Silence gives consent.
















 雪の降る日に、その男は現れた。
 その男の身体は全身が茶色い毛で覆われ、こめかみの辺りからは敵を威嚇するためだと思われる巨大な角が対になって生え、その四肢は普通の大人の二回りほども大きかった。
 吐き出す白い息は荒く、足を引きずるようにして歩くその姿は、まるで巨大な何かを背負うか、もしくは引きずっているようでもあった。
 いや、彼はそれを引きずりながらこちらに歩みを向けている。
 まるで男を奴隷か動物のように操り、引きずられるソリの上には真紅の衣装に身を纏った女が、玉座に堂々たる威厳を持って腰掛けていた。傍らには人が入りそうなぐらいに大きな袋を置き、長剣を片手に優雅に微笑んでいる。
 街の人々は、彼等を見て呟いたと言う。
 “サンタクロース”と。








「どうした、きりきり歩け色情トナカイ」
「こ、この配役には……かなり問題があると思うんだが……」


 ライナ・リュートは立ち止まり、自分が引っ張っている後ろのソリの上から身も蓋もない事を言い放つ女を振り返った。だが、振り返ると同時に眼前に剣を向けられ、ライナは涙を流しながら再びソリを引きずって歩き出した。
 抜群のスタイルに切れ長の蒼い瞳。流れる金髪と誰もが振り返る美貌を兼ね備えた女の名はフェリス・エリスと言った。彼女はローランド国でも有名な“剣の一族”の一員で、ライナ曰く“天使のような美貌と悪魔のような性格を兼ね備えただんごの使者”である。


 フェリスは右手に構えた剣でライナを脅しながらも、空いたほうの左手でだんごを食う事は忘れない。あれだけだんごを食っておいてまったく太らないのは、世の中の女性全てに喧嘩を売っているとしか思えない。
 正直、神様は不公平だと思う。


 と言うかいぢわるだ。


 珍しくやる気を出してみたら路銀が尽き――そのほとんどがフェリスのだんご代に消えたのは言うまでもない――、仕事を探してみれば肉体労働しか見つからず、しかもその仕事がクリスマス・イヴに学校や施設を巡って子供たちにプレゼントを配ると言う、やたらと体力と精神を酷使するものだった。
 回る場所は全部で四つ。すでそのうちの三つを回ったが、街自体は広くないとは言え、さすがに体力もそろそろ限界だ。何せ、行く度に、



『サンタだぁー!』
『トナカイぃぃぃぃぃっっっ!!!』



 などと子供に群がられては、さすがに体力も尽きる。
 しかも、着ぐるみを来ている所為か、プレゼントを配るだけで喜ばれるフェリス――と言うかサンタクロースとはわけが違い、角をもがれる事六回、頭を殴り飛ばされる事二十八回、蹴られた事など数えるのも馬鹿らしかった。


「……もうヤだ……」


 呟いてみても何が変わると言うわけではなく、ライナはソリを引き続ける。こんな街中で何を好き好んでソリを引いているのかと聞かれれば、フェリスが“子供の夢が壊れる”と言い張っていると答えるのだが――


 単に、自分が楽をしたいだけのような気がするのは気のせいだろうか?
 気のせいではないと思うのだが。


 何も考えずに歩いていると、フェリスが後ろから呟く言うのが聞こえ、
「ふむ。どうやら最後はここのようだな」
 プレハブのようにも見える古ぼけた建物。屋根には十字架が掲げられ、高さはせいぜい二階までしかないかもしれないが、それが占める面積自体は大きい。学校と教会を足して、二で割ったような印象を受ける。建物の前には小さな広場があり、申し訳なさげにいつくかの遊具が鎮座していた。




 孤児院。




 それだと分かった。
 自分も、かけ離れてはいるが、似たようなところにいたのだ。
 分からないはずがない。




 懐かしいと思うのは――なぜだろう。




「? どうした、行くぞ?」
「……へいへい」









 入るなり、またしても襲いかかられた。
 だが、ここは仕方のない事だと思う。
 孤児院の暮らしは自分も承知している。何かと刺激が少ないのだ、ここは。それに、親がいない寂しさに慣れていない者も多い。だからこうして、時々施設に催し物をして、子供の寂しさを少しでも紛らわせようとしているのだ。



