=============================================================================== − Ghost Writer [霊体化能力者] − Edit by Adeth Windark/2008 =============================================================================== =============================================================================== §第7話 寄生と祝福 「こちらです。」 俺は燕尾服の執事に、ある部屋へ通された。入り口は直径2m、厚さ50cmの円形で、ロックするための装置やバーがいくつもついていた。要するにどこぞの地下金庫の入り口というわけである。中はかなり広く、金属製のフレームを持つ展示ケースが大量に配置されていた。展示ケースは台座で床1mの高さに固定されている。展示ケースに入れられているのは、大英博物館に所属する博物品だ。ここは大英博物館に展示しきれないものの保管庫だった。ここには約1万点の博物品があり、警備員1名、大学教授1名、その助手の学生1名の合計3名が出入りするのみ。そんな中で、展示物の1つが紛失したというのだ。  この地下金庫の入り口は、今回の依頼主でありここの所持者である「ウィリアム・ハインリッヒ」その人と、その執事「ジョン・リーベルト」の両名が立ち会わなければあけられない特殊な仕様になっていた。この金庫は、専属の警備員「ジョージ・カーライル」が自らの巡回と監視カメラ等の監視機器によって警備している。  あまりの数の多さに、博物品の分類ができておらず、専門の大学教授が雇われた。その大学教授「アーサー・バルムーク」は、助手として自分のゼミの学生である「マイク・ハミルトン」を連れてきた。マイクは、よくあるように単位欲しさに教授の重労働に付き合わされているのだ。  事の起こりは一週間ほど前。まだ半分以上が未分類の中、南米で発見されたらしい3個の卵の内、1個が割れており、中身が無くなっていた。博物品を保護している展示ケースは、直径数ミリの空気穴以外は出入り口が無い。ケースそのものは5種類のセンサーと監視カメラでチェックされており、それらを全て解除したとしても、溶接機や工事用のボルト打ち機でもなければケースを開けることもできない程、頑丈に閉じられていた。ケースに使用されているボルトは、市販のものと形が違い、大英博物館にある専用のものがなければほどけないようになっている。  問題の卵は、大きさがニワトリの卵に近い。その滑らかな形状は自然に生み出された卵のそれに非常に似ているが、その表面には薄く幾何学模様が彫られており、これが自然のものなのか、人工物なのかはっきりしていなかった。一応立てられている仮説では、自然に生まれた鳥類の卵の表面に、なんらかの器具で幾何学模様を刻み込んだものだといわれていた。しかし、発掘された場所と推定される年代には、このような精密な加工を卵の表面にできる技術があると判明していない。X線などの外部スキャンでは、何故か中身が見えなかった。そのためこの卵はオーパーツとして扱われていた。その中の1個がある朝、割れて中身が消えているということに、大学教授が気づいたのだった。  容疑者は、ここの所有者であるウィリアム・ハインリッヒ、執事のジョン・リーベルト、警備員のジョージ・カーライル、大学教授のアーサー・バルムーク、助手のマイク・ハミルトンの5名。しかし、問題の卵の中身が無くなったと思われる時間には、全員アリバイがあった。問題の展示ケースのセンサー、およびその周囲を録画していた監視カメラには何も写っていなかった。当然、ケースにも開けられた跡は発見されなかった。  この不可解な事件に対し、警察は早々に捜査を打ち切った。しかし、所有者であるウィリアム・ハインリッヒは、どこから嗅ぎつけたのか、矢口探偵事務所を探し出し、今回の依頼をしてきたのだった。 −◆− 話は少し戻る。 「報酬は相場の3倍払おう。是非とも犯人を見つけ出してほしい!」 ウィリアム・ハインリッヒは唾を撒き散らしながら大声で怒鳴った。彼は恰幅のある太った男で、プライドは人一倍高いようだった。 「君は警察が投げてしまった事件を解決したそうじゃないか。どうだね、君ならできるだろう?」 どこから俺のことを聞きつけたかは知らないが、俺の事務所に堂々と乗り込んでくるだけの肝っ玉はあるらしい(ただの高慢なやつでもあるだろうが)。 「いいだろう。まず現場を見せてほしい。そして関係者全員と会いたい。この件を調査するかどうかはそれから決めさせてもらう。」 「??? なんだそれは。自信が無いのかね?」 「こっちのやり方に文句を言わないでもらおう。文句があるなら他の奴に依頼するんだな。」 ウィリアム・ハインリッヒは黙り込んだ。大方、こっちは貧乏探偵か何かで、すぐに喰らい付いてくると思ったのだろう。俺は依頼主に媚びるつもりは全く無い。礼儀を知らない奴に礼儀を教えてやる必要は無い。 「い、いいだろう。明日、迎えをよこす。」 「わかった。」 −◆−  依頼主、執事、警備員の3名に案内されて金庫内を移動する。後の教授と学生は、問題の博物品の前で待っていた。厳重な監視やロックがされる倉庫。