空に舞う翼





 空が飛べたら、どれだけ気持ち良いだろう。誰もが一度は思い描く夢。人には無い翼で飛ぶ鳥などの有翼類に憧れを抱く者も多い。人類の夢、と言ってもいい。
 人が空を飛ぶというのは夢のような話ではあるが、現実的に考えても有用なのは間違いない。無理に拘る必要もないが、あれば移動に便利。そんなもの。少なくともグレイにとっては、その程度のものである。
「例えばさ、ブルエーレとゴールドマインを行き来するにも、一気にばーんと飛んで行っちゃえば簡単だよね。」
「そうだねぇ。旅はのんびり急がず、が一番楽しめるんだけど、急ぎの用事がある時はそう言ってられないしね。」
「バファルの皇帝陛下が病に倒れた時は、一刻を争う事態だったものね。それに、今更だけど、空を飛べればきっとイスマス陥落の際にすぐナイトハルト殿下に連絡が取れたでしょうに。」
 人が空を飛ぶ事など夢物語。いつもいつも妄想しているなら問題だが、たまにならそれも良いだろう。ミリアムもバーバラもディアナも、その程度の良識は弁えているはず。
「いっそ、そこら辺のモンスター捕まえて飛ぼうか?」
「モンスターの背に乗るのは勘弁して。あんまり乗り心地良くなさそうだし。」
「けれど、発想としては悪くないわね。大きな鳥なら、あるいは…」
 彼女達は旅をしている。その実力は並の男では全く歯が立たないくらい。そんな彼女達だから、多少発想が常軌を逸していてもおかしくない。
「タイニィフェザーは?あれだけ大きけりゃ5人くらい軽いよ。」
「スカーブ山を登って?第一、そんな素直に言う事聞くとは思えないけどねぇ。」
「力ずくで言う事を聞かせようとしても、死んだ方がマシと言われたらお手上げでしょう。」
「…つかさ、何で暴力に訴える手段を第一に考えるのか、これがわからねぇ。」
 ただの雑談と流せればよいのだが、彼女達は結構本気だったりする。本気だからこそ今ローザリアまで来ているんじゃないかと思う。いや、それ以外にわざわざローザリアまで来る理由がない。だからこそ常識的感覚を持つジャミルは無駄と分かっていても止めずにはいられなかった。
 しかし、今までに彼の言葉が受け入れられた事は殆ど無く、またジャミル自身、自分の地位が低いことは自覚しているためにどうも押しが弱くなってしまう。
「駄目だ、これじゃ駄目だ!!そうやって他人の意見に押し切られちまったらいずれ髪の毛の心配しなきゃならなくなる!!ヘタレとか言われたり部下に侮られたりしちまう!!いや俺は部下なんていないけど。」
「安心しろ。あいつらの言い分は別に感情論ではないし、不殺を唱えながら力を振るうような矛盾もしでかさない。ただ互いに理解できないだけだ。」
「安心できねーっ!!つーかグレイ!!あんたリーダーなんだから止めろ!!!このまま放っておいたら本気でタイニィフェザーのところに殴り込みだぞ!!」
 滝のように涙を流しながらグレイに掴みかかるジャミルに余裕は全く無い。彼としては、自分同様に彼女達に流されているはずのグレイが相変わらず冷静を保っているのが信じられなくもある。
「それで、俺にあいつらを止めろと?自分に出来ない事を他人に期待するのか?」
「ああそうだよチクショウ!!!俺には止められないからあんたに頼んでるんだよ!!」
 既に恥も外聞もなく喚くジャミルに、グレイはため息を一つついて無言である石をジャミルに手渡す。
 気のムーンストーン。皇帝の奇病を治すために使ったものである。
「これで、何をしろと?」
「あいつらの邪悪な意志をムーンストーンの力で浄化しろ。」
 よりによって邪悪な意志かよ。ていうか邪悪って言い切ったよこいつ。否定は出来ないが。
 白い目で見るジャミルに、グレイは駄目かと今度は一振りの剣を手渡す。邪のオブシダンソードである。
「まさかこれで、あいつらを斬れとか言うんじゃねーだろーな?」
 いくら何でも殺す気にはなれないらしい。当然ながら渋るジャミルに、グレイは珍しく力を込めて告げる。