 悪くない、と思った。



「ほらほら、おとなしくしてねえと、プレゼントやらねえぞ」
「いいか。プレゼントをやるから、私の言う事を一つだけ聞け。あの男のようなロリコン鬼畜色情狂には、将来騙されては――」
「フェリス! おまえ、子供にまで何を吹き込ん――どわっ!」
「ん。手が滑ったか」
「……みんな、あんな女みたいな暴力に訴える事しか出来ない大人になっちゃダメだぞ……」
「――ふむ。どうやらトナカイが皆と遊びたいらしいな。好きなようにしてやれ」

『うわぁぁぁぁぁいっ!!!』

「や、やめ……っ! おまえら蹴るな! 殴るな! 角をもぐな! 頭を取るなぁぁぁぁぁっ!!!」
「ふむ。意外に効果的だな」
「ふぇ、フェリスさん……お願いですから助け……」
「よし。第二波だ。行け」

『わぁぁぁぁぁっ!!!』

「……し、死ぬ……俺はもう確実に……死ぬ……」
「よし、奴はもう虫の息だ。とどめの第三波、準備を」
「……悪魔だ、悪魔がいる……サンタクロースの格好をした悪魔が……」










 身体がぎしぎしと悲鳴を上げていた。明日は筋肉痛だな、とライナは心中で呟いて、手にした給料袋を見やった。稼ぎは上々。だが、フェリスのほうが多かった事が気に入らない。所詮、世の中の男はみんな女に弱いと言う事の表われなのだろうか。
 さすがに五十人近くの子供に群がられるのはきつかった。半ば本気でエスタブールの身体能力強化呪文を使おうかとも思ったが、大人げないと思ったし、フェリスに視界の端で剣をちらつかせられればそんな事は不可能に等しい。

 日に日に調教されていくような自分に、ライナは心の中で涙した。
 一体何の目的か、現物支給としてついでに貰ったサンタクロースの衣装を抱えたライナの前で、フェリスが不意に足を止めた。

 やおら、宿に向かう道とは違う道を指差し、
「私はすこし用がある。ライナ、先に戻っていろ」
 待て、と止める間なく、フェリスは見る見るうちにずんずんと遠ざかって行った。


 よく分からないが、おそらくだんごでも買いに行ったのだろう。この辺りには美味いだんご屋があると、フェリスが何度かもらしていた。
 給料袋をポケットにねじ込み、ライナは雪の寒さに震えながら宿へと足を運ぶ。


 と。


 左側から、声。


「にーちゃん、にーちゃん!」
「ん? 俺か?」
 呼び止められて振り向くと、露天商が雪の降る地面に商品を広げていた。がらくたから宝石まで、よくもまあこれだけ集めたものだなと感心する。
 よくよく見れば、ぼったくり丸出しの値段で販売されている品物もあれば、見る者が見れば喉から手が出るほど欲しがる代物が破格の値段で販売されたりもしている。この辺りが、露天商の醍醐味と言えよう。ライナ自身には、よく分からなかったが。
「へえ……結構いいもんもあるな……」
「見る目あるねぇ! どうだいにーちゃん! せっかくのイヴなんだ、彼女にプレゼントの一つでも買っていったらどうだい?」
 笑って言う露天商に、ライナは少しばかり考える素振りを見せる。
 プレゼントを与える相手と言っても、旅を続ける彼にはその相手は一人しかいない。だが、まともなプレゼントを贈ったものかどうか、正直迷う。


 けれど、


「そうだな」
 ふと思い浮かんだ自分の考えに、ライナはくちびるをにぃっと吊り上げ、
「だんごのアクセサリとか、あるか?」
 はぁっ?と問い返す露天商を尻目に、ライナは一人で苦笑した。


 ――誰にも分からなくていいんだよ、この冗談は。












 宿に戻って、今夜の準備だけを済ませて眠ってしまったのは、正直不覚だったと思う。朝から判までの肉体労働で、身体が限界だったのだろう。服を着替える事すらも忘れて、ライナはベッドの上で泥のように眠っていた。
 次に目を覚ました時には、辺りは完全な闇に包まれていた。
 腹が減っていた。起きて少し何か食おうかとも思ったが、フル稼動させて肉体が許してくれない。筋肉痛にはなってはいないものの、脳が肉体的な休息を求めている。

(……あ、そだ)


