名 も 知 ら ぬ 運 命 の 物 語







 
 森に剣があった。
 いや、剣自体はそう珍しいものではない。むしろ、この世界で剣のない場所を探すほうがよっぽど難しい。
 問題は、なぜ森のど真ん中に剣が突き刺さっているのか、と言う事だ。しかも自分の目の前に。
 そもそも何故自分がこんな所に居るのか、それを思い出してみよう。

 事の発端は今朝の事だった。
 ――リリスさん。
 どこからともなく聞こえてきたその声は、明らかに気のせいではなかった。何度も聞き慣れた、意志を持つ古代文明の遺産――ソーディアン独特の頭に直接響くような声である。
 嫌な予感がしたと言えばした。この間は、兄の元パートナーであるディムロスに散々付き合わされて異世界を飛び回ったばかりである。かなり疲れたとは言え、なかなか楽しかったが。
 ――リリスさん。
 再び声が聞こえた。飛び出すように家を出て、きょろきょろとリリスは辺りを見回す。頭に声が直接響いてくるせいで、声のする方向から声の主を探すという方法は取る事が出来ない。
 少しだけ息を吸って、叫ぶ。
「どこ!?」
 近くに居た村人が一斉に振り向いた。自分に一斉に注がれる視線がなんだか照れくさくなって、リリスはぺこぺこと頭を下げながらその場を逃げるように駆け出した。
 ――森。森に来て。
 声に従い、森へ入る。
 ――次の大木の所で右。
 茂みを掻き分け、草を踏みつけながらリリスは森の奥地へと突き進んで行く。
 ――そこを真っ直ぐ。もう少しだよ。
 たどり着いた場所は、不自然なほどにぽっかりとスペースの空いた広場だった。まるでそこだけ何か次元の違う場所であるかのように、草一本すらも生えていない不毛の地。直径にすれば十五メートル程の円を描く大地の中心に、銀色に輝く細身の剣が突き刺さっていた。
 どこで見た事があるような気がする。しかし、それがどこであったかは思い出せない。心の片隅にだけ、あの剣の姿が残っている。
<来てくれてありがとう、リリスさん>
 声の主に近寄り、彼女は剣を取り上げた。もう何ヶ月も放って置かれた雰囲気があるはずなのに、その刀身に錆や汚れは全く見つからず、特に刀身に関しては新品の武器のようにぴかぴかに光っている。
 これも、ソーディアンの能力なのだろうか。
「――で、私に何か用なんですか?」
 話しかけて、思い出した。
 たしか、リオン・マグナス――だっただろうか?
 彼が持っていた剣が、これだったような気がする。
 しかし、妙である。これが彼の剣だとすると、リオン自身は一体何処に行ってしまったのだろうか。そもそも、彼は兄の話では死んだ事になっているはずである。
<坊ちゃん――リオン・マグナスって、知ってる?>
 こくりとリリスは頷いた。今し方、彼の事を思い出したばかりだ。
 一度だけ、兄が里帰りに来た時に彼を連れてきた事がある。無愛想と生意気が服を着て歩いているような、自分よりも少し年下の少年。自分よりもよほど綺麗な顔をした彼は貴族のような服を着ていて、それが似合っていたからよく覚えていた。どこか暗くて寂しそうな感じがしたけれど、なんだか優しそうで、けして嫌いなタイプではない。むしろ、仲良くしてみたいタイプだった。
<彼を――坊ちゃんを助けたいんだ。協力、してもらえないかな?>
 まあ、いいか、と思った。
 どうせ昼食は早めに作り終わってしまっていたし、掃除の洗濯も終えて退屈していた所だ。また異世界に遊びに行くのも悪くない。願ったり叶ったりと言うヤツだ。
「別にいいよ、私でよければ」
<ホントに!? ――いやぁ〜、断られたらどうしようかと思ってたんだよ。リーネ村に近くに来たのはいいけど、スタンの気配は感じられないし、他に頼りになるのってリリスさんしか居なくてさぁ>
 自分が協力するだけでここまで喜んでもらえるなら、悪い気はしない。少し紅くなった頬を掻きながら、リリスは照れ笑いを浮かべた。とりあえず、村に帰るとしよう。準備もあるし。
<そうそう。自己紹介が遅れたね。僕の名はソーディアン・シャルティエ。ピエール=ド=シャルティエだ。気軽にシャルって呼んでくれていいよ>
「オッケー。私も、リリスでいいよ、シャル」

