世界の果てで、君を求めた少年








 聞こえますか、僕の声が?
 聞こえますか、僕の心が?
 自分勝手に苦しいんで、
 自分勝手に嘆いている僕の心が、
 君には聞こえているのでしょうか?

 狂おしいほど、愛しい人よ。

 だから、お願いだ。
 これ以上、僕に関わらないでくれ。
 これ以上、僕に近寄らないでくれ。
 全部を、君の所為にしてしまいそうだから。









 部屋に戻ると、ベッドの上に見慣れた少女が居た。



「なんで、また君は此処に居るんだ!」
 血が滲むかと思うほど強く握り締められた拳が、だん!、と壁に打ち付けられた。泣きそうになって、涙が滲みそうになりながらも、ルックは怒り狂ったようにぎりぎりと奥歯を噛み締めている。その形相から、普段の物静かな彼を知っている人間からは想像できないほどルックが激昂しているのがありありと分かった。
 怒鳴られても、ビッキーは何も言わなかった。ただ、じっとそこにいるだけ。
 彼女は膝を抱えて三角座りをしながら、膝に顔を埋めて黙っていた。

「だって……」

 かすれそうな声。油断してしまえば、聞き流してしまいそうなほど小さな声に、ルックは不可思議な不快感を覚えた。嬉しいはずなのにイライラして、怒りが込み上げてくるはずなのに胸の内側が暖かいのはどうしてなのだろうか。
 どうすることも出来ず、ルックは扉を見やる。いつもなら呼んでなくてもやってくるマクドールやらビクトールやらが、今日に限ってはやってこない。
 窓の外で騒ぎ回るシドとチャコも今日に限っては留守だ。からくり丸と一緒にひっきりなしに外を駆け回るメグの声も、マクドールに絡むサスケの声も、逃げ回るフリックを追い掛け回すニナの声も、元気だけが取り柄のはずのゲンゲンやガボチャの声ですら聞こえてこない。


 まるで、ここだけが外から隔離されてしまったような感覚。


 いつもと違う此処は、まるで別世界のようだった。
 ここで誰かが入ってきてくれれば、自分ももう少しどうにかなるかもしれないのに。


 海の向うの水平線に夕日が半分ほど沈み、西向きの窓から降り注ぐ紅の陽光が部屋を真紅に染めていく。
 何か適当に理由をつけて出て行けばいいのに、なぜか出来ないでここに止まり続ける自分に憤怒にも似た感情を覚える。――彼女は、僕にどうしろと言うのだろう。
 好きだと言われたのは初めてだった。嘘でも、彼女自身がそれを深い意味だと捉えていなくても、それでも僕は嬉しかった。それこそ、狂ってしまいそうなほどに。




 実際、少し狂ってしまったけれど。




 狂ってしまいそうで。君を傷つけてしまいそうで。

 だから少しだけ傷つけて、突き放して、僕から離れたのに――

 どうして、君はまたそうやって自分から近づいて来るんだろう?

 心を激しく掻き乱す僕を見て、君は楽しんでるのか?




 顔を覆い、夕日を背にしてルックはその場に座り込んだ。
 傍に居たい。いつまでもいつまでも、彼女が死に絶えるその瞬間まで一緒に居たいと今は思っている。
 けれど、傍に居続ける自信がない。時を越え続ける彼女を、変わらぬ思いで待ち続ける自信が。
 もし彼女が消え去ってしまったら“いつかは会える”と言う希望とも言えるわずかな期待と、どれほど続くのかも分からないほどの長い時の中で生まれる“もう会えないかもしれない”と言う不安の中で押しつぶされそうになる。
 実際、三年前もそうだった。立ち直るまで、掻き乱れた自分の心を他人に見せぬ術を身につけるまで、一年近くかかった。



 三年経って、忘れようと思っていたのに、なぜ君はまた現れて、僕の心を掻き乱すのですか?

 いっそのこと、いなくなってくれれば諦める術はあるのに、再会できると言うことが分かってしまえば、諦めようにも諦められなくなってしまうんだよ。



 頬に暖かな手の感触を感じた。
 はっとして顔を上げると、ビッキーの顔をがものすごく間近にあった。

 動けなかった。
 茶色い瞳が僕を真正面からじっと見据え、怯えと不安と哀しみが入り交じったような感情が瞳の奥に見え隠れしている。



「……ごめんね」



 なぜ、謝るんだ?
 悪いのは僕の方なのに。先に離れようとして、君を傷つけたのは僕なのに。
 手が届きそうだと錯覚するぐらい近づいて来る君に怯えて、逃げ出したのは僕の方なのに。
 なぜ、君は僕に謝罪の言葉を投げかけるんだ?



「――ごめんね、ルック。ごめんね……」

「なんで、君が謝るんだ……」


 泣きそうになる。辛いのか、悲しいのか、それとも嬉しいのか。

 ――嬉しいに決まってるけど。どうすればいいのか、分からない。


「わかんないけど、これで許してもらえるかどうか、
 私にはわかんないけど。きっと、私が悪いことしたんでしょ?
 悪いことしたんなら、私、謝るよ?
 この間のことも、私が悪かったんでしょ?
 私、何かしたんでしょ?
 だから、ルック、あんなことしたんでしょ?
 でも、ごめんね……。私って馬鹿だから、
 何したか言ってくれなきゃわかんないよ……」

