いは奴の腰の鎧の隙間だ。そこは赤ローブの剣士の一人が先ほど剣をつきたてた部分だ。奴が棍棒を振り下ろしきる前に、剣の切っ先を鎧の隙間に押し込む。剣の刀身は半分のところで止まった。そこへ棍棒の一撃が来る。踏み込みが深いため、棍棒の柄の部分で殴られることになったが、それでも命中した左腕と左脇の鎧が砕け散る。当然、左腕と肋骨は砕かれていた。脳内麻薬が噴出し、苦痛を無視するのを助けてくれる。俺は全力で霊気を練り上げ、変形するイメージとともに剣に送り込んだ。 ザシュッ! 鎧の巨人は、もう一度棍棒を振り上げようとして、上げることはできなかった。ついでに動くこともできなかった。巨人が着ている鎧の隙間、特に首、肩、肘、腰、膝からは、いくつも剣の切っ先が不自然に出現していた。 「ただの人間に倒される気分はどうだ?」 俺はそう言うと剣にさらに霊気を送り込み、奴の体内で変形させた刃を拡張した。巨人の鎧の隙間からはさらに複数の刃が出現する。鎧の巨人は自分の体を見回そうとして首を動かしたが、その動きが結果として首を切断した。蝶番が外れるように巨人の両腕が床に転がる。俺は剣を元の形に戻るように命じると、巨人の体から抜き去る。巨人の胴体が落ち、遅れて両足が倒れた。 俺は鎧を解除し、剣を杖に戻す。左腕がちぎれそうに痛い。肋骨が肺に刺さってはいないようだが、呼吸が苦しく、一息毎に胸に激痛が走った。鎧の防御力を過信しすぎたようだ。奴は倒したが、こっちも相打ちに近いダメージを受けている。どうやら呼吸困難になってきているらしく、頭が朦朧としてきた。俺が意識を失う直前に見たのは、駆け寄ってくるリリーナの姿だった。 −◆− 複数のコンピューターに次々に電源が入る。例えるならそんな光景に近い。全身の神経が一斉に火花を散らして伝達信号を送り込む。俺は瞬時に覚醒した。目の前には泣き腫らした目をしたリリーナと、妖精族の代表らしい男がいた。苦痛は無いがかなり疲労している。俺はどこかの部屋のベッドに寝ているらしかった。 「よかったー。もう、心配したんだから。なんて無茶するのよ、あんなのに勝てるわけないで」 「黙れ。」 リリーナの声が凄く煩く感じる。意識してるつもりは無いが、妙に感覚が鋭くなった気がする。 「あんたが助けてくれたのか? ありがとう。」 俺は妖精族の男に言った。 「お礼なら彼女に言うべきですね。」 「?」 リリーナは俺に黙れといわれて、怒ってそっぽを向いていた。ふと、さわやかな森の空気の流れを感じた。俺は首をひねってみた。妖精族の男の後ろには、真っ白な馬がいた。その額には1本の長い角がある。妖精族とユニコーン、まあこれはわかる。リリーナがどうしたって? こいつにはまだ治療の術は教えてない。・・・ああ、そういうことか。妖精族の髪で作った指輪が早速役にたったということか。乙女の願いならユニコーンもその力を貸す。傷は癒えても体力はすぐには回復しない。眠気が襲ってきた。 「もう少し寝かせてくれ。」 妖精族の男は頷くと立ち上がった。森のような空気が消え、ユニコーンが姿を消す。リリーナはまだそっぽを向いている。 「やれやれ。」 俺は眠りに落ちた。 −第4話、終− =============================================================================== §第4話 解説  ではいつものように無駄に余計な解説を。 ・入居攻防戦  前半部分です。後半がきつい話なので、先に息抜きということで。 ・銀でできているかのようなステッキを用意した  読み薦めればなんとなく分ると思いますが、これは前話に登場したネイティブ・シャーマンの老婆が売っていた霊鉱石です。前話の報酬のほぼ全てをつぎ込んで購入しています。今回は社交用にステッキに変形。 ・フリークス  ここでは”怪物”という意味で使ってます。 ・オペラホールにいる来賓の面々  一見、敵対するものや、全く無関係なものがいるように見えるでしょうが、そうではありません。人間には知られることのない、彼らなりの社会があるです。 ・真世界  ルールクロスオーバーを行うために準備中の世界設定です。この小説はその世界設定に準拠して書かれています。 ・さらっと言って挑発した。  相手に大振りさせるためのひっかけです。 ・剣の切っ先が不自然に出現していた。  突き立てた霊鉱石の剣を、相手の体内で多数の枝のように伸ばして切り裂いています。これによって強靭な肉体を内側から破壊する作戦。 ・リリーナの声が凄く煩く感じる。  強力な治癒の術で回復したので、一時的に知覚過敏になっているだけです。 ・ユニコーン  リリーナはまだ乙女ですから。部屋の中に召喚門を開いてそこから現れています。 ・妖精族の男  『指輪物語』のエルフみたいな奴だと思ってください。 −第4話、解説、終− ===============================================================================