=============================================================================== − Ghost Writer [霊体化能力者] − Edit by Adeth Windark/2008 =============================================================================== =============================================================================== §第6話 心霊手術と霊的変異 後編 「待ちなさい。そんな身体でどこへ行くの?」 「そうよそうよ。」 玄関から出ようとするとローズに引き止められた。リリーナもいっしょだ。説明するのが面倒だ。俺は何も言わず外へ出ようとした。今度は服を掴まれた。やれやれ。 「身体が本調子でないのは百も承知だ。昨日、失踪したと思われる子供を見つけた。俺が見つけた時点ではまだ生きていた。」 「だからって、すぐに行くことないでしょ。」 「馬鹿かお前は。俺が重傷で帰ってきたのは罠にはまったからだ。ぐずぐずしていると場所を移動される。せっかく見つけたのに、次に移動されたら追跡できなくなる。」 俺はふと思いつき、ローズの方を見た。 「なあ、ついでで悪いが、1つ頼まれてくれないか?」 「なぁに、シンイチ?」 「もし俺が帰ってこなかったら、リリーナをあんたの弟子にしてやってくれ。」 「・・・わかったわ。」 「え、ちょっと待ってどういう話なのよ?!」 ローズはわかったというように頷き、リリーナは慌てた。 「そいつは潜在能力が高い。俺よりもあんたの方が引き出してやれるだろう。それともう1つ。」 「なぁに?」 「俺が帰って来ても、リリーナをあんたの弟子にしてやってくれ。」 リリーナの目が点になった。数秒後、意味を理解したリリーナは、俺に靴を投げてきた。 「バカー!」 俺は靴を回避すると外へ出た。霊体化し、八咫烏を作る。それに飛び乗って移動しながら、状況を整理した。俺が見た実験施設の規模からすると、すぐには移動できまい。しかし、破壊して放棄するならすぐにできる。例の古い教会の上空にたどり着くと、今度は霊体のまま侵入した。前回は霊的トラップを警戒していたが、それが仇になったようだ。あの刃のついた円盤は、霊体を攻撃はできまい。まずはその発射の仕組みを破壊してからだ。 −◆−  建物の中の影をゆっくりと移動する。前回、円盤を飛ばしてきたと思しきところに、奇妙なものがあった。直径50cmほどの肉団子のようなものに、いくつも目がついている。大半は閉じているが、1つだけ碧い瞳がこちらを向いていた。その目のついた肉団子の下は人間の胴体のようだった。腰のあたりから4本の足が虫のようについている。胴体には人間の腕とおぼしきものが6本ついていた。どれも長さはまちまちだ。そして背中には本棚のようなものを背負っており、そこに本のようにびっしりと刃のついた円盤が並んでいた。  俺はゆっくりとその異形の物体の死角へ回り込もうとした。ところが、1つだけ開いている碧い目は、こちらを追ってくる。どうやら霊体を知覚できているらしい。しかし、他の目は開かない上に、動き出す気配も無い。・・・こいつは「グラムサイト(妖精眼)」のようだ。しかし、なんで1つしか付いてない? ・・・そこで俺は気づいた。この異形の物体は、いくつもの目や腕、足を繋ぎ合わせて作ってある。しかも、それぞれの部位は生きている。グラムサイトの目はおそらくそれと知らずに移植したものだろう。日陰になっている部分を見ていくと、同じような異形の怪物は合計3体いた。そいつらの腕の数だけ一斉攻撃が可能とすると、合計で20本の腕が同時攻撃できることになる。普通の侵入者は切り刻まれて終わりだろう。