コイノヤマイ

”〜恋の病〜”

”発症は突然、進行は急激”





「ゾロ!島が見えるぞ!」



海軍支部のある島を離れて、どれくらい航行していたのだろう。
いや、正確にはずっと漂流していたのだが。
コンパスの一つすら備え付けてない、波任せ風任せの小船。乗組員はたったのふたり。
船長を自任しているのは、弱冠17歳の痩せっぽっちの少年だ。外見は実年齢よりもずいぶん幼い。
それに対してもう片方は、実際の年齢である19歳より幾分大人びて見える。
足りないところを補い合っている、といえば聞こえが良すぎるかもしれない。この好対照な二人組がチームを結成したのは、わずか数日前のことだ。
もともと、協調しあおうと相手に合わせるような気配りに欠けた者同士だから、役割分担なんてものはハナから存在しない。
ろくに針路展開も帆先の微調整もしないままに、次の寄港先を見つけられたのは、奇跡に近い幸運のなせる業だった。

「なぁなぁ、あの島、なんか旨い食いモンあるかな!?面白いかな!?」

食べ物と冒険さえ与えられれば、それでシアワセという、明快かつお目出度い思考回路を持つ年下のルフィは、眼前にまだかすかな影としてしか見えない行き先に、早くもワクワクと胸をときめかせているようだ。

「さてね。俺はまともな寝床で眠れさえすればどうでもいいが……」

縁に寄りかかって、無造作に長い足を投げ出している年長のゾロは、本来地べただろうがどこだろうがいくらでも眠れる性質だ。
しかし、斧手のモーガンに捕らえられていた間、ずっと窮屈な体勢で縛られていた上、ほとんど休息をしないままに、くだんの島を飛び出したのだ。
蓄積した疲労が、若い肉体に十分かつ良質な眠りを要求していた。

「よし、ゾロ!あの島に向かって全速前進だ!」
「……って俺が漕ぐのかよ!?」

いっぱしに人使いだけは荒い船長は、きししっ、と白い歯を見せて豪快に笑う。
「笑ってねェで、お前も手伝えっ」
文句を言っても、律儀に船長命令には従う姿勢のゾロは、オールを一本ルフィに向かって放り投げた。






島の港に辿り着いたのは、夕暮れが差し迫った時刻だった。
自称海賊団とは言え、まだ手配されるほど有名になっているわけでもなし、海賊旗すらつけていない小さな船は、誰に咎められることもなく港の片隅に停まった。
ゾロは私物の詰まったずだ袋を肩に担いで陸に上がる。
対して、ルフィは荷物らしいものを何一つ持っていない。唯一の持ち物といえば、黒髪の上に収まっている赤いリボンの麦藁帽子、それだけだった。
「身軽だなぁ。そんなんで今まで旅を続けてきたのか?」
「おう!でもオレ、海に出た途端に大渦に巻き込まれて、気がついたら女海賊のとこにいたりしてさ、あんま自分でも旅をしてきたって感じがしないんだよなー」
「……いきあたりばったりって事じゃねェかよ……」
「それってエライのか?」
「偉いわけあるかい」
馬鹿抜かせ、とゾロは口の端を曲げて言い捨てる。
「なあ、やけに人が多くねぇか?何かあるのかな?」
きょろきょろと落ち着きのないルフィは、ゾロの嫌味をさらっと聞き流して、すぐ横を通りがかった若い女に声をかけた。

「ああ、今日は港の向こう側でお祭りがあるんですよ。夜店がたくさん並んで、海に灯篭を流したりするんです」

親切に教えてくれた女性に笑顔で礼を言って、ルフィは目をきらきらさせながらゾロを振り向く。
「祭り!聞いたかゾロ!お祭りだって!」
「おい、それより先に今日の宿をだな……」
しかしルフィは、すでに教えられた方向に向かって駆け出してしまった後だった。
「ルフィ!?てめ、ちっとは人の話聞けよ!……あのばか!」