「オブシダンソードは、邪悪なものを斬る力がある(と思う)。ならば(根拠のない予想に過ぎないが)邪悪な意志だけを切り落としてあいつらを正常に戻す事も出来るはずだ。」
 胡散臭い。そんな話は聞いた事がない。何より言葉の間の空白が気になる。しかし他に適当な手段も無い。二人で色々言っている間に既にスカーブ山に入ってしまっているため、急がなければタイニィフェザーが邪悪な欲望の餌食になる。彼ら四天王は見かけはモンスターだが結構良い奴等だ。最近雑用を任され延々魔物を倒す羽目になったが、悪い奴ではない。それを倒すのはかなり気が引ける。
 覚悟を決め、後で半殺しにされるのも承知の上でジャミルはオブシダンソードを構え前を歩く3人に特攻する。ジャミルは細剣使いなのに両手大剣モードで。
 が、剣を振り下ろす直前、突如ディアナが振り向いた。その目に宿る光はブラッドスパルタン。目が赤く光り悪魔に凝視されたような感覚に陥り、ジャミルは完全に呑まれた。
「うおおぉぉぉっっ!!!!」
 全力で無理矢理勢いを変え、かろうじてジャミルの一撃は彼女達を掠め更に向こうにたまたま居たモンスターに向けられた。
 モンスターに突撃する態勢で、ジャミルは必死で慣れない両手大剣を振り、モンスターに強力な一撃を与える。
「はぁ…はぁ…やばかった〜」
「凄いね〜ジャミル。いきなりアッパースマッシュ閃くなんて。」
 ミリアムの呑気な拍手にも、笑って答える気力は今のジャミルには無かった。
 怖い。その時ジャミルは真の恐怖を味わった気がした。
「ジャミル、見直したわ。私達を守るために敵に向かって特攻するなんて。」
 凛々しいディアナの微笑みは、そこらの男なら即座にノックアウトする破壊力を持っているが、今のジャミルにはそれが悪魔の微笑みに思えた。むしろジャミルが彼女達を狙った事を見抜いていて「今度同じ真似をしようとしたら殺す」と言っているようにしか見えなかった。
「あ、あはははは…これからも俺に任せとけって〜」
 乾いた笑いと共に漏れた軽口も力無く、消え入るように吐かれたのみだった。
 そんなジャミルに、後ろから見ていたグレイが冷ややかな視線を投げかける。
「情けない。」
「そういうくらいならあんたが何とかしろよ!!!大体良く考えたらオブシダンソードが邪念を断つなんて話、俺は聞いた事ないぞ!!!」
 オブシダンソードについてはグレイが適当に言ってみただけの話なのだから、本当かどうかも怪しい。グレイがわざわざそれを口にするわけ無いが、立場をはっきりさせておこうと口を開いた。
「俺は初めから、あいつらの行動を止めようとした覚えはない。他人の行動に文句つける気は無いからな。」
「じゃああんたは!罪もないタイニィフェザーが一方的なわがままに振り回される不幸を見逃そうってのか!?」
「あれば便利だからな。」
「そりゃ確かにそうだが、自分達の欲望のままに他人を犠牲にするって変だろ!?」
「強い奴が生き、弱い奴が死ぬ…それが弱肉強食だ。」
「それゲーム違う!!っていうか声ネタって良いのか!?じゃなくてごまかすなグレイ!!!」
「俺は間違った事は言っていない。お前が勝手に騙されただけだ。」
「うがあああっ!!!」
「うるさいわよ、ジャミル。」
 ディアナの鋭い一言でぴたっと静まる。元々ジャミルが一人で騒いでいたので、彼が黙れば信じられないほどの静寂がすぐさま蘇る。
 目の前に、見覚えのある微妙な色彩の巨大な鳥が羽ばたきながらこちらを見据えていた。ジャミルが一人で騒いでいた間に、もうスカーブ山を登りきってしまったようだ。
「いつの間に…」
「無意識のままにスカーブ山を登りきるとは、余裕だな。」
「…今初めて、自分が分からなくなった。」
 騒いでいる間に登頂なんて、コントでも普通やらない。しかし自分が今それをやってのけた以上、もう自分もまともには戻れないのかなとジャミルは呆然と呟く。このまま現実逃避して南エスタミルに戻って隠居でもしようかとまで思うが、流石にそこまではジャミルのプライドが許さない。