紛失したオーパーツ。人の出入りは少なく、誰もが容疑者である可能性がある。これは俺の仕事のようだ。俺は先に口を開いた。 「サー・ハインリッヒ。」 「何かね?」 「これはどうやら俺の仕事のようだ。引き受けさせてもらおう。報酬は先日交渉したとおり。前金はいらない。それと条件が1つ。」 「この件は、恐らく想像もつかないような結末を迎えるだろう。調査し、判明した結果が普通では理解しがたいものになる可能性が高い。それでもいいか?」 「・・・言っている意味がよくわからんな。」 ウィリアム・ハインリッヒは額の汗を拭きながら言った。 「紛失しているのはオーパーツだ。現代科学では説明できない現象が起きているかもしれない。何が起きたのかわかったとしても、それがどうやって引き起こされたのか、説明できない可能性が高い。」 「・・・要するに人知を超えた事件だと?」 教授−−アーサー・バルムーク−−がハインリッヒのかわりに口を開いた。 「その可能性が高いと言っているだけだ。」 「私には詐欺めいた言い訳をしているように聞こえるがね。」 「どう受け取ってもかまわない。これは警察が投げた事件だ。俺の専門はそういう事件を扱うことでね。気に入らないならこの件の調査はやめてもいい。」 俺はハインリッヒの返答を待った。他の4人も彼に注目する。 「・・・調査してもらおう。このままではわしの気がすまない。」 「わかった。じゃあ、今から調査を開始する。いいか?」 「・・・始めたまえ。」 「まずは、紛失した展示品とその周囲、この金庫室、そして警備システムを見せてもらいたい。次にあんたら一人ずつから話を聞きたい。一人10分程度で済むだろう。」 −◆−  博物品のケースの大きさは、その中身によって違う。例の卵の入っていたものは、50cm×50cm×50cmの立方体だった。金属製のフレームが立方体に組まれ、それらは一部は溶接、残りは直径9mmのボルトで固定してある。中身を出し入れするには、そのボルトの少なくとも半分を解く必要がある。この箱には8個のセンサーが取り付けらされおり、箱を動かしたり開いたりすると反応する。  立方体の中には緩衝材が半分ほど詰め込まれ、そこにビロードの敷物を引き、その上に卵が置かれていた。設置直後の写真を見せてもらう。卵は3個。均等に並べられており、緩衝材でくぼみを作り、太い方を下にして直立するように置いてあった。目の前にある現物は、右側の1個が無くなっている。紛失した卵の位置には、その破片らしきものがあった。・・・時間をかけて見てみるが、卵が割れたというほど破片が無い。より正確には、破片が少なすぎるのだ。  卵が入ったケースの場所は、ほぼ円形の地下倉庫の左半分のほぼ中央だ。一番近い壁からは10m近い距離がある。監視カメラは8機あり、全て可動式。常時カメラの死角が発生しないように動いていた。人がいない時は、床上50cmと1mのところに赤外線レーザーのセンサーが張られており、誰かが台座に隠れて移動してもすぐに感知される。  この地下金庫の入り口は、基本的に時限式+カードキー+パスワードという代物だ。カードキーは2枚必要で、1枚をウィリアム・ハインリッヒが、そのコピーを執事が、対となるカードを警備員が持っている。開閉可能なのは朝9時と夕方6時。その時間に2名の立会いでしか開閉できない。  次に警備員室へ行った。紛失したと思われる当時の監視カメラの映像を見せてもらう。一見、特に犯行と思われる映像は無い。もし犯人が、ここに集まったものの内の複数なら、この映像は捏造されている可能性がある。何か気になるので、この映像は後で繰り返し見せてもらうことにした。  改めて問題のケースのところに戻る。ハンドライトを当ててあらゆる方向からケースとその台座を観察する。わずかな埃の付着以外が綺麗なものだった。ケースは最新の注意をもって扱われているらしく、指紋1つ付いていない。俺は視界を切り替えて霊視してみた。すると、台座の側面、高さ70cmほどのところに直径2cmほどの霊的な染みを見つけた。表面上、何もわからない。この部分に対して何かが行われたようだが、今は結論を出せなかった。 −◆− 次は個別質問だ。最初は依頼主である「ウィリアム・ハインリッヒ」。46歳。爵位を持つ貴族。考古学に興味を持ち、その発掘や研究に資金援助をしている。自身は株式投資などで儲けており、生活レベルはかなり高い。太っているのは大食漢だからのようだ。大英博物館に収めきれない博物品を、資材を投じて保管する場所(つまりここ)を作ったことで、あちこちから表彰を受けている。性格は高慢気味。特に固執する博物品はなく、本人は古代史全般に造詣が深い。会話しながらこいつのオーラを見ていたが、特に乱れは無かった。 −◆− 次は執事。名前は「ジョン・リーベルト」。51歳。ハインリッヒ家には祖父の代から使える執事の家系らしい。当人は父親の遺言で25歳で執事になったという。質実剛健を絵に描いたような男だった。考古学には、ウィリアムに付き合わされている間に知識が増えたらしい。こいつのオーラは全くといっていいほど揺らぎがなかった。こういう奴は精神的に非常にレベルが高い。 −◆− 次は警備員。名前は「ジョージ・カーライル」。37歳。30歳の時に証券会社を辞めて警備会社に就職。この地下金庫の警備を任されてから3年になる。考古学には興味なし。ただし、どのようなものがどこにあるのかしっかりと記憶している。