『帰るべき場所』霞庄吉丸

−−カエリタイ−−
・・・何処に?・・・
−−カエリタイ−−
・・・無理だよ・・・
−−カエリタイ−−
・・・だってもう、おれには帰る場所なんてないんだ・・・

 まだ薄暗い朝、きり丸は目を覚ました。
「夢・・・か、」
 きり丸はほっとしたように呟いた。
『ああ、そう言えば今日忍術学園休業日だったな、バイト行かなきゃ・・・。』
 休みの日は朝から晩までびっちりバイトで埋まっていたきり丸は、少し急ぎ目に支度をし始めた。
 隣にはまだ眠っている乱太郎としんべエがいる。この2人を起こさないようにきり丸は静かに部屋を出た。
 朝は新聞配達をしつつ、アサリを売りつつ子守をし、更に牛乳配達までしている。怒濤の仕事量をこなしていったん学園に戻り、少し遅い朝食を食べる・・・ハズだった。
 町から学園へ戻る道筋は山道であった。山道を歩いていたきり丸はふと、誰かに呼ばれた様な気がして振り返った。・・・それが間違いだった。
「あれ?今誰かに呼ばれたような気がしたのに・・・」
 振り返った先にはひとっこひとりいなかった。
「気のせいか。」
 再び歩き出そうとしたその時、
「こっちよ・・・」
 森の奥から女の声がした。
「・・・誰だ?」
「こっちよ。早くおいで・・・。ほら、早く。」
 風で木が揺れる音と共に女の子声が聞こえてくる。その声があまりにも綺麗で、きり丸はふらりと森の奥へと歩き出してしまった。
・・・それがすべての始まりだった・・・。

「こっちよ・・・おいで、私の所へ。」
 森の木々が揺れるたびに女の声が聞こえる。頭に響き渡るような声。
「こっちってどっちだよ?わかんねえよ・・・ったくおれは方向音痴なんだぞ!」
 しだいにめんどくさくなったきり丸はこの声の主の所へ行くのを諦めて引き返そうとした。・・・・だが、なにか気になってしまい、やはり森の中を歩き始めてしまう。
「もう少し・・・もう少し真っ直ぐ歩いて来て。・・・・・・そう、もっと真っ直ぐ。・・・・ほら、もう少しよ。」
 言われた通り真っ直ぐきり丸は進んでいった。もうかなり森の奥に来ていることも知らずに・・・。まるでなにかに引き寄せられるかのようにひたすら進んでいった。
「初めまして・・・ようこそ。」
 ようやくあの声の主が現れた。年の頃はきり丸よりも少し上くらいだろうか・・・。兎に角綺麗な女であった。
 だがその女は、ただ『綺麗』なだけではなかった。肩より少し長い冬の月のような冷たい銀色の髪、蛇のような金の瞳、まるで死人のような異常な肌の白さ・・・。その姿には不気味な綺麗さがあった。
「はじ・・・めまして」
 その女の不気味さと綺麗さとでさすがのきり丸も一瞬たじろいでしまうほどだった。
「私は五夢。やろしくね。貴方は?」
「きり丸・・・。」
「そう、きり丸っていうの。・・・ふふっ、気に入ったわ。」
 クスクスと笑いながら五夢はきり丸に近づいてきた。
「貴方の瞳は沢山のことを知っている。恐怖、孤独、絶望・・・・・・。でも中には幸せもある。」
「なに訳わかんねえこといってんだ?」
「まだ子供の貴方がどうしてこんなにも沢山のことを知っているのかしら?ぜひ知りたいわ。」
 五夢がきり丸の瞳をじっと見つめた。目がそらせないくらいに。
「あんた何いってんだ?さっきから・・・」
「怖いでしょう?苦しいでしょう?大丈夫。私が貴方を救ってあげるわ・・・。」
 五夢がそう言ったとたんにきり丸に急激な眠気が襲った。
「な・・・ん・・?」
「幸せから救ってあげる・・・。」
きり丸はその場にばたりと倒れ込んで眠ってしまった。
「幸せなんてあるからいけないのよ。・・・ねぇ、そう思うでしょう?きり丸。」
不気味な五夢の笑い声がその場に響き渡った・・・。
「きり丸ーっ!!ご飯だぞーっ!!」
 満身の笑顔できり丸に手を振る女・・・そう、きり丸の母親の奈々恵だ。
 幼い頃に戦で家を失い、一人で生きてきた奈々恵は、この村に来るまではどうしようもない非行少女で大変だった。
 世の中に絶望し、非行に走り、幾つもの悪さをしてきた奈々恵だったが、ある日迷い着いたこの村の人々の優しさに触れ、心を入れ替えた。そして後にこの村で源太という青年に出会い、結婚。そしてきり丸ができた。
「奈々、あんたももぅ人の親なんだから言葉遣いなんとかしたら?」
何度か村の友人や近所のおばさんに注意されたが、
「いやー・・・直そう直そうと思ってんだけど、どうしてもこうなっちまうんだよなー。ホントダメだよなぁ?」
と、結局努力はしても直りはしない元ヤンの言葉遣い。それでも村の人々に好かれる魅力が奈々恵にはあるのだ。
「よしっ!今日から直す!!」
「その台詞何度目?」
「うるせぇなっ!・・・じゃない、うるさいわね。」
 その様子を見た奈々恵の友人はお腹を抱えて笑い出した。
「な・・・なんだよ。」
「だ、だって・・・ぁははっ奈々恵ってば言葉ぎこちないんだもん。」
 その顔には涙まで浮かんで笑う。
「泣くほど笑うなよな。」
 奈々恵は文句を心の中にしまった。
「ねーねー母ちゃんっ今日のメシ何?」
「今日はなぁ、うどんっ!母ちゃん特製の!!」
 奈々恵は料理が得意であり、中でもうどんは天下一品である。
「やったー!!おれ母ちゃんの作るうどん大好き!!」
「だろ?自分で言うのも何だけど、うどんはちょっと自信あんだぜ?・・・じゃなくて、うどんは少々自信があるのよー。」
 さっきまで笑っていた友人がまた、腹を抱えて大笑いする。
「何だよ母ちゃん、気持ち悪ぃ・・・」
「んだと!?こら!」
 奈々恵はきり丸の頬を軽くつねる。思えばきり丸の一言多いところはこの頃からなのかも知れない。
「ったく、誰に似てこんな達者な口になったんだ?」
「あんただろ?」
「親に向かって『あんた』とは何だ!!『あんた』とは!!お母様と呼びなさい」
 また奈々恵がきり丸の頬をつねる。
「おひゃーひゃまっ(おかーさまっ)」
「あははっ・・・よろしい」
 奈々恵ときり丸はいつもこんな感じだった。でも2人とも楽しそうに笑いあって。そんな2人は村人から見ても『仲のいい2人』であった。
 きり丸は奈々恵の笑顔が大好きだった。言葉遣いが悪く、怒ると鬼のように怖い母でも、とびきりの優しさの詰まった笑顔でいつも自分を抱きしめてくれる。
「ホント、かわいい奴だよ。お前は。」
 そう言っていつも笑顔をくれる。
 かわいく笑う・・・というよりも、歯を出して二カッと笑うことの方が多かったが、下手に色気のある笑顔よりも、この飾らない笑顔が大好きだったのだ。
 そして父、源太のこともきり丸は大好きだった。いつも仕事三昧で疲れているだろうに、休みの日はいつもきり丸を連れて釣りに行ってくれたり、一緒に遊んでくれたりした。
 源太がきり丸を叱ることは滅多になく、いつもは奈々恵ががみがみと叱り、それに源太が一言二言注意する、っと言った感じであった。
 源太が叱る、といったら本当に相当なことだったのだ。きり丸はこの父に叱られると言うことがどんなことかもちろん知っていた。
「父ちゃんに叱られるようなことがあったら相当なことだ」と。
 素直じゃなく、照れ屋で本当は優しいのにそれを人に見せない人だった。そんなところはきり丸と少し似ているかも知れない。

