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その日、ライナ・リュートは久々に目の前に剣がない状況で目覚めた。 いつもならば、自称美人の――とは言え、本当にそうなのだからたちが悪い――相棒が「起きるのが遅い」と剣を突き付けて目を覚まさせるはずなのだが、今日はそれがなかった。 それが当たり前であると言えば当たり前だ。むしろ、剣を突き付けられたまま目覚める状況の方がどうかしている。だが、やはりいつもと違う目覚めと言うのはどうも違和感があって仕方がない。 安い宿にしては思ったよりも上質のベッドから起き上がり、彼は備え付けの鏡に映った自分を一瞥する。少しばかり大きなサイズとシャツとズボンを身に纏った青年の顔は、我ながらいつも通りやる気がなさそうだった。髪に寝癖が少しついていたが、気にするほどではないし、それに隣に寝ている――と思われる――はそんな細かい事に気を使うような相手でもない。 ふぁ〜、と欠伸と伸びを同時にしながら、ライナは隣の部屋に向かった。 「おい、入るぞ」 声を掛けてみたが応答はなく、不審に思って一応ノックをしてみたがやはり同じく応答はない。 まさか――と思った。 半ば強制的とは言え、表面上では自分達は国からは追われる“忌破り”となっている。実際、真実を何も聞かされていない追撃部隊――とは思えないが本当なのだから仕方がない――が自分達を追うように派遣されているし、交戦する事も何度かあった。 けれど、自分達の実力――特に彼女の実力から言って、寝込みの六つや七つ襲ったところで一瞬の返り討ちに遭うのが関の山だ。だが、本当にそうなのだろうか。彼女の剣の腕は確かに超一流だが、それを上回る実力を持った者がこの世に居ないとは言いきれない。万に一つ、と言う事もある。 ぞくりとした。 「フェリス!?」 相棒――フェリス・エリスの名を呼びながら、ライナは思わず扉を突き破るようにして部屋へ飛び込んだ。片手を前方に突き出し、彼はすでに臨戦態勢を取っていた。 「…………あれ?」 拍子抜けした。 そこに居たのはフェリスだけだった。輝く金髪も、切れ長の蒼い瞳も、人並みはずれた美貌とスタイルもそのままに、彼女はベッドの上に寝転がっていた。 ただ、いつもと違っているのは、彼女の纏う雰囲気に覇気がない事だった。いつもの彼女ならば、部屋に勝手に入った自分に向かって剣先の十や二十でも向けてくるはずだが、フェリスはベッドに寝転がったままこちらを見ているだけだった。 上半身をベッドからゆっくりと起こして、相変わらずの無表情で言ってみせる。 「……うら若い乙女の部屋に無断ではいるとは、やはり貴様はマスター・オブ・色情狂だな……」 そこまで言って、彼女は背中を曲げて激しく咳き込んだ。いつも無表情なはずのフェリスの顔が少しだけ――ほんの少しだけ苦しそうに歪んでいる。さすがに、病気には勝てないと言う事だろうか。 ベッドの傍まで歩み寄り、ライナはぼそりと呟くように聞いた。 「……風邪か?」 問いと言うよりは確認だった。 うむ、と頷くフェリス。 「やはり、美人と言うのは薄幸なのだな。少し油断すると風邪を引く。おそらくこのまま肺炎に繋がり、いずれは死と隣り合わせの恐怖の病原体と日々戦う羽目に――」 なるわけねぇだろ思いながらも、ライナは自己嫌悪に陥った。彼女が風邪を引いたのなら、いくらフェリスが無表情を貫き通してるとはいえ、なにかしらその予兆が合ったはずだ。今まで自分がずっと一緒に居たのに、それに気づけなかったのは自分の責任だ。 手近に合った椅子を引き寄せ、ライナはベッドの傍らに腰掛けた。少しだけ俯き、落ち込んだ様子で呟く。 「すまん」 彼の呟きに、フェリスは何も答えなかった。 本当は悟られぬように無理をしていたのは自分のはずなのに、あまりに彼がすまなそうにするものだから何とも言えなくなってしまった。何とか、気にするな、と一言だけ言う事ができた。 しばしの、沈黙。 「……朝飯と薬、買ってくるわ」 「団子もな」 やはりフェリスはフェリスだった。思わず苦笑し、ライナは一言だけ返事を返した。 「ああ」 それからライナが戻ってきたのは、おおよそ二時間後の事であった。 遅い、と彼女はぶつくさと文句を言ったが、ライナが左手にぶら下げた団子セットの山を見せるとすぐに押し黙った。 食欲はあるようなので安心した。本人は咳は少し出て体はだるいが、熱はそれほどないと言っていたが、どうやら信用出来そうである。 買ってくるよりも作ってもらったほうがいいと判断して、宿の親父に言って作ってもらった朝食をあっという間に平らげ、すでにフェリスは団子に取り掛かっている。包みを開け、中に入っている団子を見、なぜかフェリスは落胆した。 「ウィニットではないな」 思いも寄らぬ――いや、もしかしたらと思っていたフェリスの言葉にライナは、 「あのな……なんでわざわざ俺がローランドまで行って、ウィニットだんご店のだんごを買ってこなきゃならないんだよ! 馬飛ばしても、あそこまで往復で一ヶ月はかかるぞ!」 「熟女から男色、加えて幼女誘拐婦女暴行、おまけに監禁拉致のおまけ付きをマスターした究極鬼畜変態色情狂であるお前が自分の愚行に気づき、今までそれに健気に耐え抜いてきた可哀相でかつ可憐な美人である相棒の私に対しての心ばかりの謝罪と見舞いの品として――」 「ないことばっか抜かすな!」 