=============================================================================== − Ghost Writer [霊体化能力者] − Edit by Adeth Windark/2008 =============================================================================== =============================================================================== §第5話 心霊手術と霊的変異 前編  プリンス・テオール−−ヴァンパイア−−の継承の儀から1週間後、俺は再びテオールからの呼び出しを受けていた。用件はわかっている。深夜2時に訪れると、前回と同じ犬小人の召使いが案内してくれた。俺は儀式のあったホールに通された。玉座にはテオール。その右側には黒衣の槍使いが2人。左側には赤衣の剣士が2人。 「よく来てくれた、ヘルズキーパー。」 「ああ、どういう用件かはだいたいわかっているつもりだ。すでに予備調査を開始している。」 「それは頼もしいな。」 「あんたの方では何か情報は無いのか?」 「・・・」 テオールは考え込んだ。 「記憶が正しければ・・・該当する名前は”シミュラクラム・ディーン”・・・錬金術師だ。」 「ほう。」 「・・・ただし、300年以上前の情報だがね。」 「あの乱入者からすると、ホムンクルスか何かの研究がメインだろう。その線を追ってみよう。」 「よろしく頼む。」 俺は立ち去ろうとした。 「待ちたまえ。用件はもう1つある。」 これは予想外だ。何の話だろうか? 犬小人の召使いが指輪の箱のようなものを持ってきた。 「これを渡しておこう。必ず役に立つ。」 テオールは自信に満ちた声でいった。犬小人から箱を受け取って開ける。中には親指ほどの大きさの真紅の宝石が1つ入っていた。俺は顔をしかめた。氏族の長たるプリンス、得にこのテオールの一族の場合、その最強の力は”予知能力”だった。危機や困難を事前に察知し、未然に防ぐ能力。前回の継承の儀もそうだ。招待された者の大半は一線級の戦闘能力を持つものばかりだ。俺が渡されたのは”血晶石”だった。ヴァンパイアの血液を高い濃度で圧縮することで、蒸発や崩壊を極限まで遅らせた”血の塊”。これを飲み込むことで、一時的に絶大な活力と強力な治癒能力を得ることができる。 「・・・何故これを?」 「言っただろう。必ず役に立つ。」 愚問だった。俺はこの先、血晶石を使う羽目に陥るらしい。俺は定期的に報告を入れることを告げると立ち去った。 −◆− 「この子です。」 依頼主である初老の男は、1枚の写真を差し出した。写真には子犬を抱いた幼い男の子が写っている。髪は茶色の巻き毛。瞳は碧。依頼はこの男の子の捜索だった。滅多に無いが、こんな風に仕事が重なるときもある。こういう場合は自分でスケジュールを割り振るしかない。俺は初老の男から一通り話を聞いた後、情報整理と確認のために聞きなおした。 「じゃあ、情報を整理させてもらおう。依頼はこの写真の子供の捜索。この子は約1ヶ月前に行方不明になった。警察に届けたが、手がかりとなる情報が発見できず、3週間で捜査は打ち切られた。身代金の要求は無し。誘拐される心当たりも無い。そうだな?」 「はい。」 依頼主の初老の男はボーラー・メイスン、写真の子供はジム・メイスンという名前だった。祖父と孫という関係だ。メイスン家はよくある中流家庭で、家族も円満に過ごしていたらしい。身辺調査は後でやるとして、今は念を押しておかなければならないことがあった。 「失踪して1ヶ月。もし事故に巻き込まれたり誘拐されたとしたら、もう生きていない可能性が高い。身代金の要求があれば生死もはっきりできるだろうが、それも無いしな。お孫さんは死んでいる可能性が非常に高いが、それでも依頼するのか?」 「お願いします、たった一人の孫なんです。」 俺はボーラー・メイスンと会話しながら、彼のオーラを観察した。もし嘘をついている部分があるなら、それはすぐにわかる。しかし、彼に嘘は無いようだった。 「よし、ならこうしよう。まず1週間調査する。これで全く成果が上がらなかったら費用はいらない。幸運にもお孫さんを生きて連れ帰ってこれたら、こちらの請求分、全額支払ってもらう。