占いなんかを信じた俺が馬鹿だった。
光の届かない、暗い古井戸の底で、マイスは多数の魔物に追いかけられながら絶叫していた。
そもそも何故こんな場所に居るのか、それを考えただけで彼は頭痛を覚える。
占い師というイメージにそぐわないアホっぽい面の小娘を思い出しながら、マイスは無事に戻ったらあの女ぶん殴ってやる、と女好きの彼には有り得ないほど物騒なことを考えていた。
30分ほど前、マイスは有名な占い師がいるというラークバーンに来た。それまでロングシャンクで遺物鑑定をしながら酒と女に遊び呆けるという、とても自慢できない自堕落な生活を送っていた彼にとっては困難とも言える道のりを辿り、ラークバーンに到着した時には体力をかなり消耗していた。それでも彼は、フォートの少女の手がかりを一刻も早く手に入れたい一心で、倒れこみたい身体を奮い立たせて占い師の居る水晶宮に向かった。
一度立ち寄った宿屋で話は聞いた。占い師の名はサファイアと言うらしい。藁にも縋る思いで水晶宮の扉を開けたのだが、そこに居たのは占い師というイメージからはかけ離れた、いかにもアホっぽい小娘だった。
「……あんたがサファイアか? 随分イメージと違うんだな」
一応纏っている服は占い師のローブのようだが、高名な占い師というよりは単に、占いに夢中な小娘がコスプレをしているような印象を受ける。つまり、言うことは適当で当たりそうに無い。
「占い師ってイメージでしわくちゃのおばあちゃんでも想像した? でも、未来を見たり感じ取ったりするんだから、むしろ若い感性が必要なのよ」
理解できるような出来ないような屁理屈を並べ立てるその様は、占い師というより詐欺師か何かかと突っ込みたくなる。
一応、本当に占い師が婆さんだと思い込んでいたわけではないが、少なくとも未来だか遠い場所だかを見通すのならば、相応のイメージくらいありそうなものだとマイスは思っていた。
加えて、今のマイスは非常に疲れていた。その為、取り繕うことの一切無い言葉を、そのまま吐いてしまった。
「いや、随分頭の悪そうな女だと思っただけだ。占い師というのはもっと厳格というか、知的なイメージがあったんだが」
「帰れ!!」
途端に目を吊り上げる小娘に、マイスは己の失敗を悟った。いかに胡散臭いとはいえ、それ以外に手がかりが無いのだ。怒らせて占ってもらえなくなったらこっちが困る。女相手にこんな失敗などしたことが無いのに、と己の迂闊さを責めながら謝罪を口にした。
「すまん、長旅で疲れていたんだ。許してくれ」
それでも頭が悪そうだという前言を撤回しなかったのだが、頭を下げると女は一応許してくれたようだ。
「ん、まあ謝られたら許さないわけにはいかないわね。あたしって心優しいから」
「元々怒る筋合いだって無いじゃないか、本当のことなんだから……いてっ!」
奥から出てきたらしい青年が殴られて頭を押さえる。昼間からお楽しみだったのだろうか、と真っ先に思ったマイスの思考は基本的に遊び人である。
青年は小娘に何かを告げると、また奥に引っ込んでいった。流石にあの男が本物の占い師なんてオチは無いだろうと思ったマイスはすぐに青年の存在を忘れた。今は頭の中を占めるのは銀色の少女で十分なのだ。
「で、何を占ってほしいの?」
「人を探してほしい。ティフォンという女だ」
銀色の少女のフォートを持っていた女。そいつに会えば、フォートの出所が分かるかもしれない。その場所には、あの少女も居るかもしれないのだ。
殆ど当てずっぽうもいいところな考え方だが、それしかないと、この時のマイスは思っていたのだ。
「女性を探してるの? 想い人とか?」
「違う」
ニヤニヤと笑う小娘に少しイラつきながら、マイスはきっぱりと否定した。
「好きな女を追っかけて、ってとこ? 情熱的ねー、でもちょっと粘着質っぽいなぁ」
