冥府の王デス。彼の役割は死した魂の管理。それを行うため、彼はずっと冥府に留まっている。
しかし、いかに神といえど退屈というものは存在する。ましてや、弟が1000年もの間恨みつらみを抱えて生きているくらいだから、兄が退屈しないとも言い切れない。
そしてあるとき、デスは遂に言い出した。
「退屈だ。我も地上に出る。」
その言葉には、冥府で漂う魂たちも驚愕する。
人間世界でもデスは冥府の王として伝わっていて、更に魂を浄化するものとして知られている。そんなデスが事もあろうに地上に出るという。
「しかし、神であるあなた様がやすやすと地上に出るのは…」
「エロールの奴も出ている。我がどこぞの根暗のごとく一箇所に引き篭もっていなければならないという義務はない。」
「仕事はどうなされるおつもりですか。」
「お前たちに任せる。では、行ってくる。」
「デ、デス様!!!?」
ざわめく魂たちを置き去りに、デスは本当に去ってしまった。エロールといい全く勝手な神である。
あまりにも突然に突拍子もないことになった事で、デスを通したフレイムタイラントが何事かとわざわざ冥府に問い合わせにきたくらいだ。
そして、冥府に大混乱を残し、デスは地上に降り立った。
そして性懲りもなくマルディアス。
いつもいつも謎の詩人が酒場に居ることで有名なこの世界のある酒場で、二人の詩人が向き合っていた。全く同じ顔で同じデザインの服と楽器。違うところは全体的な色。普段見ない方は何と全身真っ黒で、竪琴まで黒い。ただでさえ怪しい詩人なのに、真っ黒というますます怪しい出で立ちの詩人に、元の詩人―――というかエロールはもう一人の自分―――つーかデスに呆れ口調で声を掛ける。
「あなたは一体、何しに来てるんですか?」
「暇潰しだ。」
「冥府での仕事はどうしたのですか。」
「魂たちに任せてきた。」
「魂を管理するあなたにあるまじき理由ですね。」
「神のくせに地上を渡り歩いて遊び呆けているどこぞの光の神には言われたくない。」
「…まあ良いでしょう。そんなに暇でしたら暫くの間、冒険者たちの相手をしていてください。私は少々用事がありまして。」
「神のくせに飲んだくれに行くのか。」
「冥府の王が神の心を読まないでください。」
「まあ良い。それで、何をすれば良いのだ?」
「冒険者の方たちに、メンバーから外したい人がいると言われたら、外す人を説得するのです。本人には言いづらいでしょうから、それとなく上手く説得して、ね。」
「随分珍妙な事をするものだな。言いたいことがあれば直接言えばいいものを。」
「人間はそういうわけにもいかないのですよ。後、詩人ですから何か話を語って聞かせてください。まあ、相手の方が要らないと言えば良いのですが。」
「何を語るのだ?」
「それはあなたにお任せします。では。」
それだけ告げて、エロールはふっと姿を消す。一体何処の酒場に行ったのやら、というか飲みたいならここで飲めば良いのに、奴の考える事は1000年経っても理解できない。
とにかく、デスは酒場の片隅に立って適当にぼーっとしていた。長年冥府で単調な毎日を過ごしていたデスにとって、それだけでもかなり新鮮な体験であった。
やがて一組の冒険者のチームが入ってきた。やけに若い者たちばかりだが、今時のマルディアスでは子供が旅をするのだろうか。全く、今の世は乱れている。子供を危険に晒すなどと、冥府の仕事を増やす真似はしてほしくないものだ。
「おい、あんた。言っとくけど、俺は22だぜ。立派な大人なんだよ!」
「私も22歳…」
パーティの中の耳の尖った子供と緑の小娘に睨まれてしまった。どうやら口に出して言ってしまっていたらしい。しかし神に言わせれば22歳だろうと80歳だろうと子供は子供…と、人間の寿命はそう長くないからそういう問題ではない。だが、少なくともこの二人は確実に子供だと思ったのだが。肉体的にどうかは分からんが、精神的に幼いのは確実だ。
ただ、そんな事でいちいち言い争う気はない。面倒だからだ。
「そんな事はどうでもいい。それより、我に用でもあるのか?」
「へ?いや用ってーか…あんたいつものと違わない?」
「確かに我と奴は別物だが、仕事だけはやるぞ。」
あのエロールと同じなのはデザインだけだ。それが分からないようであれば、エロールの子は随分と愚かな事だ。
答えると、赤い髪の小娘が元気よく手を挙げる。
「はいはーい、私詩人さんの語りが聞きたい!!」
語り…と言われても、冥府に1000年も隠居していた神に何を語れと…と、暫し悩み、仕方ないので昔話をすることにした。
「879年前の事、ある一人の男が死んだ。その男は、かつては世界を股にかける大泥棒だった。」
「いきなり死んでんのかよ。」