    〇    ●    〇    ●    〇

「うわぁ……」
 それは感嘆ではなく、怯えの声だった。
 周囲から注がれる人間ではない何者かの視線に晒されて、リリスは思わず硬直してしまっていた。
 少女には不釣り合いなほどの巨大なリュックを背負い、銀色に輝く剣をリリスは携えている。そして、彼女の眼前には一人の男。
 身長は二メートル近くにまで及ぶだろうか。異端と思えるほどに整った美貌に、王族のような煌びやかで優雅な法衣を身に纏っている。
 似ている――と彼女は思った。不思議な悲しみを纏ったその瞳が、孤独を感じさせるその雰囲気が、以前見たリオン=マグナスによく似ていた。不幸な運命を、泣きそうなほど辛い事を心の奥不覚に閉じ込めた、感情の欠落した表情。とてもとても悲しい人。
 リリスと同じ色のした金色の髪に軽く触れてから、その男は重々しく口を開いた。
「異世界からの使者、か。それを私に信じろとでも?」
<信じる信じないは貴方の勝手です。僕らには今の話が真実だと証明する術はありませんからね。――まあ、どちらにせよ、僕らは勝手にやらせてもらいますけどね>
 からかうようなシャルティエの口調にリリスは思わず冷や汗をかいた。
 以前、この世界を訪れた時に彼の名を聞いた事がある。自分の記憶が正しければ、彼の名はダオス。自分御の眼前に居るこのダオスこそ、魔王と称されてこの世界に君臨している男なのだ。その男に向かって、シャルティエは何を偉そうな事を言っているんだろう。
「ちょっとシャル! 言うにしても、もう少し言い方があるでしょ!?」
 剣を叱りつけるリリスを見て、ダオスは思わず苦笑した。ふと“あの人”を思い出させる。
 だから、かもしれない。
 普段は信用しないで殺してしまうであろうこの人物達に、協力しようと思ったのは。
「――分かった。異世界からの介入は私としても歓迎したものではない。謹んで申し出を受けよう」
 玉座から立ち上がり、ダオスは片手を上げて周囲から魔族達を下がらせた。
「して、介入者のやってくる時刻と場所は?」
 クスリ、とシャルティエが苦笑するのが分かった。顔はなくても、その雰囲気だけで分かる。
<場所はここ。時刻は――あと十分強って言った所だね>
 なっ、と流石にこれには、リリスとダオスの双方が同時に驚いた。

