秘密遊戯


「おい、起きろ長っ鼻」



ゴツン、と後頭部に衝撃を食らって、ソファでうたた寝していたウソップは、いきなり眠りの国から引き摺り戻された。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
驚きと休息を妨害された不快感とで、咄嗟に返す言葉もなく口をパクパクさせる。
痛む頭をさすりさすり見やれば、カンテラの明かりを背に受けたサンジが、薄暗い船室の中、おぼろげな影を伸ばして佇んでいた。
「サンジ!てめぇ、いま膝蹴りかましやがったな!おれサマのこの偉大なる頭脳が、ルフィ並にパーになったらどーしてくれるんだテメェはよ!!」
「キャンキャンうるせぇ。せっかく人が、退屈な夜長を紛らわせるオモシロイもん見せてやろうと思ったってのに。なぁんて言い草だ」
とんとん、と革靴の先で床を叩きつつ、サンジは不機嫌そうに煙草をふかす。
オモシロイこと、と言われて、好奇心旺盛なウソップが反応しないわけがない。
実のところ、暇を持て余していやいやながら惰眠を貪っていたくらいだ。造作の派手な大きな瞳が、俄然、期待にキラキラと輝き始めた。
「オモシロイこと?なんだか分からねぇけど、のったぞ!いやー、なんか今夜は暑苦しくってさー、眠りが浅くてクサクサしてたところなんだー」
扱いやすさとノリの良さは、麦藁帽子の船長と変わらない。この船の17歳コンビの単純さは折り紙付きなのだ。
予想通りの答えを返す年少者にほくそえみながら、サンジは短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。
「んじゃ、ついて来いよ。モノは見てのお楽しみってやつだ」
「あ、でもチョッパーは?起こしてやらないでいいのか?」
ふかふかクッションを幾つも重ねたすぐ隣のソファには、タオルケットにくるまったチビトナカイが、すぴすぴと寝息も可愛く眠りこけていたが。
「……まだそいつにゃ早いだろ。起こさねぇようにそっと来い。まあ、いっぺん寝付いたら朝まで起きそうにない勢いで眠ってるがな」
「―――お?なんだなんだ、お子様抜きだなんてえらくもったいぶってンなぁ。期待ハズレだったら怒ンぞ、この」
声を潜めて、抜き足差し足でサンジの隣にやってきたウソップに、金髪碧眼の洒落者コックはふん、と鼻先で笑った。
「期待ハズレじゃねぇことだけは、保証してやるよ」






海からの風は強いが、甲板も船室と変わらず暑い。夏気候真っ盛りの熱帯夜だった。
光源のない海のど真ん中。虚空からは満天星が、光を遮られる事なく存分に輝きを放っている。
まさか、男二人で星空見物としゃれこもうとでも言うのだろうか?
真夏の夜に、ある意味、寒くなれるシチュエーションではあるが……。
そういえばルフィとゾロはどうしたろう、さっき見た時、男部屋には居なかったようだ。
そんなことを考えているウソップにお構いなく、サンジはすたすたと船尾に向かって歩いていく。
「おい、どこまで行く気だ?」
「シッ」
人差し指を口元に立てて、沈黙を命じられ、ウソップは慌てて両手で、ぽっちゃりと厚めな唇を覆った。
「???」
目線で疑問符を飛び交わせるウソップに、サンジはくい、と顎をしゃくって、船尾に上がる階段を示した。
キッチンを兼ねた操舵室の外壁に身を寄せながら、船尾に近づくと、波の音に混じって、何やら忙しない誰かの息遣いが聞こえた。
最初ウソップは、トレーニング中毒のゾロが、夜中にも関わらず、また無茶な体力メニューに励んでいるのかと思った。
だが、すぐにそんな日常的な営みでは無い事に気付いた。


「ハッ……、はぁ……、ウぅん……っ」


ゾロのじゃない、もっと甲高く、甘ったるい声。

壁際からそっと覗き見ると、自分達に背を向ける格好で、ゾロが板張りをいざるように両膝をついていた。
そのわき腹を下から挟み込んでいる、骨ばって細い二本の素足。
ルフィの足だった。
ゾロの背中が揺らめくたびに、ぴくん、ぴくんと切なそうに膝を震わせていた。


こんな夜中に、あんな密着して。奴ら、プロレスごっこでもやってんのか。
……そんな空々しい冗談は、口にできなかった。


一瞬ザーッ、と血の気を引かせ、次いで急速に茹であがって、顔を赤く染めながらウソップが振り返ると、サンジはシニカルな笑みを浮かべ、
「他人がヤッてるトコ見るのは、ハジメてか?」
そう、囁いた。

―――この野郎、涼しい顔して何言ってやがる。なんでおれをこんなトコに連れてきたんだ、何なんだコレは。どういうつもりだ!?