手っ取り早く剣で切り刻んで破壊することにする。霊鉱石を剣に変形させると、物理的に干渉するべく剣に力をこめた。霊鉱石の剣は、干渉する意思を込めることで霊体の状態で物体を、物体の状態で霊体を切ることができる。今の俺は霊体だ。卑怯だが剣だけを実体化させて切らせてもらうことにする。剣の切っ先が実体化したとたん、異形の怪物の目が全て開いた。そして一番近い奴が1枚だけ円盤を投げてくる。その反応速度は異様なほど速かった。実体化途中の姿勢で円盤が剣に弾かれて落ちる。こっちの本体は霊体だから傷つけられないとは思うが、今の投擲は異様に正確だ。おそらく普通に攻撃しようとしても全て迎撃されるに違いない。・・・ふと気がつくと、次の攻撃がこなかった。俺は剣だけを実体化させたまま、動いていない。前ならもっと連続で飛んできたのだが・・・。俺はゆっくりと剣の切っ先を異形の怪物のに向けた。その動きは蝿が止まることができるほどゆっくりだ。異形の怪物の目は全て剣に注がれている。しかし、攻撃はこなかった。・・・なるほど。こいつらの攻撃は相手の動きに合わせて反射的に行われるもののようだ。こちらが動けば動くほど速度を上げて投擲してくる。気配の無い正確な攻撃の理由がわかった。なら簡単だ。俺はスローモーションのようにゆっくりと剣を怪物の頭に突き入れた。肉を裂く手ごたえが伝わってくる。剣を突き通し、水平に回すことで怪物の頭を輪切りにする。断面からは血がどくどくと溢れてきた。その一連の動きを、俺はスローモーションで行った。他の2体は、ゆっくりと切り刻まれる1体を無言で観察していた。数分かかって1体の頭を切り落とす。その怪物は全身をびくびくと震わせながら倒れた。他の2体はそれでも見ているだけだった。そこからさらに10分以上かけて、残りの2体を破壊した。切り落とされた肉団子の中でも、どうやら移植されている目は生きているようだった。グラムサイトの目は、いつまでも俺を追っていた。 −◆− 同じような怪物がいるのを警戒して、霊体のまま地下を捜索した。床の仕掛けなどを警戒すると、うかつに物体化できない。しかし、霊体化したままでは明かりをつけることができず、オーラを読み取るだけになってしまう。そのため何かを見落とすかもしれなかった。思ったとおり、霊的防御は皆無だった。いくつもの部屋があるのはわかったが、細部がわからないので詳しくは見れていない。途中、棺のようなものがあり、その中に誰かがいるのを発見した。オーラは非常に微弱で、いうなれば冬眠に近い。コールドスリープのようなものだろうか。物体化するかどうかのリスクをしばし考えた後、棺は放っておくことにした。子供の救出が先だ。 −◆− この前みた水槽の廊下に出た段階で、ようやく物体化した。オーラをチェックすると、生きているのは例のジムという子供だけのようだ。知覚を拡大し、水槽の中を分析する。どうたら心肺機能の一部を人工物に置き換えてあるようだ。上から伸びているチューブがそれで、連れ出そうとしてもすぐに死んでしまうだろう。手足の欠損も気になる。・・・少し考えて、決断した。ここで人体補完手術を行う。まずは手足、そして右目。最後に心臓だ。水槽の中は羊水のようなもののはずだ。なら手術はしやすい。俺は霊鉱石を触手状に変形させて一部を頭に巻きつかせ、残りを水槽の中に伸ばした。やり方は身を持ってしっている。知覚を拡大し、もう片方の腕のコピーを霊体で作る。それを分解して反対側の腕の形に再構築する。神経、血管、筋肉、皮膚の順番で繋ぎ合わせていく。腕と足を復元した段階で、俺はかなり疲労していた。次は右目だ。コピーをとるために左目を開けさせたところでふと思いあたった。円盤投げの異形の怪物についていたグラムサイトの碧い目。あれはひょっとしてこの子のものか? ・・・霊体化し、解体した怪物の場所へ戻る。目はまだ生きていた。それを霊体化し、霊鉱石を触手の先端をメス状にして目の周囲を大き目に切り取る。