「黙って聞け。男は死した後、冥府の王にこう告げた。『俺は世界を恐怖に陥れた大泥棒様だぞ。分かったら手厚くもてなしやがれ。』」
「…何故泥棒が人々に怖がられるの?迷惑がられるのではなくて?」
「…クローディア、そういう事を泥棒の目の前で言うんじゃねーよ。」
「本当の事でしょう。」
「当然、そのような無礼な魂に、冥府の王は怒った。王は魂の浄化のため、男を煉獄に放り込んだ。長年置いておけば魂は浄化されるだろうと思っての事だった。しかし、男の魂は煉獄に葬られて間も無く消滅した。魂は非常に軟弱だったため、浄化される前に滅んでしまったのだ。」
「そんな!全ての命には等しく生きる権利があります!なのに、そのような惨い真似を…」
話を聞き終えると、金髪の暑苦しい少年が嘆き悲しんだ。それを、耳の尖った少年…いや青年が肩を竦めて宥める。
「落ち着けってアルベルト。今の話ちゃんと聞いてたか?王に対して無礼な振る舞いをしたんだぞ?そういうのを許してちゃ面目が立たないだろ?お前の敬愛するナイトハルト殿下だって、そんな失礼な奴を笑って許したりはしないだろ。」
「殿下はそのような事をするお方ではありません!!!あの方は…」
「あーはいはい、分かった分かった。だからその話はもう終わりな。」
自分から話を持ち出したくせに終わりと言う。随分身勝手な物言いをする人間だ。
騒ぐ子供たちを眺めていると、今度は酒場に大柄な角の生えた女が入ってきた。見るからに屈強な戦士という出で立ちで、その女は真っ直ぐ子供たちに向かってきた。なるほど、子供だけのパーティではなく、ちゃんと保護者がいたのか。ならば多少は安心か。しかし、念には念を入れておかねば。
「そこの女。この子供たちを死なせるな。」
そう告げると女は少々ムッとした様子を見せたものの、すぐに力強く笑う。
「安心しな。あたしが全力でこの子達を守ってやるからさ。」
「俺はガキじゃねえ。」
「私は子供じゃない。」
まだ喚く自称22歳を引きずり、残り二人の子供を引き連れて女は酒場を出て行った。
とりあえず、こういう仕事をすればいいのか。しかしあの子供たちは何をしに来たのか、一体これが何の役に立つのか、これが分からない。
暫くして、また別の冒険者たちが訪れた。今度は全員世慣れた大人という感じだ。
「着いたぜー!!早速飲むぞ!!!」
…否、精神的に子供な人間が混じっていたようだ。しかし見た目はむさ苦しい髭を生やしキノコのような緑色の帽子を被った中年。それで中身が子供というのは正直見苦しい。
「もう、待ち望んでいたお酒にありつけて嬉しいのは分かるけどさ、そんなにはしゃがないでよ。」
「放っておけ。あれはああいう人種だ。死んでも直らん。」
男の後に続けて入ったのは、銀髪に赤い服の女と、灰色の目と髪の男。灰色の髪の男の方は纏う雰囲気が普通の人間とは多少異なっているようだ。エロールの子でありながら我ら三邪神の恩寵を受けているようだが…随分珍しい人間がいたものだ。それに、女の方…首に下げているのはもしや、幻のアメジストではなかろうか。あれは確かエロールが持ち歩いていて、さっき会ったときは既に手放していた様子だが…一体奴は何を考えているのか。
「あまり飲みすぎないでくださいキャプテン。現在の金銭的状況を考えれば、あまり余裕はありません。」
「あー?だったらまた適当な財宝でも見つけりゃ良いだろうが!なあグレイ?」
「俺に振るな。大体、俺たちはお前の酒のために稼いでいるのではない。」
「そうですキャプテン。レイディラック2号の資金を稼ぐという話を、つい10分ほど前にしたばかりです。」
「そうだったか?まあそれはそれ、これはこれだ。」
「あはは、ゲラ=ハも大変だねぇ。」
「本当に笑い話ではありませんよ〜。今本当にギリギリなんですよぉ。最近は金になる話もあまり聞きませんし…」
トカゲやら細目の男までもが加わって、随分騒がしくなった。これをいわゆる音声多重というのだろう。騒がしいが、鬱陶しくはない。
「あ、あなた。何かお金になる話とかありませんかぁ?」
細目の男が突然話しかけてきた。どうやら金が欲しいらしい。人間世界特有のものの価値はよく分からないが、どうやら無ければ非常に困るらしい。しかし、金になる話など無い。
「そのような話は聞かないが、何か物があれば良いのか?」
「現物支給ですか…物によっては高く売れるかも知れませんね。で、何処ですか?」
「武器か防具なら、我が与えてやろう。但し、仲間の命と引き換えにだ。」
「………遠慮しておきます。」
人間は仲間意識が強いという。ならばその反応も予想の範疇。その答えは魂を扱うデスにとっても不快にならない答えで、目の前で酒盛りを始めた彼らを生暖かく見守っていた。
