ラストキッス




全身から力が抜けて
支えていたものが消えて
へたりこむ。
雨は容赦なく私を打ち、
私はそれに逆らうこともできず、ただ濡れていた。

ぽっかりと抜けた穴。

大事なもの

大切なもの

かけがえのないもの

抜け落ちた。

だから、気づくのに時間がかかった。
降り注いでいるのに、身体を濡らさない雨に。
私を包む傘に。
ぼんやりと見上げる。
視界に入ったのはピンクの傘。
そして、それを支えていたのは・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・」
同じクラスの里村茜さんだった。
「・・・さと・・・むら・・・さん?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
何も言わず、私を見ている。
ただ、その表情は、私にはとても痛いものだった。
「・・・・・どう・・・して・・・」
「・・・見ました」
「・・・・・え?」
「あなたが走っていくのを」
どうやら彼女は私があてもなく走っていた時、それを見ていたらしい。
でも、どうして?
「・・・あなたの目を見たから」
彼女の言葉は要領を得ない。
それとも、私が冷静に聞くことが出来なかったから?
さっぱりわからなかった。
彼女は私に何を言おうとしているのか、が。
「・・・あの頃の私と同じ目をしています」
わからない。
「全てを失ったあの時の私と」
わからない。
「・・・・あなたには私のようになって欲しくないの・・・」
わからない。
「・・・・・・・・・・・・」
それっきり彼女は何も言わず、傘を私の手に押し付けて、その場を去っていった。
私には彼女が何を言っていたのかさっぱりわからなかった。

いや、違う。

彼女の言葉が耳に届いていなかったんだ。

そして、それ以来ーーーー

私から光が消えた。

世界はグレイに染まった。
目の前のもの全てが。
海も。
空も。
人でさえも。

それが、本当の絶望。
いつか、誰かに言われたこと。

「君はまだ本当の絶望を知らない」

これが、そうなんだね・・・
でも、どうでもいいよ。
もう、どうでも、いいよ・・・
だって・・・

こんな世界、意味なんてないんだから・・・・

折原。
覚えているよ、私だけは。
あなたのこと、覚えているよ。
たっくさんたっくさんもらったもの。
想い出。
それと・・・ドレス。
電話で言ってたドレス、届いたよ。
あの時は泣いたよ。
枯れるぐらい。
今の私にはもう涙はないの。
あの時流しつくしたから。
最後に言った、あの言葉

「ラストキッス」

ドレスに言葉を重ねたら、自分でも病気になったんじゃないか、って思うぐらい、涙が出た。
そして、私の涙、枯れちゃった。

今も覚えてる、あなたのこと。
今も覚えてる、あなたの温もり。

だけど

この世界では意味をなさないこと。

空はきっと青いんだろう。
あれから私は屋上にいることが多くなった。
授業も受けずに、屋上にいた。
グレイに染まった空。
夕焼けも、グレイ。
それでも、ここにいた。
時々里村さんが哀しそうな目で私を見ていた。
でも、声をかけてくることはなかった。

それから、半年。
わたしはこの世界を生きていた。

空虚な 世界

意味のない 世界

だけど・・・・もう・・・・・

おりはら。
わたし、つかれちゃったよ。
もう、つかれちゃったんだよ。
もうはんとしだもん。
あなたがきえて。
ぜつぼうとともにせいかつするようになって。

もう、いいよね?
らくになって、いいよね?
ぜんぶわすれて、いいよね?
げんじつも
グレイなそらも
このせかいも。

のろのろとあるきだす。

ここからとびおりればいい。
それで、すべてわすれられる。

がしゃん

あれ?
かなあみがある。
これじゃあとべないよ。
やめよう。
とびおりるのは。
まだあるから。
ほうほうは。

かばんのなかにいれておいたものをとりだす。
けさかったもの。
かったーないふ。

きちきちきちきち

ぐれいなせかいでもそれはにぶいひかりをはなっていた。
みぎてでそれをもち
ひだりてはてのひらをうえにむける。
あとはてくびにはをむけて、ゆっくりとなぞればいい。

いたくなかった。

ひふをきり、

にくをきり、

けっかんをきったのに、ぜんぜんいたくなかった。

ぽた

なにかが、ながれる。

こぼれおちる。

ぽたぽた

それは、いのち。

ぽたぽたぽた

いのちのもととなる、ち。

ぽたぽたぽたぽた・・・つーーー・・・・

ぐれいなせかいがあかくそまっていく。
なまなましい、あか。
あかいちのすじが、いのちをながしていく。
それをぼんやりとながめていた。
ゆかにひろがるあかいち。
ゆかにひろがるわたしのいのち。
それをただ、ながめていた。

ぱあああんっっっっ!