急いで水槽に戻り、知覚を拡大した上で左目と比較した。思ったとおりだ。この目はこの子のものらしい。切り取ってきた目の周囲の付着物を慎重に切り取る。水槽の中に物体化して送り込み、視神経を霊気で補完してやって繋いでいく。途中から頭痛がしてきた。視界の片隅にノイズのようなものがちらつき始める。神経や血管、細胞を繋ぎ合わせるために知覚を長時間強化し続けているのが仇になったようだ。俺の視神経の方もかなり負荷がかかってきていた。しかし、ここでやめるわけにはいかない。目の修復を終えた後、少し一息つくことにした。先ほど確認した範囲では、心臓が丸ごとなくなっている。腕や目ならまだしも、心臓は1個しかない。・・・しかし、コピーを作ることはできる。俺は再度知覚を強化すると、自分の心臓をスキャンした。霊気で自分の心臓のコピーを作る。このままでは大きすぎるので、子供の胸に入る大きさにゆっくりと修正していく。出来上がった心臓を水槽に入れた。ここから先は時間の勝負だった。腕や足のようにゆっくりと接続している暇は無い。知覚を拡大する毎に頭痛がひどくなってくる。おまけに拡大した知覚の端が赤い靄のようなもので覆われ始めていた。霊鉱石の触手で一気に人口心肺の部分を切り離す。大量の霊気をクッションのようにして作った心臓を押し込み、対応する血管と神経を同時に繋いでいく。接続できたら心臓マッサージだ。ここからは自力で動いてもらわなければならない。霊気を活力に変換して子供の身体に直接投与する。霊鉱石の触手で心臓マッサージを続けると、ようやく動いてくれた。口に入っているパイプを引き抜いて、溺れる前に子供を霊体に変換する。自分も霊体化し、胸部の縫合にかかった。内側の筋肉組織を復元。肋骨を復元。表層筋と皮膚の再生。そこまでやったところで、俺の目は限界だった。頭痛もひどく、目を開けていられない。物体化し、手探りでサプリメントを取り出し、ペットボトルの水で流し込む。水槽にまぶたを押し付けて、その冷たさで頭痛を緩和した。 −◆− 「実ーにー、興味深い!!」 甲高い男の声がして俺は反射的に飛び起きた。霊鉱石を瞬時に剣に変形させる。目の前にいたのは白衣を着た男だった。だがそのシルエットは異形だった。頭はつぎはぎだらけで、左右の肩の高さも違う。説明するように持ち上げている腕も左右対称ではなくアンバランスだった。 「お前は?」 「小生の人体接合技術もさることながら、欠損している人体そのものを補完してしまうとは。うんうん。」 「・・・」 どうやらこいつは人の話を聞かないタイプらしい。 「シミュラクラム・ディーンか?」 「ご明察。貴様のような下々の者にも小生の名が知れ渡っていようとは。」 「悪いがあんたと話をしている暇はないんでね。ここで引揚させてもらう。」 「そーはいきませんよー。人の実験体を盗んだ罰です。あなたがかわりに実験体になってもらいますよー!!」 「断る!!」 俺は剣を構えたが、実際のところ、立っているのがやっとというほどに疲労していた。ディーンの背後から小さな人影が現れた。それは小学生ぐらいの、人形のように無表情な少女だった。手には卵に羽と手足が生えたような奇妙なぬいぐるみを持っていた。 「あーなーたーのー相手は小生ではありませんよー!! この私が虚数体への対抗手段を持たないとでもお思いかー!! やってしまいなさい。」 少女の手にしていたぬいぐるみが動き出したかと思うと、無数の帯状に分解し、少女に巻きついた。少女の体格はそれに覆われて大きくなり、身長2mぐらいの鎧を着た女性のような姿になった。細身に見えるがかなり力はありそうだ。その背中には鱗を集めて作ったような翼が一対あった。 「・・・まずい!」 その翼をもった女武者からは、すさまじい霊圧がした。これはまずい。相手はこちらよりも数次元上の存在だ。こんなものと戦えるか。俺は剣を水槽に叩きつけて破片を撒き散らすと、霊体化を開始した。そこへ、女武者が翼を振り回してきた。