    〇    ●    〇    ●    〇

 ――ダオスの準備は迅速だった。自身の魔力を増幅する魔法陣を五分で展開させ、守りの加護を宿す紋章をリリスと自分に宿した。自然治癒能力の増強も兼ねているから便利だぞこれは、とダオスは少しだけ笑った。
 幾人かの上級魔族が協力を申し出たが、シャルティエはそれを拒否した。生半可な実力では、これから来る相手に太刀打ちできない。
 シャルティエが言っていた出現予定位置を見つめ、間に合った、とリリスは安堵の息を洩らした。
 しかし、こんなにすぐにやってくるなんて思っても見なかった。これでは、五日分の食料と着替えと換金の貴金属をしっかり準備して持ってきた自分が、あまりにも馬鹿らしい。あのでっかいリュックには寝袋まで入ってるんだぞ、どうしてくれるんだ、シャル。
「リリス――と言ったか?」
「え? あ、はい」
 思考に不意に割り込まれ、少し慌てながらリリスはダオスのほうを振り向いた。ダオスは微笑んでいた。閉ざされた心の奥に隠された、この人の本当の顔。これがそうなのだ――とリリスは本能的に気づいた。
「君を見ていると、ある人を思い出すよ。……もう会う事のない人をね」
 え? と問い返す前に、突如として“それ”は出現した。
 時を越え、空間を越え、世界を越え、彼は降り立つ。
 リオン=マグナス。
 姿こそは彼だが、身に纏う雰囲気は以前に見たそれとは全くと言っていいほど異なっていた。
 その瞳に宿るのは寂しさではなく、狂気を孕んだ憎悪。口元は嘲笑しているように吊り上げられ、右手には生物のような漆黒の大剣――ソーディアン・ベルセリオスが握り締められている。全身から漂うどす黒いものは、狂人と言う印象を受けた。
 待ち構えられていた事にさほど驚く事もなく、むしろ待ち構えられていた事が当たり前であるかのようにこちらを見ている。
<相変わらず悪知恵が働くね、ミクトラン。自分の精神をあらかじめベルセリオスに半分残しておくなんて、臆病にもほどがあるよ。しかも、今度は異世界を支配しようなんて、虫が良すぎるんじゃない?>
 シャルティエから、事の流れは聞いていた。ミクトランはしぶとくベルセリオスに自分の精神を半分に分けて宿しており、その辺りに転がっていた手近な身体――つまりはリオン=マグナスを乗っ取って生き長らえたのである。
 自称・頭脳派のシャルティエはその一部始終を見ていた。ミクトランの残した晶術の構成から空間転移の座標と時間を割り出し、彼を止める為にシャルティエはリリスに協力を求めたのだ。
 なぜ、彼が無事だった理由はシャルティエ自身もよく分からない。しかし、あのディムロスが生き残っていたのだから、なたが生き残っていても不思議はない、とリリスは言っていた。この分だと、他のソーディアンも生きている可能性もある。
 皮肉めいたシャルティエの言葉をリオン――否、ミクトランは嘲笑して受け流した。肩をすくめ、
「用心深い、と言ってくれるかな、ピエール君。保険をかけて、損はないだろ? それに、壊れた世界に興味はないんでね」
<ハロルドが君に協力したってのも嘘なんだろ? 僕はハロルドを誰よりもよく知っているんだ。ハロルドを無理矢理抑え込みやがって……。ハロルドを侮辱するのは、僕が許さないよ>
 忌々しい、と言った風にシャルティエは怒気を含ませて言い放った。
 リリスはシャルティエを構え、ダオスはゆっくりと異世界の魔術を展開し始めた。
 最初に動いたのはミクトランだった。
 元々のリオンの身体能力か、それともミクトランの精神の影響か。ミクトランは驚くべきスピードでベルセリオスを振り下ろした。
<そのまま受け流せ!>
 言われるままに身体が動いた。
 腰を落とし、リリスはシャルティエをベルセリオスの刀身に滑らせるようにしてミクトランの斬撃を躱す。
<坊ちゃんの身体の事は気にしなくていい! あとで治せる!>
 こくりとリリスは頷いて、滑るように大地を駆けた。
 凄い、とシャルティエは心の底からそう思う。一目見た時からただ者ではないと思っていたが、ここまでのものとは。彼女の実力はスタンをも凌駕しているかもしれない。正直、最初は不安があったが――これなら、いける。
「ストーンウォール!」
 飲み込みが早い。さきほど伝えた自分の能力を、リリスはすでにほぼ使いこなすまでになっていた。自分が彼女と波長を合わせているとはいえ、これは驚愕すべき事だ。
 リリスの呼び声に呼応して出現した石の壁が、ミクトランの行手を阻む。
「テトラスペル!」
 ダオスの放った四属性の攻撃呪文を同時展開させる異世界の魔術が、ミクトランに向かって一直線に突き進んだ。
 嘲笑し、ミクトランはベルセリオスの力を解き放って空間を転移する。
 かかった、とシャルティエは思わず笑った。空間転移の構成を瞬時に解析し、特定した出現場所をリリスの脳へ直接叩き込む。くるりを身体を反転させ、何もない空間に向かってリリスはシャルティエを振り上げた。
 ミクトランが出現するのと、リリスがシャルティエを振り下ろし始めたのはほぼ同時だった。
「何っ!?」
 驚きを隠しきれないミクトランに、まずは一撃。左肩にわずかに浅い傷を付けるに止まったが、彼女の動きは止まらない。右足を軸にバレリーナのように美しく半回転し、ミクトランの顔面に強烈な回し蹴りを叩き込む。
「双撞掌底破!」
 壁に激突したミクトランに、間髪を入れず強烈な掌底が命中する。掌底が命中すると同時に、リリスは両手に込めた闘気を解き放つ。以前、料理対決をした異世界の少女に習った技だ。自分と技の性質が良く似ている為、度々多用させてもらっている。
 続いて、ダオス。
「テトラアサルト!」
 拳撃と蹴撃によるダオスの連続攻撃がミクトランの体を軽々と吹き飛ばす。
「私を……なめるなぁっ!」
 ベルセリオスを振り上げ、ミクトランは自分の体を中心に円状の衝撃波を放った。普通ならば骨の数本が折れてもおかしくないほどの威力なのだろうが、ダオスの守りの加護のおかげか、ほとんど痛みを感じずに済んだ。
 しかし、いくら無傷だったとは言え、ミクトランの放った衝撃波によって二人に大きな隙が出来たのは事実である。ダオスとリリスに生まれた一瞬の隙に、ミクトランは再び空間を転移した。
 次は何処、とリリスが言う前に、シャルティエの声がそれを遮る。
<構成を見逃した! 気をつけて!>
 臨戦態勢を解かぬまま、リリスは剣を中段に構え、ダオスのほうは手で魔術の印を組みながら、二人はそれぞれ別の方向に視線を向ける。
 と。
 ダオスの後方の空間が、わずかに歪んだような気がした。
「ダオスさん、後ろ!」
 振り向いたダオスの左脇腹をベルセリオスが切り裂いた。深くはない――が、けしてその傷は浅くない。
 だが、彼はなおも攻撃を受け続けながらも、その表情には余裕のある笑みを浮かべていた。両手で印を素早く組み替えながら、呪文の構成を完成させて行く。
「戒めを」
 呟き、ダオスは魔術を展開させた。いくつもの光球がミクトランの周囲を包み、光の線がピラミッド状の力場を作り上げる。
 “転移の封呪”と呼ばれる秘術である。
 以前、自分に使われた力だ。自分の場合は完全に準備を整えられていた為、不覚にも数百年の間、辺境の奥地に封印されてしまったが、この即席の封印はミクトランに対してもかなりの効果があるはずだ。ただ、自分は身動きが取れなくなってしまうが。
「早く奴の剣を奪え!」
 ダオスに促され、リリスは弾けるように動いた。
 ぎしり、とピラミッド状の力場が歪む。
 信じられない。奴は、力任せに力場を破壊しようとしている。しかも自分が不利と悟っての事か、奴の作っている構成は次元転移のものだ。世界を渡って逃げるつもりか。
 くそ、とダオスは舌打ちした。やはりこの世界では、自分の生命の源である“マナ”の量が少なすぎる。この程度の輩、本来の私ならばもう少しスマートに抑えつける事ができるはずなのに。
 あと、三十センチ。実際にはもっと近かったかもしれないし、もっと遠かったかもしれない。だが、リリスにはそれぐらいの距離に感じられた。
 ――閃光。
 リリスは思わず目を覆った。じんっ、と何かが弾けるような音と共に、眩い閃光が辺りを覆った。
 舌打ちしてゆっくりと瞼を開くと、思った通り、ミクトランの姿はまるで最初から存在していなかったかのように消え去っていた。
 ダオスに目配せを送り、彼は黙って頷いた。
「何処に飛んだか、分かるか?」
 と、ダオスはシャルティエに問い掛けた。
<うん>
 即答だった。まるで知っているのが当然であるかのように。こうなるのを最初から分かっていたかのように、シャルティエはどこかうきうきした口調で言った。
<あいつはね、罠にかかったんだよ。何処に飛んだかも分かってるし、手も打ってある。追い詰めるだけ。――で、ダオスさんはどうする?>
 少し迷ってから、付き合おう、と彼は答えた。リリスはぱっと表情を明るくし、シャルティエは小さく
「ありがとう」と言った。
 リリスがシャルティエを掲げ、どこか遠い場所を見つめているようなそんな口調で、彼は言う。
<行くよ。役者と舞台は整ってる>