もし死んでいて、遺体かその一部でも持って帰ってこれたら半額。遺品程度しか発見できなければ4分の1支払ってもらおう。遺体の一部や遺品は警察か別のところでも調べてもらってかまわない。その上でお孫さんのものじゃないなら、費用は払わなくていい。」 「・・・わかりました。それでよろしくお願いします。」 俺にとっては久々の普通の仕事だった。もっとも、俺のところに来る段階で世間一般で言うところの普通の依頼ではなくなっているのだが。 −◆−  さて忙しくなってきた。ひとまず先に手詰まりになりそうな、例の”ディーン”とかいう奴のことから調べておくことにする。まずは雑用からだ。リリーナに貸しておいた霊鉱石の首飾りを手に取り、十字架を手のような形に変形させて血晶石を掴ませる。俺はそれを首にかけた。次に霊鉱石の杖を取り、こっちは籠手のような形に変えて左腕に装着する。事務机の引き出しからストックしてあるノートを1冊出して、コートのポケットに丸めてねじ込む。俺は事務所にしている部屋を出て裏庭に向かった。入れ違いでリリーナが事務所に入ったような気配がしたが、そっちは無視する。俺は霊体化すると上昇した。 −◆−  霊界。それはある意味で宇宙のように思える空間だった。感覚的に上空へ向かって無限に広がっており、その限界はわからない。上に向かって上昇すれば、普通なら宇宙に出てしまうが、霊界では同じような空間が続くだけだ。下には地上があり、物質界との接点となっている。”死んで天に昇る”という言い方があるが、その表現はまさしく的を得たものだった。  俺は知覚を拡大すると、目的地を探した。霊界には様々な構造物が浮遊している。簡単に発見できるものの大半は、巨大な建物がまる1つ浮いているといったものが多い。俺が探しているのは図書館だった。通称、”ミーミルの首”。最初に発見した時には、巨人の首が浮いているのかと思うような外見だったことから、そう名づけた。実際には建物の周囲を瓦礫が浮遊しており、その配置のせいで遠目には首のように見えているだけだ。俺は拡大した知覚の端にそれを発見すると、圧縮した霊気を噴射して一気にその場所へ到達した。浮遊する瓦礫の内側は本当に図書館と思えるような建物だった。その基部は、地面から建物ごと剥ぎ取られているような姿をしている。中には重力が無いため、その無数とも思える蔵書は、全て浮遊していた。俺は霊気を練り上げると、大量の糸を作り出し、四方八方へ放射した。その内数本は、図書館の入り口に張り巡らせて簡単な結界にする。立体的な蜘蛛の巣のように図書館全体に糸を広げると、糸に接触している本に対して片っ端から検索を開始した。”シミュラクラム・ディーン”、”錬金術師”。この2つのキーワードに引っかかる情報を糸経由で吸い上げ、持ってきたノートに糸を使って転写を開始した。  この図書館は来る毎に蔵書の量が増えている。誰が増やしているのか全く不明だが、人間には知られることのない真世界についての情報は豊富だ。特に過去の様々な事象については、アカシックレコードかと思えるほど詳しい情報が得られることがある。具体的な情報は後でノートをじっくり読むとして、今は検索と転写に集中することにした。 −◆− 俺は裏庭に着地すると物体化した。裏口から事務所に入ってくると、リリーナがふくれっつらをして座っていた。 「どこ行ってたのよ?」 声に怒気がはらんでいる。何を怒ってるんだ、こいつは? 「仕事だ。」 「私は助手なんだから、ちゃんと連れて行きなさいよね。」 ははーん、そういうことか。 「今、人間向けのものと人間向けじゃないものの2つの仕事がある。」 「人間向けじゃない仕事?」 「そっちはお前がついてこれないだろう。ちゃんと修行してれば話は別だがな。」 リリーナは頬を膨らませた。そこで俺は空腹なことに気づいた。窓の外の風景は夕方になっている。俺は朝起きてから何も食べてない計算になる。 「明日、人間向けの仕事を手伝ってもらおう。」 リリーナの表情が反転する。 「本当?」 俺は奥の部屋へ入ってカップラーメンを準備し、水のペットボトルも持って戻ってきた。机の引き出しから砂時計を取り出し、逆さまにして机に置く。 「ああ。こっちは人手があると助かるからな。」 「わかったわ。私だって役に立つところを見せてあげるんだから。」 「ああ、明日は9時に出る。」 俺はそう言うと、リリーナがぶつくさ言っているのを無視してノートPCを起動した。ジム・メイスンについての予備調査だ。