攻撃が届くまえに俺は霊体化を完了していたが、反射的に避けた。・・・いや避けたつもりだった。俺の脇腹は浅く切り裂かれていた。しかも霊体の状態でだ。俺は上に待機させていた子供を掴むと、全力で離脱した。 −◆− 脇腹の傷を霊気で処置して塞いだ後、八咫烏を作る。子供は治癒用の霊気で包み込み、可能な限り活力を注いでやる。八咫烏にはできるだけ早く飛行させる。後ろを振り返るが追撃は無いようだった。町の近くまで来て着地すると、携帯電話で救急車をコールした。その後でボーラー・メイスンの家にも電話を入れる。 「はい、メイスンでございます。」 電話に出たのは祖母のようだ。 「探偵の矢口だ。旦那はいるか?」 「はい・・・」 「かわりました。」 「あんたの孫を見つけた。かなり衰弱しているが、今のところ命に別状はない。これから、救急車で病院に向う。病院についたら連絡をするから、いつでも出られる準備をしてくれ。」 「ほ、本当ですか?!」 「また連絡する。」 サイレンの音が聞こえてきた。救急車を誘導し、ジムを担架に乗せる。俺も救急車に乗り込んだ。救急隊員に衰弱していることを説明すると、すぐに酸素マスク等の処置を開始した。救急車はほどなくして病院に到着。ジムはそのまま集中治療室に運ばれる。救急隊員、および病院には、保護者のところに連絡するからと説明し、ボーラーのところへ電話をかけた。ボーラーが来るには30分以上かかるらしい。俺が処置室の前で待っていると、どこから話を聞きつけたのか、ハワード刑事がやってきた。 「どうやって見つけた?」 「開口一番がそのセリフか。」 「質問しているのはこっちだ!」 表情には出していないが、かなりご立腹のようだ。それはそうだろう。自分達が1ヶ月もかかって見つけられなかったものを、胡散臭い私立探偵が数日で見つけてきたのだから。やれやれ。 「説明してやってもいいが、ありえない話ばかりだぞ。」 ハワードは俺を睨みつけた。 「普通に教えてやれそうなのは、あの子を見つけたのがどのあたりかだけだな。それ以上は聞かない方がいい。それに、この件はあんたの手柄にしてもいい。垂れ込みで踏み込んだ場所に子供が監禁されていて、あんたが救い出した。こんなのはどうだ?」 「・・・」 「迷宮入り事件が1つ解決したんだ。報告書とかはいつものようにでっち上げればいいだろ。今はどうやって助けてきたのかよりも、子供が助かったのを喜ぶべきじゃないのか?」 ハワードは自分の理解できる範囲でいろいろと質問してきた。それにできるだけ答えてやる。質問の内容はお決まりのものから事情聴取のたぐいまでおよんだが、この会話でハワードは報告書を作れるだろう。ほどなくしてボーラー・メイスンが到着した。俺は一通り説明した。 「この際、あの子がどういう目にあったとかは気にするな。とりあえず生きていたことを喜ぶんだな。」 「・・・ありがとうございます・・・」 「料金は、あの子が回復して、話をできるようになってからでもいい。取りにいくからちゃんとキャッシュで用意しておいてくれ。」 「わかりました。」 ボーラーは涙で顔をくしゃくしゃにしながら言った。 −◆− 俺は依頼を片付けたことに満足しつつ、屋敷に引き上げた。慣れないことをやったせいか、頭痛が止まらない。2、3日ゆっくりと過ごすことにしよう。屋敷に帰ると、女どもはリリーナの部屋で何から話込んでいるようだった。俺は忘れていた食事をした後、ソファに転がる。足音が近づいてきて、事務所の扉が開いた。 「あ、やっぱり帰ってきてるじゃない。ただいまぐらい言いなさいよ。」 「どこの所帯だ。俺は疲れてるんだ。邪魔するな。」 さらに突っ込みをいれようとするリリーナを、ローズが止めた。 「・・・シンイチ、その脇腹はどうしたの?」 「脇腹?」 俺は改めて自分の身体を確認した。俺の脇腹は鮮血に染まっていた。そこはあの鱗の羽に切り裂かれた部分だ。傷は塞いでおいたはずだが・・・。