つ か の 間 の 平 和 を 望 む 者
静かに風が吹く。
空は青く、大地は黒く蠢いていた。
ルックの右手には真なる風の紋章が輝き、犇めき合う軍勢を眼下に見下ろす彼の後ろには百人ほどで編成された紋章術師の軍勢が控えていた。
ただ静かに、彼は眼下の平野で繰り広げられる死闘を丘から見下ろしている。
味方が後退しようと、敵の援軍が現れようと、ルックは微動だにしなかった
ぽうっ、と紅の煙が三つほど空高く舞い上がる。
先導していたフリックとギルバードの傭兵部隊からの合図。
別に勇む様子も、かといって尻込みする様子も見せず、ルックは馬の蔵に大将旗を掲げ、告げる。
「行くよ」
手綱を操り、ルックが小高い丘を下って行く。
目標は眼前の王国軍。背後を取られた事に気づくのは十分後か、あるいはそれ以上か。
嘲笑を浮かべ、ルックは魔力を解放した。後続の部下達も、それに倣う。
右手を唇に寄せ、彼は囁いた。
「真なる風の紋章よ――切り裂け」
風が鳴る。
静かな風が鳴る。
真空の刃が、眼前の敵軍に無音で降り注いだ。
大地が、大気が、そして人が裂ける音だけが断続する。
続いて、轟音。
轟々と鳴り響く、獣の咆哮のような暴風。
全てを薙ぎ払い、全てを巻き上げるそれは、まるで獲物を食い散らかしながら荒れ狂う龍の如き。
「……弱いね」
そう呟いて、ルックは苦笑する。
“弱い”とは誰の事だろう。
こうもあっさり倒されてくれる王国軍の事なのか。
それとも、このような奇襲でなければ強さを発揮できない自分か。
どちらにせよ、どうでもいい事だが。
と。
別の煙が空高く舞い上がる。
緑色が二発。方角は南南東――ビクトールの部隊か。
後方の部下を振り向き、角笛による合図を送らせる。
手綱を打ち、ルックはビクトールの部隊のほうへ駆け出した。
「……ふぅ」
息を吐き出しながら、ルックは肩まで風呂に浸かった。
少し熱いぐらいの温度が、彼の好みだ。テツが常に用意してくれている絶品の風呂は、疲れた体に心地良い。あとは冷たい飲み物か何かでもあればいいのだが、飲食物の持ち込みは口を酸っぱくして禁止されている。
この間も、熱燗を持ち込んだビクトールとリキマルがテツに蹴り出されていたのを覚えている。
ただ……
「このセンスはどうかと思うけどね……」
後ろを振り向いて、ルックは苦笑を浮かべる事すら出来なかった。
背後に飾られた中国絵皿は、まあ許そう。だが、その左右に飾られた呪いの人形としょんべん小僧に一体何の意味があるのかと、この城の城主に小一時間ほど問いただしてやりたい。
今更、彼の趣味にとやかく言う気はないが、どうも風呂に入る度に妙な感じになる。
とりあえず後ろの陳列物は気にしない事にして、ルックは静かに目を閉じた。
ルックは静かな戦場に一人で佇んでいた。
部下達は先程引き返させたし、ビクトール達への援軍も充分すぎるほど間に合った。
ただそこにあるのは、無残な死体の山である。
敵も、味方も、乗り物にされた馬すらも、五体満足である事のほうが珍しいぐらいだ。
若葉色の草花で埋め尽くされた大地は赤く染まり、自分達の魔法の傷痕が生々しく刻まれている。
「烈火の紋章よ――踊れ……」
彼の左手に宿った烈火の紋章が炎を撒き散らし、辺り一帯を焼き払う。
轟々と燃え上がる炎の中で、ルックは何をするわけでもなく、炎が全てを燃やし尽くすのを待ち続けた。
そして、数分。
そろそろかとルックは右手を掲げ、目を閉じて念じる。
「真なる風の紋章よ――全てを……」
ルックから解放された真の紋章の力から発した風は、炭化した物全てを一瞬で消し飛ばした。
夜の散歩は彼の趣味である。