記憶力がよく、前に警備していたところで発生した事件の調査に協力したことがあるという。その件については、彼の協力によって犯人が逮捕されたらしい。この男のオーラも、執事と同じく揺らぎがない。 −◆− 次は教授。名前は「アーサー・バルムーク」。50歳。若いころは発掘作業に従事していたが、年を感じて分析作業を中心にするようにしたらしい。様々な時代に造詣が深く、持ち帰ってくる博物品の分析・分類・保管の作業が今のメインらしい。こういう人物は、普段、他人との会話が無い分、自分の得意分野については怒涛のように話をしてくれる。 「あの卵についてわかったことは?」 「まだ具体的にわかったことは何もない。南米のある遺跡で大量に発見されたものだが、類似する証拠が無くてね。今のところオーパーツ扱いだ。」 「大量に発見?」 「うむ。全部で千個近くあったらしい。ここに持ち込まれているのは分析用に分けてもらったものだ。他のいろんなところでも分析しとるよ。」 「・・・表面の模様については?」 「まだよくわかっとらん。アステカの遺跡の壁面模様に似ているものがあるが、その程度だ。」 「模様のスケッチなんかはあるのか?」 「えっと、これじゃ。」 教授はあるノートのページを開いて見せてくれた。そこにはトレーシングペーパーが貼り付けてあった。 「こいつのコピーをもらえるか?」 「どうする気じゃ?」 「俺も考古学にはちょっと興味があってね。知り合いに聞けばこれの分析ができるかもしれない。」 「なんじゃと! 誰じゃそれは?」 「俺の古い知り合いだ。」 「むむ、何かわかったら是非教えてくれんか?」 「いいとも。」 他にもいろいろな質問をしてみる。こいつのオーラは乱れっぱなしだった。これは嘘をついているというよりも、焦燥感によるものの方が強いようだ。 −◆− 次は学生。名前は「マイク・ハミルトン」。22歳。単位と高評価をもらうかわりに、教授の分析作業を手伝っている。人付き合いが苦手で、こういった黙々と作業できるところが好きらしい。学内では友人らしい友人はほとんどいないそうだ。他愛の無い世間話から、学校のこと、授業のこと、教授のことなどを手当たりしだいに質問してみる。・・・こいつのオーラはどこか歪んでいた。こんな歪みは前にも見たことがある。さてどこだったか・・・。 −◆− 全員に話を聞いた後、金庫の入り口に集まってもらった。 「俺は情報の分析のために一旦引き上げる。それでサー・ハインリッヒ。」 「何かね?」 「このメンバー全員を、今から1週間、どこかに軟禁状態にしてもらいたい。」 「!?」 一同に動揺が走った。この時のオーラの乱れは、教授と学生が特に酷い。 「別荘か何かがあれば一番いい。家事の方は執事さん、あんた一人でできるな?」 「・・・できますが。」 「今、得た情報から推測する範囲では、犯人はこの中にいる。」 「!?」 再び一同に動揺が走る。 「サー・ハインリッヒ、使える別荘は?」 「・・・あることはあるが。もう少し詳しく説明したまえ。」 「・・・わかった。これから1週間。あんたらには軟禁状態で生活してもらう。用意された別荘から出なければ、中で何をしてもいい。必要なら機器や資料を運び込んでもいい。別荘の中では、必ず一人になってはいけない。」 「どういうことかね?」 「この1週間は犯人を炙り出すための1週間だ。俺の推測が正しければ、犯人はこの1週間以内に必ずボロを出す。この間、どこで何でをするにしても必ず2人以上で行動してくれ。」 「トイレや風呂はどうするんですか?」 「男ばかりなんだから風呂は誰かと一緒に入れ。トイレに行くときは、誰かがついていって、妙なことが起きないかどうか見張るんだ。電話をかけてもいいが、必ず誰かが側でその会話を聞くように。手紙やメールのやりとりは禁止する。」 一同の間に沈黙が下りた。 「何か質問は?」 「・・・仕事の都合で部外者に聞かれてはならん電話をすることもあるぞ。」 ハインリッヒは額の汗を拭きながら言った。 「そういう場合は執事さん、あんたが側にいればいい。あんたは名誉のために他人の会話の内容を漏らしたりはしないだろ?」 「・・・それはそうでございますが・・・」 「・・・わしも1ついいかね?」 教授が口を開いた。 「どうぞ。」 「犯人がこの中にいるとして、ここまで説明したら意味が無いのでは?」 俺はニヤリと笑って答えた。 「・・・これは犯人に対する警告であり、挑戦でもある。俺は一週間以内に犯人を見つけ出す。犯人はどこかのタイミングでここから逃亡を図るだろう。」 「もし誰も逃げ出さなかったら?」 「その場合、ばれないように最善を尽しているはずだ。俺はその痕跡を見つけ出す。」 沈黙。 「他に質問は?」 「ここはどうする?」 警備員からの質問だった。当然の質問だろう。 「ここは1週間、閉鎖してもらう。事件の調査をしているといえば周りは納得するだろう。」 −◆− 別荘といってもすぐに使えるわけではないようだ。依頼主、執事、警備員と別荘内での監視カメラの設置の打ち合わせをする。プライベートの問題が出たが、これは犯人探しのための軟禁であり、拒否してもらっては困ることを説明する。カメラの配置を決めたら、執事が必要な機材の手配をすることになった。なお、この段階からかならず二人以上で行動してもらうことにした。ひとまず依頼主と執事、警備員と俺、教授と学生の組み合わせで動く。  次に別荘へ移動するまでの間に、監視カメラの映像を見せてもらう。