    〇    ●    〇    ●    〇

「ここは?」
 呟いたのはリリスだった。蒼い瞳をきょろきょろと動かして、異空間とも呼ぶべきこの場所を観察している。足場は何も無い場所に浮遊した岩の道で、シャボン玉のような球体が様々な色彩の入り交じった虚空をふよふよと漂っている。
「ネレイドの迷宮。とりあえずは、そう呼ばれてる」
 不意に掛けられた声に、リリスとダオスは同時に振り返った。
 そう遠くない場所に、彼等は居た。視線の先から歩いてくる影が、とても近くに居るはずなのにとても遠くに居るように見えるのは、この不可思議な空間のせいだろうか?
 人影は二つあった。見覚えのある、影。リリスは驚きと喜びの入り交じった表情を浮かべ、ダオスは眉間に眉を寄せて表情を険しく変化させた。
 一人は剣士だった。風も無いはずなのに、外套がはためいていた。明るい金色の髪が邪魔にならぬように真っ赤なバンダナを額に巻き、上半身を守るように作られた白銀色の甲冑に身を包んでいる。帯剣していないのは、なぜだろう。
 もう一人は何者だろうか。箒にまたがり、桃色の長い髪を大きなリボンで結んでポニーテールにしている。その辺りの村に住むただの娘にも見えるが、不必要なほどに長い耳だけが彼女が純粋な人間でない事を物語っていた。首から下げた詠唱短縮の護符――ミスティ・シンボルからして、魔術士か何かの類だろう。
 以前、戦った事のある人物に向かい、リリスは思わず駆け出した。それに気づいてか、歩いているほうの隣で飛んでいる影のほうが、彼女に向かって大きくてを振った。
「アーチェさん! クレスさん!」
「やっほ〜、ひっさしぶり〜♪」
 箒にまたがって空中をくるくると旋回するアーチェに、リリスは喜びを隠せないままじゃれついた。お互いの背中を追うように駆け回り、きゃあきゃあ喚き散らしている。
 二人を横目に、クレスはダオスの横に佇んだ。微笑んで、声を掛ける。
「無邪気だね、二人とも」
 それは、自分には敵対する意志が無い事の表われだった。ダオスは胡散臭いげにクレスに目を向け、ゆっくりと右手に集中させていた魔力の固まりを拡散させた。彼と視線を合わさぬ様、ダオスは独り言のように呟いた。
「不思議な所だな、ここは。マナ――いや、マナに似た“何か”に満ち溢れている」
 自分の力が先刻よりも増した事は、ダオス自身が誰よりもよく分かっていた。どこか禍禍しさもあるが、周囲に漂うこの世界のマナはどこか心地良い。これならば、ミクトランに充分対抗できる。
<“残り”は何処?>
 いつのまにか自分の後ろに立っていたリリス――正確にはシャルティエを振り返って、クレスは微笑んだ。
「なるほど、喋る剣か。これは変わった協力者だ」
 と、ゆっくりと一方の道を指差した。自分達が歩いてきたほうとは別の道。

 ……うぅ、腹減ったぁ〜。なあファラ、少し休憩しようぜ〜。
 だぁ〜め。それに、リッドってばさっき食べたばっかりでしょ。そんなことしてると、すぐに飢え死にしちゃうよ。
 ――へいへい、分かりましたよ。
 分かればよろしい。……けどメルディ達ってば何処に行っちゃったんだろうねー。
 まあ、そのうち会えるんじゃねぇ?

 二人は随分と遠くに居た。
 リッドと呼ばれた人物は、一瞥すればただの若者である――が、そのやる気のなさそうな風体とは裏腹に、左右の腰に一本ずつぶらさげられた剣は常人が使うにしては巨大なものである。その異様なほどにしなやかに引き締まった身体が、彼が戦闘のプロである事を物語っていた。
 ファラと呼ばれた少女もそうだ。こちらの世界ではラシュアン染めと呼ばれる独特の技法で作られた服とロングスカートと戦闘に不向きな格好をしているが、彼女の一挙一動は無意識に周囲を警戒している。いつ、どんな時に攻撃を仕掛けられても、彼女ならば瞬時に対処できるであろう。
 無論、それは見る者が見なければ分からない事であった。だが、この場に居る者は、はっきりとそれが分かる人物ばかりだった。
 と、先にこちらに気づいたのはリッドのほうだった。敵と勘違いされたのか、リッドは一瞬で右側に下がったほうの剣――ラストフェンサーを抜き放ったが、見覚えのあるクレスの姿、そしてリリスの姿に気がつくと、慌ててラストフェンサーを鞘に収めた。
 バツが悪そうに頭を掻き、リッドはゆっくりと、ファラは少し小走りでやってきた。
 お久し振りです、と挨拶を交して再会を喜ぶ五人を、ダオスはどこか居心地が悪そうに眺めていた。
「でも、どうしてこんなトコに?」
 自分達は、まあ、分かる。ここに来る術を持っているのだから。
 だが、この世界の常識を考えて、自分達以外の人間がこの場に居る事はとても不自然な事だった。
<世の中には不思議な事がいっぱいあるんだよ>
 剣が喋った、と驚く二人の耳に「説明は後だ」と言うクレスの言葉がやけに凛と響いた。自分達とはそう年は変わらないはずなのに、その風格はその辺りの王国貴族と比ではない。射抜くような瞳が、恐いぐらいだ。
「協力して欲しい。エターナルソードを少しだけ返してくれないか?」
 黙って頷き、リッドは自分の左側の腰に下げていた剣をクレスに差し出した。懐かしそうに眺め、ゆっくりと鞘から引き抜く。
「かいつまんで説明すると、僕らはもうすぐここに来る人物を助けたい。だが彼は剣に操られていて、こちらを倒しにくる。そして、彼を助ける為に出来れば協力して欲しい」
 信じられないかい? とクレスは聞く。信じられないも何も、今まで潜り抜けてきた出来事に比べれば、この程度の事はたいした事ではない。すぐにでも納得できる。
 二人は笑って頷いた。
 ありがとう、とシャルティエは言った。どこか泣きそうな声だった。
「すまないが、僕はエターナルソードの力を解放するから、ここから動けない。指示はシャルティエ――その剣にあおいでくれ」
 クレスが両手でエターナルソードを構え、出現予測位置を凝視する。
 沈黙のままの十数分が過ぎた。