どこかでおおきなおとがした。
あれ?
わたし、どうしてかおがゆかをみてないんだろう。
あれ?
ほっぺたが、あつい。
どうして?

「・・・・痛いんだけど・・・」
こえがした。
わたしいがいの。
「本気で」
このこえ、どこかできいていたおぼえがある・・・
「しっかりしてほしいんだけど」
・・・ここで、きいていた。
「でないと私、本気で怒るわよ」
・・・・・・・・こえのぬしのほうを、みる。
そこにいたのは
「あんたの親友として、ね」
「・・・・ひろせ?」
「「・・・・ひろせ?」じゃないわよ・・・」
ひろせ。
ひろせ・・・
「なにがなんだかわかんない病気からようやく解放されたと思ったら、あんたはふぬけて遠くの世界に行こうとしてるし、本当浦島太郎を地で行ってるわよね」
ひろせ・・・・
きっとかのじょもわすれているんだろう。
みずかも。
おばさんも。
せんせいも。
みんなおりはらのことはわすれているんだから。

でも、うれしいよ。
さいごにあえて。
さいごにだいすきなひとのひとりにあえて。
おりはらのあのときのきもちがちょっとだけ、わかったようなきがした。

「・・・ったく、クラスの連中は私のこと変人扱いで見るし・・・ひょっとして、私のことかついでいるわけ?」
ちょっといやみっぽくいうところ、かわってないね、ひろせ。
そんなことばきくの、ひさしぶりだよ。
もっとーーーずうっとしゃべっていて。
わたしのいのちがながれきるまで・・・・

「で?あのバカはどこにいったわけ?」

!!!!!!!!!

「・・・・・い・・いま・・・なんて・・・」
「・・・まさかあんたまで私をかつごうとしてるわけ?」
「ちがうっ!・・いま・・いま・・・「あのバカ」って・・・それ・・いったい・・だれのことなのっ!?」

ひろせのこたえたなまえ・・・・

それは・・・・

「折原浩平」

半年以上聞くことの出来なかった、私以外誰も覚えていることのなかった大好きな人の名前だった。

その言葉はまるで呪文のように

グレイな世界をカラーに代えて

枯れたはずの涙を蘇らせて

私は広瀬に抱きついた。

「うわああああああああああああああああああああっっっ!」

「ちょ、ちょっとっ!七瀬!?」
うろたえる広瀬に構う余裕もなく、声をあげて泣きじゃくる私。
「泣きたいのはこっちなのよっ!痛いんだからっ!」
強引に私を押し退ける。
見ると広瀬の手のひらからは血が流れ落ちていた。
「あんたがカッター取り出して手首に当てようとするから、とっさに止めようとして手を出したのまではよかったんだけど、まさか本当に切るとは思わなくって、抱きついて泣きたいのは私も同じだけど、その前にまずこれなんとかして」

この後、私のスカーフで傷の部分を巻いておいて、保険室に直行 ・・・そして止血と治療をして、広瀬は病み上がりだから、という理由でベッドに寝かされた。
勿論傷については色々と聞かれたけど、広瀬が「自分の不注意です」と言い張ったので、それが通る形となった。

二人っきりになった保険室で、私は広瀬がいなくなった後、何が起こったのかを説明した。
時々あまりにも辛くて、つまったりもしたけど、覚えている限りのこと全て、言った。

盟約

約束

別れの言葉。

「・・・はああ」
聞き終えた広瀬は深いため息を一つついた。
そして、私に対し、
「進歩なし」
と一言。
そして私の頭を抱え込み
「いいよ、我慢してたでしょ?もっと泣きなさいよ、こうしてずっと受け止めてあげるから」
その一言は私の心に染みていき、再び涙を蘇らせる。
子供のように声をあげ、泣きじゃくる私。
やさしく背中を撫でてくれる広瀬。
「・・・待とうよ、二人で」
その背中にかけられる広瀬の声。
「帰ってくるのを、ずっと待とうよ」
「・・・・・・・・・・・・」

「色々、勉強して」

「もっと、綺麗になって」

「後悔させちゃおうよ」

「大丈夫だから」

「きっと折原はまだ七瀬のことが好きだから」

「・・・・ね?」

頷く私の頭を優しく撫でる包帯が巻かれた手。

・・・折原。
私だけじゃなかったよ。
あなたのことを覚えていたの、私だけじゃなかったよ。

だから、もう少し頑張れるよ。
待てるよ、あなたのことを。

赤く染まる夕焼けの世界で、半年振りの優しさに包まれながら、 私はようやく自分を取り戻す。
輝く世界に向けてーーーー

FIN




EXIT,


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