寂しいなんて思った事はない。
 ずっと、誰かに居て欲しいなんて思った事はない。
 傍に居なくたって構わない。君が幸せならそれでいい。
 だって、今の僕は幸せで、君も楽しそうな顔をしている。
 それだけでも、僕は充分なんだから。
 僕は満足しているんだから。
 だから――寂しいなんて思うはずはないんだ。
 
 
 
 
 
 
    〇    ●    〇    ●    〇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 お前等最近仲いいよな、と誰かが言った。
 
 何言ってんだか、とルックは言った。
 
 そうかな? とビッキーは思った。
 
 雲一つない空に蝉の声が響く。
 
 日差しの強い、ある暑い日。
 
 夏はもう、来ていた。
 

















日なた




 











 
 じーじじじじじじ、じーじじじじじじ。
 蝉がやかましく鳴いている。
 
 いや、そんなことは大した問題ではない。蝉の鳴き声が五月蝿くて鬱陶しいと言うなら、この城に住んで一週間もすればそんな考えは月の裏側のクレーターまで吹っ飛んでいってしまうだろう。
 そう、五月蝿いこと自体は何の問題もないのだ。夏真っ只中のこの時期に、誰もが抱えるもっとも大きな問題と言えば、
 
 暑い。
 
 この一点である。
 夏は暑いと誰が決めたのか。そんなどうでもいいことをルックは思う。
 すまし顔で立っていて「暑くないのか?」と聞かれるが、そんなもの暑いに決まっている。特に通気性の少ない自分の持ち場は熱気がこもり、法衣の下の服などしぼれるぐらいに汗に濡れているし、栗色の髪も顔に貼りついてかなり鬱陶しい。
 こんなものぶらさげなくてもいいのに。温度計を見る度、誰もがそう思う。
 それでも、誰もが壁にぶらさげられた温度計に目をやってしまう。
 
 38度。
 
 見ただけで暑い。見なきゃよかった。
 むしろ、熱いのかもしれない。
 ふらりとルックは歩き出す。こんな所で立っているのは、もう耐えられない。
 法衣を脱ぎ捨て、洗濯物籠に乱暴に放り込む。額のサークレットを外し、ローブの袖も肩まで捲り上げた。肩まで伸びる髪を後ろで縛って、終了。先ほどよりは幾分マシだろう。
 耐えられなくなったのは何もルックが最初ではない。ほぼ最初に耐え切れなくなったビクトールなんぞはすでに半裸でうろついているし、フリックはトレードマークのバンダナを外してTシャツ・半パン姿になっていて、ミニスカ・ノースリーブ姿になろうとしてヒックスに必死に止められていたはずのテンガアールも、ヒックスに団扇で扇がせながらいつもの半分ほどしかないスカートでベッドに寝転がっている。
 地下に行けばさらにすごい。水辺も近く、比較的涼しい地下にはなんとも珍しい組み合わせの人々が終結している。ゴミ袋のようなマントを脱ぎ捨ててランニングシャツ姿のクライブや、ビクトールとほとんど同じような格好になったハンフリー。果てにはショートカットになってしまったスタリオンまでが団扇やかき氷を片手に死体のように転がっている。
 
 書庫に避難することにした。本を読む人間の嗅ぎられるこの城ではあまり知られていないのだが、図書館と言うのは意外に風通りが良い。風通りが良いことで言えば別に屋上でもよかったのだが、屋上に集まっているらしいヴァンサン・ド・プールやらの連中と御一緒するのは、正直勘弁願いたい所だ。
 こんなことをしてたら、レックナート様にどやされるだろうな。他人事のように思いながら、ルックは風を操りながら軽やかなステップで階段を下っていく。くだらない事に紋章の力を使うようになってしまったのは、誰の影響か。
 エミリアに小さく会釈し、図書館の扉をゆっくりと開けた。
 
 先客がいた。
 ビッキーである。
 
 いつもの場所に、彼女は本を読みながら座っていた。自分がビッキーのレベルに合わせて選んだ本――彼女が面白い本はないかと聞いてきたのだ――の何冊かを左側に、右側には何やら奇妙な物体を携えて。
 あっ、ルック君だ。こんにちは〜。
 にこにこ笑いながら、ビッキー。――勉強をしているのは、分かった。
 
 まずは、問う。
 
「それ、何?」
 指を差すその先に、奇妙な物体。
「えっとね、『せんぷーき』だって」
 
 
 正しく言うと、扇風機。
 細かく原理を説明するのは避けるが――と言うかビッキー自体がよく理解していないらしい――、中心に取り付けられた羽根を内蔵されたモーターで回転させて風を送る冷房機具、だそうだ。どこぞのエセ発明家が作ったにしては、比較的まともな部類だろうか。
 
