布袋の宝物
☆団扇
布袋和尚はよく団扇を手にしている。この団扇は「不吉を払い吉祥を招く」呪力があるという。つまり、これは布袋和尚がその場の雰囲気を和やかして福を招く能力があることを物語っているのだろう。
日本における布袋信仰の中心地の一つに京都・宇治の萬福寺という寺院がある。ここは黄檗宗という禅宗の大本山であるが、その寺の一番真ん中のお堂に布袋の像が祭られている。(黄檗宗では布袋を弥勒の化身だと見ているため。) そして萬福寺では布袋の功徳を「諸縁吉祥」だとしている。「諸縁吉祥」とは縁結びということではなく、出会った人間が良き縁によりそれぞれ幸せになっていくということだ。布袋がそれを司るのは、人々が出会った時の良い雰囲気こそが「諸縁吉祥」に結びつくことを物語っているに違いない。布袋和尚の持つ団扇はそのシンボルなのだ。
ところで、布袋和尚には「雪の中に寝ても平気だった」という伝説がある。それに服も思いっきり軽装だ。もしかすると布袋和尚は雪男あたりの血を引いた寒冷地用の特殊人類なのかもしれない。(実際、江戸時代の版画なんか見るととてつもなく毛深い布袋さんがいたりする。) 実はあの団扇は体から熱を放出させるためのファンであり、夏なんかはあれで扇いでないと熱暴走起こして異常事態が発生するのかもしれない。
確かに七福神の活躍する時期は正月という一年でももっとも寒い時期だが、なぜかこの布袋和尚だけ本当に寒そうな格好してても平気だもんなあ……
☆袋
布袋和尚の名前の元にもなった物。どこかで「あの袋には宝物が詰まっていて人々に分け与える」とかいう記事を見たことがあるが、貧乏坊主の布袋和尚がそういう物を持っているわけがない。やっぱりあれは庶民からの貰い物が入っているのだ。
ところで身の回りの物を詰め込んだ袋を持って各地を放浪というとある人物を思い出さないだろうか? そう、背負い鞄一つで各地を旅していた「裸の大将」こと山下清だ。TVの「裸の大将放浪記」で山下清は絵が描ける以外に何の取り柄もないのに、なぜか各地の騒動を解決し、人々を幸せにして去っていく。これって布袋和尚と同じ能力ではないだろうか?(ただ、実際の山下清がやったのは、弁当屋に世話になって駅弁の掛け紙の絵を描いたことぐらいらしい。)
人より劣っていると見られた人間が、それゆえに人々の悩みなどを解決してしまう。水戸黄門とは全く逆のパターンだが、日常とは異なる人間がやってきて問題を解決してしまう。水戸黄門も「裸の大将」も人々に幸せを与える「マレビト」なのだ。
しかし、単に人より劣っているだけでは布袋和尚の能力は発揮できない。あくまでの一種の特殊能力を持った「愛されるアホ」でなくてはいけないのだ。(布袋の場合は漢詩をよく詠み、占いが当たるという特殊能力があった。) 布袋和尚が弥勒の化身だと見なされる本当の意味は「そんな愛されるアホこそ世の中を救う」ということなのだろう。
ところでー、「特殊能力を持った愛されるアホ」は現代にはいないのだろうか? 私が聞いた話ではどうも存在するらしく、何でも名前を「長島茂雄」というらしい……