 けして裕福な方ではなかった。それでもよかった。この家族3人で仲良くずっと暮らせればそれだけで十分幸せだった。
 だが、それは『戦』という大人の欲望から生まれたものによって壊されてしまった。

「約束したのに・・・。」
 きり丸はこの村の子供達の中で一番喧嘩が強く、みんなの憧れのようなものを持っていた。
「なぁなぁ母ちゃんっ」
「んー?」
「おれ村の中で一番強いんだぜ!!」
「へぇ?」
「あっ、疑ってるだろ?ほんとだぜ!おれは強いんだ。だからさ、もしも母ちゃんがピンチになったらおれが守ってやるよ!女を守るのは男の使命だもんな!」
「はは・・・分かった。んじゃ、守ってもらうかな。」
「やっぱ信じてねえだろ?約束だからな!!ピンチになったらおれが守ってやるよ!!」
 そう、きり丸は約束した。うぬぼれていたのだ。いくら強いと言ってもそれは所詮子供の間のこと、なのに自分では村の中で一番強いと思っていた。

 結果はどうだ?母どころか自分のことで精一杯でひたすらおれは逃げていた。何度『助けて』という声を聞いたか分からない、その人達を見捨てておれは逃げたんだ!!

 それはきり丸の心の中の最大の傷跡・・・。

「ふぅん、そんなことがあったの。」
 五夢は眠っているきり丸の横でクスクス笑う。
「私はね、人の夢を食べて操ることができるの。人のいい夢をね。・・・ふふ、ますます気に入ったわ。きり丸、貴方の夢を食べ尽くしてあげるわ。」
 ・・・きり丸は未だ夢の中にいた。

「貴方の夢を食べ尽くして何も考えられなくしてあげる。夢を食べるっていうことはね、その人の意識や記憶を食べるって事なの。だからきり丸・・・、貴方の夢を食べ尽くして貴方を私の操り人形にしてあげる。」
 クスクス笑う五夢の声が、何も聞こえないはずのきり丸の頭に微かに聞こえた。

 きり丸が目を覚ましたのはそれから数分後のことだった。
「バイト!!」
 きり丸はその日のアルバイトがまだ半分も終わってないことに気が付き、大急ぎで学園へと戻った。
「おばちゃん!おにぎり三つね!!」
「おや、今日は随分遅かったね。」
「色々あってさ、だから急いでんだ!」
「じゃあ大至急つくるね。」
 食堂のおばちゃんにおにぎりを作ってもらうと、きり丸はまたバイトへと出かけた。

