恵比須の宝物
☆鯛
スズキ目タイ科の海魚の総称で高級魚として尊ばれる、って、これただの魚だーっ!! まあ、確かに白身の魚で刺身にしても塩焼きにしても美味しいのだが、少なくともマジックアイテムの類ではないような気がする。
ただし、「めでたい」という語呂合わせから日本における主要な縁起物の一つとされており、おめでたい席には必ず並ぶことになる魚である。そういうことで恵比須も「めでたい」鯛を抱えているのである―と書いたらここで終わってしまう。第一、「たい」が付く言葉は「めでたい」だけではない。例えば「バットマン」のMrフリーズが鯛を抱えて「ツメタイ」、恋する女性が鯛を抱えて「あなたに会いたい」、博多ん者が締め込み姿で鯛を抱えて「山笠があるけん博多たい」とか言ってもいいはずである。おそらく「鯛はめでたいのタイ」だと決まったのはダジャレ黄金期の江戸時代のことではなかろうか。
江戸のダジャレ文化は、もうそりゃすごいもんで隙さえ有ればダジャレをぶち込もうと手ぐすね引いてたような所がある。かつて私は歌川国芳が「猫で表した東海道の宿場案内」という物を見たことがあるが、『石薬師』という宿場町を表すのに猫二匹が仲良くする姿を描いて横に「いちゃつき」と書いてある文字を見た時には「国芳〜、貴様、当時のトップアーティストだったのと違うんかい!」と心の中で絶叫していたもんである。ぬう、「恐れ入谷の江戸時代人」だ。(ところで「恐れ入谷の鬼子母神」の後には「びっくり下谷の広徳寺」とか「そうはいかぬの雑司ヶ谷」とかが続くらしいです。)
しかし、昔から鯛が縁起のいい魚だったことは確かなようだ。その原因は鯛の色にある。鯛は古くは「赤魚」と呼ばれ、その赤い色が古代人には印象的だったのだろう。(じゃあ、黒鯛は?という突っ込みはしばらくの間却下とする。)
赤は血の色であり、「生命のエネルギー」を持つ色だと考えられていた。今でもめでたい席には赤飯が出されるし、外国では黄色で描かれる「太陽」は日本では赤だ。赤こそが生命の源であり、赤い色の魚である鯛は「生命溢れる魚」だと見なされた。当然、祝いの席には「生命溢れる」鯛こそが相応しい。
そんな鯛であるからこそ、福の神の恵比須の持ち物になったのだ。ちなみに鯛の手に入りにくい内陸部では、鯛の代わりに鮒や鯉を恵比須の魚と見なして食べる風習がある。どこだったか忘れたが、ある神社には鯉を抱えた巨大な恵比須像が建っているそうだ。そこではやっぱり「福よ来い」とかいうダジャレを言うんだろうか…?