「何だ、また来たのか。」
 ここスカーブ山の頂上で、いつもの文句で迎える声。タイニィフェザーの声である。そういえばこいつの羽を手に入れるだけで尊敬されるという話なのだが、もう彼らは何度も来ている。最近ではモンスターの増殖という面倒な雑用を押し付けられ、不満たらたらながらもこなして礼の品を貰ったあたりか。
 …その品って確か、とジャミルが顎に手を当て考え込んだ矢先、ミリアムがタイニィフェザーに声を掛けた。
「タイニィフェザー、気が向いたらで良いんだけどさ、あたし達を背に乗せてくれないかな?」
 その瞬間、ジャミルが白くなった。四天王相手に堂々と「パシリやれ」はないだろう。いや自分たちもかつて鳥にパシリやらされたのだが、少なくともジャミルはこんな危険な存在相手に命知らずな事は言えない。危険な橋は渡らないのが泥棒の基本なのだから。というかそんなものは旅を生業としている冒険者や旅芸人だってそうだと思っていたのだが。
「構わんぞ。」
 ほらタイニィフェザーも人間のパシリなんて…
「は?」
 目が点になりそうな勢いでジャミルは間抜けな声を上げた。今この巨大な鳥は何と答えた?
「我も随分暇を持て余しているのでな。以前くれてやった武器で呼び出せば、それくらいしてやっても構わん。というか今までも随分暇だったのだ。少しくらい呼び出せ。」
「でもさ、これLP消費しちゃうんだよね。そんな軽々しく使えないからさ。」
「そうか。ではお前たちの判断で呼べ。」
 何でパシリにされるタイニィフェザーがさも当然のようにそれを受け入れているんだ。そんなに暇だったのか。というか1000年も隠居生活を続けていれば仕方ないのかもしれないが、それにしてもこう、四天王としての威厳とか誇りとか…
 口に出して言いたいことは数多くあれど、きっとこれもまともに聞き入れてもらえないことは明白で、ジャミルはそろそろ自分の中の常識を本気で見直さなきゃならないのかなと思い始めていた。
「…もしかして、俺の中の常識が間違っていたのかな?泥棒なりにちゃんとしたものを持っていたと思っていたんだけどな。」
 自嘲気味に呟くジャミルのすぐ横で、リーダーのくせに傍観者決め込んでいるグレイがフォローにもならない言葉で返す。
「お前の常識は恐らく間違っていない。俺の知る常識とほぼ同じようだからな。」
「じゃあ何であんたは簡単にこの状況を受け入れられるんだよ…?」
 二人の目の前では、3人の女たちがタイニィフェザー相手に色々何か話をしている。何処に運んでもらうか話しているらしい。
「そんなのは当然だ。」
 グレイはそんな異様な光景を眺めながら、当然のようにフッと笑う。
「俺は常識を遵守するつもりが全く無いからだ。」
「あんたって奴は――――――――!!!!!」
「錯乱気味の哀れな主人公みたいな叫びをするな。」
 あくまで冷たいグレイの言葉に、ジャミルの心は全く癒されなかった。




 タイニィフェザーの背に乗って目的地であったバルハラントに向かい冷気に凍えながら、ジャミルはしきりに「この世界って何なんだよ…」と呟いていた。


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タイニィフェザーに乗れたら、きっと帝国からクリスタルシティに直接行ってもイスマスに引っかからないよなぁ…とか思ったりしてました。
アルベルトやグレイを仲間にしなきゃ多分イスマスは出てこないんじゃないかと思いましたが、グレイ好きな私には無理な話。
ジャミルが段々可哀想ですが、これくらいまともっぽく暴れてくれそうなのが彼しか居なかったので…ジャミル好きです。本当です。

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