    〇    ●    〇    ●    〇

 ――来た。
 ぎしぎしと空間が歪み、虚空に出現したワームホールからゆっくりと這い出すように、ミクトランは出現する。
 ををぉおおおぅうおおぅうおををぉ、
 ぞくりとした。
 獣にも似た咆哮。
 焦点の合わない瞳で辺りを見回しながら、ミクトランはふらふらと定まらない浮遊で空中に浮いていた。ベルセリオスを手にした右手がだらりと力なく下がっている。半開きになった口から、やけに大きい呼吸の音が聞こえてくる。
 同時に、クレスがエターナルソードの力を解放した。次元の穴が塞がれ、空間転移の力を封じ込める。ダオスはエターナルソードの存在は知っていたが、これがいつか自分の脅威になりうると思うと、どうにも気分が悪い。
<まずい……>
 焦り気味にシャルティエが呟いた。
<ミクトランの奴、精神を半分に分けるなんて無茶したあげく、あんな力任せの次元転移を発動したから、精神崩壊を起こしかかってる。このままじゃ、封じ込められてる坊ちゃんの精神も危ない>
 時間がない……って事ね。
 唇を舐め、リリスは中段にシャルティエを構えた。晶術の使い方も、だいたい分かってきた。いける、だろうか?
<いいかい! 身体自体は多少傷つけても構わない! 剣を奪う事を最優先にお願いする! 剣さえ奪えれば、あとはどうにかなる!>
 それは確認と説明の意味を含めた言葉だった。了解、と五人は口を揃えてシャルティエに返事を返す。
 ダオスとアーチェがそれぞれ左右に展開して魔術の詠唱を開始し、残る三人はファラを中心に真っ向から突っ込んだ。
「飛燕連脚!」
 ファラが跳躍し、ミクトランに向かって回し蹴りを放った。流れるように動いてファラの攻撃をあっさりと躱し、ミクトランは狙いをリリスに定めてきた。ゆっくりとした動きで、ベルセリオスが振り下ろされる。
 ――嘘っ!?
 シャルティエで受けたベルセリオスに、リリスはそのまま力任せに吹き飛ばされた。あまりに遅い動作だったので油断していた。馬鹿みたいなクソ力だった。
 精神崩壊による、力の暴走のようなものだろうか。
 吹き飛ばされる彼女を見て舌打ちをし、リッドは両手で構えたラストフェンサーを横薙ぎに振るった。
 ミクトランは信じられない行動に出た。彼はラストフェンサーを受け止めるようにリッドのほうへと左手を向けた。驚き、リッドは思わず剣を止める。このままではリオンの身体を両断しかねない。
 リッドの隙にミクトランが両端の唇を吊り上げて、にぃっと狂気を帯びた笑みを浮かべた。こいつ、分かってやってやがる。
「でィヴぁいンパうあ」
 ダオスのテトラスペル以上の威力を持つ晶術が、ミクトランの奇妙な声に呼応して発動する。氷の矢とともに真空が渦を巻き、雷を帯びた炎の嵐が周囲を薙ぎ払った。
「ぐぅっ!」
 一番大きなダメージを受けたのはリッド――いや、被害を受けたのが彼だけだったと言うべきだろうか。
 左右に展開していたダオスとアーチェはそれぞれ自分の魔術で相殺したのか、ほぼ無傷。吹き飛ばされて後方に居たリリスと、避ける時間と距離が充分にあったファラに関しては傷などは皆無である。
 だが、リッドも幾百もの戦いを潜り抜けてきた歴戦の戦士だ。ファラに視線を送ってわずかに頷くと、傷ついた左半身を庇うような構えでミクトランへの攻撃を再開する。
「雷神双破斬!」
 大きく踏み出しながら斬り上げを放ち、躱されるとも理解しつつも大きく振り上げたラストフェンサーから斬り下ろしを放った。やすやすと躱される。
 だが、リッドは止まらない。わずかに身体を動かすだけに止まるミクトランに向かい、リッドは両手で構えたラストフェンサーを重り代わりに、左足を軸にして大きく回転した。雷に変化させた闘気を纏わせたラストフェンサーで、遠心力を利用した強烈な突きを放つ。
 さすがにこれは躱しきれなかったミクトランの左手を浅く切り裂き、リッドはすれ違いざまに回し蹴りを放った。
 力不足だった。
 ミクトランはベルセリオスを持ったままの右手でリッドの回し蹴りをあっさり受け止めると、そのまま息が届くほどに顔を近づけ、再びにぃっと笑った。
「しネ」
 やけに耳に障る声だった。
 リッド、とファラが悲痛に叫ぶ。
 死ぬ。そう思った。
 だが、彼は死ななかった。
 間一髪だった。
 凄まじい速度で繰り出された突きを、リッドは両手を捻じ曲げるように動かして何とか防いだ。力の入れ方を間違えた右腕がぎしぎしと悲鳴を上げ、ラストフェンサーが吹き飛ばされる。
