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とたとたと、気の抜けるような足音が響いた。ユキは片眉を顰めて顔を上げる。 仮にも忍者の端くれの揃った場所で、こんな音を立てて歩くのは数が限られている。頭をめぐらせると、それは案の定、ユキ達三人のからかい相手である三人組のひとり、乱太郎だった。 「あれ? ユキちゃん。どうしたの、こんな所で?」 ほわわぁんとした口調は、こういう気分の時には耳障りに思える。ユキは鋭い視線を乱太郎に向け、そして音を立てて顔をそむけた。 こういう時は、無視するに限る。 「さっき、トモミちゃんとおシゲちゃんが探してたよ。心当たりは全部探したのに…って心配してた」 気付くと乱太郎はユキの真隣でちょこんと座り込んでいる。目を釣り上げて威嚇するが、全く気付かない様子でにこにこと笑っている。 ユキは諦めて視線を外した。 「ねぇ。二人とも心配してたんだよ? それで、おシゲちゃんがしんべヱの所に相談に来たんだ。で、わたし達も一緒に探「……のに」 ユキの言葉が聞き取れなかったのか、乱太郎は小首を傾げている。むっとした表情を作ってユキは声を荒げた。 「いつでもお手々つないで〜なんてやってらんないわよ! 探さなくったっていいのに!」 感情の嵐がおさまるのを見計らうようにして、乱太郎はユキの顔を覗き込んだ。 「でも、あれだけ心配そうにしてるんだもん。放っておけないよ」 乱太郎のタイミングは、いつもこうなのだ。 大人を苛立たせたりするのは大の得意だが、同じような年代の人間の感情をやり過ごすのが上手い。ユキもすっかり憤りの行き場を失わせていた。 「ね、何かあったの?」 文句を塞がれるように問われ、ユキは言葉を失った。どうとでもなれ、という気分で口を開く。 「言い争いになったのよ。あたしとトモミちゃんとで。いっつもは中立のおシゲちゃんまでトモミちゃんの肩を持つもんだから…」 それから先は、ギュッと唇を噛み締めて言おうとしない。乱太郎は口許を綻ばせた。 「なぁに、あんた馬鹿にしてんの!?」 ユキの鋭い声に、乱太郎は両手をふるって否定した。 「そんな訳ないじゃない! …わたし達と一緒だな、と思っただけだってば!」 ますます不機嫌になるユキに気付かない様子で、乱太郎は「原因は?」と尋ねた。 「…もう忘れちゃったわよ!」 「やぁっぱり」 あまりの激昂に、震え始める手を押さえるようにして、ユキは乱太郎を見た。ぶらぶらと足を揺らせて隣に座っている乱太郎は、平和そのものに見える。 「わたし達だってよくそういったケンカになるから。…でも、後ですんごく後悔するから」 「あんた達とは違う」と言いかけて、乱太郎の方を向いたユキは、その肩ごしにトモミとおシゲが走ってくるのに気が付いた。二人ともすっかり不安そうな顔になってしまっている。 キュン…と胸が痛んだ。 「ユキちゃん…心配したでしゅ〜。どっこ探しても、見つからなかったから、どこかで怪我してるんじゃないかって心配したでしゅ〜」 抱き着いてきたおシゲをあやしながら、ユキはトモミに目を向けた。バツの悪そうな顔は、恐らくユキ自身と同じなのだろう。 「…ユキちゃん…。私が悪かったわ。何であんなこと言っちゃったんだかは忘れちゃったけど、取りあえず謝っとくわ」 「え!? あ、ううん。あたしの方こそ、何だかひどいこと言っちゃったみたいで……」 おのずと語尾が小さくなる。ふと顔をあげると、乱太郎がにこにこして笑っていた。ユキの心に何かがふつふつとせり上がってきた。 「乱太郎っ! 何ニヤニヤしてんのよ!」 「わぁあ!」 乱太郎は何だかよく分からない悲鳴を上げ、文字どおり飛び上がった。それを目ざとく見つけた者があった。 「いた!」 「見つけたぞ、乱太郎!」 一年は組の担任、土井先生と山田先生だ。乱太郎は「ヤバいっ!」と口の中で叫び、一目散に逃げ出した。 「お前達は宿題を忘れたバツに、掃除をしてるはずだろう!」 「今日と言う今日は逃がさんからな!」 左右から乱太郎に向けて黒い陰が飛び掛かってくる。慌てて乱太郎は逃げ出した。 「観念しろ! もうしんべヱもきり丸もとっ捕まってるんだからな!」 乱太郎の首根っこを掴んで、山田先生が得意げに笑った。 それをユキ達三人は茫然として見送る。 「まったく…お礼を言う暇もないじゃない…」 呆れたユキの声に、おシゲとトモミの笑いが重なった。 「さっ! 次の授業はどこだったっけ?」 「調理室でしゅ〜」 お互いの笑みに、つられて表情が明るくなっていく。 「じゃ、早く行きましょう」 三人は軽やかに走り出した。 ―了―
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