過去1ヶ月半にUPされているニュースログを片っ端から読む。ジム・メイスンの記事も少し見つかるが、必要なのはそれではない。視界の片隅で砂時計の砂が落ちきったのを確認し、カップラーメンに手を伸ばした。 「ねぇ、何やってるの?」 「予備調査だ。そうだ、この資料に目を通しておけ。」 俺はリリーナに書類封筒を渡した。中には依頼の契約書、ジム・メイスンの写真、失踪したと思われる周辺の手書きの地図、ボーラー・メイスンからの調書が入っている。 「依頼主はボーラー・メイスン。依頼は孫であるジム・メイスンの捜索だ。今から約1ヶ月前の夕方、突然失踪したらしい。」 「この写真の子供? 何歳?」 「5歳だ。その子は家のすぐ近くでいきなり姿が見えなくなったらしい。」 リリーナは資料を読んでいるようだった。そして顔をしかめる。 「これって警察は捜査を打ち切ったんでしょ?」 「そうだ。」 「そんなの探せるの?」 「そこでそう思う内はまだまだ素人だな。 」 「・・・あなたなら探せるっていうの?」 「その子についての情報や痕跡が途絶えたからといって、捜査する手段が無くなったわけじゃない。」 「でも警察には発見できなかったんでしょ?」 「警察が解決できるような事件なら俺のところに依頼は来ない。」 「でも・・・かなり絶望的って言わない?」 「言わないね。俺はプロだ。」 −◆− 朝。小型のリュックサックにノートPC、ペン、セロテープ5巻き、白紙のノートを10冊ばかり放り込むと、俺は9時きっかりに屋敷を出発した。籠手にしておいた霊鉱石は、色を変質させてベルトに偽装してある。つまりすでに臨戦態勢ということだ。俺はいつものペースでスタスタ歩いた。 「ちょっと待ってよ。歩くの速過ぎ!」 「あ? さっさと歩け。」 「何よ失礼ね。ところでどこへ行くの?」 「図書館だ。」 「図書館? どこの?」 「市街地の中心部、郵便局の近くにある図書館だ。」 「・・・それってかなり遠くない?」 「開館は10時からだ。今から歩いていけばちょうど開館に間に合う。」 「ねぇ、タクシーに乗りましょ。」 「なんだ、もう疲れたのか? 体力が無いと探偵家業は勤まらないぞ。」 「何よ、タクシー呼ぶお金が無いわけ?」 俺はリリーナを無視して自分のペースで歩き続けた。別に体力作りのために歩いているわけじゃない。周囲の警戒と尾行の確認、そして予備調査で得た情報の整理をしながらだ。周囲の住人には俺が誰なのか知られている。早々に扉やカーテンを閉める奴、じろりとにらんでくる奴など、俺に対する反応は極端だが、わかりやすい。肝心なのはそんないつもの反応とは違うことをしてくる奴だ。それは大抵尾行者だったりする。屋敷から2〜3ブロック行ったところで、尾行者らしき男に気づいた。さらに数ブロック移動する間に尾行の仕方を読んでみる。どうやら観察尾行のようだ。しばらくは放っておいてもいいだろう。こっちも相手をしている暇はないからな。  図書館に着いたなり、リリーナが椅子に座り込んだ。ロクな荷物も無いくせに、体力の無いやつだ。俺は閲覧室の1つを占拠すると、リリーナに指示を出した。 「よし、向こうのコーナーにある新聞を持ってきてくれ。」 「えー、疲れたー。」 「助手なんだろ?」 「わかったわよ。」 「今日のやつだぞ。3種類あるから全部持ってきてくれ。」 「はーい。」 リリーナが持ってきた新聞を片っ端から読む。次に過去1週間分のその3種類の新聞を持ってこさせる。めぼしい記事を見つけたら、そのページのコピーに行かせる。コピーを切り取ってノートに貼り付ける。見た新聞は返却させる。俺はひたすら新聞に目を通すことに集中した。新聞を借りに行き、コピーを取り、コピーを切り抜き、新聞を返却するのは全てリリーナの仕事だ。俺は切り抜きが溜まってきたら内容を確認しながらノートに貼り付けていく。1週間分、つまり3種類×7=21冊の新聞を読み終えた段階でリリーナが音を上げた。机に突っ伏す。 「疲れたー、おなかすいたー。」 図書館の時計は昼の2時になっていた。作業を中断し、近くにあるカフェで昼飯にする。食べている間、集めた記事を再確認した。 「ねー、何を集めてるの?」 「・・・お前、記事は読んでないのか?」 「あんなに次々に言われたら読んでる暇なんて無いわよ。自分は座ってばかっかりのくせに。」 「探しているのは類似事件だ。ジム・メイスンの失踪と同じような事件が起きていないかどうか。そしてそれに関連しそうな周囲の事件をピックアップしている。」 「それで何がわかるの?」 