特に紛失した卵のあたりを中心に何度も見る。・・・うんざりするほど巻き戻し、さらにコマ送りにして何度も見る。 「・・・この金庫にネズミは入れるのか?」 俺は唐突に警備員に聞いた。 「は? ・・・無理だね。」 「展示品の中に紛れることは?」 「展示品は別のところでケースに組み入れてもってこられるから、展示品にまぎれたりはできんよ。」 「通気口は?」 「監視カメラに全部映るようになっとる。」 警備員は監視カメラを操作した。数箇所ある通気口にはボルトで止められた網がつけてあり、どれもしっかりとはまっていて、ネズミが通れるような隙間はなかった。俺は見つけた映像部分でコマ送りして止めた。 「ここを見てくれ。」 「何何?」 展示品の柱の隙間。その影の部分に、その一瞬のコマのところだけ、非常に小さなものがあるような影が映っていた。その前後のコマには無い。 「確かになんか映ってるような気もするが・・・。」 警備員は半信半疑だった。一瞬しか映っていない非常に小さな影。目の錯覚といっても差し支えないぐらい小さなものだが、これはここでいくつかの仮説を立てていた。ここの監視カメラのシステムは、画像を解析できるほどのものは無い。テープを借りていってもいいが、映っているのが影だけなので、分析するだけ時間の無駄だろう。となれば・・・。 −◆− 別荘の準備ができたと連絡が入り、用意されたワンボックスの車で移動する。教授と学生は、研究資料らしきものをトランクケースいっぱいに持ってきていた。車は市街地を抜け、まばらな森林地帯に入る。別荘は小さな泉に面しており、周囲は見通しのよくない森林だった。警備員と執事と俺の3人で監視カメラをセットする。できるだけ屋内の死角が無いようにしつつ、カメラそのものははっきりと見える位置におく。カメラからはケーブルを延ばし、途中、中継器を経由して居間にあるモニターに映せるようにした。 「念のためもう一度説明しておく。これから一週間、必ず2人以上で行動してくれ。現時点では誰もが疑わしい。犯人はこの1週間で必ずボロを出す。みんな気がついたことがあったら随時教えて欲しい。」 これは犯人を捜すための心理戦だ。上手くいけば1週間といわず3日ほどで犯人を割り出せるだろう。誰かなのか特定するまでは、これで問題ない。問題なのは、特定した後の話だ。必要な準備が整った時点で、もう夕方だった。 「俺は情報整理のために一旦引き上げる。明日の朝、9時に来る。」 皆、何か言いたげだったが、俺はさっさと引き上げた。ひとまず仕込みは終了だ。本当の問題はこれからだ。 −◆−  別荘から出て道を市街へ100mほど行ったところで、俺は霊体化した。上昇して知覚を拡大し、”ミーミルの首”を捜す。霊界では明確な方向感覚が無い。方向の基準となる太陽や重力が無いからだ。当然、方位磁石も意味がない。霊界に浮遊する構造物は常に同じ場所にあるとは限らない。だから地図を作るのも不可能に近かった。なので、目的の構造物にたどり着くには、毎回捜索する必要がある。拡大した知覚範囲ぎりぎりに見つけたので、いつものように加速しようとして、妙に動きづらいことに思いあたった。俺は自分の背後を見た。白い鳥の翼と蝙蝠の翼がある。俺自身が霊体化したことでこの2対の翼に触れることができるが、本来自分には無い器官のため、違和感があり、しかも重りのように感じていた。そして加速しようとしても何故かまっすぐに進めない。どうやらこの翼をちゃんと使わなければならないようだ。少し考えて、俺は翼をもう1対増やすことにした。背中の一部を書き換え、真っ黒な烏の翼を生やす。これは元々、霊界内でのドッグファイトを想定した推力増強のための翼だ。この翼で移動を開始し、その使い方と同じ使い方で、他の翼も操ってみる。・・・これは上手くいった。どうやらこの使い方は正解のようだ。白い鳥の翼と蝙蝠の翼は、思っていた以上に強力な推力を生み出してくれだ。  ほどなくして”ミーミルの首”に到着する。中へ入ると相変わらずの無重力状態で、本が散乱・浮遊していた。一見して、また本が増えているように思える。今、必要なのはあの卵についての情報だ。南米の遺跡とやらは、教授によるとアステカのものらしい。それと卵の表面にある奇妙な模様だ。この模様は一見、壁や敷石といったものによくあるような、壁紙的なものだが、基盤の回路のようにも見える。俺は霊気で糸を編んで放出しようとした時、壁に扉ができているのに気づいた。前に来たときはこんなものは無かったはずだ。そんな風に考えていると、唐突にその扉が開いた。 「やれやれ、やっと開いたぞ。おぅっ!」 「あ、危ない!」 扉から最初に現れたのは子供だった。身長は130cmぐらいか。奇妙なアンテナのような癖のある髪。尖った耳。容姿は小学生のようで、声も相応に可愛いが、そのセリフ回しは老人のそれだった。見た目から判断すると、これは妖精族のようだ。視界を切り替えてみて驚いたが、恐ろしく霊格が高かった。その幼い外見とは裏腹に、1000年以上は生きているに違いない。その少女は入ってくるなり中に浮かんだ。ふわふわと流れて行きそうになる身体を、後ろから手が捕まえる。次に出てきたのはメイドだった。よくある紺色の服にエプロンとヘッドドレスの組み合わせ。その女性・・・メイドは一見人間のように見えて、そうではなかった。見た目の差は、瞳の中にある不完全な円形の線と、それに沿うように書かれた細かい文字ぐらいだ。