言いたい言葉は山のようにあったが、どれ一つとして、まともに口をついては出ず。
混乱するウソップに、サンジは眉をひょいと上げて肩をすくめ、
(見ねぇのか?)
目が雄弁にそう言っていた。
こんな面白い見物は他に無いだろ、とでも言わんばかりだ。

見るのはハジメてかって。ヤッたことすらねぇのに、どうしろってんだこの状況を!

正直、逃げ出したかった。あの蒸れて暑苦しい船底の部屋に戻って、だるい、うざいとうめきながら、さっさと眠ってしまいたかった。何も見なかったことにして。
だけどサンジが、目で。
この程度のことでビビるなよ、そう嘲るように人を見るから。
ウソップは、回れ右して逃げる事ができなかった。



ゾロは、ズボンの前だけをくつろげた格好で、他は着衣を乱すことなく挑んでいた。
男の太い腕に抱え上げられたルフィの足は剥き出しで、ジーンズがすぐそばに脱ぎ捨てられている。
前を全開にした赤い上着が、まるでもがれかかった羽のように、申し訳程度、肘に引っかかって揺れていた。
頼りなく、ゆらゆらと。
緩く前後するゾロの腰の動きに合わせて、ルフィの尻の奥で赤黒いモノが見え隠れしている。
入ってる。あからさまにそう思った。
体液がもつれる湿った音さえ聞こえそうな、そんな至近距離に自分が居る事にゾッとした。
壁際に身を潜めているとはいえ、ゾロが振り返れば一発でバレてしまう位置。
しかし、一心不乱に腰を振るゾロには、周囲を窺う余裕は無いようだった。
ルフィはといえば、小刻みに揺すぶられ、男のものを受け入れる事にただ没頭している。のけぞった顎に、月の光が淡く振りかかって、艶めかしい色に染まっていた。

ごくり、と自分が唾を飲み込む音が、
やけにリアルに、ウソップには聞こえた。

「ふっ、ふぁ……っ、あぁ、くぅん……!」
 ゾロのものに、不意にリズムを乱して突き上げられ、ルフィの声が一層、悲壮さを増した。
床をさまよっていた手が背に回り、ぎゅっと白シャツの端を握り締める。
はっ、はぁ、と忙しないゾロの息遣いに、押し殺して掠れた低い声が混じりだす。

「…っ、……く、―――…フィ…………」

身を屈め、赤く染まった耳元にゾロが何事か囁くと、宙を掻いていた細い足首がぴんと力んで、痛ましげに足指が反り返った。
踏ん張ったルフィの奥を、狙ったように強引にゾロが掻き乱す。
「……あ、あ、あっ!」
がくがくっと大きく頭がブレて、切れ切れの悲鳴が闇をつんざく。
男の動きに合わせて、小振りの尻が円を描くように踊った。
こいつら、はじめてじゃないのか、と、今更ながらウソップは息を呑む。
抱いているゾロはともかく、ルフィの反応には、異物を捻じ込まれることを嫌がり、それを拒否するという素振りがない。
許容して、歓喜している。
感じることを教え込まれた、乱れることを知った身体、だった。
犯されながら、昼のあどけなさとは想像もつかない顔をしていた。

「あっ、ゾロ、ぞろっ、も、もう……っ」
「もう?……なんだ、―――…ん?」
息を弾ませたルフィが呼びかけるのに、ゾロは律動を静めもせず、緩やかに追い上げるように深く刺し貫く。
「も、お願っ……っ、ど、にか……しろ、よっ!……、オカシ…ク、なるぅ……っ」
「く……っ、……いいぜ、お前が望む通りにしてやる……」
半泣きの声でせがむルフィに応じて、ゾロはしなやかな背中をさらに屈めて圧し掛かる。
まるで、獲物の腹に食らい付く肉食獣の姿勢だった。
そうして、血の一滴までも余さず啜られようとしている獲物は、断末魔の叫びを上げて、捕食者のなすままになった。



「………!」
カーッ、と下腹の圧力が高まっていく感覚に、ウソップは反射的に飛び上がりそうになった。
本能的に危機感を察し、それでも頭の端にわずかに残った冷静さで、足音を忍ばせて階段を降り、後は一目散にバスルームに向かって駆け出した。
「おやおや……」
最大限に抑えられ、かつ最大速度で去って行く逃げ足の音を聞きながら、未だ平然とした様子のサンジは、くっ、と口の中だけで笑った。
そうして、ポケットから新しい煙草を取り出すと、終焉に向かって激しく足掻いている二人組に背を向けて歩き出した。