「レイ!」
 アーチェの放った無音で高速回転する数十個の光球がミクトランを取り囲む。光熱波による爆発が彼を包み、リッドが逃げ出すのに充分な隙を与えた。彼は左手と両足を使って大地を穿ち、素早くその場から離れた。
「貫けぇっ!」
 ダオスが両手を突き出し、そこから放たれた蒼い光熱波がミクトランに突き進む。
 ぴしり、とベルセリオスの刀身に一筋のひびが入った。
 暴走している。
 持っている力の限界を出し続け、ベルセリオスにも限界が来ている。元々、ハロルド=ベルセリオスの精神を消して無理矢理操っているのだ。意志のない剣の力を最大限に引き出すなど、造作もない。
 となると、本当に時間がない。いくらソーディアンの力を借りているとはいえ、今のミクトランの力がリオンの力だとは到底思えない。おそらく、彼の身体にも相当の過負荷がかかっている。リオンの身体が壊れるのも、時間の問題か。
「治癒攻!」
 ある程度の距離を取ったリッドを、ファラの放った気が癒す。
 体力は戻った。だが、剣は何処だ。
 リッドが視線を走らせると、彼のラストフェンサーはミクトランを間に挟んだ、真反対側に転がっていた。思わず、舌打ちする。
「リッドさん!」
 迷いの生じたリッドを見て、シャルティエを矢のように彼の眼前の地面へと投げつけ、リリスはミクトランに向かって駆け出すと同時に両手に闘気を集中させた。シャルティエを抜き、リッドはミクトランに向かって大きく跳躍した。燃え上がるような紅の闘気がリッドを包み、強烈な意志がミクトランを威圧する。
 最後の一撃だと誰もが理解した。全員が同時に構え、それぞれの技を同時に解き放つ。リオンを殺さないように。
「インディグネイション!」
「テトラスペル!」
 アーチェとダオスがほぼ同時に放った魔術がミクトランを牽制し、リッドが攻撃するのに充分な時間を作り上げる。
「緋凰絶炎衝!」
 巨大な炎の鳥となったリッドが上空からミクトランに突進し、彼はそれを躱そうと大きくバランスを崩した。
 銀色に輝くシャルティエの切っ先がベルセリオスを真正面から貫き、ベルセリオスの刀身を粉々に砕いた。ガラスのように黒い破片が宙を舞い、柄だけとなったベルセリオスが渇いた音を立てて地面を転がる。
 ミクトランが声にならない悲鳴を上げた。元々、ベルセリオスの力を利用して精神を保っていたのだ。なら、精神維持装置であるベルセリオスがなくなった今、ミクトランの精神に残された道は消え去る事のみである。
「掌底破!」
 リリスは限りなく浅く打った。彼女の打った掌底はリオンの胸の中心に命中し、衝撃で意識を失った彼がどさりとリリスの倒れ込んできた。受け止め、彼女は優しく唐を地面に横たえた。
 綺麗な顔だな、と思った。
<リッド! 僕を早く坊ちゃんの所へ!>
 言われ、リッドは慌ててリオンに駆け寄った。恐る恐るリオンの顔を覗き込むと、傷だらけのその顔にはわずかな生気が宿っていてかろうじてリオンがまだ生きている事を証明していたが、彼が弱りきっているのは誰の目から見ても明らかだった。
<ちょっと君の力を借りるよ>
 返事を返す前に、シャルティエはコア・クリスタルの超高質レンズを使って癒しの晶術を解き放った。傷だらけになった身体がみるみる癒され、ゆっくりとリオンの顔に生気が戻っていく。
<僕をリリスに渡してくれ>
 リッドは黙って従う。
<いいかい、リリス。これから、君の精神を坊ちゃんの中へと送り込む。封印されているのか――もしかしたら自分から閉じこもってるのかもしれないけど、とりあえず引っ張り出してきて欲しいんだ>
 OK、とリリスは微笑んで頷いた。シャルティエを突き立て、彼の傍にゆっくりとしゃがみ込む。
<リリス>
 なに、とリリスはシャルティエを見やった。少し沈黙し、やがって決心したように言った。
<坊ちゃんには……リオンには、きっと君みたいな娘が必要なんだ。君じゃなければ、本当の意味でリオンを救う事は出来ないと思うんだ。君を選んで、本当によかった。……心から、感謝するよ>
「なによ今更。褒めたって、なぁ〜んにも出ないんだからね」
<……勝手な願いだとは思うけど、リオンを救ってやって欲しい。少しの間だけでいいから、この子の傍に居てやってくれ。せめて、心の傷が癒されるまででいいから>
 責任重大だね、とリリスは楽しそうに笑った。
 シャルティエが輝き、リリスの精神はリオンの中へと移された。

