ショートカットにされた栗色の髪。
 両手の指先にわずかに触れるそれの感触は実に心地良い。
 ここまで良い髪質を持っている者も、そう多くはないだろう。
 手首を軽く握る指。少年のものとは思いにくいしなやかな指。爪が綺麗なのは、健康な証拠である。
 目を開くと、目の前には大きな瞳があった。
 とても綺麗な瞳。焦点が合っていない緑色の眼は、まるで翡翠のよう。
 首に掛かった指に力が入る。二つの親指が喉を圧迫する。
 首の後ろに、ぐいぐいと爪が食い込んでいく感触。
 呻き声が上がる。けれども、力が緩められる事はない。
 手首を握る手が痛いぐらい握り締められ、少年は少しずつ痙攣を始める。
 
 そんな状態が、どのぐらい続いただろう。

 ゆっくりと手の力を抜く。
 冷たくなった少年が一人。
 少年の胸の上から、彼女は立ち上がる。
 立ち去ろうと少年に背を向ける彼女の背後で、何かが動いた気配がした。
 振り向いても、誰もいなかった。
 耳元で声がした。
 
 “ビッキー”と。
 
 もう一度、振り向く。
 居た。少年が。目の前に。
 ひっ――と、小さく悲鳴を漏らす。
 突如、眼前に現れた少年には、何もなかった。
 
 口も。
 
 鼻も。
 
 眉も。
 
 眼も。
 
 全て。
 
 何もないその顔が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
 

















Blue colors rain




 



















「――――っ!?」
 
 声ならぬ声。
 
 額の嫌な汗を拭いながら、ビッキーはゆっくりとベッドから起き上がった。
 時刻は夕暮れ。どこからか響く喧騒が虚しく聞こえるのは、気のせいだろうか。
 
 
 
 ざあざあざあ。
 雨が降っている。
 
 
 
 手近な所に立て掛けていた杖を手に、彼女は立ち上がる。
 右手に宿した瞬きの紋章に念じ、彼女は跳んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 石版の地。
 
 ゆっくりと石の地面に着地した彼女の眼前には、巨大な石版がそびえていた。
 約束の石版。108星の名が刻まれた石。
 冷たいその表面に触れ、その一部分を指でなぞる。
 
 
 天間星――ルック。
 
 
 刻まれたその文字は、他のものと比べてやけに色が薄い。
 それは死の証。この世に存在しない証。
 
「あ……うあ……っ!」
 
 瞳から涙が勝手に零れ落ちる。
 からんっ、と杖の転がる音。
 嗚咽が漏れる口元を、何とか両手で抑える。
 お前が殺したんだ、と耳元で何かが囁いている。
 見捨てたのはお前だ、と叫んでいる。
 ぐるぐると胃の中が回っている。
 静かな空間に、ざあざあと雨音が響く。
 
 
 
 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――
 
 
 
 止まらない。
 涙も、声も、何もかもが。
 
 ぽん、と肩に手を置かれた。先程の夢が頭を過ぎり、ビッキーは恐る恐る振り返る。
 アップルが居た。
 後ろに何人もの人影。
 
 子供を抱いているのはフッチ。大きな帽子を被っているのは、リリィ・ペンドラゴン。少し離れた所に、何とも言えなさそうな表情を浮かべた子供の自分が居る。その傍らに、ナッシュ・ラトキエも居る。
 
「……アッ…………プ……ちゃぁ………っ!」
 
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、自分にしてはほんのこの間までほとんど同い年だった少女の身体に押し付けた。そっと、アップルは彼女の頭を撫でる。まるで子供をあやすかのように。
 涙が溢れる。
 止まらないでいいと思った。
 全部、流れてしまえ。
 
  「ルック、ルックがぁ……っ! し、死んじゃ……どこにも…いな…………いなく…てぇ…っ! すごっ…寂し……っ! わたっ、私が……わ………悪…っ! わた…しが……殺…し……いぃ…っ!」
 
 
 ぎゅっ、と抱きしめられる私の身体。
 誰も何も言わなかった。アップルちゃんは、ただ黙って私の身体を抱きしめる。
 私の叫び声だけが、静かに響いている。
 喧騒は何処か遠くに聞こえている。
 誰か助けて下さい、私を。
 誰か救って下さい、私を。
 
 
 
 
 
「ルッ…クに…………ルックに会いたいよぉ……っ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ざあざあざあ。
 雨が降り続いている。
 
 
 私は何故此処に居るんだろう。
 私は何の為に生きているんだろう。
 好きな人にも会えないこの世界に、何故私は生きているのだろう。
 皆が年を重ね、老いて行く中で、自分だけが時間を越え続ける。
 誰かが呼ぶ声が聞こえる。
 誰かが囁く声が聞こえる。
 
 紋章のままに導かれ、私は何処へ行くのだろう。
 
 戦乱が私を呼ぶのか。
 私が戦乱を呼ぶのか。
 
 
 
 
 
 そんな事はどっちでもいい。
 どっちでもいいんです、そんな事は。
 何でも我慢します。どんな辛い事にも耐えます。
 宿星でもいいです。一生戦い続けてもいいです。
 だからお願い、お願いです。
 この世に神様が居るなら、お願いです。
 
 もう一度、あの人に会わせて下さい。
 ルックの傍に居させて下さい。
 今度はもう、ずっとルックの傍に居ますから。
 片時も離れませんから、絶対に。
 
 だからお願い、お願いだから……っ!
 
 
 
 
 
「るっ、くぅ……っ!」
 
 
 
 
 
 泣き声が響く。
 切なく儚い、悲しい旋律。
 誰も一言も何も言わない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ざあざあざあ。
 雨はまだ止まない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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 あとがき&ツッコミ。
 設定では幻想水滸伝3のラスト後なのです――が。
 とりあえず、自分にツッコんどきます。
 お前は幻水3をプレイしたのか、と。
 無論、してないのは周知の事実でございます、はい(汗
 ――てか、いつまで使うつもりだ“3プレイしてません”ネタヽ(;´Д`)ノ
 てなわけで、約束の石版があるのかどうかもしりませんし、ルックが天間星かどうかもしりません(汗
 細かい矛盾点&設定についての多少の相違点には、なにとぞ御勘弁を……(;´Д`)
 とりあえず、ルックと直接面識ありそうな人々を出してみました。
 リリィは2のティント市でのネクロード戦時にルックが居た、っつー事で。
 ナッシュはビッキー&ちびビッキーに面識(幻水外伝2参照)があるっつー事で。
 ちなみに、本作は二時間で制作。学校の帰る途中に思いついて、そのまま一気に仕上げ。
 やたらと書けました。出来としては満足〜。
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