 寝ぼけ眼を持ち上げて、ライナは布団からのそのそと這い出した。冬だから仕方がないのは分かってるのだが、この寒さはもうちょっとどうにかならないものかと切実に思う。
 ランプに灯を灯し、暗がりの中にわずかな明かりを与える。どこかに放り出してしまったサンタクロースの衣装を探し、手に取る。
 時刻は現在午前一時。我ながらよく起きようと思うだけで起きられたと思う。日頃の行いの賜物か、それとも日頃から見舞われる数々の不運を見かねた神様か誰かの思し召しかは分からなかったが、とりあえず心の中で少しだけ感謝する。
 サンタの衣装は少し大きいが、あまり気にするほどではない。真っ赤な帽子を被り、両手包めるほどの小さな箱を懐に入れ、窓を開ける。


 冷気と共に吹き込む雪が寒い。


(まあ、いいけど……)


 滑らないように気を付けながら、ライナは窓枠に足を掛ける。
 フェリスの部屋は運良く一階下にある。ベッドに巻き付けたロープの手に、ライナは壁を下って行く。
 フェリスの部屋には、あらかじめ窓の鍵が開くように細工をしてある。音を立てないように気を付けながら、ライナは窓が開くと同時に部屋の中へ滑り込んだ。
 闇にも慣れ、満月のおかげが明かり無しでも部屋の様子がある程度は分かる。荷物の後ろからは剣の鞘が覗き、ベッドの上に膨らみがあるのはフェリスが眠っている証拠だ。
 懐に手を伸ばしつつ、ライナはそっとフェリスの枕元に近づき、



 悪寒が走って、ライナは身を反らした。



 ひゅっ。



 剣が閃き、ライナの首筋を通り過ぎる。あのまま近づいていれば。確実に胴と首が別れてしまっていただろう。エスタブールの肉体強化魔法を発動させ、ライナはフェリスの追撃を躱す。


「ちょっ、ちょっと待……!」
「聞く耳もたん」


 淡々とした、冷たい声。


 月明かりに照らされた彼女の瞳が、やけに光って見える。
 雰囲気が違っていた。本当に斬ろうとしているのがひしひしと伝わって来ていた。
 説得は通じない。そう判断して、ライナはなんとか隙を見て窓から飛び出した。この部屋は宿の三階、いくらフェリスでも追っては……


 来られないはずはなかった。


 ライナが窓を飛び出すと同時にフェリスも跳躍。地面を転がり、フェリスの剣撃を躱す。さきほどまでライナが居た位置をフェリスの剣が貫き、着地と同時にこちらに向かって駆ける。
「求めるは雷……」
 剣撃がライナをかすめ、彼は思わず詠唱を中止する。
 魔法が発動するよりも、フェリスの剣撃のほうが速い。今は躱せているが、このままではいずれ自分の体力のほうが先に尽きる。その前に、なんとかフェリスを――


 と。


 フェリスがなぜか剣を止めた。右手を真っ直ぐに伸ばし、剣先でライナを指す。
 煌煌たる月光に照らされた彼女の顔は、無表情。こちらを真っ正面から睨みつける、凍てつくような冷たい瞳。今まで、こんなフェリスは見た事がない。


「見損なったな、ライナ」


 静かに怒る者がそこに居た。
 何よりも静かな怒りに、わずかな哀しみと寂しさが含まれているような気がした。彼女を見慣れていないと分からないようなわずかな変化だったが、ここまで感情をあらわにしたフェリスも珍しい――と言うか見た事がない。
「よもや、本当に私を襲うとするとは……さすがは色情狂だな」
 彼女はいつものように淡々と言葉を紡ぐ。いつもと変わらないのが、フェリスの最も恐いところだ。
 ふと、彼女の表情がほんの少しだけ変わった。少しでも油断すると聞き逃してしまいそうなぐらいの小声で、



「……………………おまえを……信用していた……」



 え、とライナは思わず呟きを漏らした。驚いたような表情でまじまじとフェリスを見詰める。
 少し沈黙し、迷い、ライナは一言だけ言った。
「……言い訳しても、いいか?」
 答えはなかった。沈黙を守ったまま、フェリスはこちらを見つめている。
 ライナはそれを肯定と受け取り、少しだけ口元を歪めた。
 懐に手を突っ込み、先ほどの小さな箱を取り出すと、ゆっくりとフェリスに近づいて手渡す。
「それ……渡そうと思ったんだよ」