シャツを脱ぐと、塞いだはずの脇腹はぱっくりと開いていた。痛みは無いが、そこからはだらだらと出血している。俺はローズの瞳が霊視状態であるのに気づいて、俺も視界を切り替えた。霊的に見た俺の脇腹は、パズルのピースがなくなっているかのようにごっそりと抉り取られていた。 「何い! ・・・あの攻撃のせいか? ・・・まさか!!」 「な、何? どうしたのよ、その傷・・・」 ただならぬ雰囲気に、リリーナが青ざめながら言う。ローズは厳しい表情で見ていた。俺はひとまず手に霊気を練り上げて傷口を塞ぐ。しかし、1分も経過するとまた傷口が開いた。傷がふさがらない。霊的欠損が大きすぎるのだ。 「・・・ローズ、これはひょっとしてアレか?」 「ええ、たぶん想像しているとおりよ。何をされたの?」 俺は脇腹を切られたことを簡単に説明した。ローズはそれを聞いて黙り込んだ。 「何? ちょっと切られただけなんでしょ? ちょっと、黙ってないでなんとか言いなさいよ!」 人間を含めて霊的高等生物には、魂ともいうべき霊体の中枢、”真霊体”もしくは”神霊体”と呼ばれるものがある。人が人としての形、意識を形成するにあたり、この”真霊体”がその形の枠や設計図、思考中枢となって、その存在を維持しているのだ。普通、この真霊体を傷つけることはできない。しかし、今の俺の真霊体は傷つけられており、その破損はゆっくりと拡大しつつあった。普通の手段では真霊体を治療できにない。肉体を修復しても、その核たる真霊体が崩壊すれば、内側から壊れていくのだ。真霊体を傷つけることができるのは、相手よりも数段霊格が上のものだけだ。考えられるのは、上位3階級の上級天使か、神話級の霊的存在〜いわゆる神様〜しかいない。  ・・・そこで俺は思い出した。プリンス・テオールの継承の儀の際に現れた鎧の巨人。それが手にしていた棍棒は、一撃でヴァンパイアの親衛隊を灰に変えた。あの棍棒の先端にある棘は、ヴァンパイアの真霊体を破壊していたのだ。それならば一撃で灰にできる説明がつく。この場合のヴァンパイアは血の詰まった風船であり、それは針で穴を開けられたのと同じ状態ということだ。  俺の頭はパニック状態になった。死が眼前に迫り、いかなる技を持ってしても回避不能という現実。崩壊していく自分の肉体を止めることができない。意識が絶望に満たされ、身体はガタガタと震えだした。俺を構成する真霊体からは、大量の霊気が漏れていた。穴の開いた風船から空気が漏れるように、大量に噴出していた。俺はそれを出て行かないように死に物狂いで制御しようとした。多少は操れるものの、それは決壊したダムの水を押しとどめるに等しい。膨大な霊的欠損を埋めるには、それに等しい霊的密度のものが必要だ。しかし、そんなものがどこにある? −◆−  俺は頭の奥で必死に考えていた。そして思いついた。霊的欠損を埋めるだけの高密度の霊体。・・・あるじゃないか、あそこに。俺は立ち上がると霊鉱石の剣を左腕の籠手に変形させた。漏れていく大量の霊気を可能な限り使用し、全身に纏う鎧に変換する。筋力強化、反射神経強化、知覚強化、霊的防御、など可能な技全てに、漏れていく霊気を全て注ぎ込む。通常は数秒で終了する技も、それを維持するために連続で霊気を供給する管として、漏れていく霊気を自動的に送り込めるように霊的導管を作った。纏った霊気の鎧は膨れ上がり、余分な角や棘、牙などが生え始める。余った部分は背中への翼の形成に使った。俺は漏れていく霊気を可能な限り自分を強化するのに振り向けた。俺の姿は異形と化していた。頭は烏を思わせる鳥の頭だが、その口腔には無数の牙が並んでいる。全身に纏う鎧は、デタラメに棘を生やし、強化された筋力は手足の太さを倍にしていた。霊鉱石の籠手は、俺の体格が肥大するに合わせて適切な大きさになっていく。俺は扉を破壊して目標に向かった。ローズやリリーナが何か叫んでいるようだが、聞き取れない。俺はこれからやろうとすることに興奮していた。