下着が、堪えようのない先走りで幾分湿ってしまったが、どうにか一弾分を漏らす前に目的の場所に辿り着いたウソップは、使用後の便器を覗き込んで、はぁ、と情けない溜め息をついた。
こんなわけのわからない感覚のまま、追われるみたいに吐き出したのは初めてだった。
おかげで今は、いつも以上に腹の奥がだるい。そうして感じているものは、普段の自慰の後の空しさと全然違う。凄まじい背徳感と、味わったことのない心地良さ。
不意に、懐かしく慕わしいカヤの、責めるように咎める様に見つめる眼差しが思い浮かび、そうする理由も必要もないのに、律儀にゴメンと小声で呟いた。
飛沫で汚れた手をしつこいくらいしっかりと洗い、もの憂げなけだるさと共にバスルームの外へ出ると、一体いつからそうしていたのか、入り口のドアに寄りかかって一服しているサンジと目が合った。
何故かものすごく腹立たしかった。
「……アイツらは」
不機嫌を目ェいっぱい滲ませた低い声で問うと、
「休憩中。やつら、たいがい一回じゃ終わンねぇんだ」
「……っ!おめぇ、どーいうつもりなんだよっ!」
襟首を掴んで、がっ、とドアに押し付ける。
「どうって……出歯亀なんてなぁ、ひとりでやったらただのヘンタイだろが」
「だからっておれを巻き込むなっっ!」
二人でやったところで、コトの悪辣さは変わらないだろうに。
「でも楽しめたろ?一発抜けるくらいにはよ」
「〜〜〜〜っっ!……っ!!」
怒りと羞恥と情けなさと、とにかくもう色んな感情がごった煮に乱れている頭の中はドロドロで、ウソップは目尻に涙を滲ませながら、サンジを睨み続けた。
「いったい、いつからなんだよ!」
「ああ?俺だってそんな何回も現場に出くわしてるわけじゃないぜ?そうだな、今日ので三回目か」
上等な遭遇率じゃねぇか!とウソップは腹の底で怒鳴った。目眩で倒れそうになった。
「そうじゃねぇよ、あいつらだよ!いつから、あ、あんな、ふうに……」
もごもごと言葉を濁らせるウソップに、サンジはおいおい、と苦笑をこぼす。
「てめえも見て聞いて知ってるじゃねえかよ、あのクソ剣豪のこっ恥ずかしい告白シーンをよ。あれで気がついてなかったのか?」


――――俺はもう、二度と負けねェから!!
文句あるか、海賊王――――


「まさか……あの頃から、もう……っ?」
思わずウソップは頭を抱える。
「まぁ、一線越えちまったのは、それからしばらくたってからみてぇだがなー」
おもむろに紫煙を吐き出して、記憶の淵からこちら側へと視点を戻したサンジだった。
「うっそだろぉ〜〜〜」
壁に寄りかかって、ずるずると床に沈んだウソップを追い、サンジも戸口に凭れてしゃがみ込む。
「ったくよぉ……。明日っからどんな顔してアイツらに会えばいいんだよ……」
「どうもしねぇだろ?やってるトコも、見てればそのうち慣れてくるさ」
「慣れるほど見たくもないわ!!」
冗談にムキになって答えるサマが可笑しくて、サンジは吸い口のフィルターを噛み潰して笑った。
「だけどよ、人はみかけによらねぇよなぁ?マリモ頭は、最初っからムッツリの気がありそうだったが、ルフィはなぁ……。あの小ザルが、あーんな顔してヨがるなんて反則だよな?しかも結構イイ声で啼くんだぜ?」
「っ!」
言われた途端、さっきいやというほど目にした痴態や喘ぎ声を思い出して、止める間もなく股間が正直に反応してしまった。

(ややや、やべェ……っ!)

男同士の絡みを妄想して、嫌悪感を持つならまだしも、アソコに直撃を受けてしまうなんて最悪だ。人生踏み外してる。終わってる。
内心で己を罵倒したところで、雄の生理現象がそうやすやすと収まるわけもなく。

「へえ、元気だな。もうそんなか」
「う、うるせえ、マジマジ見てんじゃねぇ!クソッ」
あたふたと歩きにくそうに、再度ユニットバス内のトイレに向かうウソップの後ろ姿に、サンジはにやりと笑みかけて言った。

「なんなら抜くの、手伝ってやろうか?」
「!…いらねえ世話だよ!……この変態エロコック!!」




背中を容赦無い笑い声に叩かれながら、不本意な二射目突入を余儀なくされたウソップは―――
いったい、この船に自分以外のマトモな人間はいないのかと、信じてもいない神を呪いたい気分になった。

END

※ゾロル。でも深読みするとサンウソ?……※


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