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大人だからって、それらしく振る舞う必要なんかない。 不器用だっていい。ゆっくりでもいい。 誰かに指を差して笑われても、それはそれでいいかもしれない。 幼い恋をしよう。 初々しく愛を語らおう。 子供のように無邪気に笑おう。 初めてのようなキスをしよう。 愛するなんて言わない。 傍にいるのが嬉しいから。 好きになればいい。 ただ、あなたを。 でも、あなたがいないと寂しいから。 少しだけ我侭になってもいいですか? その日、雪が降った。 しかも、かなりの量が。 そろそろ春の兆しが見え隠れする晩冬。アーリア地方に降り注いだ雪は、村の至る場所を季節外れとも思えるほどに真っ白に染めてあげていた。 基本的に、アーリア周辺に雪が降る事は比較的珍しい。元々温暖な気候であったし、今年は雪が見れないのだと大半の者が諦めていた。 正直、冬などもう一週間も前に終わってしまったかと思っていた。外に出ようとしない者達は、きっと少しずつ上がり始めた気温に油断してコート類を押し入れの奥深くにでもしまってしまったのだろう。 けれども、そんな事は子供達にとって少しも問題ではない。終わる様子の見せない――むしろ、これから再び始まろうとするかのような不意打ち的な冬の到来に、寒さに身を震わせて冬眠する小動物であるが如く家に篭っていた子供達が一斉に活気付いた。 聖域のように広がる雪の上に自分の足跡を付けようと、幼子達が我先にと村中を駆け回る。子供達にせがまれ、あるいは自ら先導する男どもが、巨大なスコップを片手に雪を積み上げて行く。どちらか子供か分かったものではない。 家から出ようとせず、玄関口から手袋を片手に叫ぶ主婦の声が聞こえる。冬用のジャケットを出すのが面倒で、せめてもと子供に大き目のTシャツを重ね着させようとする主婦が走り回っている。 そして、チサト・マディソンは真紅の髪を風に靡かせて神護の森に佇んでいた。 かつては――半年前までは短かった髪も腰に届くまで長く伸ばされ、前髪は邪魔にならぬようにカチューシャで止められて額を見せている。ロングスカート姿の上からダッフルのコートを着込み、手には花束が一つ。 「ディアスの馬鹿」 そう呟いて、チサトは雪にまみれた墓標の前に、自分の髪と同じ色をした真紅の花束を供えた。生前、セシル・フラックが好きだったそうだ、この真っ赤な花が。 両手を合わせ、彼女はフラック家の墓標に向かって深々と一礼する。 両手を合わせながら、彼女は思う。 彼はいつ戻ってくるのだろう、と。 彼の――ディアス・フラックの放浪癖が今に始まった事ではない事は一番目か二番目ぐらいによく知っている。最近は少し落ち着いてきたのか、長くても一週間ほどだったが、今回は一ヶ月前に出て行ったきりだ。毎月欠かさずに行なっていた墓参りのすぐ後に旅立ち、帰ってこないまま今日を迎えた。 彼が約束を破るような男ではない事も、自分が一度も約束を破られた事がないのをチサトは知っている。 冬が終わるまでには帰る。 ディアス・フラックはそう言っていた。 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。 心の中で繰り返す。 虚しくて、切なくて、凄く、寂しい。 言ってやりたい事は山ほどある。 あのすました横っ面を一発や二発、殴ってやってもいい。 だから。 だから、さ。 お願いだから。早く戻ってきてよ、馬鹿。 ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、寂しいんだから、さ。 頭の中で、義妹の言葉が蘇る。 “いつまで待たせるつもりなの? チサトさんは、ディアスの事をずっと待ってるんだよ。 あなたの言葉を、声を、気持ちを。 そろそろ、あなたから何かしてあげてもいいんじゃない?” 他人事だと思って……簡単に言う。 そう思い。けれでも彼女に言われた事は紛れもない事実で。 正直、どうすればいいのか分からないでいる。 彼女は――チサト・マディソンは、まだ自分の恋人ではない。 告白もしていないし、まだ口付けの一つも交した事がない。 お互いに近くに居る。ただ、それだけ。 口下手で、暗くて、自分に、一体何ができるというのだろう? 考え事をしながらうろつくのも、いい加減飽きてきた。 そろそろ帰らないと、一ヶ月も経ってしまう。 墓参りにも、そろそろ行かなければならないはずだ。 どうせ、ろくに考える事も出来ないほど、自分は不器用なのだ。 ならいっそのこと、ストレートに言ってしまえばいい。 結論から、率直に。 手順なんか、全部すっ飛ばして。 さて、帰るか。 そう思い、立ち上がり掛けた、その時。 遠くから、足音。 見ないでも、誰だか分かった。 確信を持ちながら、彼女は足音のほうへと目を向ける。 足を雪に取られながら、どこか不器用に歩いてくる見慣れた長身。青い色をした長髪が揺れ、手には大きな花束を一つ抱えている。 