『春と修羅場』木綿

 春だった。
忍術学園の周辺の山々も、ご多分にもれず春だった。
櫻の蕾は膨らみ、山椿の花は開き、地面のあちこちから小さな芽がふいた。
そして、小鳥たちは高らかに唱いはじめる。

一年は組の面々も、そんな新しい季節の訪れを歓迎した。
きり丸は早々に山菜を採りに山に入り、タラの新芽をしこたまゲットした。
絵を描くのがうまい乱太郎は椿を描いた。次に帰省するとき、かあちゃんへの土産にしようと思ったのだ。
喜三太はナメクジのエサにする野菜くずをもらうために、食堂のおばちゃんが管理している菜園のお手伝いをした。
もちろん、同室の金吾はそれにつきあわされた。
団蔵は、シナ先生の白馬の世話を引き受け、その見返りとして休みの日に馬を借りて遠乗りに行く許可を得た。
庄左エ門は、故郷洛北の櫻を思った。
彼らはそれぞれに、それぞれの春を楽しんでいた。
しかし、は組の中で春を一番満喫していたのは、誰であろうしんべヱだった。

しんべヱの鼻炎は、冬の終わり頃から悪化する傾向にあった。
そして、害を被ったのはほかでもない、担任の土井半助だった。
しんべヱの席が教室の最前列であるために、気を抜くと、鼻水が秒速30Mでとんでくるからだった。
しかし、そこは慣れたもの。
そんなことに慣れたくはないと思いつつも、この若い担任は、しんべヱの鼻水攻撃を毎日のようにかろうじてかわしていた。

ある日、土井半助は年度末の出張に行くことになった。
3月も半ば、出張旅費があまったので、消化しなければならなかったのだ。
だいたい、この時期に旅費があまるなんてことは、事務を任された者にとってははなはだ不名誉なことであったが、原因は某小松田くんが計算を誤ったせいで、その程度の誤差で済んだことに吉野先生は胸をなでおろしていた。忍術学園の予算執行も、結構どんぶり勘定といえなくもない。
で、は組の授業を誰がかわってうけ持つかで、教員の間に緊張がはしった。

「もちろん、教職にあるものとして、生徒に分け隔てなく接するのは当然です。」
「しかし、は組を教える自信がわたしにはありません。」
「どうも最近、反射神経がにぶりましてな…。げほげほ」
教師たちはみな逃げ腰だった。
仕方がないので、教科担当の教師全員で、順番に1コマずつは組をうけ持つことで話はまとまった。

そして、犠牲者は続出した。

どう続出したかは、気分が悪くなりそうなので、詳細に書くことはここではひかえよう。
いえ、別に手を抜いてるってわけじゃないのよ。
(と、私語がでちまった。)
気を取り直して…。

そして犠牲者は続出した。
なかなかにゲル状の鼻水を顔面に浴びた精神的ショックは大きいらしく、斜堂先生などは寝込んでしまった。
そうそうたる顔ぶれの忍術学園教科担当教師陣を壊滅状態にまで追い込んだしんべヱの鼻水、恐るべし。
そして害は、実技担当教師陣にまで及ぼうとしていた。
とにかく、誰かがは組の教科を教えなくてはならない。
学園長の庵に集まって先発ピッチャーを決めるべく、今まさにくじを引こうとした
そのとき…。

「土井先生…。」
教師たちはあっけにとられた。
2日後に戻るはずの土井半助が障子を開けて入ってきたからだ。
「いえ、それが、雪崩のせいでどうしても通交不能な道がありまして…。」
照れたように頭を掻く若い教師。
「せっかく派遣していただいたのに、先方までたどり着くことができませんで…。」
「どいせんせぇ!!」
いい中年のおっさんたちが一人の若者を取り囲んでその帰還を喜びあった。
けっこうおかしな情景だった。
教師たちはあらためて、は組の担任をこなしている土井半助の苦労を思い、その偉大さに気が付いた(笑)。
(鼻炎という)春の危機を、春(雪崩)が救ったのだ。
ああ、春よ。なんと異な季節であろうか。

翌日、大木雅之助が学園を訪ねてきた。
「ほれ。なんか、野村が一騒動あったと話していたので持ってきた。」
そういいながら、土井半助に黒っぽい何かを手渡した。
「なんですか?それ…。」
二人を囲み、のぞき込むは組の面々。
「コブシの蕾を開花直前に摘み取って、乾燥させたものじゃ。鼻炎に効能がある。」
「へぇ…。」
感心する子どもたち。
花の蕾などという優しげなもので、しんべヱの筋金入りの鼻炎が完治するとは思えない。それでも多少、症状が軽くなればそれにこしたことはない。
「今年の花はまだじゃがな。これは去年摘んでおいたものだ。」
そう云って、植物の知識が豊富なその元教師は笑った。
「辛夷かぁ…。」
子どもたちは遠くの山を眺めた。
辛夷が咲き出せば、春も本番である。
風がここちよく吹き抜ける。
日差しも心なしか穏やかに感じられた。
「もうすぐ春休みだね。」
乱太郎が云った。
その場にいた全員が、楽しい春の休暇に思いを馳せていた。
 

−了−
注)以上、宮澤賢治の「春と修羅」とは、まったく関係ありません。
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