前代未聞の事だ。漏れていく霊気を使った身体強化は、普通なら一瞬で消耗しつくすほどの力を供給している。俺は前にある扉を無造作に引き剥がした。それはまるで枯れ枝を折るようにたやすい。 「2匹もいるんだ。1匹ぐらい無くなってもいいよなぁ!!!!」 部屋にはメリルがいた。その頭上には守護天使が2体。守護天使はすでに防御の姿勢をとっていた。 「あ〜の〜、ど〜ち〜ら〜さまでしたっけ〜?」 メリルの声は無視する。俺は全身を霊体化すると、守護天使の1体に襲い掛かった。今の俺には守護天使の動きなどスローモーションに見える。その防御フィールドは、ゼリーのように柔らかい。俺は霊鉱石の籠手で覆われた左手で守護天使の1体を掴むと、右手を守護天使の胸部に突き入れる。そのまま腕を広げ、守護天使を真っ二つに引き裂いた。その片方に、牙の生えた鳥の口で喰らい付く。飲み込んだ守護天使の霊的構造体を体内で変換し、穴の開いている脇腹の修復に使用する。 「・・・足りねぇ!! もう一匹よこせ!!!!」 逃げようとするもう1体の守護天使を捕まえると、頭から齧った。実体は無いので、ぼりぼりと音がするわけではない。しかし、小魚を飲み込む鳥のように、俺は守護天使を貪り喰らった。守護天使2体分の霊的構造体を自らの真霊体の傷口にはめ込む。パズルが収まるようにはめ込まれるが、まだ小さなひび割れがあった。決断が遅かったのか、修復しきれていない。まだ足りないらしい。・・・俺は霊体のまま、壁を通り抜けて事務所の部屋へ戻った。 −◆− この屋敷で高密度の霊的構造体となると、後はアレしかない。俺は事務所の部屋に入ると、巨大化した鎧を解除し、筋力強化や反射神経強化を行っていた導管も開放して終了させる。ほぼ元の大きさに身体が戻ったのを確認すると、俺は部屋の中に物体化した。メインに使っている机の上には、テオールからもらった血晶石があった。それを首飾りから外す。 「待ちなさい。それをどうするつもりなの?!」 ローズから叱責が飛ぶ。言いたいことはわかっている。普通の人間が血晶石を飲み込んだ場合、身体の欠損や疾病が全て治癒された後、その肉体はヴァンパイアに転化する。俺は血晶石を口に運んだ。 「待ちなさい。それを飲んだらどうなるか、わかってるんでしょ?!」 「・・・どうなるって、どうなるの?」 恐る恐るリリーナが聞いた。 「あの赤い石は、肉体を完全に治癒と同時に、その肉体をヴァンパイアに変換するものよ。」 ローズが呻くように説明した。ローズが放つ殺気は、すでに俺を襲っている。テオールは必ず必要になるといった。そうか、そういうことか。だが、俺は他人に自分の運命を左右されるのが嫌いだ。そして、命令されるのも。 「俺に指図するな!」 俺は血晶石を飲み込んだ。第一次効果として、全身への活力供給が始まる。これに合わせて無理に行使してきた術の疲労感は全て吹き飛んだ。第二次効果として肉体の変換が始まる前に、俺は残っていた霊気で血晶石をコーティングすると、無理矢理、胃と食道を逆道させて吐き出した。床に落ちた血晶石は、赤い霧となって粉々になった。  真霊体の欠損は修復できた。人間、なんでもやってみるものだ。消費仕切れなかった霊気が、俺の中で渦巻いていた。それを押さえ込もうとすると、それは背中に向けて放出され、落ち着いた。非常に清清しい気分だった。肉体が生まれ変わったように軽い。 「・・・えーっと、ねぇ・・・」 リリーナがためらいがちに聞いてきた。今の俺は非常に気分が良かった。無理な頼みごとをされても今なら許してやれそうだ。 「どうした?」 「なんか、羽根が生えてるように見えるんだけど・・・。」 「羽根?」 ローズがリリーナと一緒に俺を指差していた。俺は自分の背中を見た。そこには、霊体状態の翼があった。しかも2対。・・・天使を2匹も食ったからか。霊体状態なので重さは感じない。しかし、動かそうと考えてみると、ほぼ思ったように動いた。まあ、普段の生活には支障ないだろう。 