所詮は機械、と言ってしまえばそれまでかもしれない。
 嘘をつく事のない、恐怖で震え上がりそうなほどに主人に従順な、機械でできた大きな大きな鉄人形。
 
 その身に纏うのは人の皮。
 その身体を流れるのは幾億の電気とオイル。
 その骨を作るのは無骨にして繊細な、無機質な金属。
 
 己は人のために。己は主人のために。
 ただ従う事のみに執着する、哀れな機械人形。
 見捨てぬ事を厭わず。見捨てられる事を厭わず。
 ただ、己のためだけに主人に付き従う。
 主のどんな命令にも背かない事こそが、彼女達にとっての唯一の自由。
 
 

 自由にさせてやりたいと思った。もっと生かせてやりたいと思った。
 人に従う事でしか生きられるのならば、いっその事、世界中の、あるいは全てのGの人間が最後の一人まで居なくなるまで、生かしてやりたいと思った。
 
 
 
 
 
 こんなにも老い先の短い男ではなく。
 
 こんなにも従いがいのない男ではなく。
 
 もっと、従うべき主人に就かせてやりたいと、心から願っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
人の願い 人形の夢

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 街へ散歩に行く、と唐突もなく言い出したのは、自分の主人である大城・至。無駄が嫌いな彼にとって、それはとても稀有な事である。
 
 
 
 秋が終わりに近づき、もうすぐ冬が来る。
 
 
 
 街に鳴り響く音楽はクリスマスソング一色になり、子供は真っ赤な服の老人がプレゼントを抱えてやってくる事を期待し、大人達は祝う気もない稀代の聖人君子の聖誕祭に格好つけてやりたい放題である。
 イエス・キリストの聖誕祭――否、祝い事の際にケーキを食べるなどと一体誰が決めたのだろう。少し考えれば、それが菓子業界の謀略だということに気づくはずなのに、人々はあえてその風習に逆らおうとしていないような感じがする。ただ単に、人間と言う種族――中でも日本人と言う名の人種が、何かにつけて馬鹿騒ぎをするのが好きなだけなのかもしれないが。
 
 
 
 サングラスをかけた黒スーツ姿の白髪の青年、大城・至は不自由な足を右手の鉄杖で支えながら、杖の先端をコンクリートに打ちつけながら街中をゆっくりと闊歩していた。
 
 彼の傍らには、奇妙な雰囲気を纏った銀髪の少女が一人、付き添っている。空から舞い散る雪が、己の主人に当らぬようにと大きな傘を広げ、至の歩調に合わせて彼の隣を静かに歩く。彼女の纏う衣装は、コスチュームプレイの一種かと人々を勘違いさせるが如く、見事なまでのメイド服。
 
 鉄杖を突いた黒スーツの青年と、銀髪のメイド少女が雪の街を歩く。
 
 
 
「寒いな。この殺人的な寒さはどうにかならんのか――何をおもむろに抱きつこうとしている馬鹿人形」
「Tes.、それが至様の要求ですので」
 
 さきほどまで広げた傘は一体何処へやら。両手を広げて自分の方へ向かってくるSfを、至は鉄杖を突いて器用に躱す。
 両手を広げたまま、心底不思議そうな表情を浮かべたSfが、首をかしげながら言葉を続ける。
 
 
 
「現在、排熱モードに移行しましたので、私の表面温度は使い捨てカイロと同等になっております。控えめに見ても暖かいと思われます」
 
 言いつつ、Sfは隙を突いたようにそのまま至に抱きついた。
 
 スーツの上から伝わってくる彼女の温度は、たしかに暖かい。
 
 たしかに暖かくはあるのだが――。
 
 
 
「お前には恥や外聞がないのか馬鹿人形。ついでに言うと歩きにくい、非常に」
「Tes.、どちらも不要なものですので。歩きにくいのならば、これでどうでしょう」
 
 
 
 一度、至から離れ、Sfは自分の両腕を空いている彼の左腕に絡ませると、その左腕を自分の身体で包み込むように抱きしめ、そのまま寄り添うように身を寄せた。
 至は自分よりも頭一つ分は小さいSfを見下ろすように一瞥すると、言っても無駄か、と嘆息する。
 
 常人の数倍はあるはずの鋼鉄の身体をより掛からせられているはずなのに、彼女の重みを少しも感じられないのは、さすが独逸製の成せる業、とでも言ったところか。これと言って歩きづらいと言うわけでもないし、ちょうどいい体温で寒さも軽減されているのは事実だ。
 
 
 
 
 
 たまには悪くない、と考えてしまうのは、“今日”が“今日”であるが故か。
 周囲からもはっきりと見て取れるほどに盛大に嘆息し、至は鉄杖をついて歩行を再開する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 この少女が自分の傍に仕えるようになって、いったい何年の時が過ぎ去っただろうか。
 
 初めて会った時から苦手で。
 
 
 
 
 その一年後も苦手なままで。
 
 その一年後も、そのまた一年後も、さらにまた一年後も。
 
 そのずっと先も、自分は彼女が苦手であり続けるだろう。
 
 いつ何時、如何なる時であっても、自分の傍らには彼女が、彼女の傍らには自分がいる。
 
 それはもう、揺るぎようのない事実であり、必然である。
 
 
 