 ・・・その日きり丸のバイトが終わり、学園に戻ってきたのは夜中のことだった。
 きり丸は汗を流すため、誰もいない浴室へ向かった。
「あー・・・疲れたぁ。」
 さすがのきり丸も、一日中バイトをして少し疲れていた。誰もいない浴室はきり丸一人には広く感じられ、なかなかくつろぐものだった。
 ふと、浴室の窓の外をのぞくと、そこには満面の星空があった。
「今日は星がすげえな。」
 湯船につかりながら星を見上げ、きり丸はしばらくその星空を見ていた。
 その時、一つの星が流れた。
「・・・流れ星?」
 流れ星を見るなんて・・・いや、空をこんな風に見上げることだって何年ぶりだろうか・・・?
 『流れ星・・・か。』
 きり丸は流れ星で思い出すことがあった。

 そう、あれはまだきり丸の村が焼けてなかった頃・・・。
 きり丸の村は山奥にあるためきり丸はよく山に行っていた。
 その日もきり丸は、奈々恵と山菜取りに山へ行っていた。その帰り道での事だ。
「あっ、母ちゃん見た!?今星が動いたぜ!!」
「ホントだ!流れ星だ!すっげぇ!!」
「流れ星?」
「そう、今みたいに星が流れることを流れ星っていうんだ。あーあ、なんか願いごとしときゃよかったぜ。」
「なんで?」
「流れ星が流れてる間に心の中で願いごとすると願いが叶うんだ。」
「へーっ。すっげぇ!!もう一回流れないかな?」
「そんなつごうよく流れるかよ。」
 そういっているうちに、もう一回星が流れた。
「あっまた流れた!」
 きり丸は目をつむり、必死に何かをお願いしていた。
「・・・なにをお願いしたんだ?」
「あのな、”家族みんなが、仲良くずーっと一緒にいられますように”って。」
 きり丸は笑顔で答えた。奈々恵はそれを複雑な表情で見ると、きり丸の体を抱きしめた。
「なんだよ・・・母ちゃん?・・・いきなり・・・」
「・・・そ・・・うだな、ずーっと一緒にいられるといいな。家族みんなで。」
 きり丸はその時奈々恵が泣いていることに気が付かなかった。

『今思うと・・・あの時母さんは知ってたんじゃないだろうか。もうすぐ戦が始まるかも知れないということを・・・。だからあんな行動をとったんじゃないだろうか・・・。』

 きり丸は目をつむり、また窓の外の星空を見上げた。
『流れ星は・・・おれの願いを叶えてはくれなかった。』

 きり丸はお風呂から上がり、自室へ戻った。
『なんかおれ今日変だ。昔のことばっかり思い出してる。・・・別に忘れてたわけじゃないけど。昼間あんな夢見たせいかな。・・・そういえばあいつ・・・五夢って言ってたっけ、あいついったい何だったんだ?』
 そんなことを考えながら、きり丸は床についた。疲れていたきり丸はさっさと眠りについてしまった。

 きり丸は夢を見た。また昔の夢だ。
「ふふ・・・。昼は喰いそびれた貴方の夢。今度はゆっくりといただくわ・・・。」
 そう言うと、五夢はきり丸の頭の上に手をかざした。そのとたん、きり丸の”夢”が、まるで透明なあめ玉のように丸くなり、五夢はそれをパクリと喰ってしまった。
 「クスクス・・・おいしい夢。」

 翌日・・・。
「おい、乱太郎、しんべエ、朝だぞ!起きろよ!」
 いつものようにきり丸は乱太郎としんべエを起こす。
「んん?あ、おはようきり丸。」
 まだ眠たそうな乱太郎が目をこすりながら起きる。
「しんべエ、早く起きないと朝食なくなるよ?」
 その言葉にしんべエは飛び起きる。その様子を見て、きり丸と乱太郎は顔を見合わせて笑った。
 ・・・そこまではいつもの日常だった。

いつも通りの日常、平和な毎日・・・。
そう、少なくても夕方までは・・・。

 放課後、しんべエはおしげちゃんと約束があると言ってくノ一教室へと行った。
 そして乱太郎は保健委員会があったため、放課後はきり丸はしばらく一人で2人が帰ってくるのを待っていた。一緒に夕飯を食べる約束をしていたからだ。
 部屋で2人を待っていたきり丸だったが、ついウトウトとうたた寝をしてしまった。

−−−樹・・・樹・・・何処にいるの?何処に行ったの?お願い一人にしない
   で・・・。何処にも行かないで・・・。
   ねぇ、樹。私のこと好き?愛してる?
   私は貴方を愛してる。貴方も私を愛してるでしょう?
   だからお願い、私よりも先に死なないで。私よりも先に逝かないで。
   私には貴方しかいないの。私のこと愛してくれるのは貴方だけ。貴方一人が
   私のたった一つの光。貴方がいなくなったら私は・・・・・。
   行かないで、逝かないで、独りにしないで!!−−−
 
