弱虫と王子と自称隠者の死闘・前編







 剣難峡。
 世界のあちこちに点在する危険地帯の中でも上位に位置する危険な場所。
 両側を繋ぐのは、ボロボロの頼りない橋一つ。いつ落ちてもおかしくないし、落ちたら命の保障は無い。更にこの辺りは凶悪な魔物が常に徘徊している危険地帯で、うっかり入ってしまった人間の屍が今でも転がっているとか、死んだ人間の霊が徘徊していて生きている人間を呪い殺そうとするとか、かなり物騒な噂も地元で広まっているほどだ。
 そんな場所を好き好んで通る人間など殆ど居ない。剣難峡を隔てた先の場所に行く人間は、遠回りをしてでも安全な道を行く。敢えて危険な山道を通る者は、余程の勇者か狂人……あるいは何も考えていないだけだ。
 そんな剣難峡にて、チャパ族ののんびり屋アーミックと愉快な仲間たちは、険しい崖を挟んで両側に別れた状態で佇んでいた。今にも落ちそうなボロボロの橋の上で魔物に襲われ、撃退したものの橋が落ちてしまい、その時後ろに居たバースト、アンリ、クン=ミンの三人だけが取り残されてしまったのだ。
「別れちゃいました。どうしましょうか」
 まるで困っていなさそうに呟くアーミックに、ヌアージが顎に手を当てながらある提案をした。
「誰か空を飛べる者は居ないだろうか? 私は魔道は専門外だが、そういう術があったりはしないのか?」
 と、突然荒唐無稽なことをノースに尋ねる。当然、ノースはもの凄く困っている。
「そんな術聞いたこともありませんよ。大体何でそんな術があるなんて思ったんですか?」
「いや、君が術を使う時に、君の服にぶら下がっている布が浮いているようだったからな。それを使えば人を浮かせることも出来るのではないかと今思ったのだ」
「へぇ〜、それは良い考えです」
「感心しないで下さいアーミックさん! あれは術を発動する際に魔道の力が僅かに漏れ出しているだけで、僕が意識してやっているわけではありません」
「なるほど、そういうことだったのか。勉強になった」
「納得しなくていいですから、もっと現実的に向こうの3人を連れてくる方法を考えましょう!」
 何でこんな極端マイペースなんだ、とノースは3分にも満たないやり取りですっかり疲れてしまった。こういう時一番まともな意見を言ってくれそうなエデルは何故か姿が見当たらない。先ほどまでは確かにすぐ近くに立っていたのに。少しだけ心配になったが、今はエデルよりも向こう側の3人の方が心配だ。
「計算が狂った……私の読みでは、戦闘終了後すぐに走れば橋が落ちる前に向こう側に行けるはずだったのに。予想よりも橋が落ちるのが早かったということか。いや私の計算は間違っていないはずだ。となると原因は……」
「あ〜〜〜ん、怖かったよぉ〜〜〜」
「二人とも、こんなところに居ないで向こう側に渡る方法を考えましょう」
 一人でぶつぶつ呟いたまま動かないクン=ミンと泣きべそをかいているバーストを、アンリが強引に動かそうとしている。どうやらアンリに任せておけば向こうは大丈夫のようだ。(実は)ノースより年下で、最近まで外を殆ど知らなかったはずの箱入り王子が一番頼りになるように見えることの不自然さは敢えて気にしないことにした。
 やがてアーミックが何かを見つけたようで、彼の呼び声に集まってみる。
 彼が見つけたのは、先ほどの橋よりも更にボロボロで不安になる一本の縄だった。一応、3人の居る場所とこちらとを結んでいるが、どう見ても3人が渡り終えるまで持ちそうにない。流石にこんなものは使えないだろうとノースは思っていたのだが、どうやらアーミックとヌアージはそう思っていなかったようだ。
「この縄でこちら側に来てください〜」
「少々心もとないが、何とかなるだろう」
 いや絶対何とかなりません。ノースは訴えたがアーミックもヌアージも根拠も無く大丈夫だと言うばかりで聞いてくれない。
 一応、アーミックやアンリのように身軽な人間なら辛うじて来れるかもしれない。だが、向こうには大柄なバーストも居るのだ。少なくとも彼は絶対無理だろう。
「よし、ではまず貴様から行け」