夜と言っても、夏ではまだ夕暮れ時。だが、やはりこの季節に外をうろつく者は少ない――と言うか、自分以外に見当たらない。静かに道を歩き、気に入りの場所である図書館横の大木に陣取った。
乾いた地面に腰を下ろす。少しばかり離れた所からわずかに喧騒が響いてくるが、さして気になるほどではない。またビクトールかシーナ辺りが何かややこしい事でも起こしたのだろう。
ひゅう、と凍るように冷たい風が冬の到来を告げていた。
湯冷めを心配してしっかり乾かしてきたつもりだが、髪が少し湿っている。何か羽織るものでも持って来ればよかった。流石に薄手の上着が一枚では寒い。
――取りに行こうかな。
大木の幹に手をついて立ち上がろうと、
「あ、ルックだぁ〜」
不意にかけられた聞き慣れた声に、ルックは幹から手を放して再び座り込んだ。
ぽてぽてと走り寄ってくる少女に、彼は小さくため息を吐く。
「ビッキー、走ると危ないっていつも言ってるんだけど……」
「私、そんなにドジじゃないよ〜!」
頬を膨らませて言う巫女装束の少女――ビッキーに、ルックは思わず笑みを浮かべた。いつもながら、彼女は元気だ。正直、彼女といる時が一番安らげる。彼女のこの能天気さに自分がどれだけ救われているか、ビッキーは知っているのだろうか。
知らないだろうな。
そう思いながら、ルックは自分の横にさも当たり前のように腰掛けてくるビッキーを眺める。
ばさっ。
手にしていた大きなシーツを広げ、ビッキーはぬくぬくとそれに丸まる。
どこか、小動物のようなその仕草が、彼女らしいと言えば彼女らしい。
「……ルックも入る?」
自分を見ていた理由を勘違いしたビッキーが、シーツの片側を広げてルックを呼び込んだ。
特に断る理由もなく、むしろありがたいこの状況に感謝しつつ、ルックはいつもの素っ気無い態度のまま黙ってビッキーと肩を寄せ合った。
暖かい。
ふれあった部分から伝わってくる彼女の体温も。シーツも。
「……また、してきたの?」
ビッキーの問いに、彼は黙って頷いた。
自分のわずかな変化を捉えられるのは、ビッキーを入れてもほんの数人。中でもビッキーは自分の変化を捉える事に妙に長けている。不本意ではあるが。
彼女だけが、自分のしている行為を知っている。
戦争が終わる度、大地に残された彼等を“処理”する。
無駄な力を使うのも、こんな事をしても誰が喜ぶわけでもないのに、自分はそれをしている。
何故だ、と問われれば自分はこう答えるだろう。いつものように。
「嫌なんだよね……自分達が、自分が壊したものが形を残してそこに残っていると思うと」
壊したと表現したのは、殺したと表現するのが嫌だからだと彼女は知っていた。
人を、動物を――生きるもの全てをまるで物であるかのように言葉にするのは、彼が少しだけ臆病である事を知らせてくれているのだ。自分がそう思っているだけだとしても、少なくとも自分はそう思う。
“あの行為”にしたってそうだ。彼はきっと、自分が殺した者達へ罪悪感を感じているのだとビッキーは思っていた。きっと、跡形もなく消し飛ばす事が、彼なりの不器用な弔いなのだ。
きっと、そうだ、と彼女は思っていた。
思うだけならば、信じるだけならば自由だから。
「ビッキー」
「……何?」
目を閉じたまま、ルックは呟いた。少しだけ間を空けて、言う。
「僕、少し疲れてるんだけど……大丈夫?」
「……うん」
少しだけためらいがちに言うと、ルックは黙って身体をビッキーに預けた。いつものように。
抱きしめるようにシーツで包み込んで、顔が触れ合うほどに近くなる。
私だって、どきどきするんだよ?