『どこだ?此処・・・。』
 きり丸は真っ暗な闇の中で目が覚めた。
「おはよう・・・といっても此処は貴方の夢の中だけどね。」
 その声にきり丸は振り返った。
「五夢!?」
「あら、嬉しいわね。覚えててくれたんだ。」
「先刻のは何だ?変な夢みたいだった・・・」
「見えたのね?貴方に。」
 きり丸が言い終わるより前に五夢はきり丸に質問する。
「え?あ、あぁ。見えたけど・・・。」
「ふふ・・・。貴方は樹に似てる。」
 少しだけ、寂しげな表情をした五夢がきり丸にそっと近づいた。
「樹?」
 だが、次に見た五夢の顔は妖の様な顔をしていた。
「だから貴方は樹になるの。私の樹に・・・。」
 耳元で囁かれ、きり丸はビクッとする。そのとたん、きり丸の意識が薄れていった。
「私の樹、貴方は私といるとき以外に幸せを感じちゃいけないのよ。だから貴方の幸せを壊しましょう。」
「い・・つき・・・じゃないっ。」
「今から私の樹になるの。」
「イヤ・・だ・・。お・・・れはっ・・樹じゃ・・・ない!」
「逆らおうとしても無駄よ。一度でも夢を食べられた人間は獏魔には敵わない。」
「ば・・・くま?」
「樹、幸せがあるからいけないのよ。幸せなんかがあるから人は幸せを求めて苦しむのよ。幸せと言う言葉を知らなければ、人は幸せになろうとなんてしない。だから苦しくない。『幸せ』は『苦しみ』の裏返しなのよ。だから・・・『幸せ』を壊しましょう。大丈夫、私も一緒よ樹。」
 きり丸の体が再びビクッとなる。
「ね?樹だけは私の味方よね?」
「・・・・・・ハイ・・・。」
 きり丸の意識は五夢に乗っ取られてしまった。
 そしてきり丸は夢から覚めた。

「あれ?きり丸。ごめん、起こした?」
 目が覚めると、そこには乱太郎がいた。
「今委員会終わったんだ。ごめんね、待たせちゃって。しんべエも、もうすぐ帰って来ると思うから、しんべエが来たらご飯食べよう。」
 だが、きり丸の返事はない。
「きり丸?」
『こいつも邪魔ね。殺しなさい樹。』
 きり丸の頭の中で五夢の声がする。
「なんかあった?なんか変だよ?」
 心配そうにのぞき込む乱太郎をきり丸は壁の方へ突き飛ばした。
「痛っ・・。なにす・・・」
 そしてそのまま乱太郎の首へと手をやり、その首を絞めた。
「な・・・に・・・。や・・・・め・・っ」
 やっとの思いで乱太郎は必死にきり丸に抵抗する。
 だが、何を言っても、きり丸の耳には届いてはいなかった。
 まるで、死んだ魚のような光の通わない目、無表情な顔、いつものきり丸ではないことは乱太郎にはすぐに分かった。そしてそのきり丸を見て、ゾッとした。
「や・・め・・・ろ・・・」
 どんどんと強まるきり丸の手の力・・・。
「き・・り・・ま・・・る。」
『もぅダメだ!』乱太郎が半ば諦めかけたその時、乱太郎は無意識にきり丸の名を呼んでいた。
 その言葉にきり丸は手の力を緩める。
「ゲホゲホッ」
 酷くせき込む乱太郎の横で、きり丸は頭を抱えながら床に座り込む。
『何してるの!?早くそいつを殺しなさい樹!!』
「樹じゃない・・・!おれはきり丸だ!!」
『そ・・んな・・まだ意識があるって言うの?』
「おれの体から出て行けーーーっ!!」
『きゃあああっ』
 頭の中での叫びと同時にきり丸は倒れ込む。
「きり丸!?」
 乱太郎はきり丸の方へと駆け寄った。
「きり丸?きり丸!?しっかりしろ!!大丈夫か!?」
「う・・・。」
 乱太郎の呼びかけに、きり丸は目を覚ます。
「よかった・・・気が付いた?」
「乱・・・?おれ・・・。」
 なんでこんな所に倒れてるのか、思い返したとき、きり丸はハッとする。
「乱太郎!!おれ・・・今お前を・・!!」
 動揺して、震えだしたきり丸に、乱太郎は優しく肩を叩く。
「安心したよ、目が覚めたときまたお前が変だったらどうしようかと思った。」
「ごめん!!おれ・・・」
「いいよ。気にしてない。だからお前も気にすんなよ。」
 笑顔で答えてくれる乱太郎を見て、きり丸は本当に申し訳なく思ったと同時に、乱太郎と友達になれたことが本当に嬉しいと思った。
「ホントにごめんな・・・。乱太郎、おれが・・・こんな風になっちまったこと、お前や一年は組の連中には話すよ。」
「きり丸?」
「聴いて欲しいんだ。お前等だけは・・・。」

 夕飯後、きり丸は一年は組を自室に呼んだ。そして、昨日の出来事を全て話して聞かせた。
 暫くの沈黙の後、三治朗が口を開いた。
「それって・・・・獏魔なんじゃない?」
『獏魔』、五夢もそんなことを言っていた。
「三治朗、その『獏魔』ってなんなんだ?」
 きり丸が真剣な表情で聞く。
「・・うん、人に取り憑いて人の夢を食べちゃうんだ。」
「そんなバカな話が・・・」
 あるわけない、といった顔で庄左エ門は三治朗を見た。
「ぼくも・・・実際にいるとは思わなかったんだけど・・・。」
 父が山伏をやっている三治朗は何かとそういった話を聞くが、三治朗自身そんな存在を信じてはいなかった。
「夢を食べてどうするの?」
「夢・・ってね、人の意識や記憶が作り出すものでしょ?だから、夢を食べるって事は人の意識や記憶を食べるってことらしいんだ。それで、意識を失った人を人形のように操るんだ。」
 その場がしんとする。
「その五夢って人、きり丸の夢を食べてどうするつもりだろう・・・?」
「壊す・・・。」
 きり丸のつぶやきには組のみんなは振り返る。
「壊すって言ってたんだ。あいつ・・・。忍術学園を・・・ここにある幸せを・・・壊すって言ってた。」
「どうしてそんなことを・・・?」
「わかんねえ・・・わかんねえけど・・・。」
「けど?」
「おれは、五夢に体を乗っ取られないように抵抗する。それでも・・・もし、おれの体が乗っ取られてみんなを殺そうとしたら・・・その時は・・・」
 きり丸が言葉を詰まらせる。
「安心しろよきり丸。」
 乱太郎の言葉にきり丸は伏せていた顔を上にあげる。
「もしそうなっても私達はお前を信じてる。」
「もしそうなったときは僕たちが止めてやるよ。」
「だから安心してね〜」
 笑顔で答えてくれるは組のみんなを見たとき、きり丸は涙が出そうになった。
「・・・ありがとう」
 は組の温かさ、優しさ・・・すべては今の自分が大好きなものたち。人の温かさに触れることの無かった昔、こんな風に人に優しくしてもらえるなんて思っても見なかったのだから。

