若き隊長に幸あれ







 テルミナの町で最近有名な酒場がある。名をバー蛇骨。名前でバレバレだが、テルミナの領主、蛇骨大佐の経営している酒場である。
 比較的安値で良心的な経営で、みんながお勧めする酒場である。
 ―――これが地元の民の意識である。



 パレポリ軍の遠征司令部で、総司令官のイシトは軍の出費に頭を悩ませていた。
 久々に様子を見に戻ってきたら、兵による無駄遣いが軍の財政を圧迫していた。どうやらイシトがセルジュ達と戦っていた間、ここぞとばかりに贅の限りを尽くしたらしい。
 ここエルニドで大陸の品物を手に入れようとすると非常に高くつく。注文などしようものなら本来の10倍以上の値がつく。しかし兵達は大陸のものを使いたがる。結果がこの有り様だ。
 イシトは目の前に積まれている膨大な請求書を眺め、更に盛大にため息を吐く。どう見積もっても今の状態では払いきれない。
 本国に連絡を取るという選択肢はイシトの頭には無い。エルニドを占拠してからというもの、何度も財政状況が悪化した事があった。その度に本国に連絡を取ったのだが、いつも嫌味を言われ足しにもならない雀の涙ほどの資金を送られ、「それで何とかしろ」ばかり。役に立った事など無い。
 いつもは兵達に徹底した倹約をさせ、更に素性を偽って働いて稼いできた。今回もそれしかないのだろう。我ながら情けないという事は分かっている。だがそれしかないのならやるしかない。