霊視した状態で見ると、このメイドは生きていなかった。・・・いやより正確には生命体ではないというべきだろうか。小型高出力のジェネレーターコアと全身を構成する擬態ナノマシンの集合体。ひらたく言えばロボットだ。その二人は浮遊状態に移行しながらバランスをとり、そして俺に気づいた。 「なんじゃ、こんなところに客がおったのか?」 「ここは初めて開けたって言ってませんでした?」 奇妙な会話だった。霊界では、極々稀にどこか別の次元への門が開くことがある。入ってきた二人がいきなりバランスを崩すということは、彼女らのいた扉の向こうには重力があるということだ。少女の方が俺をじろじろと観察した。 「珍しい種族だな。天使・・・でもない。悪魔・・・でもない。吸血鬼・・・のようでもない。人間・・・とも思えんし・・・。」 「あ、お館様。」 「なんじゃうるさいな。」 「見てください。ここ、機能殻が展開できますよ。」 少女の方に突き出したメイドの指先は、変形して小型のレーダーアンテナのようになっていた。 「むむっ! おかしい。論理空間に繋いでしまったのか・・・?」 彼女らの会話は英語に近いもので行われている。最も、霊界ではその言葉よりもイメージやニュアンスといったものが先に伝わるため、全くの異種族でも会話には困らない。それにしても彼女らの会話の意味がよくわからなかった。 「なんだ、あんたらは?」 「名を尋ねるなら先に名乗るのが礼儀であろう?」 少女は高圧的な態度でこっちを指差した。その幼い外見と老成した言葉遣い、そしてボケとツッコミのようなやり取りで油断してしまいそうだが、こいつは霊的に非常に強力な存在だ。ここは会話を合わせることにした。 「俺は矢口。私立探偵だ。」 「わしはここの館長じゃ。こっちは司書。本を借りるなら図書カードを作ってくれ。」 ・・・なんか世間話のような会話になってきた。 「何をお探しですか?」 司書と言われたメイドが聞いてきた。・・・ここって管理者がいたのか。まあいい。司書というなら聞いてみるのもいいだろう。俺は卵と模様の話をした。 「卵の本ならあっちの”ヘの98”の棚にあったぞ。ほとんど料理の本だが、他のもあるかもしれん。」 「模様ですか? えーっと、紋章学とかが近いのかしら?」 「いや、どっちかというとデザイン画かヒエログリフじゃな。」 こっちの見せたコピーを見ながら二人で会話していく。やけに親切だな。まあ、図書館なら普通の対応だが、ここは霊界で、町の図書館ではない。・・・いや、逆か。ここはどこか別世界の町の図書館につながっているようだ。少女とメイドは会話して移動しようとして空中をぐるぐると回転し、思った方向へ進めないでいた。 「えぇい、めんどうじゃの!」 少女は指揮棒のようなものを取り出すと、呪文のようなものを唱え、それを振り回す。 「あ! お館様、ちょっとまってください!」 俺は反射的にこの建物から飛び出した。とばっちりを食うのはごめんだ。4枚の翼をコントロールして推力を調整し、浮かんだ本を回避しながら建物から飛び出す。その直後、ドン、ドドドドという雪崩のような音がした。  建物の入り口にはいると、いきなり重力を感じた。そして案の定、本棚がいくつも倒れ、本の雪崩が発生していた。手と足が1本ずつ、本の山から突き出ている。俺は二人を本の山から掘り出した。どこかのC級コメディのような展開だが、実際に行われたのは重力付与だ。凄いのか馬鹿なのかわからん。恐らくその両方だろう。  何気なく拾った本の挿絵に、あの模様つきの卵が書かれているものがあった。目を回している二人をよそに、それを読み進める。・・・偶然とはいえ、的確な手がかりを得た。その本には、あの卵がどのようなものか、かなり詳しく書いてあった。 「あ、その本をお借りになりますか?」 雪崩の衝撃からメイドが先に復活したようだ。 「いや、いい。」 俺は本をメイドに渡すと、そこを出た。 −◆− それからしばらく、単調な日々が続いた。やることといったら昼は容疑者の監視。夜は監視カメラの映像チェック。そして各自の行動分析だった。予想どおり、3日目には各自の行動に変化が現れた。その多くは軟禁状態というストレスから来るものだが、全員の行動を表にし、比較していくと、少しずつ予想どおりの動きが見えてきていた。俺は5日目の朝食の後に行動を起こすことにした。 「さてと、予定より少し早いが、犯人が割り出せたんで報告しておこう。」 一同がどよめいた。 「本当にわかったのかね?!」 依頼主が唾を飛ばしながら叫ぶ。 「ああ。だが、ここからが問題だ。今回の件の犯人と、紛失したオーパーツの場所はわかった。しかし、その後はどうするか。俺の仕事は犯人を見つけることだったよな?」 俺は依頼主に話を振った。 「・・・ああ、そうだ。」 「犯人が判明したら、その後は?」 「警察に突き出すしかないだろう。」 「これは警察が放棄した件だったよな?」 「・・・それが何か?」 「俺の予想が正しければ、その犯人は警察の手には負えない。」 「どういう意味かね?」 ここで教授が口を開いた。 「犯人を逮捕しようにも、恐らく警察では歯がたたないだろう。捕まえても簡単に逃亡される。」 「・・・言ってる意味がよくわからんね。」 「じゃあ教授。犯人が誰か言う前に、あの卵について何かわかったことは?」 「・・・特に何も。ケースを開けて調べられる状態ではないしな。資料を探そうにもここでは限界がある。」 