「法則性だ。この手の犯人は、同じことを繰り返す傾向が強い。」 「他にも同じように失踪してる子供がいるってこと?」 「そうだ。今回みたいに痕跡無く調査が打ち切られているものもあるだろう。それと関連すると思わしき事件、関係ないにしても同じ時期に起きた事件なんかを集積していく。ある程度量を集めると、そこになんらかの関連性が見えてくる。」 「・・・それってどれだけやるの?」 「ひとまずの目標はジム・メイスンが失踪した日付から2週間さかのぼるまでだ。」 「・・・ということは・・・」 「あと5週間分だな。」 「え−!」 「ダメならもう3週間分だ。」 「ねぇ、こんなことしてるよりも現場を調べた方が早くない?」 「現場は警察が徹底的に調べているはずだ。後で聞きに行く。」 「でも」 「1ヶ月も経過した現場にはほとんど痕跡なんか残っていない。ましてや警察が追跡できないのならなおさらそんなものは残さないだろう。よし、再開するぞ。」 俺は席を立とうとした。 「えー、まだ食べ終わってないのにー。」 −◆−  図書館での作業を閉館時間ぎりぎりまで行い、合計2日半ほどでで切り上げた。そしてその日の午後いっぱいを情報整理に費やす。警察が科学調査で追跡できないほど完璧に痕跡を残さずに誘拐できるとなると、犯人は人間ではない可能性の方が高くなってくる。しかもそうなると、その手段の数は天文学的に膨れ上がっていく。図書館で作ったスクラップブックは6冊になった。その情報をあわせて地図上にプロットしていく。同じような失踪事件は他にも5件あった。いずれも小さな記事で、その後の進展は新聞には無い。地図と記事、集めた情報を眠くなるまで何度も読み直した。  次の日の朝、リリーナを連れて警察へ向かった。着く前に知り合いの刑事にアポを取る。 「警察に知り合いなんかいるの?」 「まあな。」 「どうやって知り合ったの?」 「・・・後で本人に聞いてくれ。」 「なんで?」 「面倒だから。」 「もー、あいかわらずねー。」 「そんなに悪い奴じゃない。むしろ、お前の質問ぐらいなら丁寧に答えてくれるだろうさ。」 俺達は警察署に到着した。受付でハワード刑事を呼び出してもらう。アポが取ってあるので後は簡単だった。当人が疲れた顔でやってきて、会議室の1つに通される。 「・・・こっちのお嬢さんは?」 その刑事、ジョージ・ハワードは疲れを隠さない顔で言った。 「こっちの用件を先にしてくれ。俺が資料を見させてもらう間に、彼女とは好きなだけ話をしてくれていい。」 「・・・わかった。で用件は?」 俺はジム・メイスンの失踪事件を調査していることを告げた。ハワードが資料を取りに行き、書類封筒を1つ投げてよこす。 「資料はあんまり無いぞ。そんなもんだ。」 「ありがとう。刑事さんの相手はよろしくな。」 リリーナに振ると、彼女とハワードの間で様々な話が飛び交った。俺は資料に目を通すのに集中する。報告書、現場検証、事情聴取、聞き込み、科学捜査の結果報告、だいたい予想どおりだ。何枚かある写真の内、メイスン家を道路あたりから写してあるものがなんとなく気になった。何が気になったのかはわからない。ただの勘のようなものだ。だが、俺はそういう勘を信用している。気になったということは、無意識レベルで何かを知覚しているはずだからだ。 「ハワード、こいつのコピーをカラーでくれないか?」 「・・・え? ああ。」 ハワードとリリーナの会話は淡々と進んでいたらしい。ハワードはより疲れた顔になっており、リリーナの顔は少し青ざめて見える。俺はハワードから写真のカラーコピーをもらうと立ち上がった。 「邪魔したな。」 俺はハワードの胸ポケットにユーロ札を何枚かねじ込んで立ち去った。 −◆− 午後。文句を言うリリーナに無理やり留守番をまかせ、俺はボーラー・メイスンの家に来ていた。家族構成はボーラーとその妻、そしてジムの3人。ジムのの両親は数年前に事故で死亡しているらしい。俺は警察でもらった写真のコピーを見ながら、写真が取られた位置を探した。ほどなくしてその位置を見つけると、実際の家とじっくり見比べる。・・・俺が感じた違和感は、その家の2階の窓だった。写真では2階の左側の窓のカーテンは半分開いている。実際の家のそのカーテンは全て閉じていた。俺は玄関へ行き、呼び鈴を押した。出てきたのはボーラーだった。 「ああ、探偵さん。」 「ちょっと気になることがあってね。中に入れてもらえるか?」 「あ、はい、どうぞ。」 