 我ながら恥ずかしい考えだと思った。
 何度も、自分は何をやっているんだろうと思った。
 直接渡すのは、照れくさいと思った。
 少し妙な方法で渡したほうが、まだマシだと思った。
 こんなことなら、初めから普通に渡していればよかったと思った。





 フェリスがちらりとこちらを見た。
 剣を雪の積もった大地に突き立て、フェリスが何も言わず包みを解いて行く。こちらが言ってもいないのに、何も聞かずに開けるところが彼女らしいと言えば彼女らしいかもしれない。
 フェリスが箱の中身を取り出す。


 髪飾り。


 黒を基調に、数種の色で鮮やかな紋様が施されている。数箇所に小さな宝石が埋め込まれ、嫌みではない程度に豪華だ。今フェリスが付けているものよりも少し小ぶりだが、彼女の金色の髪にはこちらのほうがよく映えると思う。
 イヤリングや指輪がなかったわけではない。
 フェリスがアクセサリを付けているのは見た事がないが、髪飾りだけは常に付けているのは知っている。


 だから、これにした。


 ふむ、とフェリスは付けていた髪留めを外し、今し方ライナが手渡した髪飾りを彼に返す。
 何事かと思うライナに、彼女は自分の髪を指差し、

「ん」

 付けろ――と言う事だろうか。
 流れ落ちる金色の髪を片手で抱えられる程度手にし、髪飾りを付けてやる。


 よく、似合っていた。


「やっぱ、美人にゃよく似合うな」
 微笑んで言うライナから、なぜかフェリスは少しだけ視線をそらし、
「……ん。当然だ」


 剣を抜き、くるりと踵を返す。開いた左手でライナから貰った髪飾りを弄んでいる。どうやら、気に入ってはくれたようだ、とライナは安堵した。
「これに懲りたら、自分の素行を改めろ。可憐な乙女は、マスター・オブ・色情狂がいつ襲いに来るかと思うとおちおち夜も眠れんからな」
 いつもの調子に戻ったフェリスを見て、ライナは再び安堵する。どうやら誤解は解け、部屋に忍び込んだ事も許してくれたようである。


 すたすたと足早に宿屋へ戻ろうとするフェリスを見て、ライナは、
「礼の一つぐらい、あってもいいいような気がするんだけどな……」
 ぴたり、とフェリスの足が止まった。振り返り、ライナを睨み付けてくる。聞こえないように呟いたつもりだったが、ばっちり聞こえてしまっていたようである。
 首筋に剣が突き付けられる事を警戒し、ライナは思わず身構えた。


 しかし、彼に返ってきなのは意外な言葉で……
「ん。礼が欲しいのか? それならそうと早く言え」
 つかつかと歩み寄ってくるフェリスを、ライナは呆然と眺めた。
 手近な大地に再び剣を突き立て、フェリスは鼻と鼻がくっつきそうなぐらいにライナに顔を近づけた。驚き、思わず後ずさりするライナの顔を、両頬を包むような形で掴みんだ。



 頬に振れる彼女の両手が、暖かい。


「いいのか……?」


 目と目が合う。


 フェリスは何も言わなかった。





 目線はそれほど変わらなかった。
 ライナが体を縮める必要も、フェリスがつま先立ちする必要もなかった。
 ただ、フェリスが少しだけ顔を上に向け、同じようにライナが少しだけ顔を下に向けるだけだった。
 フェリスが目を閉じるのを見て、ライナもそれを真似た。
 寸前で“メリー・クリスマス”と呟いたのはどちらだっただろうか。
 あるいは、両方だったかもしれないが。
 凍てつく寒さの中で、触れ合った“それ”だけが、熱いぐらいに暖かかった。










「………………ありがとう……ライナ……」









------------------------------------------------------------------------------------
 あとがきぃ〜。
 今回はシンプルに白の背景に黒の文字で決めてみました。
 個人的には、この配色は結構好み。
 むう。フェリスのキャラはどうも暴走気味だと思う今日この頃。
 ちょっと気を抜くと、なんか是角キャラになってるし(いまでも充分違ってるような気も)
 てか、年明けにうpした作品がクリスマスネタって。
 ……書き始めた時はリアルタイムだったんですけどねぇ(汗
 そろそろ、ガンパレの速水×舞にでも挑戦してみるかねぇ。
 SO2の次世代ネタ連載小説話が浮上してたりするけど。
------------------------------------------------------------------------------------

←二次創作置き場へ