「ええ〜〜〜っ!? 僕が最初? 怖いよぉ」
「泣き言を言うな。一番問題ありそうな貴様が無事向こう側に行けたなら我々も問題なく行けるだろう」
 既に半泣きのバーストをクン=ミンが短剣で突いている。一見まともそうで縄の耐久力を考えていなさそうな発言はより一層ノースを不安にさせた。最も、軽い人間からとなると確実にバーストが最後になるから、彼を最後まで向こう側に残すのはもの凄く不安だから判断が難しいのだが。
 結局、可哀想なくらい震えながらバーストが最初に縄に捕まることになった。恐怖からか縄にがっしりしがみ付いたままなかなか先に進まない。しかし重いバーストが乗っている間にも縄はミシミシと嫌な音を立てている。下は深い崖で、落ちたら命の保障は無い。そんな状態なのに。
「何でロックアーマー着たままなんですか……」
 クン=ミンに急かされたからか、よりにもよって重いバーストが重いロックアーマーを装備したまま縄に乗っている。それでも切れないのはほとんど奇跡的だったが、バーストが少しずつ前に進むたびに千切れそうになっている。
 そして、バーストが半分ほど来たところで、事件は起きた。
「あっ! 魔物が!!」
 ノースが叫んだと同時に、魔物の鋭い爪が向こう側のアンリを襲う。間一髪、短剣で攻撃を弾いたアンリだったが、次の攻撃はかわしきれずにかすり傷を負う。しかも魔物は一匹だけでなく、次々と増えている。
「くっ、数が多すぎる。そこの筋肉達磨、さっさと行け!!」
「そんなこと言われてもぉ〜〜〜!!」
 敵を撃退しながらだからか、焦りで余裕を無くしているらしいクン=ミンが珍しく声を上げる。焦るのも当然だ、バーストはともかくアンリとクン=ミンは普段前線で敵に接近して戦うことがあまり無い。せいぜいアンリがたまに短剣で止めを刺すくらいだ。そんな彼らにとって、すぐそこに魔物が大勢居るという状況は少し危険だ。
 そんな時、魔物の群れから大きな鳥が飛び出してきた。大きな翼で風を起こし、衝撃破を放つ。突然の風に煽られてクン=ミンとアンリは背後に吹っ飛ばされ、バーストの捕まっていた縄は大きく揺れる。そして。
 ぶちっ。
「……え?」
 はっきりと聞こえた、縄の千切れる音。そしてバーストも、アンリやクン=ミンとほぼ同時に崖に飲み込まれていった。
「…………」
「落ちちゃいましたね〜」
 突然の事態に呆然とするノースの横で、アーミックがやはりのんびりと呟いた。
「崖に落ちたのか」
 と、そこで突然エデルが口を開いた。先ほどまで姿も見えなかったはずなのに、一体いつの間に出てきたのやら。
「何ということだ。苦難を乗り越え未来に立ち向かおうとする若き王子が、よもやこんなところで命を散らすとは」
「まだ死んではいないようだ。谷底で人の話し声がする」
「アンリ君だけじゃなくて、クン=ミンさんとバーストさんも落ちたんですが」
 崖の上に取り残された4人はなかなかにのんびりと会話をしている。一応落ちた仲間の心配をしているのだが、とてもそうは見えない。一応ノースはちらちらと崖の下を心配そうに見つめるが、姿は見えない。
「どうやって助けましょうか。困りましたねぇ」
 全く困っていなさそうなアーミックが、それでも仲間を見捨てる気は無いのでのそのそと何か助けられる方法が無いか辺りを調べる。彼に続き、ヌアージも周囲の調査を始める。その間エデルは敵に不意を突かれないよう身構えている。
 そんな彼らを眺めて、ノースは彼らと居ることに安堵した。彼らと一緒ならば一応安全だ、と。極端にマイペースな人達だから精神的にはあまり安心できないが。
 そして落ちた三人が、もの凄く心配になってしまった。
 ノースの目から見ても、到底こういった状況に強いとは思えない三人が落ちてしまったのだから。しかも一部は協力して危機を乗り越えるという行為がもの凄く苦手そうだから、不安要素は山ほどあるが安心できる要素がまるで見当たらない。
「ところでエデルさん、今まで何処に行ってたんですか?」