しゃあしゃあとぬかす彼女の言葉を遮り、ライナはここが宿である事も忘れて叫んだ。 ふむ、と不満そうにだんごを見つめ続けるフェリスを見て、ライナはいつものやる気のない表情でベッドに突っ伏した。 「……ったく、人が苦労して街で一番美味いだんご屋って評判の店で一時間も並んで買ってきてやったってのに、ねぎらいの言葉もなしかよ」 「一番……」 目の輝きが変わった。美味ければなんでもいいのかもしれない。 「まあ、色情狂にしてはよくやった」 昼寝にお茶は欠かせない、と言うのはライナの持論で、団子にお茶は欠かせない、と言うのはフェリスの持論だった。お茶を入れる事は、二人の数少ない共通点だ。 どこからともなくフェリスが取り出した湯飲みに、ライナは黙ってあらかじめ用意しておいたお茶を注いだ。葉の香りは良く、入れ方は上々。満足のいく出来だ。 「おい、待て」 「あん?」 「よもや、睡眠薬を仕込んでいるということはあるまいな。眠った私を前に、欲情した色情狂の魔の手が襲いか――」 「いらなかったら返せよ」 「いただこう」 いそいそと団子をぱくつくフェリスを見ながら、ライナは心の中で苦笑した。ねぎらいの言葉を掛けてもらう立場でもないのに、もう少し自分が気を遣ってもいいのに、この女と話しているどうもペースを狂わされる。病気の時でも彼女が何も変わらないのは、彼女独特の気遣いなのだろうか そんなわけねぇか。 妙な想像に、ライナは一人で笑っていた。 「ん」 突然眼前に差し出された団子に、ライナは少しばかりたじろいだ。 わずかな動揺を隠しながら、ライナはフェリスから団子を受け取る。 一口食べた団子は、評判通りなかなかのものだった。一時間も並んだかいがあった。 若い男女が二人っきりで団子を食うと言うのは、どうにも妙な感じだった。 二人は黙ったまま、団子を食べ続けた。 「フェリス……?」 返事の代わりに、わずかな身じろぎが返ってきた。団子をつまみ代わりに先日手に入れた文献を読んでいたライナは、フェリスがいつのまにか毛布を被って眠っている事に気がついた。 黙ってりゃ、美人なんだよなぁ……。 初対面でいきなり斬り殺されかかったが、この顔を見て傷つけるのはもったいないと思ってやられてしまったぐらいだ。彼女を美人だと思わない人間が居たら、一度拝見してみたいものである。 そっとフェリスの額に手を当て、自分の額にも手を当てる。 よく分からないが、熱はない――とは思う。 「早く治せよ……。おまえはいつもの無表情で剣振り回して、俺をいじめてりゃいいんだよ。病気なんて、似合わねぇ……」 フェリスの金色の髪を撫でつけ、ライナは少しだけ微笑んだ。 熱で少しだけ頬を染めて、子供のように眠る彼女は、少しかわいいかもしれない。 げーほげほげほ、ごほっごほっごほっ! 「うつされた……」 呟いたライナの隣には、フェリスが団子を片手に腰掛けていた。 ライナに風邪をうつしたおかげなのか、延々とおとなしく眠り続けていたおかげなのか、彼女の風邪は一晩経てば治ってしまっていた。 「いくら色情狂だからとは言え、おまえの風邪の元は私だからな。美人で優しい私は、それを気にして看病に来てやってるではないか」 「いや、むしろおまえが看病しないほうが治りが早……」 首筋に神速で突きつけられた剣先に、ライナは両手を挙げ、 「……なんでもないです。フェリス様の手厚い看護、ありがたく受けさせて頂きます」 「ん」 食べ終わった団子の串をごみ箱へ投げ捨て、フェリスは無表情のまま言う。 「早く治せ。おまえがいつまでも倒れていると、相棒の私が迷惑する。おまえはいつものように、街を徘徊して幼女を襲っていればいいのだ。風邪なぞ、色情狂のおまえには似合わん」 「だから襲ってねぇ!」 風邪である事も忘れて叫び返し、ライナは激しく咳き込んだ。 ふと、昨日の自分の独り言を思い出し、 「――てかおまえ、あん時起きてたのか!?」 「ん? 何の話だ?」 本当に知らないのか、それとも聞いていたのかは彼女の表情からは窺い知る事は出来なかった。 けれども、フェリスが少しだけ口元を皮肉げに歪めたような気がした。 「じゃあ、その天使みたいな美貌で、天使みたいな手厚い看護でも頼むわ」 「ん。任せろ」 余談だが、フェリスがライナに対して行った看病は思った以上にまともなものであり、彼の体調は二日後には完全に回復していた。 ------------------------------------------------------------------------------------ 〜あとがき兼余談〜 2222HITのYM様からのリクでライナ×フェリス〜ヽ( ´ー`)ノ ライフェリは前々から予定してたんで書くのが結構楽で楽しかったなぁ。時間的には二巻のだいぶ後ぐらい。 伝説の勇者の伝説(伝勇伝)は微妙にマイナーかも。まあ、富士見ファンタジアなんで知ってる人は知ってるかも。ドラゴンマガジンで連載もやってるしねぇ〜。 風邪引きとはありがちな素材だけど、結構本編の雰囲気は出せたかと思われ。できりゃ、もっとラヴラヴでもOKなんですが。 てか、もしかしたら世の中でライフェリ、初かも(笑 だって見た事ねぇもん。 さて、執筆状況から、次もライフェリか、もしくはるくびきかねぇ。 ------------------------------------------------------------------------------------ ←二次創作置き場へ |