「う、動いてるわよ、それ。」 「いや、動かしてるんだが。」 動きを試していると、下側にある翼が妙に引っかかった動きをするのに気づいた。俺は背伸びをする要領で翼をぐいと広げた。純白の羽毛で覆われたような翼。広げきると、下の翼はばらばらと羽毛が抜け落ちた。羽毛が抜けた翼には、飛膜があった。どう見てもそれは蝙蝠の翼だった。しかし、これで動かすのに支障は感じない。 「天使の羽根と・・・」 「悪魔の翼・・・?」 ローズとリリーナが続いてつぶやいた。より正確にはヴァンパイアの蝙蝠の翼というべきだろう。実体化させれば飛べるかもしれないが、邪魔になるので霊体のままにしておくことにした。 「あはは〜、この子たち見たいな翼が生えてますね〜、面白〜い。」 戸口からメリルの間抜けな声がした。見るとメリルの上には守護天使が2体いた。 「もう補充されたのかよ。」 あきれたものだった。だが、メリルがここに送り込まれてきた意図がなんとなくわかった。テオールもそうだが、俺が守護天使を喰らうことなど、誰かが予知していたのだろうか? −◆− 犬小人の召使いに案内されて、テオールの謁見の間へ通される途中のことだった。俺は調べたことを報告しに、深夜2時の謁見に来ていた。テオールも承知のはずだ。しかし、俺は呼び止められた。目の前に黒衣の槍使いが2人、左側には赤衣の剣士が2人が立ちはだかった。犬小人の召使いが悲鳴を上げて逃げ出す。 「そこで止まれ。」 「・・・俺が来ることは連絡済みのはずだが。」 「この前と気配が全く違うぞ。我らには殺気すら感じられる。お前はヘルズキーパーでないないな!」 やれやれ。こいつらには翼が見えてはいないだろうが、その気配は感知できているらしい。俺の気配が前と違うことで、別人だと認識されているようだ。やれやれ。 「1つ面白いものを見せてやろう。」 俺は瞳の色を鮮血に、犬歯を伸ばし、声帯を書き換えた。 『【《下がれ! 武器を収めよ!》】』 俺の口からしわがれつつも湿った声が響いた。黒衣の槍使いと赤衣の剣士は、身体を震わせたかと思うと武器を落とし、膝をついた。 「こ、これは・・・!!」 剣士の一人がかろうじて口を聞いた。 「ああ、お前達の血族の中で、十数代前のプリンスが持っていた『ブラッド・ヴォイス』という能力だ。血族の者達を強制的にひれ伏させることができる。じゃあな、俺は時間に遅れるのが嫌いでね。」 俺は目と犬歯と声帯を元に戻すと、4人のヴァンパイアを後に奥へ進んだ。 −◆− 謁見の間の床には、割れたグラスが落ちていた。ここにも側近たる黒衣の槍使いと赤衣の剣士が2人ずついる。 「よく来てくれた、ヘルズキーパー。しかし・・・」 テオールの声は珍しく震えていた。 「見違えたか?」 「・・・まるで別人だ。こうも変質するものかね?」 「あんたがくれた血晶石のおかげさ。」 「その割には本質的に我々からは遠ざかっているように思えるが。」 「俺は他人に自分の運命を左右されるのが嫌いでね。」 「・・・なんと、予想の上を行くとは・・・それでどうするつもりかね?」 俺はニヤリと笑った。 「質問の意味がよくわからないな。俺の立場は変わらない。今までどおり、この血族のプリンスの友人として協力させてもらう。必要ならいつでも呼んでくれ。」 長い沈黙が続いた。 「じゃあ、報告をさせてもらおうか。」 「シミュラクラム・ディーンか。何かわかったかね?」 「奴は生きている。」 「ほう?」 「奴はどうやら”人体接合技術”というものを完成させたらしい。こいつは拒絶反応を起こすことなく、肉体の部品と部品を繋ぎ合わせることができるらしい。奴自身、この技術で自分の身体を取り替えながら生きているようだ。」 「奴と会ったのかね?」 「ああ。奴がいた場所はこの地図に書いておいた。」 俺は側近の一人に封筒を渡した。 「ついでにわかったことがある。」 「というと。」 「奴はヴァインパイアを一撃で灰にする何かを発明したようだ。