飲んでいる間に、女が酒場の中央で踊り始めた。どうやら女は踊り子だったらしい。それが高い技量で行われているか定かではないが、少なくとも我は大満足だ。故に彼らに死の剣をただでくれてやった。人間世界でどれだけの価値があるか分からないが、少しでも役に立てば幸い。
彼らが酒場に来て暫く経つと、今度は一人の女が静かに入ってきた。静かにと意識しているわけではないだろうが、気配すら殆ど感じさせない。というか、この気配は覚えがある。当たり前だがもう1000年も会っていない妹。
「シェラハ…か。」
小さく呟いた声は彼女には届かず、シェラハは真っ直ぐ酒場の店主に話しかける。どうやらこの酒場で雇ってもらうつもりらしい。
そういえば彼女は停戦の条件に、人間になりたいと言っていたはず。とすれば今の彼女は人間の女ということになる。エロールがどうやってやったかは定かではないが、推測するならば彼女の指にある光のダイヤモンドだろう。
しかし、念願の人間になれたというのに、どうも表情が暗い。今の生き方を喜んでいないのか。そもそも人間とは限られた生を生きるものであり、本質的に神であるシェラハにはそれは出来ない。その意味ではシェラハは結局人間にはなれないのだ。それを、今更ながらに痛感しているのだろうか。
「今の生に満足していないのか。」
暗い影を背負った妹に声を掛ける。しかし、彼女の我を見る視線は、まるで初めて会う人間に対するもの。いくら人間に身を窶したとしても、気配で分からないはずがないのに。
「私の生には、悲しいことが多すぎる。」
「望んでいた、人としての生なのにか?」
「私に関わったものは皆死ぬ。誰であろうとも。あなたも私に構わないで。」
取り付く島も無い彼女と何とか話をしてみると、どうも彼女にはシェラハだった頃の記憶はないらしい。今シェリルと名乗っている彼女は、自らが神であると自覚せず、近づいてくる人間は皆死ぬ。それを永遠にも近い形で繰り返す。何故彼女に関わった人間が死ぬのか、確かな事は言えないが恐らく邪神であることが関わっているのだろう。本質的にエロールの子である人間とは交じり合えぬ、相反する存在。
エロールは初めからわかっていたのではないか。神であるために永遠の時を生き、人の世界の中で人の死を見続けていかなければならない彼女を。本当に、得体の知れない奴だ。
「…シェリルか?」
突如、低い声が会話に割って入る。灰色の髪の男。そういえばまだ彼らは居たなと納得する。
「知り合いか?」
しかし、彼らが冒険者とはいえ、シェラハ―――いや、シェリルと知り合いだったとは思わなかった。
「また、あなたなの。」
不快そうではないが、関わりたくなさそうな顔をするシェリルに、男は無表情のまま告げる。
「人はいずれ死ぬ。それがお前の周りで起きていようとも、それがお前の所為とは限らない。死を間近に見るのも、自らが死を迎えるのも、どちらも人の宿命だ。人として生きている以上、その宿命を乗り越えてみせろ。」
「……。」
シェリルは黙ったまま酒場の奥に行ってしまった。だが、男の言葉は彼女に届いただろう。
男の言葉は、人のみならず生きとし生けるもの全ての宿命。死を恐れず、死を軽んじず、常に死と向き合って生きることこそ命あるものの義務である。
男がシェリルの正体を知るはずは無いが、あの言葉こそ彼女に最も必要なもの。
「感謝する。」
男は怪訝そうな目を向けて、仲間の元へと去った。しかし兄として、同じ神として、魂を司るものとして、我は男に感謝しよう。
人間も、なかなか捨てたものではない。
その日の夜遅く、漸くエロールが姿を現した。見るとどうも顔が赤い。そして妙な匂いがする。先ほど酒を浴びるほど飲んでいたキノコ帽子の髭男と同じような状態だ。
「酒を飲むつもりで飲まれたか。」
エロールはデスの言葉に反論する間も無くその場に倒れた。デスは平然とエロールを見捨てて酒場を後にした。背後から「困りますよぉ〜」と声が聞こえたが無視。
今日はエロールのお陰でそれなりに楽しめた。しかし、感謝は出来ない。同じ神として、醜態を晒したエロールには侮蔑の視線を送ってやりたいくらいだった。
弟といい、1000年もの間に神は随分低俗になってしまったものだとデスは思った。
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エロール好きな人、デス様好きな人、石投げないでください。
デス様が地上に出てきたらみたいな話をギャグっぽく。
そしてちょっとだけシェリルの話と何故かグレイ(笑)
そういえば、結局仲間を外すのは無かったです。まあ、それはまたいずれ(ぇ
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