俺は中に入るとすぐに話を切り出した。 「2、3確認したいことがある。ジムが失踪した直後、家の中を警察は調べたか?」 「・・・いいえ。それが何か?」 「玄関から見て2階の左上の窓のある部屋は誰のだ?」 「・・・ジムの両親のものです。」 「その部屋はどうしている?」 「二人が死んでからはほとんどそのままにしてあります。たまにジムが入ったぐらいで。」 「その部屋に最近入ったのは?」 「・・・いなくなる前にジムが入ったのが最後だと思います。」 「その部屋を見せてもらえるか?」 「・・・わかりました。」 俺は2階へ案内された。途中ボーラーの妻らしい女性が心配そうにこちらを見る。俺は部屋に入ると、窓の位置を確認した。 「・・・あの、この部屋に何か・・・?」 「ちょと調べさせてもらう。」 俺はその窓のカーテンを開けると、床にしゃがみこみ、絨毯を調べた。砂や土屑などがわずかに埋もれている。俺は小さなビニール袋を取り出すと、その砂や土屑をできるだけ回収した。次は窓だ。その窓の鍵は内側から掛け金を下ろす単純なものだ。枠は木でできている。ゆっくりと窓を開け、掛け金を中心にじっくりと観察した。さらに視覚を強化し、顕微鏡のような視力で舐めるように観察する。掛け金の下側中心部分にわずかな傷がある。窓枠の同じ高さの外側に、幅2mmほどの傷があった。窓枠の傷は外からのもののようだ。俺の予想が正しければ、この窓は外から開けられ、誰かがこの家に侵入していたことになる。俺は窓を閉め、カーテンを引いた。 「あの・・・何かわかりましたか?」 ボーラーが不安げに聞いてきた。 「まだ何も確証は無い。漠然と情報は集めてはいるがね。これを調べれば、今収集している情報の裏付けが取れるかもしれない。明日、途中経過を報告する。」 俺はメイスン家を立ち去った。 −◆− 俺はメイスン家から歩いて離れながら仲介人に電話をかけた。 「俺だ。地質学に詳しくて土の分析ができる奴を紹介してくれ。」 「全く、いきなりだな。」 「急いでる。」 「わかったわかった。ちょっと待て。・・・大学の研究員でどうだ。警察の科学捜査にも協力した経験がある。」 「それでいい。紹介してくれ。仲介料はいつもどおり振り込んでおく。」 俺は仲介人から電話番号と名前を聞くと、すぐにアポを取った。 「・・・はい、ニールセンです。」 「私立探偵の矢口という者だ。突然で悪いが、土を調べてほしい。」 「私立探偵?」 「○×署のジョージ・ハワード刑事は俺の知り合いだ。疑うなら確認してくれ。」 「・・・わかった。かけなおすよ。」 俺は折り返しの電話がかかってくる前に、自分を霊体化すると、一気に加速して市街地へ降り立った。通りと住所から大学の位置を確認し、その方向へ歩き出す。大学の建物が見えてきたあたりで電話が来た。 「矢口だ。」 「ニールセンです。確認しました。なんでも失踪事件を調べているそうですね。」 「そうだ。失踪してから時間がかなりたっているんでね、できるだけ早く調べてほしい。」 「そうですねぇ。」 「今、大学の前だ。土の種類と大体の分布がわかればいい。どれぐらいで調べられる?」 「・・・まあそれなら10分もあれば・・・」 「礼金はキャッシュで先に払う。」 「・・・わかりました。迎えに行きます。」 大学の門の前で待った。守衛がこちらを睨んでくる。ほどなくして白衣を着た髭面の男がやってきた。 「ミスター・ヤグチ?」 「ああ。」 「トラッド・ニールセンです。」 「よろしく。」 握手し、校内へ案内された。通された場所はよくある研究室だった。俺は土を入れたビニール袋とユーロ札の束を差し出した。 「これだ。」 「・・・これは・・・また少ないですね。」 ニールセンはユーロ札をポケットにしまいながらビニール袋を眺めた。 「俺の予想が正しければ、この土は2箇所、もしくは3箇所の土の混合だ。そしてその土の分布を知りたい。」 「これだけ少ないと分布範囲の絞込みは難しいかもしれませんよ。」 「範囲は多少広くてもかまわない。」 「・・・わかりました。調べて見ましょう。」 ニールセンは土をシャーレに開け、ピンセットでよりわけながら顕微鏡で見るのを繰り返した。そしてデータベースに入力していく。その作業には30分あまりかかった。 「お待たせしました。地図の分布を出しますね。」 「この付近の地図で出せるか?」 「出せますよ。」 表示される地図の縮尺が変更される。黒地に白の海岸線と境界線の地図だ。そこに赤とピンクの楕円が重なって広がる。 