 
 それは、いい。
 わずかに頬を紅潮させ、ルックはビッキーの姿を再び一瞥した。
 ジーンズのミニスカートに、胸の辺りに大きくロゴの入った真っ白なTシャツ。いつもの艶やかな長髪は邪魔にならないようにポニーテールのように後ろでまとめられている。
 正直、目のやり場に困る。いつもと違う髪型の彼女はむず痒いような違和感があって、かといって下を見ると足と見えそうで見えないようなものが気になってしまい、最後の選択肢として身体に目をやろうとしても布が薄い白のTシャツの上からでは下に着ているものが透け――
 
 ぶんぶんぶんぶん。
 
 頭を振って、自分の思考を必死で吹き飛ばす。
 あ、あのさ、ビッキー。……服、着替えない?
「? どーして? 汗かいてないよ?」
 うん。それは分かってるんだけどね……。
「じゃあ、どうして?」
 どうして、っていうか……。
「ルック君は、私に着替えて欲しいの?」
 うん、まあ……平たく言えば、そうかな。
「……この服、そんなに似合ってないかなぁ?」
 
 
 そんなわけあるもんかと思った。
 泣きそうな声を出された。
 潤んだ瞳で見上げられた。
 負けることしか出来なかった。
 いや、そんな事ない。すごく似合っている。
 それ以外に、ルックに何か言うことが出来ただろうか。とりあえず、ルックには無理だった。
 
 
 ――しかし、どうしたものだろう。
 
 このまま彼女を放っておいても問題がないと言えばない。自分がなるたけビッキーの身体を見ないようにすればいいだけなのだから。
 だがそれは、この場に居るのが自分だけならばの話だ。
 女なら、まだいい。
 しかし、問題は男だ。こんな格好のままのビッキーを放っておけば、彼女が男どもの目の保養になることは間違いなく、そんなことは自分が許さないし、第一こんな格好を僕の前以外でするのが
 
 ぶんぶんぶんぶん。
 
 暑さで思考がバカになっているのかもしれない。今、自分は何を考えた? まるでビッキーが自分の所有物みたいに。彼女は僕の恋人でも何でもないんだから。それに、まだ告白もして
 
 ぶんぶんぶんぶん。
 
 不思議そうな顔して百面相を繰り返すルックをほけーっと見つめているビッキーを傍らに、彼は自分の中に渦巻く奇妙な思考を何とか落ち着けた。このままじゃダメだ。どこかで頭を冷やさないと……。
 あ、とルックは思わず呟いた。
 どうしたの? と身を乗り出して聞いてくるビッキーに向かって、ルックは少しだけ笑った。ビッキーの読んでいた本を抱え、言う。
「もっと、涼しいトコに行こうか」
 
 
 
 
 
    〇    ●    〇    ●    〇
 
 
 
 
 
 靴と靴下は木陰にまとめられていた。
 ビッキーは外に出掛ける時はこれだと決めているいつもの巫女装束から袖を取った状態で、ルックも同じよういつもの格好だがズボンの丈はいつもよりも少し短かった。二人とも素足にサンダルを履いている。
 ルックは書庫から拝借した本を広げ、ビッキーはそれ横から覗き込むようにして見ている。
 
 
「だから、いつも言ってるだろ? 大事なのは集中力と想像力だって」
「だって〜、ルック君は簡単に言うけど〜……」
 
 
 ぱしゃぱしゃぱしゃ。
 
 
「人の所に飛ぶならその人の魔力とかで存在を確認しきゃならないから難しいけど、場所に飛ぶなら簡単だ。別にその町全体を思い出す必要はないんだからね。その場所を明確に思い出させる“何か”を想像すればいい。例えば、印象に残るような場所だとか、大きな建物だとか……」
「グレッグミンスターならマクドールさんの家とか、そーゆーこと?」
 
 
 ぱしゃぱしゃぱしゃ。
 
 
「(何であいつの家なんだよ……)そうそう。君も言えばすぐ分かるんじゃないか。そんな風に街によって目印を色々決めておけばいいんだ」
「食べ物とか、動物さんとかでもいいの?」
 
 
 ぱしゃぱしゃぱしゃ。
 
 
「……まあ、いいんじゃないかな」
「じゃあ、私、もっと上手にテレポート出来るようになるかな!?」
 
 
 ばしゃばしゃばしゃ。
 
 
 川に浸けていた足を激しく動かして、ビッキーは身体全体で喜びを表現した。ルックは持っていた本を慌てて頭の上まで持ち上げ、水飛沫から逃れさせる。本をぐしょぐしょにして帰ったら、マクドールにまた何を言われるか分かったものではない。
 えへへ〜、嬉しいな〜。
 頬に手を添え、照れたような仕草で足をぱしゃぱしゃさせている。
 