 違う。そうじゃない。そうじゃないんだ。
 悪いのは、僕なんだ。

「ルックが私のこと嫌いなんだったら、私、もう来ないよ。
 嫌われちゃうのって悲しいけど、私が悪いんだから仕方ないし、
 ルック、許してくれないかもしれない。

 けど、けどね……。言ってくれなきゃわかんないよぉ……」


 なんで泣いてるんだよ。君が泣く必要なんかこれっぽっちもないじゃないか。君は、ただ僕なんか知らなかったかのように、僕に話しかけず、僕の部屋に踏み入らず、僕を一時と見ようとしないまま、他の宿星達と仲良くのんびりやっていればよかったんだ。

 それなのに。それなのに。




 ――ごめんね、痛かった?――




 頬に触れた彼女の手は少しだけひんやりとしていた。
 暖かかった。
 涙が溢れた。

 子供のように自分にしがみつく僕に、ビッキーが身体を強張らせたのがよく分かった。昨日の事を思い出したのか、突然の事に驚いているのかは分からなかったが。

「違う、違うんだ……!」

 涙声になっているのがよく分かった。

「僕が、全部悪いんだ……!」

 鼻水を啜りながら涙声で言ったって格好がつかないけど、
 それでも謝られずには居られなかった。
 言わないでおくのは、無理だった。
 洗いざらい吐き出してやった。

「君が僕に近づけば近づくほど、僕の想いは強くなる。
 けど、君は宿星の役目が終われば、必要とされる時代までまた飛んでいってしまうんだろ?
 そんなもの、僕は耐えられない。
 行かないかもしれないけど、行ってしまったら僕はどうすればいいんだ?
 君は僕を好きでいてくれているのか、それとも何とも思っていないのかは僕には分からない。
 けど、君は人を誤解させるんだよ。
 もしかして、僕を好きなんじゃないかって。
 僕を好きになってくれるんじゃないかって。
 恐かった。君がまたどこかへ跳んでいってしまうのが、どうしようもなく恐かった。
 僕を好きで居てくれるかもしれない僕が好きな人を、諦められるわけないじゃないか。
 なら、どうしようもないぐらい嫌われてしまえば、諦められるんじゃないかって思った。
 だから……――」



 嫌わないで、と願う自分が居る。
 傍に居たい。いつまでも、いつまでも。
 彼女が死に絶えるその瞬間まで、今は一緒に居たいと思う。
 なぜ、この少女にそんな思いを抱くのかは自分でも分からない。けれど、そう思うのは事実で。戻って来てくれるならいつまでも待とうとも思う。

 けれど、嫌ってくれと願う自分が居るのも真実だ。待つとは簡単に言うが、もし彼女が消えてしまったら、一体いつまで待ち続ければいいんだ?
 五年後か、十年後か、二十年……それとも百年か。想い続ける自信はある。けれど、彼女への想いで狂わないで居る自信はない。



 彼女が、僕の言葉をどれだけ理解できたかは分からない。
 僕が、彼女にどれだけ自分の心を言葉だけで伝えられたかは分からない。



 けれど、彼女は言った。



 僕の頭を撫でながら、



 一言だけ。



「わたし、行かないから。絶対、行かないから」と。



 無責任だと思った。
 そんなの、彼女自身が保証できるわけがない。
 今、ここにいるのも。
 三年前に宿星として解放軍に加わったのも。
 全部、君が意識した事じゃないじゃないか。
 そんなの、無理に決まってる。
 無理に決まってるんだ。



 でも、信じてしまった。
 信じたい、と思った。
 自分は馬鹿だと思った。
 どうしようもない馬鹿だった。
 行かないで欲しい。
 そう、心から願った。






    〇    ●    〇    ●    〇








 ――なんとなく、予想はしていた。



 あんな約束しておいて、結局、君は行ってしまったじゃないか。
 パーティ会場の片隅で。
 ハイ・ヨーの山積みの料理を目の前に。
 僕の隣に立った君は。
 中華まんを片手に消えてしまった。

 この間、少しだけ君の気配を感じたけど、一日も経たない間にまた消えてしまったね。
 今度は、一体何年待てば君は戻って来てくれるんだ?
 もし、僕が壊れてしまう前に君が戻ってこなかったら、君の所為だからね。
 争いがない世界には君は居られないって言うんなら、
 僕が絶え間ない戦乱を起こしてやってもいいんだよ?
 君が帰って来るなら、こんな世界、僕にとってはどうでもいいんだよ。
 どうせ、黒と白と灰しか残らないんだから。
 もともと、こうする気だったしね。
 こうしなきゃならない運命だったしね。



 だから、見てご覧。



 戦乱を起こしたら、宿星が必要になっただろ?
 君が必要になっただろ?
 君は戻ってくることになっただろ?
 英雄達と一緒なのは、いささか気に入らないけどね。
 さあ、どうしようか、ビッキー?
 君が僕の元に来る?


 僕が君の元に行く?


 それとも、










 
 
 
 
 
殺し合う?
















 ――ごめん。
 僕は弱いから。
 人の所為にしないと、何も出来ないんだよ。
 ねぇ……。君はその事、知ってたの?


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 ――ってなわけで続きを書いてみました(笑
 本作は「嗚呼、愛しい人よ」の続きものになってますんで、まだお読みでない方はそちらを読んで頂けると、より一層(以下略
 相変わらずで言いますが、基本的に悲恋とかそーゆーのが好きです。
 ほのぼのるくびきと同時進行してたら、先に出来上がったのでうpしてみました。
 やはりこっちの方向の方が筆(指?)が進む進む。どうしたもんでしょうね、はい(;´Д`)
 ほのぼのるくびきの完成は近い……かも?

 

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