「黙れ!! さっさと占え!!」
この小娘は人の話を聞く気が無いようだ。最早苛立ちを一切隠すこともせずマイスは怒鳴った。
図星を突かれた腹立ち紛れでもあるが。
そして占ってもらった結果が、今のマイスの状態である。
長旅でボロボロの身体を、銀色の少女へのストーカーじみた執念だけで奮い立たせて、ラークバーンの古井戸に飛び込んだのだ。
正直甘く見ていたというのもある。まさか街中の古井戸に魔物が住み着いているなどと、普通は思わないではないか、と。
最初こそ銃で敵を撃退していたものの、敵の数が予想以上に多く、弾数が底を尽きかけていた。旅の途中で拾った槍はあるが、遺物鑑定しかしてこなかった、女と酒びたりの駄目人間に、槍を振り回す力があるわけもない。というか、持っていた槍のうち一本は上手く扱えずにやけくそで敵目掛けて投げつけてしまったのだ。残り一本は重い石槍のため、マイスが振り回せるものでもない。
結果、今のマイスは古井戸で魔物に追われ続ける情けない事態になってしまっている。
「そもそもっ、古井戸に、入る、ような女がっ……何処の世界に居るんだ!!」
全力で走りながらマイスは絶叫した。ティフォンを見つけることに躍起になっていて、そんな当たり前の突っ込みすら占った本人にできなかった自分を激しく呪った。
しかしどんなに叫んでも今のマイスは一人きり。誰も聞いてくれないし、助けてもくれない。道はまだ分かるからさっさと戻ってあの頭の悪そうな小娘を縛り上げたいが、今の状況では梯子を登り切るまでに魔物にやられてしまいそうだった。せめて傷を癒すための術具でもあれば、いや最低限水の力を持つ術具があれば自分で回復できるのに、とつくづく準備不足だったことを痛感させられる。
体力は既に限界近い。一度でも止まれば二度と走ることなどできない。だが、こんなところで泣き言など言っていられない。銀色の少女の前に立ったとき、情けない顔など見せられない。
そうだ、彼女に会いに行くんだ。フォートでしか見たことの無い銀色の少女の姿を思い出し、マイスは弾数の少なくなった銃を手に、追ってくる魔物を迎え撃つ。
「俺はっ、彼女に会うためならば、世界平和だって実現してやる!!!」
恋焦がれる彼女に会うためならば、無理と思えることだってやってみせる。その意気込みを表現するには不自然なことを口走る。
走っている間に覚えた地形の中で狭い場所に入り込むと、多くの敵がほぼ一列になって向かってくる。最早弾を一発も無駄に出来ない状態で、できるだけ一撃で敵を沈めたい。そのためにはどうしても狭い通路を通る必要があった。だが、その場所は行き止まりで、一匹でも逃したら勝ち目は無い。マイスは銀色の少女に出会うことなく古井戸の底で屍になるだろう。
だが、絶対に生き抜いてみせる。そして彼女に会う。迸る情熱のままにマイスは咆哮した。そして、銃が次々と火を吹いた。
数時間後、ラークバーンの水晶宮に乗り込んだマイスは、ゾンビのような挙動で血走った目を、目の前の女に向けていた。
「サファイアを出せ!!」
そこに居た女は、占ってもらった小娘ではなかった。マイスより若いのは間違いないが、物腰は非常に落ち着きがあり、どこか神秘的な雰囲気さえ湛えている。マイスが最初に抱いていた占い師のイメージにかなり近い女性だった。
その女は、マイスの異様な雰囲気に少しだけ眉を顰めたが、大して驚きもせず冷静に答えた。
「私がサファイアですが、どうかしましたか?」
「何……?」
この女は何を言っている? 最初にマイスが思ったのはそんなことだった。
目の前の女がサファイア? いやこっちの方が確かに有名な占い師という雰囲気だが。じゃああの小娘は何だ? 偽物か? 偽物なのか? 尤もらしいことを言って誤魔化す詐欺師なのか?
