『猫騒動』霞 庄吉丸

「長次・・・また拾ってきたの?」
 伊作は自分の足下で座っている長次を見下ろした。
「・・・白猫。」
「え?」
「白猫なんだ。こいつ。」
 長次が抱えている猫は随分と汚く、白猫とは思えなかった。
「へぇ、そうなんだ。わかんなかった。」
「・・・洗ってやりたい。」
 そう言うと、長次は井戸水で猫を洗い始めた。
「ところで伊作、お前何しに来たんだ?」
「長次、今日図書委員会でしょ?行かなくて良いの?」
 伊作は長次の隣に座り、にっこりと笑う。
「・・・・何故それを知っている?」
「さっきね、雷蔵君に会ったんだ。それで聞いたの。長次のことだからほっといたらサボるんじゃないかと思ってね。」
 長次はぎくっとする。
 サボる気だった。
「・・・・だが、こいつを放ってはおけないだろう?」
「猫の世話なら俺がやっておいてあげるから長次は早く委員会行っておいで。」
 なんとか猫を理由にサボろうと思った長次だったが、やはり伊作には勝てない。
「・・・・分かった。」
 不満げな顔をして長次は委員会へと向かった。
「あ・・・」
 その途中で長次はふと気がついた。
「もう一匹居たんだった。」
 先程の猫だけではなく、長次はもう一匹猫を拾っていた。
(だが、これで委員会をサボったら、伊作に殺されてしまうかも知れん・・・)
 心の中で、そう呟いたものの、もう一匹の方の猫を放ってもおけない。
「仕方がない、連れていくか・・・。」
 いったん自室に戻り、箱に隠していた猫を懐に入れて再び委員会へと赴く。
 猫は小さな猫で、先程の猫とは違い、茶色い猫だった。
「長次先輩遅いっ!」
 書庫の戸を開いた途端、きり丸の不機嫌な声が響いた。
「ああ・・・すまない。」
 だが、長次は大して気にもせずに書庫へ入ってきた。
「不破と能勢はどうした?」
 書庫の中にはきり丸しか居ないことに気づいた長次は他の二人の行方を聞いた。
「新しい本の買い取りに行ったんですよ。」
「お前はここで何をしている?」
「書庫整理しろって言われました。」
 だが、実際はちっとも整理などできていなく、きり丸自身もやる気が無いようだった。
「俺は何をすればいい?」
「俺と一緒に書庫整理して下さい。」
「面倒だな。」
「そうなんですよ!!適当にやってさっさと終わらせましょうよ!」
 めんどくさがりのきり丸は早く終わらせてしまいたかった。
「・・・ふたりでやれば早く終わるだろ。」
 長次も、猫が気がかりで早く終わらせてしまいたかった。
 すぐさま整理を始めた長次につられてきり丸も整理を始める。
 しばらく二人はほとんど会話のないまま整理をしていたが、突然なにかの泣き声がした。
「ミャァ!」
「みゃあ?」
 きり丸はビックリして長次の方を見る。
 長次はいつになく慌てており、懐の方を押さえながらそっときり丸の方を見た。
「なんですか今の?」
「・・・・・こいつが・・・」
「こいつ?」
 長次は顔を赤らめて懐から猫の顔を出す。
「・・・猫・・・ですか?」
 長次は無言で頷く。
「先輩の猫ですか?」
「いや・・・拾ってきた。」
「えっ!なんか意外かも・・・」
 きり丸にとって、あまりに無口で居るのか居ないのかも分からないような存在だった長次が、猫を拾って来て、しかもその猫を懐に隠していたなんて・・・。
 意外だった。
「あれ?こいつ怪我してますよ。」
「え?」
「ほら、ここんとこ。前足のとこ血が出てる。」
 長次は急いで懐から猫を出すと、前足の様子を見た。
「本当だ。血が出ている。」
 どうやら枝か何かで切ってしまったらしく、血が少し出ていた。
 だが、傷口から黴菌でも入ったら大変である。
「手当してやらなきゃな。」
 長次が小さく呟いたのを、きり丸は聞き逃さなかった。
(へぇ、意外と優しいんだな)
 長次の意外な面ばかりを見ているような気がした。