「あの卵の中に何が入っているのか、そして割れた方に何が入っていたのか、こっちではおおよその調べはついている。」 「!!」 教授はわなわなと身体を震わせた。いたくプライドを傷つけられたことだろう。教授は唾を飛ばしながら怒鳴った。 「専門家でもない君がどこまでわかったというのかね?!」 「・・・あんたは考古学の専門家だ。俺は警察が手に負えない事件を解決する専門家でね。これは警察では手に負えない事件だ。ずばり、人知を超えた事件と言っていい。」 誰も何も言わなかった。 「教授。あんたならこれくらいは知ってるか、聞いているだろう。その卵を研究しているところで、何箇所か同じような紛失事件が発生しているはずだ。」 「・・・」 「そうなのかね、教授?」 依頼主が怪訝そうに尋ねた。 「・・・確かにそういう話は聞いたことがある。しかし、どれも管理不行き届きだろう。ここのような厳重な保管をしているところはほとんど無いからな!」 会話が途切れる。俺は依頼主に向かって言った。 「改めて確認するが、俺の仕事は犯人を見つけるところまで。それでいいな?」 「・・・何か気にいらん言い方だな。」 「俺は警察じゃないから、犯人の逮捕はできない。だが、犯人がよからぬことをした場合、それに対処するぐらいのサービスはできる。・・・話を続けていいか。」 「・・・続けたまえ。」 「じゃあ、犯人の話をしよう。ずばり、犯人はこの中にいる!!」 「だ、誰だね?」 依頼主がせかすように言う。 「まあ、順番にいこう。俺はこの1週間で犯人を見つけ出すといった。ここ数日の全員の行動をチェックすると、あることに気づいた。」 俺はノートを1冊出すと、あるページを広げて机の上に置いた。 「これは俺が監視カメラの映像から確認した各自の行動記録だ。」 一同がノートを覗き込んだ。 「・・・これが何か?」 執事が怪訝そうに聞く。 「説明しよう。俺はこの軟禁状態の中で、犯人がある特異な行動を起こすことを期待していた。」 「特異な行動・・・ですか?」 「具体的にはどんな行動かはわからない。しかし、こうして記録を分析してみると、それがわかる。この5人の中で、一番疑わしいのは・・・マイク・ハミルトン、あんただ。」 一同がマイクを見た。 「え、なんで僕が。」 「お前が犯人かぁー!」 俺は掴みかかろうとする依頼主の腕を掴んで止めた。 「話は最後まで聞いてくれ。俺はまだ”疑わしい”としか言ってない。」 「えぇい、もったいぶらないでさっさと言わんか!」 「ちょっと落ち着け。”なんで僕が”といったな。君の行動は他の4人と明らかに違う点がある。」 「違う点?」 ひそかに視界を切り替えてみると、マイクのオーラが塵尻に乱れていた。一種のパニック状態と言っていい。 「君は他の4人にくらべて、明らかにカメラに映っている回数が少ない。」 「え、そうなの? 部屋に篭ってばかりだったからじゃないの?」 「違うね。君はカメラの死角になる位置に無意識に移動しているんだ。設置したカメラは警備を前提にして設置したわけじゃないからな。どうしても死角ができる。君は誰かといっしょにいるときも、カメラの死角にいるようにしていた。それはどうしてか?」 「・・・」 「カメラに映っているとバレてしまうかもしれないと考えたからだろ?」 「・・・」 「俺が期待していたのは正にそういう行動だった。」 「仮にそうだとして、彼が犯人である証拠は?」 教授が落ち着いた声で割って入った。 「ああ、そこからが難しいところだ。」 「は?」 「さっきも言ったが、俺は彼が”一番疑わしい”とはいったが、彼が犯人とは言ってない。」 「・・・どういう意味かね。犯人はこの中にいると言ってだと思うが。」 「そうだ。」 「”犯人はこの中にいる”、”彼が一番疑わしい”ときたら、そいつが犯人じゃないのか?」 今まで黙っていた警備員が口を開いた。指をぽきぽきと鳴らし、いつでも動けるように全身の力を抜いている。俺はマイクを正面から見据えた。 「わかってるだろう、マイク。盗んだのは君じゃない。でも、犯人は君の中にいる!」 「・・・」 「わけがわからん。」 依頼主が肩をすくめた。 「ここで問題なのが、あの割れた卵の中身だ。」 「・・・まさか、卵の中身が彼の体内に入っているとでも?」 あきれた様子で教授が言った。 「そのとおりだ。」 「・・・は?」 「あの卵の中には、ある種の寄生虫が入っている。こいつは非常に小さくて、展示ケースのごくわずかな隙間からも出ることができる。マイク、あんたはそれに寄生されたんだ。」 「・・・」 マイクは無表情で何も答えなかった。 「この寄生虫は、人間の体内に入ると神経に寄生し、肉体の細胞と記憶を書き換える。寄生されたものは記憶を書き換えられることによって、あたかも元から寄生虫がいたかのように思わせ、適応させるという代物だ。寄生虫は人体のホルモン分泌を利用して、宿主の肉体の修復や変形を行う。用途は不明だが、一種の生物兵器として用いられたことがあるらしいな。」 「・・・何かの映画の筋書きかね、それは?」 「だったらよかったんだけどな。俺はあの卵のあったケースの台の側面に染みのようなものを見つけた。調べてみれば、それは卵の中にあった羊水のようなものだろう。お前はケースにあるわずかな隙間から出て、その当時、一番近くにいたそいつに寄生した。そうだな?」 誰も何も言わなかった。マイクは混乱した表情をしてはいるが、オーラは非常に落ち着いていた。