「おっしゃるとおり、大体2種類に分類できますね。一部、どこにでもあるようなものもあったので、それらは除外してます。」 俺は頭の中で想像していた地図と画面の地図を重ねてみた。ピンクの分布にはメイスン家のある場所が。赤の分布には目星をつけておいた地域が含まれていた。 「こいつをプリントアウトしてくれるか?」 「いいですよ。」 −◆−  夕方。俺はある丘陵地帯に来ていた。ここ2ヶ月ほどで発生している失踪事件、その発生地点を地図にプロットした場合、この丘陵地帯がほぼ真ん中に来る。人間が行う犯罪なら範囲が広すぎるだろうが、犯人が人間じゃないならどれだけ広くても関係ない。夕日が差し込む森の中、俺は草茫々でもう使われていない道を発見した。その道に沿っていくと、蔦に覆われた古い教会らしい建物を発見した。周囲は荒れ放題だが、正面の扉は堅牢らしく、古くても普通に開きそうだ。視界を切り替え、周囲をざっとスキャンする。見たところ霊的防御は無いようだ。俺は静かに扉を開けて中へ入った。  中は埃だらけで、天井の一部に穴が開いている。運よく割れていないステンドグラスが、床に奇妙な模様を写していた。教会につきものの椅子の列はなく、ただ広いだけの空間になっていた。俺は用心のためにベルトにつけておいた霊鉱石を剣に変形させる。次の瞬間、影の中が一瞬きらめいたと思うと、何かが飛来した。とっさに剣で防御すると、ガキィンという金属音が響いた。飛来したのは金属製の円盤だった。直径が30cmほどもあり、その周囲は刃になっている。フリスビーのようなサイズの手裏剣といったところか。それを合図にしたのか、四方八方から同じようなものが次々に飛来した。左右にステップし、半分を回避して半分を剣で叩き落とす。円盤による攻撃は止まるどころか数を増した。どうやって発射しているのか、影になっている部分のあちこちから飛来してくる。そして、その円盤には殺気が無かった。誰かが発射している気配もない。しかし、その狙いは正確で、俺を切り刻もうと雨あられと投げてくる。移動して大きく回避しようとしたところで、進路を読まれていたらしく、右の腿にザクリと一撃を受けた。ズボンが破れ、焼けるような痛みが走る。床を転がって体勢を低くし、死角になる部分への攻撃には剣を変形させて防御する。足元ぎりぎりへの攻撃を独楽のように身体を回転させながら回避する。頭に来た1枚を防御し損ね、右のまぶたのすぐ上を切り裂かれた。視界の半分が赤く染まる。右足のダメージで動きが甘くなったところへ、コートの裾が壁に縫いつけられた。コートの裾を剣で切り裂いて、壁に刺さった円盤を踏み台にしてジャンプし、飛来する数枚を回避する。俺は剣を風車のように振り回し、さらに数枚を叩き落した。霊気を練り上げる暇が全くなかった。動きを止めた瞬間、俺はばらばらに切り裂かれるだろう。足を引きずりながら防御するが、円盤は無尽蔵に飛んでくる。転がって回避し、体勢を立て直したところで、十数枚が一度に飛来した。予測射撃も含めた投網のような攻撃。俺は円盤同士の隙間を読んで最小限の動きと剣裁きで防御する。それらの円盤を弾く寸前、倍のスピードで飛来した円盤が、他の円盤の間を跳弾しながら迫ってきた。とっさに体勢を変更するが、わき腹を割かれ、左ひざを裂かれ、最後に左腕に激痛が走った。俺は埃まみれになりながら床を転がる。円盤の雨を回避した俺が見たものは、断面から赤い糸を撒き散らしながら床に落ちる俺の左腕だった。脳内麻薬で苦痛が麻痺していく。円盤の攻撃はまだ終わらなかった。転がって回避し、剣を盾のように変形させて降ってくる円盤を弾く。 バキッ! 床が抜けた。俺のいた周囲に円盤が刺さり、床板が裂けたらしい。奈落へ身体が落ちていく。俺は剣を鞭状に変形させると、落下の途中で梁のような部分に先端を打ち込んだ。そのまま鞭状の部分を伸ばし続け、ゆっくりと降下する。建物3階分ぐらい降りたところで床があった。穴の真下はまずい。俺は鞭を剣に戻すと、床を這うように移動した。円盤の攻撃は止んだようだ。  俺は床に転がったまま、意識を集中し、霊気を練り上げて全身数箇所の止血を行った。しかし、それで息が上がってしまい、それ以上霊気を練ることに集中できなくなった。見ると左腕は完全に止血できていなかった。俺は剣に変形を命じると、左腕にあわせた。霊鉱石は俺の命令どおり切断された左腕に絡みつき、そこに新たな腕を作る。動きはぎこちないが止血し、義手代わりとなる。  ようやく一息ついて、周囲を見回した。