目の前のサファイアと名乗った女をじろじろ見ていると、奥からまた賑やかな声が聞こえてきた。
「お客さんでも来たの? 病み上がりなんだから私に任せてくれりゃ良いのにー……って、あれ?」
賑やかな声の主は、詐欺師の小娘だった。
やっぱりあの頭の悪そうな小娘はサファイアではなかったらしい。彼女の妹らしいが、顔だけは確かに似ていなくもないような、いややっぱり何もかも似てないような。少なくとも性格と雰囲気と占いの腕がまるで違うのは確かだ。
「だって仕方ないじゃん。姉さん寝込んでたんだから」
「だからって……申し訳ありません。私が改めて占いますので、それで許していただけますか?」
そうサファイアが言うものだから、マイスも出した牙を引っ込めるような形で引き下がらざるを得なかった。元々ティフォンを探してもらうために来たのだから、目的が達成されればそれで良い。
「仕方ない。そこの馬鹿娘はぶん殴ってやりたいが、今はあんたに免じて許してやる」
「ありがとうございます。ルビィについては後でよく言って聞かせますので」
一見穏やかなサファイアの物言いだが、ルビィがビクッと肩を竦めたのは見逃さなかった。
「いや、あの、さ、私が悪かったってホント。勝手に占ったのは本当に悪かったと思ってるからさ、ね、だから怒らないで」
「何をおかしなことを言っているのかしら? ちょっと後でお話をするだけよ」
「いやいやいや今凄い殺気放ってるから!!! ホントにゴメンってば!!!」
「わけが分からないわね。マイスさん、だったかしら? お急ぎのところ申し訳ありませんが、ちょっとこの子と話があるので少し待ってもらえますか?」
笑顔ではあったが異様な底知れなさを感じたマイスは、無言で何度も頷いた。
サファイアに引きずられていったルビィの騒がしい悲鳴が、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「お待たせしました。それでは占いましょうか。ティフォンという女性の居場所ですね?」
「ああ」
ルビィがどうなったかはマイスは全く触れなかった。銀色の少女以外どうでもいいというのもあるし、下手に触れると自分も被害に遭いそうな気がしていたからだ。
「水、扉、地下……」
「おい待て」
サファイアの口から出てきた単語に、マイスは思わず口を挟んだ。この時彼の脳裏に蘇ったのは、インチキ占いで人を古井戸に追いやった馬鹿娘だ。彼女も同じ単語を出していた。
「何度も疑って悪いが、本当に当たるのか?」
「あの子の所為で酷い目に遭わされたのは理解していますが、せめて最後まで聞いてからにしてください」
「……すまん」
折角占っているというのに疑われれば気分も悪くなるだろう。あくまで淡々とした調子ではあったが、恐らく多少なりとも怒っている。少しだけ冷静になったマイスは素直に謝罪する。
「港町のようです。ガデイラかヴァフトームでしょう」
「……そう、なのか?」
同じ単語を口にしていたのに、何故出てくる答えが違うんだ。疑問はあるが、占い師の感性とやらが答えを導き出すのだろう。それ以上は気にせず、マイスはとりあえず近い方のガデイラに向かうことにした。
ティフォンの居る場所を教えてもらったマイスは、それでも少し半信半疑だったためにまた疑うようなことを口にする。しかし今度はサファイアは怒らなかった。
「今度は本当に当たっているんだろうな?」
「ええ。不安なら私も同行しましょう」
「店は良いのか?」
「今度はちゃんと休業中の札を下げておくので大丈夫です」
「そういう意味じゃなかったんだが」
別にわざわざついてこなくても良いんだが、そう告げようとしたマイスの先手を打って、サファイアが微笑んだ。
「あなたからは年に似合わず一途な恋愛の気配がします。そんな面白いものを黙って見逃す手はありません」
「俺は見世物じゃない!!! 大体、何でそんなことが分かる!!?」
「あら、本当にそうだったんですね。女性を探しているということから適当に言ってみただけなのですが」
平然とそんなことを言い放つサファイアに、マイスは愕然とした。
何なんだそれは、絶対妹より性質悪いこの女、と無言で項垂れる。
「……言っておくが、ティフォンとかいう女は彼女を探すための手がかりだぞ」
恋焦がれる相手は銀色の少女であって、ティフォンという女ではない。それだけははっきりさせておきたかった。これだけは絶対に譲れないのだ。
「ところで、差し出がましいようですが」
フォートの少女の話まで聞きだされた後、サファイアがマイスの顔を窺うように首を傾げる。
「何だ。何でも言え。もう今更だ」
「どうせならその銀色の少女の居場所を占った方が早かったのではないですか? 今度はちゃんと料金取りますけど」
「…………」
恋をした人間にとって、冷静な判断など皆無である。
そんな馬鹿みたいな話を身をもって痛感したマイスだった。
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「マイス編のマイスとルビィ」だったような気がするのですが、実際書いてみたらサファイアの方が目立ってた件。
この辺りの話すらうろ覚えだったりします。なのでセリフがゲームと違っていても見逃してください。
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