 丁度その頃、伊作は例の白猫を綺麗に洗い、自室へ戻ってきた。
「あ、伊作〜!おじゃましてま〜す!」 
 戸を開けると、小平太と仙蔵と文次郎が居た。
「・・・・また俺の部屋に勝手に入って・・・」
 呆れた顔をして伊作はため息をつく。
「あれ?何その猫。」
「長次が拾ってきたの。」
「また?得意だね長次・・・」
 苦笑いで小平太は答える。
 長次はよく動物を拾ってきていた。
 猫だけではない、犬、狸、鳥、鼠・・・例を挙げたらきりがない。
「あれ?俺さっき長次が違う猫抱えてんのみたぜ?」
「ホント?文次郎・・・」
「ああ。」
「長次・・・委員会に連れてってなきゃ良いけど・・・」
「何で?」
「猫だよ?爪で本とか傷つけたらまずいじゃない。」
「あ、成る程・・・。」
 伊作の言葉に小平太は納得する。
 確かにまずい。
「伊作、猫なら私達が預かっておいてやるから長次見に行った方が良いんじゃないか?」
「有り難う仙蔵。そうする」
 仙蔵に礼を言うとすぐに伊作は書庫へ向かった。
「失礼します、長次居る・・・?」
 書庫の扉を開けると、喧騒が聞こえた。
「なんでそうなるんですか長次先輩!」
「だからお前がちゃんと押さえていないからだろう?」
 猫を真ん中にしてなにやら長次ときり丸がもめている。
「ど・・・どうしたの?」
「ああ、伊作。良いところに来た。この猫怪我しているんだ。手当してやってくれ。」
「へ?」
 伊作の予想通り、長次は猫を連れてきていた。
「・・・・長次。」
「なんだ?」
「猫を書庫に連れて来ちゃダメでしょ!?本や巻物を傷つけられたらどうするの!?」
 伊作は捲くし立てるように長次に掴みかかった。
「・・・・そうか。お前頭良いな。ぜんぜん考えてなかった。」
 その言葉に伊作はがっくりと肩を落とした。
「あの、伊作先輩それより猫の手当・・・」
「あーーーー!忘れてた!長次、猫押さえてて!」
 伊作は懐から包帯やら薬やらをだして手当を始める。
(・・・六年生って・・・)
 もっとなんでも完璧に出来る人達で慌てたりしなくてこんなふうに猫一つで騒動したりしない人達だときり丸は思っていた。
 近づきがたいイメージがあった。
(なんだ、六年生って言っても・・・全然普通じゃん。)
 そう思うときり丸はなんだか少し嬉しいような気がした。

 その日の書庫整理は、伊作も少し手伝って早めに終わった。
 猫の怪我もたいしたことがなく、手当した後も大人しかった。
「じゃあ、きり丸君。俺達この辺で失礼するね。それと・・・」
 伊作はきり丸の耳元で
「長次が猫を連れてきたことはくれぐれも内緒ね。」
 と囁いた。
「はいはい、分かってますよ。」
 少し笑ってきり丸は答える。
「じゃあね。」
 伊作と長次は白猫のいる伊作の部屋へと向かった。
「ただいまー。」
「あ、おかえり〜。遅かったじゃない?」
 何があったか大体分かったような顔をして小平太はニヤニヤと笑っている。
「お察しの通り、図書委員の仕事手伝わされたよ小平太。」
 溜め息混じりで伊作は答える。
「猫は?」
「ここだよ長次。」
 仙蔵が猫を差し出す。
「明日休みだし、みんなで飼ってくれる人探そうぜ。」
「ああ、そうだな。」
 長次は、少し微笑んで答えた。
「あ!長次が笑ってる!珍しい〜」
「明日雨降らなきゃ良いけどね。」
「お前等な・・・」
 長次が顔を赤らめて照れくさそうにする。

「一年のころは六年生って凄い大人のイメージあったけど、実際六年生になってみるとそうでもないよなぁ?」
「はは、言えてる。」
 文次郎の問いに苦笑いで伊作は答えた。
「あ、ほら見て?今日満月だよ!」
 小平太が空を見上げる。
「明日雨降らないように祈っておいて方が良いんじゃない長次?」
「殺すぞ伊作・・・。」
 満月の下、ゆっくりと彼等の夜は更けていった。

<終> 

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