狭い廊下のようなところに、円筒形の水槽のようなものがいくつも並べてある。暗くてよく見えないが、中は緑色の液体が入っているように見えた。俺は上半身をなんとか起こすと、よく観察した。その中には何かが浮かんでいた。・・・その中にいたのは子供だった。その髪型と体格、顔つきからすると、その子供はジム・メイスンだった。俺は視界を切り替える。オーラの色から、水槽の中のジム・メイスンはかろうじて生きているらしかった。しかし、その姿は見るも無残だった。右目と思しきところには穴が開いており、眼球が無い。右腕と左足も切断され、最低限の止血がされているように見える。水槽の上からは束ねられたチューブが降りてきており、その内の1本は口のところでマスク状になっていた。これで呼吸できているようだ。そして残りのチューブは彼の左胸の中に全て入っていた。俺は這いずって隣の水槽を見た。その中にも子供がいた。その無残な姿はジムとあまりかわらない。ここは狂気の実験場のようだ。  床に伝わるかすかな振動に気がついた。やはり誰かいるらしい。俺はなんとか霊体化すると、上昇してこの教会を脱出した。俺は見た目にも死ぬ寸前だった。意識が消えそうな状態で、霊体のまま、ふらふらと屋敷へ向かった。こんな状態では加速は使えない。忘れたころに左腕が苦痛を伝えてきた。 −◆− 俺はまどろんでいた。額に暖かいものが押し付けられる。 「「本本当当にに助助かかるるんんでですすかか??」」 「「ままかかせせててくくれれるるかかししらら??」」 声が二重に聞こえた。誰かが会話している。片方はリリーナだ。もう一人は誰だ? 「「ままずずはは脱脱ががせせなないいととねね。。」」 もう一人も女のようだ。どこかで見たような気がするが、思い出せない。女が右手を一振りすると、手品のように鋏が現れた。ジョキジョキと音がする。俺の服が切り裂かれているようだった。おい、やめろ。俺は指ひとつ動かせなかった。当然、声も出ない。右まぶたの上、わき腹、腿などに熱い何かの塊が押し付けられる。火傷しそうなぐらい熱いが、その熱さは嫌じゃない。ゼリーのようなものに全身が包まれ、俺は浮かび上がった。 「「左左腕腕をを復復元元すするるわわ。。霊霊鉱鉱石石をを解解放放ししななささいい。。」」 まだ二重に聞こえる。やさしいが有無を言わさないしっかりとした声。義手化した霊鉱石に命じてみる。義手は溶けるようにはずれ、霊鉱石は大きな卵のような形になった。 「「どどううややるるんんでですすかか??」」 「「ままずずははねね、、そそののももののををいいききななりり作作るるののはは難難ししいいかからら、、同同じじよよううななももののののココピピーーをを作作るるのの。。」」 「「同同じじもものの??」」 「「ここのの場場合合はは、、左左腕腕をを修修復復すするるかからら、、ままずずはは右右腕腕ををココピピーーすするるのの。。」」 女は俺の右腕に手をかざすと、霊気を放出して腕を作り始めた。半透明な骨格が形成され、その上に筋肉と神経、皮膚が作られていく。この状態でもまだ半透明だった。 「「そそししててここここかかららがが難難ししいいんんだだけけどど、、状状態態をを全全てて反反転転すするるののねね。。」」 半透明の腕は、ばらばらになると、今度は左腕として再構築される。再構築といっても俊次に行われるのではなく、何度も分解し、微調整を繰り返した。そうして出来上がった腕を、こんどは切断されている左腕に近づけていく。 「「ふふうう、、ここんんなな感感じじよよ。。次次はは接接合合ねね。。ままずずはは神神経経、、次次にに血血管管、、次次にに筋筋肉肉、、骨骨格格はは最最後後にに接接合合すするるのの。。」」 声が二重に聞こえるのが治まらない。作られた左腕から白い線が延びてきて、俺の腕にもぐりこむ。麻痺していた感覚がよみがえり、左腕からずきずきと苦痛が伝わってきた。何本もの神経が接続されると、今度は血管が伸びてつながっていく。次に断面を合わせる。フィルムの逆回しのように筋肉と筋肉が絡み合い、継ぎ目が消えていく。この段階で半透明だった腕は、生身の腕のように色がついてきた。皮膚のつなぎ目も筋肉と同じように閉じていく。 「えらく違和感があるな。」 俺はようやく声が出せた。 「当たり前よ。それは左腕の姿をした右腕なんだから。動かしていく内に慣れていくわ。」 二重に聞こえていた声も治まっている。そこでようやく思い出した。この女は・・・。 