「・・・というわけで、暫く私をメンバーから外してくれないか?」
「・・・えーと、事情はよく分かったけど、こっちもイシトいないと困るんだよな。主にカーシュの制御が。」
「おい、何だよそれ。」
 カーシュが文句を言うが、セルジュは取り合わない。
「私も今は切迫した状況だと分かっている。だが・・・」
 そう、今は早く空に浮き上がった非常識の塊に乗り込まなければならない。あそこにいるはずの、人を散々おちょくって利用した獣(竜)をぶち殺さなければならない。
「今更他の誰かを入れようっても、カーシュの歯止めが出来る人ってあんまりいないんだよなぁ・・・」
「だから、何でそこで俺の名前が出てくるんだよ!?」
 ムキになってカーシュが騒ぐと、セルジュとイシトは揃って深いため息を吐いた。
「何だ、自覚してなかったのか。まさか最悪の「無知の無知」だなんて。アカシア四天王の一人がこんな奴だなんて、よっぽど人手不足なんだな。」
「セルジュ、こんな奴でも実力は確かだ。どうしようもない単細胞で、「黒き風」にかかれば一瞬で暗殺出来るような奴でもな。」
「むがががが・・・」
 怒りに言葉さえも失うカーシュの存在を無視してセルジュは納得いかないように眉を顰めた。
「でもさ、あそこってそんなに人手不足なのかな?いくら何でも、あんなのを四天王にするなんて・・・」
「だからこそだ。あんなのを四天王に据えなければならない蛇骨大佐の苦労も察してやれ。」
「てめえの軍が一番のストレスの元なんじゃねえか!!!そう思うならさっさと国へ帰れ!!!」
 ある意味正当な物言いではある。カーシュにしては良い事を言った・・・が。
「私が占拠したのは私達の世界のテルミナだ。お前達の世界の事までは知らん。」
「俺達のテルミナを占拠してんのもてめぇだろうが!!!」
 世界が違えば人も違う。ここにいるイシトとアナザーのイシトとでそんなに違いは無いが、それでも同じではないのだ。
「まあ、馬鹿を相手にしてる暇は無い。悪いがセルジュ、ここは他の者に―――」
「ちょっと待った。」
 すぐにでも離れようとするイシトを、今度はしっかり止める。文句を言いたそうに顔をしかめるイシトに、セルジュは名案とばかりに目を輝かせる。
「なんなら、僕達も資金稼ぎに協力しよう!ていうかする。もう決定事項だよ。」
 非常に無邪気な笑顔を見せるセルジュに、イシトは戦慄した。セルジュがこういう笑顔を見せる時はロクな事がない。
「何を企んでいる?」
 暫くの沈黙の後、訝しげにイシトが呻く。
「別に。敢えて言うなら、たまには戦い以外の事がしたくなったってくらいかな?」
 徹底して疑わしげな視線をセルジュに向けながら、イシトはまだ警戒を解かない。ヤマネコ時代の彼が、「この姿なら絶対僕だって分からないしー」とかほざいて散々好き放題食い逃げやらスリやら軽犯罪を繰り返していた。今ではヤマネコの顔がエルニド中に指名手配されている。
 今のセルジュは、丁度その時と同じ笑顔をしている。疑わない訳がない。
「何だよ、疑り深いなぁイシトは。」
 事情を知っていれば、この程度の警戒はこの上無く正当だ。一緒にいる馬鹿(カーシュの事)は分かってないようだが。
「しかしだな・・・」
「それは名案ですわね。」
 イシトの声を遮り、セルジュに賛同の声を上げた考えなしが突然現れる。その馬鹿に文句をつけようと顔を向けると、そこにいたのはリデルだった。
「リデルさん・・・?」
 今ここにいるにはあまりにも不自然な人物の登場に、イシトは目を丸くした。
「リデルさん、何故あなたがここに?」
 ここはテルミナだが、イシトがいた方の・・・つまりホームのテルミナである。セルジュが呼ばない限り、アナザーの住人である彼女がここに居るはずがないのだ。
 表面だけは冷静に振る舞うイシトに、リデルはお嬢様らしくクスクス笑う。
「セルジュさんに呼び出されたんです。カーシュがうるさいとかで。」
「はぁ。」
 生返事をしつつも、これなら・・・と思ったのも事実である。セルジュが執拗に自分を引き留め余計な事を言い出したきっかけであるカーシュが居なければ、適当にあしらう事も出来る。
 早速セルジュに言おうと声を出そうとしたイシトの腕を引っ張る者がいた。言わずもがな、リデルである。
「リデルさん?」
 やや不安気に彼女の名を呼ぶイシトに、何処か心配するような表情をイシトに向けるリデル。何だかまた嫌な予感がする。セルジュの時と違って確固たる理由は無いが、第六感が何かを伝えようとしている。あまり良くない類の何かを。
 イシトが立ち止まるのを見てリデルはようやく手を離す。
「イシトさん、事情はお聞きしました。何でも軍が財政難に陥っているようで。」
 元々テルミナを治めていた大佐の娘に心配されるとは、と嘆きたい気分でもあるが、黙ってリデルの言葉を聞く。
 リデルは彼女らしい意思の強い瞳を輝かせる。
「パレポリ軍は敵ですが、あなたは私達の仲間です。私達も是非あなたに協力して差し上げたいのです。」
「・・・は?」
 暫しの沈黙の後、ようやく絞り出された返事とも疑問とも分からない声がイシトの口から漏れた。いつも涼しい顔で銃を撃つ彼には珍しく、目に見えて困惑している。それもその筈、リデルやアカシアの人間にとってパレポリは敵でしかない。その敵に協力するとはどういう事か。変に勘ぐりたくはないが、第六感はますます激しく警告してくる。