    〇    ●    〇    ●    〇

 真っ暗な場所。そんな風に想像していたが、意識の中の色と言うものは随分と曖昧な色をしている。白に近いと言えば近いが、どこか青みを帯びた――例えるなら空のような色をしている。
『リオン君!』
 リリスは叫んだ。
 声に出して叫んでいるつもりなのに、自分の声が聞こえない。けれども、声を出している感触が確かにあるのはなぜだろう。
 ――否。感触と言うのもおかしい。
 ここに来た時から、リリスは触覚と言うものを感じなくなっていた。味覚は分からないが、触覚の他にも聴覚と嗅覚がなくなっているのが分かる。もっともそれも、音が聞こえないのか無音なのか、匂いを嗅げない無臭なのか、それが分からなければはっきりとはしない。
 五感の最後の一つ――視覚も残っているかどうか怪しいものだ。自分のあるべき手を眼前に持ってきても、手がそこにあると言う感覚はあるものの、リリスの視界には何も映らない。けれども視線を動かすと、同じ風景が流れているくのがありありと分かる。

 ……ここは僕の世界なんだ。

 瞬間。景色が変わった。足元に草原が広がり、奇才と呼ばれる美術家が作ったオブジェのような奇妙な形をした岩があちこちから生え、空に浮かぶ月は一つしかなかった。風はなく、その景色はまるで絵画か写真であるかのように停滞している。
 目の前に、見覚えのある少年が立っていた。リオンである。見慣れた服とは違う、随分と古ぼけた格好をしていた。絵の具が跳ねたように汚れた厚手の白いシャツに、裾がびりびりに破けた大き目のズボン。
 リオンはここを自分の世界だと言った。これが、彼の望む姿なのだろうか。ただの一介の少年に過ぎないように見える彼は、普通である事を望んでいたのかもしれない。
 ふとリリスは、自分の姿が見えるようになっている事に気づいた。それでも、自分の姿と伝わってくる感覚に違和感があるのは、彼の中の自分と自分の中の自分が違うからなのだろう。
 少し息を――と言っても呼吸をする必要はないのだが――整えてから、リリスはリオンに話しかける。
『さ、帰ろうよ。皆、あなたの帰りを待ってるんだよ?』
《……いいのか、僕が帰っても?》
 勿論、とリリスはにっと笑って片手を差し出した。
『いいんじゃない――って言うか、帰ってこいって感じかな? ……もし罪の意識を感じてるとか言って帰るのしぶるんだったら、ブン殴ってでも連れて帰ってあげるからね』
 握った右手をかざし、拳の先をリオンに向けて突きつけた。苦笑して、リオンは小さく肩を竦めた。少し寂しげに笑い、呟く。
《一生罪の意識に苛まれながら、苦しんで嘆いて悲しんで、最後まで生き抜け――とでも?》
 そうだよ、と自信満々に答えるリリスに、リオンは「何処かで聞いた台詞だ」と笑った。
『もし独りで生きるのが辛いんだったら、私が傍に居てあげる。それだと、少しは楽でしょ?』
《……僕の傍に居て、お前は困らないのか?》
『それはこっちの台詞。リオン君は、私が居ちゃ迷惑?』
 いいや、とリオンはリリスの手を握り締めた。
 何か不思議な感じがした。まるで自分が彼の隣に居るのが当たり前のような感覚。
 どちらともなく、ありがとうと呟いた。





 光の中で声が聞こえた。

 ――さてアーチェ、そろそろ戻るか。あんまり遅いと、チェスターが五月蝿い。
 そだね。あとで“神”様に見返りでも要求しないと、割に合わないよ。
 まあ、異世界に干渉するのはこれで三度目だしね。文句言っとかないと。

 ……じゃあ、俺達も行くか。
 うん。よくわかんなかったけど、人助けしたって事だよね?
 まっ、成り行きだな。

 ダオスさん。
 なんだ?
 貴方には“救い”がある。いつか、いつの日にか、そう遠くない未来に。
 誰が救うのだ、私を?
 言うなら“神”かな? よく知らないけど。
 随分と曖昧だな。まあ、覚えて置こう。……そうだ、一つだけ聞きたい。
 何?
 これを仕組んだのは、その“神”やらか?
 仕組んだのは“神”だけど、望んだのは別の人。色んな人が、この結末を願ったんだ。




 目が覚めると、見覚えのある場所だった。シャルティエがリリスを連れて“跳んだ”あの場所だ。自分の隣には、シャルティエを握り締めたリオンが倒れている。
 これからが大変だ、と彼女は思った。
 何せこの少年の隣に、自分は立って行かなければならないのだから。