『気にくわない』
 五夢はきり丸の意識の中、歯をかみしめて呟いた。
『あいつら・・・気にくわない』

 それから、3日が過ぎた。
「あれからどう?きり丸。」
「いや、あれから五夢ちっとも夢に出てこないんだ。」
「きり丸に取り憑くの止めたんじゃない?」
「だといいけどな。」
 きり丸の身にはなんの変化もなかった。
 みんなも安心していた。
 ・・・だが、五夢は確実にきり丸の意識を喰っていた。
 きり丸自身、そのことに気づいていなかった。
 五夢は毎晩きり丸の夢を食べていたのだ。
『獏魔はね、夢を食べれば食べるほど力が強くなるのよ。そして人は夢を食べられれば食べられるほど精神力が弱くなっていく・・・。』
 
 五夢ときり丸が出会ってから一週間・・・。
「きり丸ー、なにしてんだ?早く行くよ。」
「行く?何処に?」
「何言ってんだよ。つぎの授業外だろ?」
「え・・・・ああ、そうか。そうだよな。」
 このような会話がしょっちゅうになっていた。
「最近お前変だぞ?」
「え、そうか?」
「ホントに五夢夢に出てきてないの?」
「でてきてないよ。」
「ならいいけど・・・。」
 きり丸は時々、ふと記憶を失うようになった。
 最初は些細なことだったが、ひどいときは自分の名前すら忘れるようになっていた。
 は組のみんなは心配になり、五夢のことを何度か聞いたが、きり丸は「五夢は夢に出てきてない」の一点張りであり、このことの原因が五夢だという確証がなかった。
『ふふ・・・人は獏魔に夢を食べられている事には気づかないのよ。』
 そしてまた、その晩も五夢はきり丸の夢を食べた。

 そしてそれからまた一週間。
 忍術学園の休日。いつもなら早起きしてバイトに出かけるハズのきり丸がまだ寝ていることに乱太郎は気が付いた。
「きり丸?バイト行かなくていいのか?」
 また忘れているのだろうか、と心配して乱太郎はきり丸を起こした。
 乱太郎に揺すぶられてきり丸は目を覚ます。そのきり丸を見て乱太郎はハッとした。
 きり丸はあの時、自分の首を絞めた時のきり丸と同じ表情をしていたのだ。
「きり丸・・・お前・・・。」
 恐怖心から乱太郎は震える。その乱太郎の横を通り、きり丸は部屋の中にある自分の刀を手にする。
 その刀の鞘をゆっくりと抜く。
「きり丸・・・そんなもので何する気だよ・・・。」
『ふふ、もう遅いわ』
 何処かから声が聞こえる。
「なっ!誰だ!!」
 乱太郎が辺りを見回す。だが、部屋には自分ときり丸、しんべエしかいない。
『初めまして』
 その声と共に、きり丸の体から白いうっすらとした影が出てくる。そしてそれは人の形になり、やがて足のない、女の形になる。
「もっもしかして五夢!?」
『そうよ。貴方は・・・「乱太郎」ね?』
 乱太郎は声なく、ただこっくりと頷く。
『貴方邪魔なのよねぇ・・・。樹、こいつを殺しなさい。』
「樹?何言ってるんだ?こいつはきり・・・」
 言い終わるより先に、きり丸は乱太郎に襲いかかる。
「ぅわ!!」
 操られている分、きり丸の動きは早くなっていた。
「しんべエ起きろ!!」
 乱太郎はしんべエをたたき起こす。
「痛いなぁ〜。なぁに?乱太郎。」
 まだ寝ぼけているしんべエは何が起こっているかがよく分からなかった。
『貴方は「しんべエ」ね?』
「へ?誰?」
「五夢だ!!」
「え〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 しんべエの目が一気に覚める。
「とりあえずここじゃ危ない!外に出るぞ!!」
 乱太郎としんべエは外に出た。
「乱太郎!しんべエ!なんかあったのか!?」
 庄左エ門と伊助、団蔵、三治朗が駆けてきた。
 乱太郎は大まかに説明すると、団蔵はみんなを呼んでくる、と部屋の方に走っていった。こういうときは、あまり、人を呼ばない方がいいのかも知れないが、その時のとっさの判断で、団蔵は他のは組を呼びに行った。
「あの、きり丸の方の所に浮いてるのが五夢か?」
「うん・・・。」
『丁度いいわ。全員殺して上げる。』
 目できり丸に合図すると、きり丸はそこにいたは組の方へ飛び交っていった。
「きり丸!!」
 何度呼んでもきり丸の頭には届かない。それほどきり丸は五夢に意識を喰われていた。

