一人は、光の神エロールに見初められた踊り子。一人は、伝承の3邪神デス、サルーイン、シェラハに認められた剣士。
相反する神に祝福された相反する存在。神の視点からではあり得ない組み合わせ。けれど、互いに人として存在している以上、いつか出会ってもおかしくはなかった。そして、彼らが出会ったのは奇跡でも何でもなく、ただの偶然に過ぎなかった。
出会いは偶然でも、その後彼らが行動を共にするようになったのは彼らの意志。そこに神の手が介入する余地はない。
彼ら二人、グレイとバーバラの出会いは彼らにとって、彼らが選んだ道の先に発生した通過点に過ぎなかったのだ。神の存在は否定せずとも運命を拒む二人らしいと言えばらしいのだろうと、マルディアスの英雄達を見守る光神は苦笑した。
流石帝国の首都の酒場と思わせる洒落た内装の店の一角で、最初に声を掛けたのはバーバラだった。彼女にしてみればただ旅の仲間として誘っただけで、グレイにしてみても目的の無い旅ゆえ気まぐれに了承したに過ぎない。このご時世、旅の仲間は一人でも多い方が良い。その程度だった。
誰でも良かった、というわけではない。けれど、その人でなければならなかったというわけでもない。旅の仲間として足手まといにならない、役に立つ人間であれば良かった。それがたまたま声を掛けた相手であり、また声をかけられた相手であった。それだけの事。
意識し始めたのはどちらが先だったか。それはいつだったか。そんな事は既に二人の記憶には無い。そんな事を意識して覚える事はしないし、意味の無い事も好まない。重要なのは二人が出会い、互いに惹かれ合っているという事実のみ。
それでも、最初に会った時の話は思い出として残っている。
「そういえば、あなたと最初に出会ったのもここの酒場だったわねぇ。」
「いきなり何だ。」
酒場のカウンターで二人並んで酒を飲み交わしている最中で、突然話を切り出したバーバラにグレイは僅かに眉をつり上げる。昔話をネタに人の過去を詮索する気か、と以前似たような手口で迫られたのがまだ記憶に新しいグレイは即座に身構える。自分の話をする事を嫌う彼は、そういった話が出そうになると即逃げ出す。今も既に腰をやや浮かせいつでも逃げられる態勢に入る。
その辺はバーバラも熟知しているからか、慌てて手を振って否定する。
「ああ、今回は別にあなたの過去を詮索する気は無いから、そんなに身構えなくても良いわよ。」
「どうだかな。お前が油断も隙もないことは良く分かっている。」
「怖い者知らずで好き放題生きてるあなたの言葉とは思えないね。これは誉められてると思っても良いのかしらねぇ?」
からかうように目を細めるバーバラに、グレイは鼻を鳴らしそっぽを向く。
彼女の物言いはとにかく人を食ったようで、グレイとしては本来いけ好かない。それでも今傍にいる事を許すのは単に彼女だから。グレイの知る限り、そういう物言いをする人間は大抵、人を都合の良い駒として扱ったり人を見下してたりするものだが、バーバラから感じるものはただの興味とか、悪意の無い感情だから拒絶する気分にならない。興味というものはあくまで自分本位の感情に過ぎないから、グレイ自身も思い切り引き離せないのはある意味面倒だが、それも悪くないと最近は思うようになった。彼女とのこうしたやり取りも、決して不快ではない。そう思う事自体グレイという人間からは考えられない事なのだが、彼はそれを自覚していて知らない振りをしている。
「思うだけなら自由だ。」
「あなたらしい物言いねぇ。」
素っ気無いグレイの態度にも既に慣れているバーバラは、不快そうな顔も見せず苦笑した。むしろ聞き分けのない子供を見守るような表情さえしている。この表情も今でこそ慣れたが最初はあまり良い気分ではなかった。向けられた事の無い表情であるが故に。
「別に、そんな大層な事じゃないよ。ただ、この街には色々思うところがあってさ。」