ディアス・フラックはチサトを一瞥して少しだけバツの悪そうに口元を歪めると、苦笑しながら言った。 「……今、戻った……」 この馬鹿、とチサトは言った。清楚な見た目とは裏腹に声を荒げ、ディアスを一喝する。小さく、すまない、と呟く彼に、チサトは盛大に嘆息した。 言いたい事は山ほどあった。 どうしてこんなに遅かったのか。 今まで何処で何をしていたのか。 寂しかったよ、ディアス。 「何が“今、戻った”よ。他に言う事あるでしょ」 心の中の想いとは裏腹に、口を紡いで出た言葉と顔に浮かんだ態度は粗雑なものだった。不機嫌そうに半眼でディアスを睨み付け、彼女はぼりぼりと後ろ頭を掻いた。頭の上に降り積もった雪を両手で払い、チサトはディアスを真っ向から見つめた。 「すまない……これほど遅くなるつもりは――」 「そうじゃなくて」 少し強い調子で言って、チサトはディアスの言葉を遮った。 にっこりと悪戯っぽく笑い、彼女は嬉しそうに言う。 「帰ってきた時は、何て言うの?」 きょとんとして、ディアスはチサトを見つめた。 少し間を空け、そして彼女の言いたい事をようやく察して、ディアスは苦笑混じりに微笑んだ。 顔を見合わせ、笑う。 「そうだ。お前に、土産がある」 「……御土産?」 家族の墓標に花束を供え、突然思い出したかのように言うディアス。ごそごそとポケットを探る彼に、チサトは少しばかり首を傾げて問い掛ける。 ――あぁ、あった。 呟き、ディアスはポケットから拳を取り出す。握り締めた右手の中を見せようとしないまま、彼はチサトの手を取った。彼女の瞳を覗き込み、正直に“綺麗だ”と思ってしまうが、ディアスはその事をけして口にはしない。 無表情のまま、言い放つ。 「実を言うと、遅れた理由の大半は“これ”なんだが……よかったら受け取って欲しい」 答えを待つまでもなく、彼は右手を開いた。 握り締められた左手。手袋が、そっと外される。 右手の親指と人差し指に挟まれた小さな銀の輪 小さな銀の輪が、ゆっくりと通された。 冷たい金属の感触。光を反射する透明な石。 通されたのは薬指。 触れ合った手が、熱いぐらいに暖かい。 「え、あ、ちょっ、ふえっ!? ちょっと、えあっ!?」 ディアスからプレゼントを貰った事など、よく考えればこれが初めてだ。 こんな恋人同士が送り合うようなものを、まさか彼からもらえるとは思っていなかった。 嬉しい。 「結婚しよう、チサト」 正直、何を言っているの分からなかった。 嬉しさと照れくささと夢でも見ているような困惑とが合わさって、彼女の頭の中は完全にパニック状態と化していた。 混乱する自制し、彼女は一言だけ言葉を絞り出す。 「……順序飛ばし過ぎてない?」 恋人同士でもない。 一緒に暮らしていなければ、キスをした事もない。 それなのに、この男は何を言った? 結婚しよう、だと? 「気にするな」 そう言われてしまえば、身も蓋もない。 どう応えるべきか。それが一番の問題だ。 恋人ならともかく――というわけでもないが――結婚は一生ものである。 そんなもの二つ返事でどうにか決められるわけ…… あるかもしれないと思う自分は、実はかなりの馬鹿なのだろうか。 目の前の彼の瞳が、今すぐ結論を出せと物語っていた。 何と言っていいものか。 悩むチサトの頭上から、ディアスの容赦の無い言葉が浴びせられる。 「俺では、駄目か?」 「………………そーゆーわけじゃ……ないけど……」 「なら、問題ない」 そういった彼の顔には、なぜか勝ち誇った様な笑みが浮かんでいた。 二週間経って、季節外れの雪は再びアーリアに降り注いだ。 純白のドレスを纏った真紅の髪の女性を、ガラにもなく照れてしまった蒼い髪の男を祝福するかのように、雪は降っていた。 しんしんと。 しんしんと。 雪は降っていた。 おめでとう、お兄ちゃん。 ありがとう、チサトさん。 幸せにね、ずっとずっと。 私の分まで、頑張ってね。 声が聞こえる。 ここではない何処からか。 誰かが言った。 微笑んで。 ハッピー・ウエディング、と。 ------------------------------------------------------------------------------------ あとがき&………… つーわけで、ゆずる大尉様からの4000HITリクで、SO2よりディアチサでしたぁ〜。 素晴らしい展開の早さと、暴走ディアスが本領発揮(笑 ちょっと手法を変えてみたんですが、どうでしょう? ……あんまし変わってない? むしろ、分かりにくい? ご、ごめんなさい(;´Д`) 次回にはゆずる大尉様に「日なた(ゆずる大尉様作)」の絵から思いついたるくびき駄文をうpするかと。 ライフェリ&違うカップルも書きたいねえ、ホント。 ------------------------------------------------------------------------------------ ←二次創作置き場へ |