 『しっかりしろよ。』
 突然、何も聞こえないはずのきり丸の頭に声が聞こえる。
 『簡単に乗っ取られないようにするんじゃ無かったのか?』
 その声はきり丸よりも少し低かったが、きり丸の声に似ていた。
 『ここを壊していいのか?ここにある幸せを・・・。』
 「あんた誰だ?」
 『思い出してみろよ。ここはお前にとってどんな場所だ?』
 「ここ・・・?」
 『壊していい場所か?』
 「ここ・・・は・・・おれにとって・・・。」
 無くなっていたはずの意識。
 無くなっていたはずの記憶がよみがえる。
 「やっと見つけた・・・帰るべき・・・場所・・。」
 そう、ここはおれを迎えてくれる場所。「おかえり」って言ってくれる場所。
 
 すべての記憶を取り戻し、意識もはっきりとしたきり丸はこの場所が自分にとってどんな場所かを認識した。そして一筋の涙を流すと、その声の主を見た。
 『思い出したようだな』
 「ああ。」
 その声の主は驚くほどきり丸に似ていた。
 「・・・あんた・・・樹か?」
 『・・・五夢がこんな風になったのは俺の所為だ。』
 樹はすまない、と頭を下げた。
 
 五夢の思い通りに動くはずのきり丸の体が動かなくなった。
『・・・?どうしたの?樹』
「五夢。おれは樹じゃないよ。おまえがどんなに望んでもおれは樹にはなれない。」
「きり丸!?意識が戻ったのか?」
 頷くきり丸に、は組のみんながわぁっと歓声をあげる。
『どうして?いつもは簡単に乗っ取れるのに!!』
「お前の考えは間違ってるよ。」
『うるさいわね!!あんたなんかに私の気持ちが分かってたまるもんですか!!』
 五夢はきり丸を睨み付ける。
「分かるよ。おれも少し前まではお前と同じだったから。」
『え?』
「もう一度おれの意識の中に来いよ。」
『何言ってるの?そうしたらまた私は貴方の意識を乗っ取るかも知れないのよ?』
「できるもんならやってみろよ。もうお前の好きなようにはさせない。」
 そしてきり丸は、は組の方を向いた。
「いいよな?みんな。」
「お前の好きなようにしろよ。待ってるから。」
「サンキュ。」
 そしてきり丸は再びきり丸の方を向く。
「来いよ五夢。」
 その顔が五夢には一瞬樹に見えた。
『後悔しても知らないわよ。』
 五夢はきり丸の意識の中に入った。

 気が付けばそこに私の居場所は無かった。
 そう、生まれたときから・・・。

 何がいけなかったんだろう・・・?

 私は生まれつき銀の髪と金の瞳をしていた。
 村の人々はそれに恐怖し、私を「悪魔」扱いした。
 実の親までも・・・。
「悪魔!なんであんたなんか生まれてきたのよ!!」
 物心ついたときにはすでに私は悪魔と呼ばれ、母は私を愛してはくれなかった。
 父は私も母も捨てた。
 浮気三昧で家には滅多に帰ってこなかったのだ。
「あんたなんか産まなきゃよかった!!」
 『悪魔』を産んだ女として母は村中に嫌われていた。
 その憎しみを母は私にぶつけた。
 毎日毎日殴られ続けて、毎日毎日私は傷つけられる。

 私が十四歳の時、事件は起きた。

 −−父が家を出た。
 他の女と一緒に暮らすという置き手紙を残して・・・。

 母は父を信じていた。
 いつかきっとあの人は私に振り向いてくれるはずだと、揺るぎなく信じていた。
 でも父は私と母を捨てたのだ。
「あんたの所為よ・・・!」
 母は今までにない憎しみに満ちた表情で私を睨み付ける。
「どうして?私・・・なにもしてないよ?なんで私の所為なの?」
 私は初めて母に口答えをした。
 いつも疑問に思っていた。何故なにもしていないのに私はいつも虐待されるのか、と。
「あんたさえ・・・生まれてこなければ・・・!!」
「じゃあ、なんで私を産んだの?勝手に産んどいて、そんなこと言わないでよ!!」
「五月蠅い!!口答えするんじゃないよ!この悪魔!!」
「私は悪魔じゃない!!あんたの子よ!!」
「黙りなさい!!」
 母の手が私の頬を強く叩いた。
「あんたが生まれてから私はずっとこの村で嫌われて・・・挙げ句の果てに愛する人まで・・・・!!」
 喋りながら、私を殴り続ける。
「そんなの・・・八つ当たりよ!!私の所為じゃない!!・・・悪魔は・・・あんたの方よ!!」
「なんだってぇ!!」
 私は今までたまっていたストレスを発散させるがごとく、母に対抗した。
 母もまた、初めて対抗させられたことに苛つきを覚えていた。
「あんたみたいな悪魔いない方がいいのよ!!」
 母はその場にあった包丁を振りかざした。
「いっ・・・・いやぁぁーーーーー!!」
 ・・・それのあとのことはよく覚えてはいない。
 気が付けば私は台所にあったもう一つの包丁で母の胸を刺していた。
「五夢・・・・。」
 母が私の名前を呼んだのはそれが最初で最後。
「貴女がいけないのよ。私を愛してくれなかったから・・・。」
 そして、母の顔、腹、腕・・・母のあらゆる所を刺した。
 今までの恨みを込めるように・・・。

 ソシテワタシハニンゲンデアルコトヲステマシタ。
 ミンナガワタシヲアクマトヨブナラアクマニダッテナッテヤル!
 ミモココロモアクマニナッテヤル!!

