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彼女はただ待っていた。彼が目覚めるのを。
静かに眠るその少年を、彼よりも少し年上の少女は寂しげに微笑んで見続けている。 おだやかな、無垢な寝顔を見せ、彼は眠り続けていた。 少しばかり前の出来事を、彼女はふと思い出す。自然に、その口元へと苦笑が浮かぶ。 下手をすれば、彼は世界を滅ぼす発端の一人となりえたかもしれない少年。 自分の身近な者のために、間違っていると知りつつも、誤った道を歩き続けた少年。 一度死んだはずだった少年。 そっと、彼女は少年に触れた。頬に、その白くしなやかな指をゆっくりと滑らせ、額へと持っていく。艶やかな彼の黒髪はクルクルと指に巻きつけた。 いつ目覚めるやも知れない少年を、彼女は待ち続けていた。 〇 ● 〇 ● 〇 ――リオン=マグナスは暗闇の中にいた。 もう、どのぐらいここにいるのかは彼はもう忘れてしまった。五感と全身の感覚が全て失われてしまったこの感じは、なんとも言えず不思議なものだったが、決して不快なものではなかった。慣れてしまった――とも言えるかもしれない。 だが、感覚が失われているはずも、グルグルと自分だか闇だかが不規則に回っているようなものが感じられていた。――感覚は失ってないのだろうか。 今、この深い深い闇の中でできる事と言えば、思い出す事と想像する事だけである。 退屈だ……、と心の中で呟いて、彼は再び自分の記憶の世界へと踏み込もうとした。いつまでた経っても想いの消えぬ、ただ一度会った少女の事を思い浮かべる。 と。 漆黒ばかりだったはずの場所に、不意に別の色が浮かび上がった。 ――白である。 霧のような白は人のような形を取ると、徐々にその色彩と形状を変化させていった。 《やっと見つけたよ》 あぁ、視覚と聴覚は失ってなかったのか――と、彼はまるで他人事のように思った。……いや。視覚はともかく、聴覚はどこか違うような気がした。何と言うか、直接頭に響いてくるかのような、言葉がそのまま浮かび上がってくるような、そんな感覚。 肩まで届く鮮やかなブラウンヘアー。貴族のような緑色の服を身に着け、黄色っぽい外套を纏っているそのどこかひ弱そうな青年は、妙な微苦笑を浮かべていた。 《いやはや、全くミクトランの奴、厄介な事してくれちゃって全然見つからなかったよ。――まっ、結果的に見つかったからいいけどね♪》 「……誰だ?」 まだ生きていた頃に使っていた声を出す感覚を使って、彼はなにやら一人で納得している青年に問い掛けた。聞こえるのかどうか――声が出ているのかどうかは不安だったが、どうやら彼はこちらに気づいてくれたようだった。 キョトン、と一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべたが、青年はそれを苦笑に変え、ピッと右手の人差し指を立てた。 《あっ? やっぱ、分かんない? まぁ、この姿で会うのは初めてだしね。――“坊ちゃん”》 「シャル……なのか?」 コクリ、と青年――ピエール=ド=シャルティエは頷いた。自分が幼い頃より時を共にした、自分の親友にして家族――ソーディアン・シャルティエ。 一体、これはどういう事なんだろう、とリオンは考え込んだ。覚えている一番新しい記憶は、地下洞窟で水流に飲み込まれた所までだ。その先が、どうにも分からない。 《分からない――って顔してるね》 そんなリオンの心中を察したのか、微笑みながらシャルティエが言った。 「あぁ、分からない」 普通の彼ならば、ここで頷いただろうが、今は動かすべき肉体がないため感覚が掴みにくい。仕方なしに言葉を発した。 《じゃあ、教えてあげるよ》 ふと、彼は昔の事を思い出した。幼かった頃の彼は、まるで自分の兄のようだった。 ――分からない。 そう言うと、彼は《じゃあ、教えてあげるよ》と言うお決まりの台詞を言って、彼自身に分かる事なら何でも教えてくれた。彼のお陰で、自分は随分と博識になったものだなと思う。 ゆっくりとシャルティエの手が近づいてくる。彼には、自分の姿が見えているのだろうか。シャルティエの手に一瞬、白い光が灯ったような気がした。 瞬間。 記憶が――流れ込んできた。 ミクトランに回収される自分とシャルティエ。 凍結される自分の精神。 ミクトランに操られる自分の身体。 自分とソーディアン・マスター達――否、金髪の少女の対決。 自分を必死に押さえ込む金髪の少女。 異形の怪物に変化し、ソーディアン・マスター達に打ち倒されたミクトラン。 シャルティエを自分の手に握らせる少女。 “神の眼”とソーディアンの力によって再生されていく自分の肉体。 自分の精神を解放するため、自分に侵入してくるシャルティエの精神。 かつての仲間に運ばれて行く自分。 そして、今。 自分の精神を探しにきたシャルティエ。 