 エデルは橋が落ちた直後くらいから暫く姿が見えなくなっていた。お陰でアーミックとヌアージの変なペースに終始巻き込まれっぱなしだったノースは少し不満そうにエデルを問い詰める。それを不安と取ったのかエデルはすまない、とノースに謝罪し、自分の行動の説明をした。
「橋が落ちた以上、ここを無理に渡るのは危険だと思ったのでな。迂回路が無いか探しに行っていたのだ」
 元々余程の変人でなければ通らない危険地帯だし、その両側に村があるのだから安全な道くらいあるだろうと思ったらしい。
 聞いてみれば当たり前の話だったが、アーミック達は剣難峡が一番近いと聞いてそれ以外の道を考えようともしなかった。
「それで、安全そうな道はありましたか?」
「近辺には無かった。一度山を降りて大きく迂回するしかないようだ」
「そうですか……」
 何で目が見えないのにそんなことまで分かるんだろう、とノースは思ったが、その程度の疑問は既に何十回と繰り返してきて結局良く分からないままなのだ。きっと修行の賜物なのだろう、自分もそれくらい凄い人間にならなきゃと少しずれた決意を抱きながらノースも崖に落ちた3人を助ける方法を探し始めた。




 一方その頃、15歳の少年に心配された3人は、一応高い崖から落ちても無事であった。あちこちに擦り傷などが出来ているが、致命傷は無いようだ。痛みに苦しむどころか、汚れた服にぶつぶつ文句を言いながらクン=ミンは一人で分析(という名の屁理屈)をしていた。
「つまり、始めから強度に不安のある橋を渡る際に慎重に動かなかった者達の浅はかさが招いた事態なのだ。こそこそ歩くのは性に合わないなどと意味不明の言い分で力一杯歩いたヌアージや、何も考えずに飛び跳ねたアーミック、そして何より無駄に大きな肉体のバーストが恐怖に駆られて橋の上で立ち往生してしまったことが元凶だ。全く、下を見れば人は己が高い場所に居ると嫌でも認識させられてしまうから、下を見ずに歩くのが正しいとわざわざ助言までしてやったというのに」
「そ、そんなこと言われてもぉ〜」
 目の前で名指しで批判され、バーストが涙目で控えめに反発する。とはいえ臆病者の彼がまともにクン=ミンに言い返せるわけが無く、泣き言にしか聞こえないような弱気なセリフですらアンリの後ろで震えながら小声で呟いている。そんな状態だから当然クン=ミンが聞いているわけもない。
「助言をしても聞かないのでは意味が無い。つまり、私がわざわざ助言したのは全くの無駄だったということだ。挙句に他人を巻き込んで迷惑を掛けるという失態、私ならば絶対に犯さぬというのに。縄が千切れたのもバーストがロックアーマーなどという邪魔なものをつけたまま乗ったのが失敗だったのだ」
「あの、クン=ミンさん」
 一人ぶつぶつと不平を口にしているクン=ミンに、アンリが堂々と話しかける。彼の後ろで怯えているバーストとは雲泥の差。これが王族の威厳……というわけではなく単に空気を読まなかっただけである。
「橋が落ちたのは、橋の上で戦闘があったからで、アーミックさんもヌアージさんも応戦しただけです。それにクン=ミンさんが橋の上で石の雨を使ったのも原因の一つだと思いますが」
 途端にピタリ、とクン=ミンの呟きが途絶える。己の行動の大人気なさに反省したなどということは全く無く、むしろ子供のアンリに批判された事自体が信じられないと震えていた。小刻みに震えるクン=ミンの拳に気づいたバーストが小さな悲鳴を上げるが、アンリは全く気づいていない。
「それに、縄が千切れたのは確かにバーストさんの所為かもしれませんが、私もクン=ミンさんもロックアーマーのことを指摘しませんでした」
「……私が間違っていると言うのか? 我が策が誤りであったと?」
 元々小さめの目を更に細め、眉間に深く皺を刻む。13歳の子供相手に本気で殺気を放っている大人気ないクン=ミンに怯むことなく、アンリは淡々と言い放つ。
「あの時は皆余裕を無くしていてちゃんとした判断が出来てなかったんだと思います。ここで誰かの責任を問うのではなく、どうやって上に戻るかを考えるべきではないでしょうか」