オーラに歪んだ部分があるが、これは寄生によるものだ。もっとも、時間が経過してなじんでくると、オーラの歪みは消えていく。マイク・ハミルトンのオーラの歪みは、初めて会った時と比較すると明らかに落ち着いてきていた。 「別にお前をどうこうしようってわけじゃない。俺は犯人探しを頼まれただけだ。犯人は見つかった。俺の仕事は依頼主にこれを納得してもらえば終わる。」 「・・・彼にそれが寄生しているという証拠は?」 警備員が口を開いた。 「寄生虫は宿主を護るため、その肉体に強力な修復能力を与えるらしい。俺が調べた範囲では、頭を砕かれても復元し、蘇生した例があるそうだ。」 「じゃあ、彼を殺してみればいいと?」 「そこまでは言ってない。例えば、指先を刃物で傷つけてみればいい。その寄生虫がもしいるのなら、その傷はすぐにふさがるはずだ。」 いつの間にか、マイク以外の4人は、マイクを取り囲むような位置に来ていた。 「馬鹿馬鹿しいが・・・」 「もし本当なら・・・」 「つじつまが合いますな。信じられない話ですが。」 「ハミルトン君、本当にそうなのかね?」 4人がマイクににじり寄った。 「か、勘弁してくださいよー。」 「なあ、考えてもみろ。ここがアメリカなら、妙な連中が夜中に踏み込んできて、一切合財を持っていくだろう。そしてお前は二度と日の目を見ることができない。それにな・・・」 俺は烏の翼を生やし、6枚になった翼を大きく広げた。無論、生やした烏の翼は霊体状態だから、普通は見えないはずだ。しかし、マイクは俺が翼を大きく広げたところでビクリと反応した。 「・・・お前、見えているな?」 −◆−  昼下がり。俺は別荘から市街地までの道のりを散歩していた。マイクの中にいた寄生虫は、かなり頭がいい奴らしい。マイクは人が変わったように弁明し、可能な限りの協力をするから自分の存在は秘密にして欲しいと持ちかけた。結局のところ、自分の指を包丁で切り落とし、瞬時に修復するということをやってのけた。他には瓶に指を突き刺して瓶そのものを破壊せずに中身を抜き取ったり、アンティークな柱時計の針が遅れる理由は奥から2番目のギアが錆びているから(音がそのように聞こえるらしい。執事が確認したらそれは本当だった)とか、外から財布の中身の金額をぴたりと当てるなどを披露した。他にもいろいろできるらしい。  依頼主にはひとつ言い含めておいた。当局に通報して混乱を撒き散らすのは簡単だ。だが、こういった特殊な才能を持つものを手元においておくと、いろいろ便利じゃないかと・・・。  俺は調査費を貰って別荘を出た。後のことは5人で相談するとのことだった。 −◆− 市街地が見えてきたあたりで携帯電話が鳴った。 「はい、矢口です。」 「あの、ボーラー・メイスンという者ですが。」 先日、子供を探してくれと依頼してきた老人からだった。子供はまだ入院しているが、順調に回復している。子供ともども改めて御礼が言いたいから、病院まで来て欲しいとのことだった。実際のところ、その件の調査費はまだ貰っていない。子供が回復するかどうかは五分五分だった。だから落ち着いたら電話をくれるように言ってあった。病院は俺が今いるところからはそんなに遠くない。俺はそのまま歩いていくことにした。  珍しく暖かい日差しがさしていた。病院の庭にはあちこちに花壇があり、何匹もの蝶が飛んでいた。小鳥の囀りが聞こえる。入院患者が気分をリフレッシュするにはもってこいだった。老人と子供は、木陰で待っていた。子供は右腕を吊っており、車椅子に乗っている。 「調子はどうだい?」 「おかげさまで、かなり元気になってきました。」 「おじーちゃん、この人なの?」 「そうだよ、お前を助けてくれたのは。」 少年の綺麗な瞳が俺を見据えた。そしてにっこりと微笑む。 「おぢさん、ありがとう。」 俺は微笑みながら少年のほっぺたを両方にひっぱった。 「おぢさんじゃない、おにーさんだ。」 「ほ、ほにーはん、はひはとう。」 「よし。」 俺は少年の頭を撫でた。 「この子の経過はどうだ? 医者は何と?」 「肉体的にはほとんど問題ないそうです。でも・・・」 「でも?」 「右腕と左足に違和感があるらしく、上手く動かせないらしいんです。リハビリは続けてるんですが。」 俺は少年を見た。少年は花壇の方を見てきょろきょろしている。 「おーい、こっちだよー。」 ん? 「わぁ、すごいねー。」 少年は誰もいない花壇に向けてしゃべっていた。 「あ、あれにはかまわないでください。ども夢見がちで、あんな風によく独り言を言うんですよ。先生によると、誘拐によるトラウマを、自分なりに回避してるんじゃないかといわれたんですが・・・」 俺は視界を切り替えた。花壇の上には3匹の小妖精が舞っていた。飛んでいるのではなく、文字どおり空中を舞っている。その内、1匹が花の上に降りたかと思うと、何かを取り上げた。その腕には豆粒ほどの大きさの赤ん坊の妖精が抱かれていた。 「うわぁ、赤ちゃんなんだ、可愛いー。」 傍から見たらただの頭の悪い妄想癖の子供に見えているだろう。実際はそうじゃない。この子は妖精が見えている。やはり「グラムサイト(妖精眼)」のようだ。俺は少年に背後から近づいた。妖精達が俺を見て、瞬時に葉陰に隠れる。少年が振り向いた。 「あ、脅かしちゃダメだよ、羽根の生えたお兄さん。」 やはり見えているらしい。特に集中もしていないようだ。この子が狙われたのは、おそらくこの能力のせいだ。 