 どんな命令にも従い。
 どんな要求にも応じ。
 疑似人格すらも持たぬ機械のように無機質かと思えば、人格を持つはずの人間よりも人間的で。
 従順なのか、従順ではないのか。そのどちらとも取れない不可思議な言動と行動を繰り返すこの機械人形に、何度心を救われたか。
 
 
 
 けして口には出さぬが、自分の心はずっとずっと、この少女に救われ続けてきたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お前は馬鹿だな」
 
 不意に、至は唐突もなく呟いた。
 Sfは何を言われているのか思案し、経験から独自の判断を下す。
 
「Tes.、好意の言葉と判断します」
 
 
 
「……どこをどうとったらそうなるのかと、果てしなく疑問なのだが」
 
「Tes.、日本には“愛情の裏返し”と言う独特の文化があります」
 
 
 
 この人形は、と至は心の中で毒づく。
 
 
 
 どうしてこうも、腹立たしいほどのポジティブでプラス思考の持ち主なのだといつもながらに思う。嘘をつく必要もなければ、誤魔化しをする理由もなく、ひどく人を食ったような反応を示すかの機械人形の行為を、時折分かっていてやっているのではないかと疑ってしまう。
 そんなはずはないと確信があるのだが、どうもそんな風に感じてしまうのは、自分が彼女にそうであってほしいと願うからなのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
「つくづく変わった自動人形だな、お前は」
 
「意味が分かりかねます」
 
「分からんでいいさ」
 
 心底不思議そうに首をかしげるSfに、至は苦笑。
 彼女から左腕を離そうとそこに力を込めれば、まるで何の力も加えられていなかったかのように離れた。
 自然に伸びた左手がSfの頭をそっと撫でる。情緒不安定だなと思考しながら、至は久々に触れる彼女の頭を、その感触を楽しむかのように撫で回す。
 
 
 
「Tes.、理由は分かりませんが、お褒めの言葉として受け取っておきます」
 
 そうか、と短く答え、至はSfの頭から手を下ろす。
 
 あ、と短く聞こえた呟きは、やけに淋しそうに至の耳に届いた。見れば、無表情なはずの彼女の表情は、どこか残念そうに見える。
 
 脳内に浮かぶのは、声にならぬ、果てしなく短い疑問詞。でも、それはけして彼女に問いかけるようなことはない。
 至は黙って、もう一度、彼女の頭に己が手のひらを乗せる。
 
 ふと、至の視界に映りこむものがあった。
 あれが、今日の目的地。
 
 至はSfの頭から手を離し、呟く。
 
 
 
 
「Sf」
「はい、なんでしょう」
 
「ここで、俺が戻って来るまで待て」
「――――――Tes.、了解しました」
 
 
 
 
 思案し、躊躇したような様子を見せてから、Sfは小さく頷いて、己の主人の命に従った。
 杖を突いて、透明張りの自動ドアを開いて店の中に消えて行く至を確認。ガラス張りのウィンドゥに囲まれた店内では、視覚からも体内に装備されたレーダーからも、至をロストする事はない。
 
 店内で何か買い物をしているような様子を見せる至を視界に捕らえつつ、Sfは己の主人の命令通りに、その場に佇んでいる。自分が立っているのは道の真ん中で、歩道を歩く人々にとっては至極邪魔な存在であると言う事は認識しているのだが、今の自分が最も優先するべきは“ここ”で待っていろと言った、至の命である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 透明なウィンドゥの向こうに居る己が主人を眺めながら、Sfは思考する。
 
 
 
 もしも、だ。
 
 
 
 あの店に裏口があって、そのまま至が居なくなり、自分が至を把握しておくことができる半径100メートルを超え、彼をロストしてしまっても、それでも自分はここでずっと待ち続けるのだろうか。
 主人の命令通りに待っておく、とは思う。至が敵に襲われるとすれば別であろうが、自ら自分の探知可能範囲から外れることがあれば、自分はいったいどんな行為に出るのだろう。
 
 大城・至を主人とし、彼と同じ日に機能が停止するように設定され、実際に彼と出会ってから十余年。
 ただ一つだけ、予測不可能な事は、いつ何時起こってもおかしくないような些細な事。
 けれども、その些細な事だけが、感情を持たぬはずの自分が、まるで感情を持っているかのように覚えずには居られない、唯一の恐怖。
 
 
 
 そして、Sfは、なぜそんなことを考えるのかと思考する。
 
 
 
 普通の自動人形は、主人に絶対的な信頼を持つはずだ。
 万が一、己の主人に裏切られようとも、捨てられようとも、蔑まれようとも、それが主人の望みならば、我らは喜んでそれを成すはずだ。主人の命に従うことこそが至上の喜びであり、我ら自動人形に許された唯一の自由である。そのはずなのに――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 Sfは、大城・至と言う人間に見捨てられる事に、心のどこかで恐怖を覚えていることを自覚する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 だが、それはあくまでも杞憂に終わった。
 時間にして、二十三分三十七秒ほどか。程無くして戻って来た至の左手には、プレゼント用と思われるピンク色の包装紙に包まれた、両手に収まるほど小さい箱状の物体が握られていた。
 