言葉の終わりと同時に、バーバラはちらりとグレイを見やる。このまま話を続けても良いものかと、過去の詮索を嫌う男に視線を送ったが、彼は軽く目を伏せただけで一言も口にしなかった。拒絶する時は必ず言葉にする彼が何も言わないのは「好きにしろ」という意思表示。
その対応をいつも通り了承の意と受け取ってバーバラは徐に口を開く。
「ここメルビルはさ、あたしが捨てられた場所なんだ。」
グレイの瞳がバーバラに向けられる。その意味が同情か哀れみか、読み取る事は出来なかったが、バーバラはそう仮定して首を横に振る。
「捨てられたってのはちょっと違うかな。あたしの親も旅芸人だったんだけど、今あたしが居る一座と違って売れなくてね、挙句に何やったか知らないけど借金まで抱えてたらしくてさ、困った親があたしを今の一座に預けたんだ。はした金と引き替えにね。」
話をしても、グレイは眉一つ動かさなかった。こんな話、メルビルやクリスタルシティに住んでいる人ならともかく、旅をしていれば普通に聞く話だろうから大した事ではないと思っているのだろう。実際、バーバラ自身もこんな話はいくらでも聞くから、自分を不幸だと思う事は無かった。ただ、仮にも帝国の首都であるメルビルでそんな事をやらかしたというのはあまり聞かないが、最近の傾きかけた帝国の治安は安全と断言できるほどではない。全く無い話ではないのだろう。
「あの親が何を思ってあたしを売ったのかは未だに分からないけど、結果的にあたしは今こうしてそれなりに満足している。責める気は無いんだけど…」
そこで一旦言葉を切り、軽く俯いて目を伏せた。
「ただ、時々思うんだ。もし売られずに親と一緒に居たら、あたしの人生はどうなっていたのかなって。旅芸人だったかもしれないし、全く違う人生を歩んでいるかもしれない。あたしにとってこの街は、人生の分かれ目だったんだろうなって…そんな風に思うからさ、あたしにとってメルビルは結構特別なんだ。」
そこまで言い終えると、バーバラはくいっと手の中のグラスのカクテルを一気に飲み干す。結構度の強いそのカクテルを一気飲みする人間は少なく、偶々目にしたバーテンがぎょっとした目を向けるが、当のバーバラは涼しい顔。酒に呑まれるほど弱くない、とわざわざ体現して見せた彼女は勝ち誇った顔で。
「あなたは飲まないの?」
「飲んでいる。一気飲みするのは趣味じゃない。」
そう言いつつグレイも手に取っているグラスに口をつける。言葉通り味わうようにじっくり飲むグレイをじっとバーバラは凝視する。その視線もまた何かを訴えているようで落ち着かない。
「…何だ?」
「ムキになって一気飲みしないんだ。詰まらない。」
「俺を馬鹿にしているのか?」
「そう聞こえたらごめん。でもあなたって意外と負けず嫌いだと思ってたから。」
ほんのり顔を赤らめクスクスと笑うバーバラは多少酔っているようにも見える。ただ焦点ははっきりしているようで、真っ直ぐにグレイを見つめる。
バーバラの言うことはある意味間違いではない。グレイは様々な事柄について感情的になるタイプではないが、勝負をするなら絶対に負けたくないという意識くらいはある。ただ、そんなのは当然の事だろうと思っていたのだが。
ふと、バーバラの瞳にいつもよりも輝きが少ないように思えて眉を顰める。彼女は気にしてないと言っていたが、きっと「親に売られた」という事実は許せるものではないのだろう。この世界でそんな人間は決して少なくないし、親の顔も知らない人間も多いだろう。けれど感情は理屈では抑えられないものだ。
そう思った瞬間、目の前のバーバラが一瞬、子供のように思えてグレイは目を見張る。それは本当に一瞬だけで、すぐにいつもの「大人の女性」に戻ったが、恐らくあれは錯覚ではない。
本来、こういう時は慰めるものなのだろうが、グレイはそんな気にはならなかった。彼女は既に自分の中で完結しているようだし、今更他人が口を挟む事ではない。その代わり、最初の話題に戻って突付いてみる。