「ねーねー、お兄さんは何で羽根が生えてるの? それって天使の羽根と悪魔の羽根なの?」 「やれやれ。お前が元気になって退院できるようになったら教えてやってもいい。」 「えー、教えて、教えてよー。」 「これジムや、探偵さんを困らせるじゃないよ。すいません。」 俺は老人を手で制した。 「人間の心には天使と悪魔が1匹ずつ住んでるんだ。これはその証拠みたいなモノだ。」 「・・・ふうん。」 「ところで、手と足が上手く動かないらしいな。」 「・・・うん。なんか上手く動いてくれないんだ。」 俺は視界を切り替えてオーラを確認した。右腕と左足のオーラは他のところよりも暗く弱い。 「手や足は勝手に動くものじゃない。そうだな、自分が歩くところをイメージしてみろ。芝生の上を裸足で。小鳥や野兎が、君が歩き出すのを待っている。足が動くんじゃない。自分の意思で、つま先まで思い通りに動かすんだ。自分の足がどう動けばいいか考えろ。」 少年は目を閉じた。頭の中で想像しているようだ。 「動かしにくい手の方もそうだ。動くんじゃない。自分で動かすんだ。指の一本一本がどう動けばいいか考えろ。舞い落ちる木の葉のように手をひらひらと動かしてみろ。差し出したその指先に、蝶が羽根を休めにくる。風のささやきを感じ、水の冷たさを知り、太陽の暖かさを掌で受け止めてみろ。」 少年は目を閉じたまま、車椅子から立ち上がった。俺は老人がとっさに支えようと近づくところを止めた。少年は多少ふらつきながら、石畳の上を一歩一歩進んだ。目はまだ閉じている。小妖精が2匹飛んできて、少年にささやく。その小さな声は少年に歩き方を注意しているようだ。少年は吊っていた右腕の布を外した。ゆっくりと前に手を伸ばし、指をひらひらと動かす。掌を上に向けて止めると、蝶が一匹、その上に舞い降りた。2匹の小妖精が祝福するかのように少年の周囲を飛び回った。 「先生ー!」 玄関のあたりでナースが叫ぶ声がする。見ると医師らしいのが慌てて出てきた。こっちに走ってくる。 「メイスンさん!」 「おぉ、先生。」 「自分で歩いたんですか?」 「はい。」 老人は涙目になっていた。少年は目を開けると、周囲を見回した。2匹の小妖精が手を振りながら離れる。少年はふらふらと老人のところまで来た。 「おじーちゃん、歩けたよー。」 老人は少年を抱きしめた。 「どうやらすぐに退院できそうだな。」 「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか。」 「俺は何もしてない。」 「あ、そうだ、これを。」 老人は分厚い封筒を差し出した。約束の調査費だった。事が事だけにかなりの金額を要求した。実際、それに見合うひどい目に会っている。俺は中身を確認し、半分だけ札を抜き取ると、その封筒を老人のポケットにねじ込んだ。 「え?」 「それは餞別だ。その子を大事にしてやれよ。」 「は、ありがとうございます。」 「一つ教えておこう。その子は祝福を受けている。」 「祝福・・・ですか?」 「大地の祝福ってところだ。それが気に入らないなら”神の祝福”と考えてもいい。その子が大きくなって動物や自然環境に強い興味を持ち始めたら、それを応援してやるといい。その子はあんたらも幸せにしてくれるだろう。」 「ばいばい、羽根のお兄さん。」 俺は病院を立ち去った。 −第7話、終− =============================================================================== §第7話 解説  またなんか長い話になってしまいました。気がつけば全く戦闘の無い話になってますな。まあ、こういうのもたまにはいいでしょう。 ・地下金庫の入り口   映画とかで銀行の地下にあるような巨大金庫の入り口を想像してください。 ・博物品を保護している展示ケース  映画「ナショナル・トレジャー」の作中で、アメリカ独立宣言書を展示している特殊ケース(非常時にはケース毎移動して格納され、ケース内部にもセンサーが仕掛けてあるやつ)がありますが、それをイメージしてください。 ・卵  いろんな作品で似たような卵が登場しますが、まあ、それと同じようなものです。 ・どうやら俺の仕事のようだ。  事は起きているが、どうみてもつじつまの合わない事件や情報不足で調査が断念される時間を扱うということです。 ・軟禁状態  普通はここまでやらないでしょう。よくある推理モノの作品だと、事件にかかわる一連の行動を分析し、そこから犯人を割り出すということをよくやってます。推理モノでは探偵自身がその事件の現場に直接居合わせていることが多いです。矢口の場合は、全く初対面の5人に対して、ハッタリ半分で仕掛けています。 ・白い鳥の翼、蝙蝠の翼、真っ黒な烏の翼  6枚羽根です。どっかの作品の6枚羽根の精霊とは関係ありません。 ・爺言葉で話す妖精族の少女、機械族の司書メイド  どこかで見たような・・・と思う人もいるかもしれません。好きなんですこの2人。もし読んでたら、謝ります。すいません、佐藤先生m(_ _)m ・寄生虫  ”パラサイト・アームズ”といいます。詳しくはトップページのコンテンツを参照。 ・老人と少年  5話&6話の後日談です。 −第7話、解説、終− ===============================================================================