 
 
「ほれ」
 
 
 
 呟き、至は左手に握ったそれをSfに向かって投げて寄越した。だが放物線を描いて飛来するその軌道はSfからわずかに右にずれ、傍らにあったゴミ箱へと向かってゆく。
 速度は遅い。自動人形の能力を持ってすれば、手を伸ばして受け取ることなど造作もない。
 
 しかし、Sfはそれを見送り、ピンク色の小さな箱はゴミ箱の隅に命中。
 ゴミ箱の中に入る事はなかったものの、わずかに跳ね返ったピンク色の小さな箱は、万有引力の法則に従って、そのままコンクリートの地面に落下する。
 
 
 
 
 
 
 
 
「――至様が買った物をすぐ捨てると言う浪費癖の持ち主とは知りませんでした」
 
「俺がそんな悪癖を持つか、馬鹿が!」
 
 
 
 わずかに訪れた微妙な沈黙の後、呟くように言ったSfに叫び返すと、至は鉄杖を突いてSfの傍らへと移動。拾い上げた小さな箱を、受け取れ、と不機嫌そうに言って、Sfに手渡す。
 今度こそ受け取り、Sfは自分の両手に収まった小さな箱を一瞥。至の顔を見上げ、
 
「重量、熱量等から総合的に判断して、中身は貴金属の指輪と判断します。――至様からの私へのプロポーズとお見受けします、いやっほぅ」
 
「馬――」鹿か貴様は、と言おうとして、至は直前で口を噤んだ。わずかに思案した後、一瞬だけ不適ににやりと微笑むと、彼はいつもの無表情で言い放った。
 
 
 
 
「好きに考えろ」
 
 
 
 
 己の主人からの思いもよらぬ返答に、Sfの思考回路が一瞬だけ停止した。停止から再起動までの時間はほんの刹那にも満たないものだったが、彼女の機能を一瞬たりとて停止させたのは、これが最初で最後であろう。
 
 胸にぽつりと浮かぶ、とても小さな感情を、喜びだと彼女が理解できるのは、いったいいつの事になるだろうか。
 
 
 
「至様――」
「お前にやる、好きにしろ」
 
 
 
 見上げた至の表情からは、彼がどんな感情を抱いているのかは分からない。己の機能を使って、彼の心拍状況や体温や汗の状態を調べ、今まで蓄積してきたデータと照らし合わせれば一瞬で判断できるにはできただろうが、なぜかそれはしてはいけないような気がした。
 
 テスタメントと応え、その場でSfは紙を破くことなく器用に包装を解き、中から出てきた紺色の小さな箱を開いた。
 
 
 
 
 
 箱の中心には、細かい装飾の施された白銀の指輪に、1カラット弱の蒼い宝石が鎮座していた。宝石の名はアウイナイト。宝石コレクターの間では青い宝石の中で最も美しいと評されるドイツの宝石である。ドイツ国内の一部でしか発掘されない上、その発掘すら困難で希少価値が高く、しっかりとカットされたものならば0.1カラットを超えただけでも高価な代物だ。しかも、世界一の宝石加工と評され、ドイツのカットと言うだけで通常の値の二倍はつくとされるドイツカットによる精巧なカッティングが施されており、おそらく、市場価格では100万円すら軽く超えるだろう。
 
 
 空き箱は几帳面に折り畳まれた包装紙とともにエプロンのポケットへ。
 
 
 街の灯を反射させて、白銀と蒼にきらきらと輝くその指輪をしげしげと眺めると、Sfは己の指にそれを嵌めた。
 
 
 
 
「Tes.、左手の薬指につけておきます」
 
 
 
 
 左手の薬指にわざわざつけるのではない。指輪のサイズが自分の左手の薬指に“たまたま”ぴったりと合ったために、そこへ嵌めただけの事。“I.O for Sein Frau”と指輪の内側に刻まれていたのは、気のせいなのかそうではないのか。
 自分の視線から顔をそらせた至が、無言のままSfに向かって左腕を差し出す。
 主人の意図を理解し、己の両腕を、さきほどと同じように主人の左腕に絡ませて身を寄せる。
 
 
 
 Sfが大城・至と出会ってから、今日でちょうど十年。
 
 
 
 クリスマス・イヴまでは、残り一ヶ月。
 
 
 
 全竜交渉は、まだ続いている。
 
 
 
 自らの死が先か。Low−Gが滅ぶのが先か。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 願わくば、この馬鹿で愚かな鉄人形と、最後の刹那まで共に在らん事を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 -next?-
 
 
 
 
 

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 あとがき。
 大変長らくお待たせしましたMy後輩(;´Д`)
 なんか、書けば書くほどキャラが違ってくるような気がしてどうしたものかと……_| ̄|○
 まあ、なんとか原作のイメージは残せた……と、思いたい(汗
 ともかくセリフ回しは原作っぽくなったかと……。
 次はライフェリかトリコロかぁ、と……(汗
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