『手ぬぐい』はるこ

「あのさぁ、乱太郎」
きり丸は寝転んで空を見上げたまま、隣で同じように空を見ている乱太郎に話しかけた。
学園からだいぶ離れた野原。そこにきり丸と乱太郎はいた。校外実地学習中にきり丸が小銭の音につられ、乱太郎を巻き込んでここまで来てしまったのだ。
寝転んだ二人に風は優しく吹いている。
「なあに、きり丸」
乱太郎は風に吹かれる雲を目で追いながらきいた。

「俺達いつか敵同士になってもさ、友だちでいられるかな」
「敵になんかなりっこないよ」
乱太郎は軽く受け流してしまう。
きり丸はそんな乱太郎を横目で見ると、ふっと軽く笑ってまた空を見上げる。
「いざって時になったら、お前俺を斬れよ」
巻かれた手ぬぐいの上から首をそっと撫でる。
「俺はお前に斬られるなら本望だし。もう、一度なくしたはずの命だからな、惜しくはないさ」
そう言いながら、きり丸は昨日の食堂での出来事を思い出していた。

三人が何度目かの追試にやっと合格し、遅い昼食をとりに食堂に行くと、そこには珍しく六年生の仙蔵と小平太がいた。二人は空になった盆を前に、難しい顔をして黙り込んでいる。
「先輩、落第点でもとったんすか」
きり丸がからかうように言っても、二人は表情を崩すことすらしない。
「二人とも同じ城の就職試験を受けたんだけどね」
おばちゃんが仙蔵達の代わりに話し始める。
「どうやらそこ、今年は一人しか採用しないみたいなのよ」
仙蔵はその言葉を受けるように、深い溜息をつく。
「予定では三人のはずだったんだけどねぇ。この不景気で減らしたんだそうよ」
そう言うと、おばちゃんは二人のために茶を入れた。
ゆっくり茶をすする仙蔵達に向かって、フォローするように乱太郎が口を開く。
「どちらが合格でも、先輩達ほどの成績だったら、まだまだ良い就職先は見つかりますよ」
「でも、このご時世じゃ、いつどの城とどの城が戦を始めるか、分からないけどね」
きり丸が口を挟む。
「そうなんだよ、それが嫌で同じ城を受けたのにねえ」
しんべヱのためにご飯を丼に盛りながら、おばちゃんは心配そうに、黙り込んでいる二人を見た。
「でも」
しんべヱはおばちゃんから丼を受け取りながら話しに加わる。
「吉野先生のところに新しい求人案内が何通か来てたよ。午後の授業が終わったら、掲示板に張り出しましょうって、吉野先生言ってたけど」
「ごちそうさまでした」
仙蔵と小平太はいすを蹴倒すようにして勢いよく立ち上がると、一陣の風を起こして去っていった。

気が付くと、乱太郎は隣で相変わらず空を見ている。きり丸が半身を起こして乱太郎を見下ろすと、乱太郎の大きな瞳は涙でいっぱいになっていた。きり丸の視線に気付き、起きあがって顔を背ける乱太郎。
涙はつっと頬を流れ落ち、袴の上にぽたたっと小さなシミを作った。

「乱太郎」
「知らないよ、そんなことを言うきり丸は大っ嫌いだっ」
あとからあとから流れ出す涙を拭おうともせずに乱太郎は叫んだ。
「悪かったよ、乱太郎。もう言わないからさ、な」
泣かせてしまった。あせったきり丸は自分の手ぬぐいを出そうとするが、それは既に先刻の暴走の汗で湿っている。乱太郎の側に投げ出されているのも、同じようなものだ。
きり丸はもう一度手ぬぐいの上から首に触れると、思い切ってそれをはずした。手ぬぐいの下から村を焼かれたときに負った火傷の跡が現れる。
「ほら、泣くなよ」
手に取った手ぬぐいの端で乱太郎の頬を拭ってやると、きり丸はそれを乱太郎に手渡した。
「眼鏡、くもってるぜ」
眼鏡を拭いてかけ直す乱太郎。心配そうにのぞき込むきり丸と目が合うと、決まり悪そうに視線をそらした。
乱太郎にさえ滅多に見せない傷跡が露わになっているのが目にとまる。
「きり丸これ、、、」
無造作に眼鏡を拭いてしまった手ぬぐいをどうしたものかと、戸惑う乱太郎に
「気にすんなって」
きり丸は微笑んでみせる。
「でも」
「あーっ、いいんだってば。俺が悪かったんだからさ」
きり丸は立ち上がると、乱太郎の差し出す手ぬぐいを受け取らずに、両手でその手を引っ張って立ち上がらせた。
「土井先生や山田先生みたいに教師になってもいいかもな。ま、単身赴任していても利吉さんみたいな立派な息子ももてるし」
「利吉さん。そうだよ、乱太郎」
嬉しそうなきり丸。
「俺達も、利吉さんみたいにフリーの忍者になれば良いんだ」

「ほお、フリーの忍者というのは校外実地学習中に小銭の音につられてこんな所まで暴走して来てしまう奴でもなれるのか」
いつの間にか来ていた伝蔵が、額に怒りの四つ角を浮かべながら言った。
「目的地は、こことは真反対の宗成寺だぞ。2年生が名誉挽回を企んで色々仕掛けてきているっていうのに、お前らがこんな所でのんびりしていてどうするんだ、まったく」
半助は、自分の手ぬぐいをきり丸の首に巻いてやりながらぼやく。
「でも先生、先生達こそ、こんな所に来ていて大丈夫なんですか」
「ああ、今回は大木先生を巻き込まない代わりに、助っ人は何人頼んでも良い、という約束だからな」
半助は、乱太郎の手ぬぐいを拾って渡してやりながら言う。
「妨害組の庄左エ門達には利吉君がついているし、本隊はちょうど通りかかった雷蔵に頼んできたからな」
伝蔵は、そう聞いても、ぼーっと突っ立ったまま動きだそうとしない二人に怒りの四つ角を増殖させて怒鳴る。
「お前達、人の倍の距離を行かなきゃならんのだぞ。ぼーっと突っ立っているんじゃない、さっさと行けっ」
乱太郎ときり丸はその怒鳴り声に、あわてて走り出した。

「こら、手なんぞつないで走っている場合か」
必死に走る二人にその声は届いていない。
二人の間で、きり丸の手ぬぐいは気持ちよさそうにはためいていた。

―了―
忍たま通常(扉)に戻る。
閲覧(扉)に戻る。