猪突猛進、そして小ザルはすぐに停まれない。

呑気に標語を詠んでいる場合では無い。あっという間に人込みに紛れたルフィを追うため、、ゾロは舌打ちしながら雑然とした路地に向かった。



さして広くない通りの両側に、天幕を張った屋台がずらりと並んでいる。その間を、川の流れのように人々が行き交っている。
「こいつぁ……難儀だな……」
一瞬、迷子の呼び出しを頼もうかと本気で思ったが、
「いや待てよ、ひとまず食い物屋覗いてみるか……」
まだ短いつきあいだというのに、ルフィの行動パターンをかなり的確に把握できているゾロだった。
案の定、いい匂いの煙が立ち込めた串焼き屋の前で、ゾロは見慣れた麦藁帽子を発見した。
「あ、ゾロ!来んの遅ぇぞ!どこほっつき歩いてたんだよっ」
それはこっちのセリフだ。
「おめぇこそ勝手に突っ走って行くんじゃねえ!……なんだその両手の食いもんの山は」
にこにこと上機嫌のルフィは、たこ焼だの焼き鳥だのフランクフルトだのを交互に頬張りながら至極ご満悦な様子だった。
「ああ、兄さん、この坊やの保護者かい?」
「保護者?」
歳の差なんて、二つしかないっていうのに。
不本意な言われように、ゾロは眉間にシワを刻む。
「お代を払ってくれよ、坊やが買った牛串3本、900ベリー」
屋台の亭主にそう言われ、ゾロはまた別の店を覗きに行こうとしていたルフィの肩を慌てて引っ掴んだ。
「おい、金は?」
「無い!」
使い切った!と胸を張って言うルフィに、ゾロは心底呆れて眉間のシワをさらに深くした。
渋々、財布から紙幣を取り出してひとまず代わりに代金を精算する。
「悪いな〜、一口食う?」
「いらねえよ!」
ぜんぜん悪びれてないルフィは、心置きなくゾロに奢ってもらった分厚い牛肉に被りついた。
「お前、路銀も無しにこの先どうするつもりなんだよ」
「ゾロがいるじゃん。金持ってんだろ?」
「無尽蔵にあるわけねェだろ?人をあてにすんな」
海賊を斬った報酬として得た賞金がまだ残っているので、今のところ懐具合は暖かいが、賞金稼ぎをやめた以上、今後は出費していく一方だ。
先の見通しも金銭感覚も無い、こんないいかげんなヤツが船長で本当にいいのか?
守銭奴の気はないつもりだが、こういうタイプは甘やかすと際限がない。
だからはっきり言ってやった。
「今の分は貸しだからな。後でちゃんと返せよ」
「判った、宝払いで払ってやる!」
「……凄まじくあてにならない話だなそれは」
「あ!ぶどう飴!ゾロ!」
「………」
人の話をまるっきり聞かず、ずらりと並んだきれいな色合いの飴を指差してねだる船長は、自分の要求が聞き入れられることを頭から信じて疑わない。
苦虫を噛んだ顔をしながら、結局は突っぱね切れず、ゾロはルフィの後について屋台巡りをするハメになった。






「いったい幾つのガキだ、てめェは……」

背中を温める適度な重みを背負いなおし、この港町にひとつしかないという宿屋に向かって歩きながら、何回目か数え損ねた溜息をまた深くついたゾロである。
広い背中には、心地良さげに眠り込んだルフィが、そこが定位置とばかりに収まりも良くちょこん、と負ぶわれていた。
食べるだけ食べ、遊びもこなして大いに祭りを満喫し、あげくの果てに眠ってしまったのだ、このお子様は。
ここまで親切にしてやる義理が果たしてあるのだろうか、泣く子も黙る三刀流、元・海賊狩りのロロノア・ゾロが。
元来人を構う性格には生れついていないのに、出会って間も無いこのガキんちょには随分振りまわされている。解せないのは、それをどこかで楽しんでもいるらしい、自分の中の少なくない一部分だった。
「ザマぁねえな」
似合わない子守りのあげくに、宿屋が満室で結局野宿、なんてオチが待ち受けてるんじゃねえだろうな。
苦笑しつつ、迷う余地のない一本道を、ゾロは黙々と歩き続けた。


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