「じゃあ、少し休憩しようか」
 ぱたんっ、と本を閉じ、ルックはゆっくりと立ち上がった。靴を置いた木陰へと移動し、川に頭を向けて寝転ぶ。本を抱えて目を閉じた。
 目を閉じようとした彼の肩を、ビッキーが人差し指で突っつく。
 瞼を開き、ルックは彼女のほうを見やった。不機嫌なのか、寂しいのか、彼女お得意の二つの感情を組み合わせた妙な表情を浮かべて、ビッキーは一直線にルックを見つめていた。
 
 
「……何?」
 
 
「…………」
 
 
 彼女は何も言おうとはしない。
 きっと、どうしようか迷っているのだな、とルックは思う。こう見えても――と言うのは失礼だが、意外にビッキーは他人に気を使う。自分も最近気づいたのだが。
 本当は遊びたいのだろう。一人で遊ぶより二人で遊んだほうが楽しいと考えるのは彼女の性格からして容易に想像できる。けれども、ルックが寝ようとしているのは自分に勉強を教えて疲れてしまってるのではないかと思ってしまっているのだ。だから、遊ぼうとは言うに言えない。
 
 正直、少しだけ疲れていた。そんなに身体が強いわけでもないし、最近少し夏バテ気味だった。でも、まあ、元々僕が言い出したんだし、少しぐらい我侭言ってもいいんだよ。こんな所じゃ他に人も居ないし、ね。
 そうは思うが、口に出すのは恥ずかしくてとても出来たものではない。けど、この捨てられそうになった子犬ような表情で見つめられるのも辛い。
 
 少しだけ、よしよし、と言った感じで頭を撫でてやる。さらさらと流れる黒髪の感触が、何とも心地良い。見上げた空には太陽。かなり高い位置。
 呟く。
 
「お休み」
 
 目を閉じたルックを見て無駄だと悟ったのか、ビッキーは彼と反対になるような形で寝転んだ。川に足をつけ、手をかざして影を作りながら太陽が輝く真夏の空を見上げる。
 すぐ左に、ルックの顔があった。
 
 整った美麗な顔立ち。薄く赤い唇。長い睫毛。わずかな風にさらさらと靡く栗色の髪。
 
 手を伸ばせば触れ合える距離。こんなにも近いのに、遠く感じるのはなぜだろうか。
 
 
 変わらない自分。
 変わっていく皆。
 変わらないまま変わっていく彼とあの人。
 この間、あの人――マクドールが漏らしていた事がある。
 不老不死ってのも、案外悪くないもんだね。だって、ずっとぴちぴちの美少年だし、と。
 強がっているのは、誰にでも分かった。
 大人っぽくなったカスミちゃんは、悲しそうに「本当に、お変りないんですね」と言っていた。
 相変わらずのルック君は、いつもと変わらない口調で「久しぶりだね……」と言っていた。
 
 
 何も変わらない私は、何と言っていた?
 もう、覚えていない。
 ルック君は、不老不死と言うものをどう感じているのだろうか?
 真なる風の紋章をその身に宿し、生き続ける事は辛い事なのだろうか?
 マクドールさんに聞いたら、彼はこう言った。
 辛くはないけど――時々、たまらなく寂しくなる事があるね。
 
  
 ルック君も、さっぱり寂しいのかなぁ?
 
 
 手を伸ばし、そっと重ねる。
 眠る貴方は、気づかない。
 私は多分、死んじゃうけど。
 貴方の命より、私の命はずっとずっと短いだろうけど。
 今だけは、この瞬間ぐらいは、貴方の寂しさを紛らわす事ができますか?

 
 
 
 
 
 ねぇ、ルック君、知ってる?
 ウサギは、寂しいと死んじゃうんだよ?
 
 
 
 

------------------------------------------------------------------------------------
 あとがき&やおい話。
 っつーわけで山なし落ちなし意味なし(;´Д`)
 ラストのシーンが書きたいがあまりに、かなり意味不明(笑
 相変わらずゆずる様に触発されとります。
 こちら↓の「日なた」がモデルです。二次創作の二次創作って……三次創作?
 
 あと、ルック君と呼ばせたのは、3の壁新聞を見て、今回は公式設定を使ってみたり。
 そのうち、壁新聞ネタで書こうかな。――てか、書く(笑
 次回にはライフェリばれんたいものをうpしたいなぁ、と。ちと時期外れになりそうですが。
------------------------------------------------------------------------------------

←二次創作置き場へ