 どうしてその方法を知っていたのか、私は村人中の夢を喰い、操り、殺し合いをさせた。
 そして村を壊滅させた−−−−・・・。

 その近くの森の山小屋に住むことにした。
 その森の近くに来た奴らの夢を食い尽くしてやろうと思った。
 ・・・彼と出会うまで。

「あんたこの近くの人?俺、迷っちゃってさ、どっか泊まれるところ無い?」
 私のことを見ても怖がらない初めての人だった。
 今までは私を見るなり、みんな怖がっていたのに・・・。
「この森に住んでるの。今日はそこに泊まれば?」
「へぇ、そうなんだ。じゃ、今日は泊めてもらうかな。」
 そんなこと関係ない、私を見て怖がろうが怖がらなかろうが、関係ない。
 この男の夢、食い尽くしてやる・・・・。
「なんていうんだ?」
「え?何が?」
「名前。あんたなんて名前?」
「ああ・・・五夢。五つの夢って書くの。」
「いつむ?へぇ、じゃあ俺と一文字違いだな。俺、樹。樹木の樹って書いて樹。」
”いつむ”と”いつき”で一文字違い・・・。くだらない。この男は初対面の女に何を言っているのだろう?
「よろしくな、五夢。」
 樹は笑顔で手を私の前に差し出した。
「・・・え?」
 その手の意味が分からなくて、私は戸惑った。
「握手。」
 ドキドキした。こんな風に人に触れる事なんて無かったからだ。
「あ・・・うん、よろしく・・・。」
 初めて触れた、人の手は・・・とても暖かかった。こんな温かさが人にはあったなんて・・・知らなかった。

 私はその人の夢を食べなかった。
 食べれなかった。

 樹はその次の日、熱を出した。
 何故かは分からなかったが、私は樹の看病をした。
 その気持ちが、『恋』だということに私はその時分からなかった。

 3日して、彼は熱が良くなった。
「悪いな、迷惑ばっかりかけちまって・・・。」
「別に・・・、かまわないわ。気にしないで。」
「なぁ、五夢?俺・・・」
「何?」
 彼は言葉を詰まらせていた。
 少しの沈黙後、彼は口を開いた。
「最初五夢を見たとき・・・凄い綺麗だと思ったんだ。」
「へ?」
 予想もしていなかった言葉に私は顔を赤らめる。
「お・・おだてても何も出ないわよ?」
「お世辞じゃない!ホントにそう思ったんだ。月みたいな綺麗な銀の髪、色の白い肌、小判みたいな金の瞳、全部綺麗だって思ったんだ。」
「樹・・・?」
 嬉しかった。いままでこの髪も瞳も私は自分の全てが嫌いだった。なのに、樹は私の嫌っていたものを綺麗だと言ってくれた・・・。
「こんな事言っても信じてもらえないかも知れない、それでも・・・俺、お前が好きだ。」
「え?」
「俺、まだお前と会って少ししか経ってないけど、それでも好きなんだ。」
「樹・・・。」
 何故かは分からない。私の目には涙が溢れていた。
「五夢・・・?ごめん、俺・・・」
「違・・・違うの!!私っ・・・嬉しくてっ。今までそんな風に想ってくれる人いなかったから・・・有り難う!うれし・・・・」
 声にならなかった。
 愛されることを知らなかった私を、樹は愛してくれた−−−・・・。

 私達は一緒に暮らすことにした。
 幸せだった。
 隣には樹がいる。それだけでもう十分だった。
 樹には全てを話していた。
 私が獏魔だということ、村中の人を殺したこと・・・。
 それでも樹は私を愛してくれた。
 樹さえいれば何もいらない。
 樹が私の全てだったのに・・・。

 それから二年後、樹が病気になった。
「ごめんな、五夢・・・俺、お前のこと残して・・・またお前を・・・独りにしちまう・・・。」
「そんなこと言わないで!!独りにしちゃ嫌!!しっかりして樹!!」
「ごめん・・・な、俺はもう、ダメだよ。・・・ごめん、俺は結局何もしてやれなかった。そのうえ・・お前を残して死ぬしかないなんて・・・。」
「死ぬなんて言わないで!!」
「ごめん、でも・・・もしこんど俺が生まれ変わったら、必ずお前を救うよ。約束する・・・だから・・・待っててく・・・れ・・・」
 最後の樹の言葉はよく聞き取れなかった。
 それでも樹が最後まで私を愛してくれたこと、それだけは私は分かるのに・・・。

 ドウシテワタシハシアワセニナレナイノ?
 ワタシハシアワセニナッチャイケナイノ?

 そして私は悟った。
 幸せがあるからいけないのだ。
 最初から幸せなんてものを知らなかったら、苦しみも分からない。
 だから人は不幸にはならない。
 幸せを求めるから人々は争うし、憎しむし、悲しむ。
 すべては幸せがいけないのだ。
 だから私は幸せを壊してやる・・・!!