    〇    ●    〇    ●    〇







 どさり、とダオスは地面に落下した。
 この感触はなんだ、と彼は思う。
 自分はクレス達に倒され、大いなる実りとなって自分の星――デリス・カーラーンへと送られたはずだ。
 あれが、いつか言っていた“救い”だと思っていた。自分の命が尽きようとも、最終的に自分の母星を救えた事こそが、それだと思っていた。
 違っていた。
 見覚えのある少女が居た。
 会いたかった少女が居た。
 二度と会えないと、二度と会う事はないと思っていた少女が居た。
「……ダオス?」
 呆然とする彼女が、首を傾げて問い掛ける。まるで夢でも見ているような気持ちなのだろう。
 彼女と自分が離れていったい何年経ったのか。幼かった少女は、いまや立派な女性となっていた。三年か、五年か――あるいはもっとか。
 けれども、彼女は昔の面影を残したままだった。義手になった右手も、優しそうな柔和な顔も、長く伸ばされた金色の髪も、どれも以前のままだった。
 変わったのは、自分だ。
「……本物?」
 彼女の瞳からはぼろぼろと大粒の涙が流れていた。自分が泣いている事に、彼女は気づいているのだろうか。
「自分でも自信はないが……おそらく、本物だ」
 人間になったしまったのだろうか、自分は。時間を超える力も、マナを必要とする心臓も感じられない。
 わんわんと泣き叫びながら自分を抱きしめる彼女の肩に、ダオスはそっと自分の手を添えた。
 ――“神”とやらは、随分と凝った演出が好きらしいな。
 結局、故郷よりも何よりも、少女の元に返りたがっていた自分に苦笑し、ダオスは空を見上げた。
 晴れ渡った空が、やけに心地良い。遠く見えるあの月に似た小さな星が、自分の故郷なのだろうか。
 ありがとう、とダオスは呟いた。






 仮面を取り、リオンはおずおずとそれを被った。少し恥ずかしい格好だが、まあ仕方がない。
 シャルティエ曰く、リオンを助ける為にシャルティエをここに送り込んだのは“神”なのだそうだ。実際には違うらしいのだが、一番概念が近い言葉がそれ以外に思いつかなかったらしい。随分と胡散臭いが、彼が言うならば仕方がない。
 クレス達を導いたのも、その“神”の仕業らしい。
 どうやら“神”とやらは他の世界や時間に干渉するのが好きらしく、今度はリオンを何年後かの未来に送り込む気らしい。以前の事もあって、彼は断れないでいた。
 だが、どうしても彼はこの格好を好きに離れなかった。ばれない為とは言え、さすがに恥ずかしい。
 覚悟を決め、よしと自分に声をかける。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。未来の私にも、よろしくね」
「……すっかり老けておばさんになったお前を、しっかりこの目に焼き付けてきてやるからな」
 リオン君! と叫ぶリリスから逃げるように、リオンはシャルティエを手にとって家のドアに手をかけた。
 さて、行くとしますか。
「……あのね、リオン君」
「んっ?」
 振り返ると、寂しげにリリスが自分を見ていた。照れくさそうに、言いにくそうに彼女はおずおずと口を開く。
「戻って、来るよね?」
 かわいいな、と思った。照れくさくて、なんだかむず痒い気分になる。
 こういうのは、悪くないかもしれない
「リリスが許してくれるならな」
 口元を歪めて、リオンは悪戯っぽく笑った。その彼の顔に自分の顔を近づけて、リリスはリオンの頬に少しだけ口付けた。あぁ〜らら〜、坊ちゃんも隅に置けないね〜、などとシャルティエがのたまった。慌てふためいて紅くなる彼を見て、彼女はくるくると笑う。
 シャルティエを手に、リオンは顔を真っ赤にしたまま、逃げるように時を越えた。
 口付けられた時に囁かれた言葉が、嫌に耳に残っていた。

 ――いってらっしゃい。気をつけてね、と。










 ただいま、と少年は言った。
 おかえり、と少女は言った。

「ちょっとリオン君! それ私の!」
「油断してるほうが悪い」
「……今度、仕返しに寝起き襲ってやる」
「その仕返しに夜這いでもかけてやる」
「そんな根性無いくせに〜」
「……試してみるか?」
「いいわよ。吠え面かかせてやるんだから」



 それはどこか、遠くない未来の話。



「ちょっと! 無茶しないでって言ったでしょ!」
「ふん、僕の勝手だ」
「……パパってばあんな事ってるよ、どうする? 生まれても、あなたはあんな風に育っちゃダメだからね〜」
「――どうせ、いつもの手だろ? そう何度も引っ掛かるか、馬鹿者」
「…………」
「おい、リリス」
「…………」
「黙ってないで何か言え!」
「……今度は、ホントだもん」


 それはどこか、違った運命の話。

 

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〜後書き兼言い訳〜
 だいたいキリリクから一週間ってトコですかね。オレにしては素晴らしく上出来なペースです、ハイ(;´Д`)
 見事666HITを取って下さったテトラXさんにからの注文は『ファンダムの「リリスがんばる!」の続きでエミリリ』でしたが……こ、これでいいのかしら(汗  何か趣旨が間違ってるような&ごっついヘタレな文になってしまったような気がするのは気のせいか(涙  つーか、最後に関しては、かなりアホです。
 なにやらダオス×ウ○ノナ(いや伏せ字にせんでも)も混ざってるし。小説呼んでない人にゃあ、わけわからんじゃないか。
 にしても、いまでの最長文の二倍はある前後編に分けてもよかったかなぁ、と今更ながら後悔(笑
 なぜかTOD2に繋げてみました。だってあの仮面の騎士(名前忘れた、ジューダスだっけ?)ってリオンにしか見えないじゃないか(笑  つーわけで、仮面の騎士=リオンっちゅー妙な妄想を作り上げてみたり。
 さて、次は何を書こうかなぁ。エミリリかルクビキか、それとも他のカップリングに走ってみるかねぇ……。言っても、テスト終わってからですが(勉強しろや

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