「この街はお前にとって思い入れがあるから、俺とこの街で出会ったのも意味があるという事か?」
その言葉は運命論者のようで、グレイには似つかわしくない言葉ではあるが、何故かその言葉がさらっと口から出てきた。グレイ自身違和感がないわけではないが、気分悪いわけではない。
「…意味があるとか、そんなご大層なものじゃないけどね。何かしら因果があったら面白いなって、それだけよ。」
バーバラは肩を竦め、首から下げたアメジストを手に取り複雑な笑みを浮かべる。彼女から以前聞いた話では、旅の詩人から踊りの礼として貰ったものらしい。が、その割には胸元で光る宝石は、素人が見てもとんでもない価値がありそうだと分かるシロモノで、価値が全く釣り合わない。いくつかのディステニィストーンを手に入れた彼らなら漸くその宝石の価値がわかるが、ますますその詩人の意図が分からなくなった。伝説の宝石を簡単に旅の踊り子なんかにくれてやるなんて、正気の沙汰ではない。
だが同時に、ディステニィストーンがその力のために世界を混乱させてきたという事も知っているため、厄介物を押し付けられたのかもしれないと今なら思う。
「因果か…なら、お前が幻のアメジストを託されたのも、エロールの寵愛にでもしておくか?」
「止めてよ、馬鹿馬鹿しい。こんな何処にでも居そうな女にそんなものあっても、笑い話にしかならないじゃない。」
「ただの冗談だ。」
「あなたは冗談なんて向かないわ。冗談か本気か分からないわよ。」
「そうか。」
グレイは何を話すにも無表情、見ようによっては真剣な顔をして話すので、冗談を冗談と捉えられない雰囲気がある。何よりグレイという人間そのものが冗談をいうように思えないので、こういう風に言われるとつい戸惑ってしまう。グレイ自身はそれをいまいち自覚していないようだが。
「お前がエロールに愛されているかは分からないが、俺は確実に嫌われているだろうな。」
「どうして?」
再びグレイが口にした言葉は、今度は自嘲が含まれているように感じて、ふとバーバラの顔から明るさが消える。それがただの悲哀なのか、それとも同情か。後者の感情を嫌うグレイはすかさず続きを口にする。
「俺はお前と違って色々やっていたからな。その代わり、邪神には好かれているかもな。」
相変わらず淡々と述べるその言葉はやはり冗談だが、バーバラは思わず吹き出した。実際あり得そうだから想像しやすい。
「じゃあ、あなたは祝福してくれるサルーインを倒しに行くんだ?」
「俺が生きるために必要ならな。」
冗談混じりで語りながら、目を細めて笑うバーバラと、薄く笑うグレイとで、存在の性質さえ異なっているように見える二人が、同じ空間にあって心を通わせている。結局、人と人が知り合い親しくなるのに、神の寵愛は関係無い。そう主張しているようだった。
「…となると、父としては結構複雑な気分になるものだが、どうだろう?」
「いずれもお前の子だろう、エロール。」
「しかし私があからさまに贔屓している彼女と、よりにもよって冥府の王であるあなたの恩寵を受けている彼ではな…」
「己の子を差別するのは愚か者の行為だ。」
「だってどうせなら男より美女の方が良いし。」
「エロールよ、今すぐ神々の父の看板を下ろせ。」
愚かしい事をブツブツ呟く詩人と、彼と全く同じ姿で真っ黒の人間が、グレイとバーバラを見守る位置で語り合っていた。
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(多分)エロールに好かれているバーバラと、(恩寵値から)三邪神に愛されているグレイという話を書きたかったのですが、最後で変な癖が暴走してます。ここまで神を壊してどうする私。
けど、グレイのエロール恩寵値は確かバーバラと同じだったと思います。ただのネタなので、あまり気にしないようにして下さい。
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