「・・・それが、お前がおれに見せたお前の記憶だよな?五夢・・・。」
『・・・そうよ。』
 五夢は自分の記憶をきり丸に見せていた。
『何処が間違ってるの?実際そうじゃない。幸せがあるからいけないのよ!!』
「違うよ。”幸せ”があるから、だから人はそれを目指して頑張れるんだよ。」
『そんなのきれい事よ!!』
「・・・そうだな。でもそう思ってがんばりゃ、それでいいんじゃねぇの?」
『よくない・・・。私は幸せになりたくてもなれなくて、だから人を恨んだ!!だから村の連中を殺したのよ!!貴方だって、親を殺されてショックだったでしょ?家を焼いた連中を殺したいと思ったでしょう!?』
「そうだな、敵を討ちたくて忍術学園に入ったんだよな。」
 きり丸は目をとじ、そしてまた開いて五夢を真っ直ぐ見つめた。
「・・・でも、もう敵討ちなんかどうでもいい。おれはその日一日が楽しくて、そんでもってバイト沢山して・・・。それでいい。それで十分だよ。」
『どうして?憎くないの?』
「忍術学園に入って・・・おれは変われたんだよ。おれも昔は幸せが嫌いで、憎くて、お前と同じように考えてたよ。でも、忍術学園に入って、おれのことを信じてくれる人がいて、心配してくれる人がいて、一緒にバカやれる友達がいて・・・おれがバイト言ったりおつかい行ったりしても必ず”おかえり”って言ってくれる人がいて・・・おれは幸せだと思った。だからこそ、おれは此処で強くなろうと思った。」
『何のために?』
「力は壊すためにあるんじゃない、守るために使えばいい。おれは今此処にある幸せを守りたい。あの時、おれは母さんを守れなかったから・・・。」
 五夢は黙ってきり丸の言葉を聞いている。
 その五夢から目を逸らさずにきり丸は尚も語り続ける。
「おれ、大事なもの失って・・・初めて気が付いた。確かにお前の言う通り、幸せなんてない方が人は不幸を知らなくなるから良いのかも知れない。でも、不幸はやっぱり辛くて、苦しいけど・・・苦しいから、辛いから人は幸せを見つけたとき大喜びするんだ。たとえどんなに小さくても良い、幸せになりたくて頑張れるんだ。」
『でもそれまで苦しいのはやっぱり嫌よ。』
「いいじゃん、人生楽ありゃ苦あり。苦しけりゃ、その倍あとになって良いことがあるって前向きな姿勢でいれば、それでいいじゃん。」
『・・・あんたお気楽ね。そんな風に私はプラス思考にはなれない。』
「じゃあ、これからそう言う風に考えればいいじゃん。」
 五夢はずっと下を向いて俯いていた。
「お前は幸せを憎む一方で幸せを求めてたんだよ。」
『何でそんなこと分かるのよ?』
「おれもそうだったから。」
『そんなことない。わたしは・・・』
「だって、お前は樹が死んでから、ずっと樹の生まれ変わりを待ってたんだから、最後の樹の言葉を信じて待ってたんだから、幸せになりたくてずっと・・・。そうだろう?五夢。」
 その言葉に五夢はビクッとする。

 ・・・そうだったのかも知れない。私は何処かで幸せを求めていたのかも知れない。
 樹の最後の言葉を、私は信じていたのかも知れない・・・。

『そいつの言ってることは図星だろ五夢?』
 何処からか、声がする。
『樹!?』
 五夢は当たりを見回す。
『ごめんな、独りにして・・・。でも、もうお前を独りにしない。一緒に行こう五夢。』
『行くって・・・?何処へ?』
『天国』
 樹は笑って五夢に手を差しのべた。
『・・・私天国に行けないよ。いっぱい悪いことしたもん。』
『じゃ、地獄。俺は五夢と一緒ならどこだって行ってやるよ。』
『樹・・・・!』
 五夢は泣きながら樹に抱きついた。

 きり丸が眠りについてから数時間後、きり丸の目覚めと共に、五夢がきり丸の体から出てきた。
「きり丸!!」
 は組のみんなが心配そうに寄ってきた。
「大丈夫!?」
「心配したんだからな!!」
 半ば、半べそ状態できり丸に言葉をかける。
 そして、少し落ち着いてから
「おかえり。」
 そう言って、迎えた。
「ああ、ただいま。」
 嬉しそうに、きり丸は微笑む。
『きり丸・・・。』
「五夢。」
『沢山迷惑かけてごめんね。・・・有り難う。さよなら・・・。』
「五夢、今度うまれかわったら今度こそ幸せになれよ!!」
『・・・うん。』
 少しだけ、微笑むと五夢は樹と共に天へと昇っていった。
『きり丸、貴方はやっぱり樹だったわ。樹の生まれ変わりが貴方なのね。そして約束通り、私を救ってくれた・・・。本当に有り難う。』
 

 次の日、彼等から五夢の記憶は消えていた。
 五夢が消したのだろうか・・・?

「あ〜〜〜〜っもう!ついてねぇー!!」
「どうしたのきり丸・・・?」
「今日図書委員会なんだよ。めんどくせぇーーー!!サボるかな・・・。」
「ダ〜メ。ちゃんと委員会の仕事しなさい。」
「ちぇっ、さっさと済ませてくるから晩飯待ってろよ?」
「はいはい、行ってらっしゃい。」
「行って来ます。」
 めんどくさそうにきり丸は文句を言いながら走っていった。
「行って来ます、か・・・。」
 照れくさそうに、されど嬉しそうに微笑むときり丸はまた、走り出した。

 −−−カエリタイ−−−
 ・・・何処に?・・・
 −−−カエリタイ−−−
 ・・・ああ、そうか。

 おれの帰る場所は此処に有る−−−・・・。

【終】
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