間近にあるルックの顔を見て、ビッキーは心の中だけで呟いた。
静かに、時が過ぎる。
「平和だね……」
ぼそりと呟いたのは、ルックのほうだった。ビッキーの身体にもたれかかり、まるで恋人同士のように寄り添いながら彼は言った。
不思議そうに、ビッキー。
「そうかなぁ?」
今はまだ戦乱の世。確かに、最近は少しずつ戦争が減ってきているのは、侵攻する場所が少なくなってきただけの事である。ルカ・ブライトが健在する今の世、平和と言うにはまだ程遠い。
「混乱があるからこそ、平和があるんだ。平和な時代に“これが平和だ”と思えるのは、以前に混乱の世を経験しているからだよ。今で言う“平和”しかない世界だったら、そこ人々はこれが平和だとは気づかず――もしかしたら、平和なんて言葉を知らずに一生を過ごしているかもしれないね」
まあ、“平和”しかない世界なんてありえないけどね。
人がいる限り、戦乱は起こる。
それがこの世の“絶対”であり、変えようのない“運命”なのだから。
「つかの間だから……平和なの?」
寂しげに聞くビッキーに、ルックは「うん」と短く返事を返した。
そうなんだ、とビッキーは俯いた。
寂しい事だが、事実だと思う。
どれだけ願っても、誰もがそう思ってるはずなのに、戦争は起こる。
誰が悪いわけでも、何が間違ったわけでもない時なのに、戦争が起こる時もある。
人の命は有限。
その欲は無限。
待つのは悲しいの未来。
黒く、白く、濁った灰色の世界。
それは事実。
寂しくて、切なくて、悲しい事実。
「でも、思うんだ……」
いつのまにか、ルックが目を開いていた。
その翠色の瞳が、遠くを見詰めている。
そんな事はありえないと思うけど、願わずにはいられない。
それは誰もが思う事。それは誰もが願う事。
戦乱を欲する者は誰もいないはずだ。
ほんの一握りを除いて。
けれど、そんな一握りの者達も、初めから戦乱を望んでいたはずがない。
何かきっかけがあったはずだ。大きなものなのか、小さなものなのかは分からないが。
きっと、そうだと思う。
そう、思いたい。
信じたい。
「その“つかの間”が永遠に続けばいいのに、って……」
それはまるで、自分に言い聞かせているような言葉だった。
正直に言うと、欲しいのは終わってからの“つかの間”じゃなくて、今この瞬間。
だって、全てが終わってしまったら、
やめよう。
考えるのはやめよう。
そんなもの、そうなってしまった時に考えればいいのだ。
自分の足元すら見えていないのに、そのさらに先を考えるなんて、馬鹿げてる。
今、精一杯に足掻けばいいのだ。
刻々と過ぎる、その瞬間を信じて。
捕まえておけばいい。
離れてしまえないぐらいに。
強く。
君を。
僕が。
「……ごめん。少しだけ、寝てもいい?」
「うん」
願わくば、この平和が永遠に続く事を。
May peace last forever.
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〜あとがき兼雑談〜
二日で仕上げた超速筆作&初の挿し絵付き小説。
てか、ゆずる様から奪ったイラストに、管理人が勝手に小説くっつけただけなんですけどね。
いやはや、ゆずる大尉さんのイラストは脳に来ますね、こう、ビビッと(笑
時期的にクリスマスネタでも良かったんですが、現在執筆中のライフェリと被りそうだったので却下(;´Д`)
以前から何度も口にしていた“ほのぼのるくびきwithボブワカ”もようやく完成。誤字脱字の確認と妙な箇所の加筆修正で、年明け前にはうpするかと。
ライフェリのほうはキャラが動かしにくくてどうも遅筆。
るくびきはキャラが暴走しまくるんですけどねぇ……。
そのうち、ボブワカでも一個書くかも。
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