「む……」  つい最近まで箱入り王子だったアンリにズバリと指摘され、クン=ミンは悔しげに押し黙る。元々彼とて今考えるべきことが何なのかくらい分かっていた。けれど、愚痴の一つだって零したくなる。
 というか、アンリの言葉を聞いていると明らかにクン=ミンお前が悪いもう黙れ、と言っているように聞こえる。が、確かに縄を渡る時何となく嫌な予感がして、あれこれ理屈をつけてバーストを生贄にしたのは自分だ。思えばあの時の自分は少し焦っていたのかもしれない。焦りに惑わされて冷静な判断を失うとは己にあるまじき失態、あってはならないことだった。紛れも無く自分の判断ミスだったのだから、いい加減文句を言うのは大人気ないだろう。この程度で精神を乱すとは、まだ己も未熟ということかとクン=ミンは一人ぶつぶつ呟いていた。
 だが、今のクン=ミンは更に苛々していた。縄から落ちた直後、巨体のバーストはまともに受身を取れず地面に直撃してしまった。しかも彼は重いロックアーマーを装備していたものだから更に重さが増し、地面にめり込んでしまっていたのだ。そして一緒に落ちてきたのは肉体労働にまるで向いていないクン=ミンと肉体が発展途上で鍛えられていないアンリ。せめてヌアージかエデルでも一緒だったなら楽だったのにと愚痴りながら二人でバーストを引っ張り出したのだ。この時点で既にクン=ミンの忍耐力と体力はかなり削られてしまっていた。
 けれど結局クン=ミンはそれ以上何も言わず周囲の調査を始めた。愚痴を言っていても状況が改善するわけではないのだ。
「ふむ。登る方法が無いわけでもないようだな」
「本当ですか!?」
「ああ。だが……」
 喜ぶアンリの後ろに未だ隠れたままのバーストを、クン=ミンはその細い目で殊更強く睨みつける。
「そこの筋肉達磨に、魔物と戦いながら山登りをする意志があればの話だ」
 ひっ、と肩を震わせるバーストから視線を外し、クン=ミンは目の前のごつごつした岩壁を指差す。凹凸が激しく、また足場になりそうな場所も所々あるようなので、頑張れば上に登れなくは無いだろう。但し、元居た高さまで道があるかどうかは不明だが。山登りなんて生易しいものではなく、崖を這い上がるようなもののような気がする。
「ある程度の身軽さがあれば登るのはそう難しくはない。だが、一度登れば引き返すのは困難だ。更に魔物はこちらの都合など考えてはくれないから、狭い足場で戦う可能性もあるだろう。その時にわざわざ下を見て怯えて使い物にならなくなるような人間が居ては足手まといになる。故にバースト、貴様が登ることと敵を倒すことに集中できるなら問題は無いだろう」
「そんなぁ……高いところも敵も怖いよぉ」
「ならばここで魔物の餌になるのだな」
「ひ、酷い……」
 他に方法など無いと半ば苛立ったように怒鳴りつけるクン=ミンと、一緒に頑張ろうと一生懸命励ますアンリによって、バーストは渋々ながら二人と共に山登りに向かうことになった。




 一方その頃、崖の下をじっと眺めていたヌアージが呟いた。
「やはりしっかりした綱でも持ってこなければならないな」
「どういうことだ?」
 その言葉を聞いていたエデルが問うと、ヌアージは崖下を見ながら答えた。
「このずっと下にそこそこ広い足場があるんだが、そこから上はずっと切り立った壁になっていて、登るのは極めて難しい。もし落ちた3人が何とかあの足場まで来れたとしても、その先はこちらから綱でも下げなければ上がって来れない」
「なるほど、ではその綱を探さなければならないのか」
 方法は見えてきた。だがそんな都合のいいものなどあるのだろうか。少なくとも人通りの殆ど無い山中に綱なんて転がっているとも思えない。
「先に近くの村に行って探してみましょうか」
 アーミックの提案により、彼らは一旦山を先に下りて近くの村へと向かった。





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このお話には、いろいろと嘘があります。
勝手に適当な設定をくっつけたりしてます。

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