恐らくそれを受ければあんたでも無事ではいられないだろう。」 「それが何かわかったのかね?」 「俺の予測が当たっていれば、それは”高次元構造体を破壊する”という技術だ。」 「・・・」 テオールは沈黙した。いつもの余裕が感じられない。 「いきなり仕掛けてくることはないだろうが、こちらから打って出ても、返り討ちにあうのがおちだな。何をするにしても情報収集と準備を怠らない方がいい。」 「・・・奴の目的が何かわかるかね?」 「さあな。会話して思ったのは、奴はあらゆることを実験とみなしている風に感じられた。この前のことも実験と検証のように考えていたんじゃないかと思う。」 「・・・なるほど。」 「じゃあ、俺はこれで。」 俺は立ち去ろうとした。 「待ちたまえ。1つ依頼したい。」 「何だ?」 「奴を・・・シミュラクラム・ディーンを始末してくれないかね?」 「そいつは断る。俺は探偵だ。殺し屋じゃない。」 −第6話、終− =============================================================================== §第6話 解説  はい、後編をお届けします。前半もむちゃくちゃなら後半もむちゃくちゃですな。どこぞからすさまじいブーイングを受けるかも。 ・リリーナをあんたの弟子にしてやってくれ。  普通に考えたら、矢口のところにいるよりも、その師匠であるローズについていった方が、リリーナの霊的能力を伸ばすことができるでしょう。 ・異形の怪物  悪趣味なデザインです。実写にしたら夢にでそうな気持ち悪い姿です。後でも説明しますが、様々な人間の肉体を繋ぎ合わせてできています。 ・まずは手足、そして右目。最後に心臓だ。  ルール的には、クラフター「器官生成[ReplacementBody]」を4回使用していることになります。 ・視界の片隅にノイズのようなものがちらつき始める。  無理な知覚強化の副作用です。長時間、瞬きせずに目を酷使しているのに似ています。 ・人体接合技術  錬金術師、シミュラクラム・ディーンが得意とする技術です。生きた肉体と肉体を接合する技術です。神経や血管の接続のみならず、拒絶反応も抑制できます。 ・虚数体への対抗手段  虚数体≒霊体です。虚数体≒スタンドという言い方もできるでしょう。要するにそれに対する対抗手段があるということです。 ・翼をもった女武者  解説コーナーですが、これについては詳しくは説明しないでおきます。まあ、シミュラクラム・ディーンの言う”虚数体への対抗手段”の一つだと思ってください。 ・真霊体  ルール的な話は、拡張ルールで解説することにします。これをどうこうするという話は、普通のキャラクターに扱えるものではありません。 ・漏れていく大量の霊気を可能な限り使用し  クラフターは通常、霊気(エクトプラズム)を放出することで行使します。一度に放出しすぎると、疲労します。ここでは漏れるのを逆に利用して過剰消費しているということになります。 ・あの赤い石は・・・  はい、血晶石の回復効果とは別のもう1つの効果がこれです。アイテムとしては、強力な回復効果の代償として転化してしまうことになります。 ・霊体状態の翼があった  天使を食べたら羽根が生えるとは限りません。霊的欠損を補填した際の副作用のようなものだと考えてください。 ・『ブラッド・ヴォイス』  どこかで聞いたような言葉かもしれません。血晶石を飲み込んだ際、肉体を修復されると同時にいくつかの記憶も得ています。これはプリンス・テオールが先代のプリンスの血を吸うことで知識や記憶を吸収するのと同じ効果です。 ・俺は探偵だ。  それがポリシーです。 −第6話、解説、終− ===============================================================================