「やはり、警戒しておられるのですか?」
 そんなイシトの困惑と葛藤を見透かしたかのようにリデルは尋ねる。悲しげな目で見つめられ、つい動揺したまま慌てて否定する。
「あ、いえ、そんな事は・・・」
「良いんですよ。今の私達の立場を考えればむしろ当然です。」
 あくまでにこやかにリデルは頷く。その表情からは悲哀も憎悪も懐疑も何も感じられない。かえって不気味だ。
 リデルは見た目はお嬢様だが、あの蛇骨大佐の娘でもある。見た目で判断してはならない存在である。
 わずかな逡巡の後、イシトは探るようにリデルを見つめた。
「何を企んでいるんですか?」
 はっきりそう尋ねると、リデルは視線を彷徨わせる。
「何も企んでなんていません。」
「目が泳いでますよ。」
 はっきりと指摘され、リデルは目を逸らすのを止め、降参と言うように両手を上げる。
「やはりバレバレでしたか。」
 言葉の割に口調は軽い。企みを隠すどころか言う気満々だったのではなかろうか。
「実は私達、向こうの世界の方でお店を開いているんです。元々はこちらの世界の幼稚園の経営費の足しにと思っていたのですが・・・」
 その話は知っている。バー蛇骨とかいう、いかにも怪しげな店だ。何が怪しいかって、暗くて中の様子が分かり辛い。スパイ経験のあるイシトでさえ外からではそうだというのに、一般人には全く見えないであろう。一度セルジュ達と一緒に行った事がある。確かに地元民には良い店だが、余所者に対しては・・・
「それで、イシトさんが店に協力して下されば、売り上げの一割を給料として差し上げますわ。」
「一割・・・」
 イシトは非常に悩んだ。あんな怪しい店に関わりたくはない。だが、何故か繁盛しているらしい店の一割は美味しい。
「ちなみに一日の売り上げ平均は?」
「ざっと1200万。」
 ますます悩む。一日120万は良すぎる。しかしかえって怪しいと思わざるを得ないのもまた事実。
「仕事内容は?」
 念のため聞いてみる。何だか嫌な予感がする。
「接客です。」
「お断りします。」
 即答。
「そんな、何故ですか!?」
 わざとらしく大仰に後ずさってみるリデルに、イシトは冷たく答えた。
「あの店の接客と言えばホストじゃないですか。ともすれば部下がいるかもしれない所でそんな事出来ますか。」
「あなたの部下ではなく、もう一人のあなたの部下でしょう?」
「同じ事です。それに、私にとっては違っても、事情を知らない部下にとっては同じ事でしょう。」
 イシトの目の前でかすかに舌打ちするリデル。どうしてもイシトにホスト(?)をやらせたいらしい。今のイシトの台詞をカーシュに聞かせたい。
 互いに何だか牽制し合っている二人に対し、少し遠慮がちにセルジュが声をかける。
「あのさー、結局それでイシトどうするの?多分あの(胡散臭い)店で働く以外に道は無いと思うけど。」
 セルジュの発言に、二人とも押し黙る。
 最初に口を開いたのはリデルの方だった。
「それは、どういう事ですか?先ほどのセリフの妙な間は敢えて不問に致しますので、ちゃんと説明して頂けますか?」
 リデルの微妙な覇気に気圧されながらも、ようやく注意を引き満足したようにセルジュは続ける。
「だってさ、テルミナって結局蛇骨家の人達の領地じゃん?ならリデルさんが権力にものを言わせて誰も雇わせないようにする事は出来るよね。ホームじゃリデルさん達は行方不明って事になってるだけだし、ダリオさんも戻ってきたんだし、ひょっこり帰って来るなんて不自然じゃないよね?もっと手っ取り早くイシトの素性をバラせば簡単に制限出来るし。」
「「・・・・・・・・・・」」
 両者ともに黙るが、その沈黙の理由はそれぞれ異なる。イシトは「黙ってればバレなかったのに」とセルジュを睨みつけ、リデルは「そう言えばそうだ」と素晴らしい提案とばかりに目を輝かせる。
 そんな反応の違いにも気づかず、セルジュは話を続ける。
「イシトが何処で働くかは知らないけど、どうせテルミナの何処かだろ?ここが一番稼ぎが良いし。」
 まさかゼルベスとかじゃないよね?と念まで押されては、今更否定する事も出来ない。
 実はこいつ蛇骨家の回し者なんじゃないかとまで思えてくる。ていうかリデルの下僕か。
 ふと、奇妙な視線を感じて振り返ると、リデルが酷く晴れやかな笑顔(イシトにとっては地獄へ叩き落とされるような気配さえ感じる笑顔)を浮かべていた。
「決定、ですわね。」
 もはや、イシトに逃げ場は無かった。

 

とりあえずリデル好きな人ゴメンなさい。何だか黒くなってしまいました。
イシトのホスト姿を見たいのは私です。
ていうかイシト一番好きなので、彼の話を書こうとしたのですが、何故こんな事に・・・
ちなみに続き物っぽく書かれてますが、一話完結の予定だったので続きは考えてません(爆)が、続きが気になるという方が一人でもいれば、調子に乗って書くかもしれません。
管理人は気紛れかつ単純です。


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