《正確には残留思念みたいなもんなんだけどね。坊ちゃんを助けたら、すぐに消えちゃうからね》 クスリと微笑むシャルティエ。 ただ、リオンは沈黙していた。何かを考えるように、彼は静かに沈黙を保っている。 悲しげな声で、リオンはシャルティエに問いかける。 「僕には……帰る資格があるんだろうか」 《さあ? それは僕には分からないよ。けど――》 即答し、シャルティエは肩をすくめて苦笑した。 「けど?」 《会いたいんだろ? あの娘に》 彼は、柔らかな笑みを浮かべながら言った。 ――あの娘。 一瞬、誰だか分からなかった。母の面影を持つ女性――マリアンの事を言っているのだろうか。 自分は、マリアンに会いたいのか? 自問の答えは、否だった。マリアンには会いたいとは思わない。 ふと思うと、マリアンに対するあの想いは恋ではなかったのかもしれない。マリアンには、ただ生きていて欲しかっただけだ。そのためなら、自分が彼女に会えなくなろうとも、自分が死のうとも構わなかった。 ふとシャルティエの笑みを見ると、その笑みはまるで「僕は知っているよ」とでも語っているようだった。 あぁ、知ってるのか――とリオンは不思議と穏やかになる自分の心を感じていた。あの少女には――自分よりほんの少し年上な事を自慢する、あの娘には会いたい。それは、マリアンへのものとはあまりにも違う想い。 少女への想いを確信したのは、死を覚悟した瞬間だった。あまりにも小さかったその想いは、今ではとて大きなものになっている。 もしも、マリアンと同じ状況にあの少女が陥ったとしたら、自分はどうしただろうか。少なくとも、死んでも助けたいとは思っただろう――が、それは最悪の状況の場合であって、最初から自暴自棄になって死ぬ事で彼女を助けようとは思わないだろう。自分と彼女が生きてこそ――それが、今の彼の想いだ。 彼女と会えなくなる事が、今の彼にとって何よりも恐い。だから、何かあった時に死んでも助けたいと思うと同時に、死にたくないと言う矛盾した想いが生じる。けれど、これでいい、とリオンは思う。 「あぁ……。会いたい」 満足そうに、シャルティエは頷く。 《なら、帰るよ、リオン。自分の罪とか、そんなの気にするな。もし、君が自分を責めるのなら――生きろ。生きて、罪を償え。それが一番の罪滅ぼしだ。死んで逃げるなんて――僕は許さないからな》 「シャル……」 《さっ……帰ろう》 ゆっくりと伸ばされたシャルティエの手を見つめながら、リオンは「あぁ」と頷いて、いつの間にか感覚の戻っていた手で、しっかりと彼の手を取った。 《坊ちゃん》 「――なんだ?」 《さよなら》 「……あぁ、さよなら」 〇 ● 〇 ● 〇 目を覚ましたリオンは、自分の頬に触れる暖かな手を鬱陶しそうに払いのけた。続いて、彼は軽く頭を振って上半身を起き上がらせる。久々だと思われる五感に、特にこれと言って違和感は感じなかった。 身体が重いと感じるのは、気のせいだろうか。――気のせいではないな、とリオンは苦笑する。なにせ、長い間眠りっぱなしだったのだ。多少、身体がなまっているのは当然と言うものだろう。 前に垂れてきた髪をかきあげ、彼はゆっくりと目を見開いた。初めに視界に飛び込んできたのは、少女――リリス=エルロン。 鮮やかな薄い黄金色の髪に、どちらかと言うと碧に近い大きな瞳。かつて一度だけ見た覚えのあるその少女は、その時よりもどこか少したくましくなり、同時にやつれているようだった。 目覚めを予感させる事なくいきなり起き上がったリオンを、リリスはただ呆然と見つめている。待ち焦がれた少年が目覚めた事に感情を沸き立たせることもなく、ただ、じっと見ていた。 リオンはわずかに微苦笑を浮かべると、最初に視界に入った自分の傍にいたこの少女に何と言うべきかと、ゆっくりと言葉を探し始めた―― to be CONTINUED…… ------------------------------------------------------------------------------------ 〜後書き兼裏話〜いい加減にしろリオン×リリス創作第三弾(爆) これ以外書けねぇのか、と言うツッコミは聞こえません(死) 予定ではあとニ作――これと前の二作の間の話と、一番最初の里帰りネタの話を書くつもりだが……ついでにゲームに沿った長篇始める予定もあったり(笑) 無論、リオン×リリス中心だが(爆) しっかし題名のセンスないねぇ、オレ( ̄  ̄ι) よくよく見るとなんかこっぱずかしいし(笑) てーかそれはともかく、オリジナルのほうサボり過ぎじゃねぇか自分(汗) ------------------------------------------------------------------------------------ ←二次創作置き場へ |