「なんでこんなところにいる?」 「あら、死に掛けてたところを助けて上げたっていうのにつれないわね。」 この馴れ馴れしく、くねくねした言い方にはイライラする。 「で、この人は誰なの?」 傍観していたリリーナが口を挟む。 「お前ら、自己紹介もしてないのかよ!!」 怒鳴ると頭がくらくらする。俺はベッドに倒れこんだ。 「だめよ、ちゃんと寝てなくちゃ。」 女は俺にシーツをかけた。リリーナがじと目で俺を睨む。 「私はローズ、ローズ・シュピーゲル。シンイチの母親兼師匠ってところね。」 「ええっー!」 リリーナが驚愕する。 「あの〜、お茶が入りましたよ〜」 間の抜けたメリルの声が聞こえる。ええい、お前らで勝手に話でもしてろ。俺は寝る。 −◆− 俺は奇妙な暖かさで目が覚めた。熱を帯びたものがベッドの半分を占拠しており、寝返りが打てない。なんだ、このふにふにと柔らかいものは? ・・・俺は反射的に飛び起きた。ベッドにはローズが寝ていた。その格好からするとシーツの下は裸らしい。俺は枕元にあった霊鉱石に手を伸ばすと剣に変形させ、ローズに突きつける。しかし、それより一瞬早く、俺は無数の剣を突きつけられていた。その剣はローズの全身から生えており、ゆっくりとまだ伸びていた。アイアンメイデン−−全身から実体化させた剣を無数に出現させ、相手を貫く技。この女が”薔薇(ローズ)”と名乗る理由がこれだった。普通にしていれば母親のような雰囲気を持った良き女性と見えるだろう。しかし、俺はこの技のおかげでこの女が全く信用できなかった。本能の一部では恐怖さえしていた。ローズの剣が全て引っ込んで消えた。 「お早う、シンイチ。」 「お前、なんでここに寝てるんだ!?」 「あら、重傷から回復した直後は寒くなるのよ。せっかく暖めてあげたのに。」 「そんなもんいるか! 見ろ、シーツをボロボロにしやがって!」 見てのとおりだった。ちなみに後で気づくが、ベッドの半分も穴だらけになっている。 「いやん、エッチィ」 ローズはシーツをかき寄せながらくねくねと艶っぽい声を出す。俺は頭が痛くなって部屋を出た。事務所のクローゼットからいつもの服の予備を出して着る。カップラーメンを3個、サプリメントとビタミン剤を1ボトルずつ、3リットルの水のペットボトルを用意し、砂時計を置く。砂が落ちきる前にサプリメントとビタミン剤をバリバリと食う。砂時計の砂が落ちきると同時に、片っ端からカップラーメンを流し込んだ。 −第5話、終− =============================================================================== §第5話 解説  長くなりすぎたんで、一旦切ります。本題に入るまでが長すぎますな。 ・血晶石  ルール的には、服用すると受けている全てのダメージを回復した上で、身体的欠損も修復する効果があります。副作用あり(その効果は次話で)。 ・俺にとっては久々の普通の仕事だった。  探偵ですから。もっとも、彼に依頼してくるのはよほど行き詰った人だけです。 ・通称、”ミーミルの首”  霊界図書館です。管理人らしき人影が目撃されることもあります。 ・図書館での調査  実際にこんなやり方をしている探偵がいるかどうかはともかく、そんな感じで真実の糸を手繰り寄せるわけです。 ・ジョージ・ハワード  探偵にはつきもののなじみの刑事です。この刑事とのしがらみはいずれ書くかもしれません。リリーナと何を会話したのかは、別の機会に書きます。 ・地質学に詳しくて土の分析ができる奴を〜  よくある科学調査の1つです。刑事ドラマでもたまにあります。 ・直径が30cmほどもあり、その周囲は刃になっている。  より正確には草刈機の刃なんですけどね。 ・ローズ・シュピーゲル  どっかで聞いた名前ですね。リリーナと何を会話したのかは、別の機会に書きます。 ・アイアンメイデン  ”鉄の処女”という拷問器具がありますが、それをヒントにした技です。矢口には一種のトラウマになってます。 ・腕の再生  クラフター『器官生成[ReplacementBody]』を使ってます。TRPGでは「クラフターを使います」の宣言だけでOKですが、実際にはこれだけ面倒なことをやってるわけです。 −第5話、解説、終− ===============================================================================