デス様家出放浪記





 冥府の王であり死の神でもあり、そして魂の守護者でもあるデスは、冥府の奥でごつい下半身を器用に折りたたんで正座していた。目の前には、デスの足元にも及ばない大きさの人の魂。しかしその人は怒髪天の勢いでデスに説教している。目の前の冥府の王を全く恐れもしない彼は、冥府の法官ユリウスである。かつてバファル帝国の法を制定したとして歴史に名を残す彼は、死後主となったデスの元で冥府の法を作り続けている。そのことからデスに感謝の念すら抱いているのだが、相手がデスであろうとも法を破るものには容赦はしない。
「デス様。冥府から出るなとは言いません。休むなとは言いません。神たる貴方が疲れを感じるとは思えませんが、たまには休んでも良いでしょう。ですが、それはたまにの話で、いつもいつも仕事を放棄して人間界に出て行くのは感心しません。己のやるべき責務を果たして、初めて人は権利を主張できるのです。それは神とて例外ではありません」
「うむ」
 ユリウスは自分より遥かに強大なデスに対し、全く臆することなく叱り付ける。そしてデスも反論も怒りもなく、大人しく話を聞いている。珍妙な光景だが、冥府では当たり前になってしまっている。ちなみにユリウスのお叱りを受けるのは何もデスだけではなく、法を破ったもの全てが対象となる。
「お分かりでしたなら、何故仕事を放棄したまま遊びに出るのですか。やるべき責務を放棄して出て行ってしまえば、残される部下が苦労するのですよ。貴方には冥府の王としての責任も立場もあるのですから、冥府の王らしい振る舞いや態度が求められるのです。サボりなど言語道断です」
「うむ」
 まるで親が小さな子供を叱っている微笑ましい構図に見える。外見があまりにも禍々しいが、目を閉じればそこにいるのは悪戯好きの小さな子供とその親としか思えない。
「理解しておられるなら、理解したということを態度で示してほしいものです。私はつい先日にも忠告申し上げましたが、全く聞き入れてもらえなかったということでしょうか? それとも、理解さえしていれば実際に行動に移す必要などないとお思いでしょうか? 残念ながら私は神ではないので、相手が理解してくれたかどうかを知るには態度で示してもらわなければならないのです」
「うむ」
 そしてデスの方は、先ほどから同じ返答しか返さない。ユリウスは時々返答を求めるが、デスはそれもせずただ頷くばかり。流石にいぶかしんで空を飛べる部下達に調べさせる(デスは馬鹿でかいのでユリウスの背丈ではデスの顔を近くに見れない)と、なんとデスは耳栓をして昼寝をしていた。どうやらさっきから聞こえる返事は寝言のようだ。
 神とはわからん、ユリウスはそう呟いて項垂れ、とりあえず耳栓を外させた。それでも起きないデスに対し、ユリウスは「幽霊でも吹けるトランペット(made in エロール)」を用意し、無茶苦茶に吹き出した。
「ぷっぷくぷーぺーぱーぴーぽーべー!!」
「ぐおおおおああああおおおっ!!! 煩いっ!! 耳の鼓膜が破れるっ!」
 神の耳には鼓膜があるのか、と場違いなことを考えながらユリウスはトランペットを口から離す。頭に響いているであろうトランペットの騒音に苦しむデスを見ながらユリウスは、死んでてよかったと一瞬だけ思った。
 やがてデスが落ち着くと、ユリウスは怒られる前に自分から話しかけて先手を打つ。
「デス様、おはようございます。お目覚めになりましたら、まずは私の話を聞いていただきたい。よろしいですか?」
「ユリウスめ、いきなり我を叩き起こして何を……」
 寝ぼけていたのか何も知らないような対応をするデスだったが、やがて意識がはっきりしてきたのか自分の置かれた状況を思い出し沈黙する。そしてユリウスは、その間眉一つ動かさずにデスをじっと見つめる。
 やがてデスはごまかすように咳払いをし、元の通り正座する。
「うむ、我としたことが、つい意識が飛んでいたようだ。どうも最近多忙で休まる暇も無い」
「嘘はお止め下さいデス様。最近はご自分の仕事もロクになさらず、それどころか冥府を放ったらかしにして人間界で遊び呆けているではありませんか。貴方の仕事を代わりにこなす部下達に申し訳ないとは思われないのですか?」
「待て、我は仕事をしているぞ。最近人間界に行ったのは……人間界の視察のためだ」
 その場で思いついた嘘を吐くデスだが、やはりそんなことはお見通しである。
「視察? それこそ部下にお任せ頂きたいものです。貴方には貴方にしかできない仕事があるのですよ」
「いや、視察というのは己の目で見てこそ意味のあるものだ。部下任せで報告待ちでは、神の癖に人間界の把握もできていないなどといい笑いものだ。エロールなどほとんど人間界を放浪しているではないか。シェラハも人間として世界を放浪しているし、サルーインに至ってはミニオンなる僕をこき使って世界を相手に遊んでいるぞ」
「主神でありながら大した仕事も持たず遊び人と化したエロールと、冥府の王たる貴方は違います。サルーインのはただのわがままです。そしてシェラハの事情は貴方もご存知のはずですが……まさか、人間になりたいと仰るので?」
 また変な漫画でも読んだかな、とユリウスは不安を感じながらデスの答えを待つ。そして、出てきた返答は。
「最近はそれも良いかと考えることもある」
「却下でございます。冥府の王がいなくなれば魂の浄化が行われなくなり、穢れた魂が散乱する世の中となってしまいます」
「うむ、流石にそれは我としては見過ごせぬ事態だ。故に諦めた」
 神というのは時折人間には想像もつかない馬鹿なことを言い出すものだと、冥府に来てからユリウスは散々学んでいたが、流石にそこまで馬鹿なことは言わないようだ。ほっと胸を撫で下ろすと、デスは続けた。
「しかし、その代わりに我が人間界に出て人の世界の空気に触れるのは当然の権利である」
 ……でもやっぱり馬鹿なことは言うものである。生前バファル帝国の皇帝もたまに馬鹿なことを言い出すことがあったが、神はそれを遥かに超えている。上には上がいる。この場合は下には下、か。
「権利を主張するのは、己に課せられた義務を果たした上で許される行為です。義務も果たさず権利を主張するなど、人の世界でも許されません」
 人間界にもそういう人間はいた。主に貴族に多かったが、ああいうのはユリウス的には滅んで当然の存在だ。法を無視するなど言語道断。むしろ消えてなくなれと思ったことも数知れず。
「とにかく、今後は仕事も終えずに勝手に人間界に出て行くのは許しません。見張りをつけておきますが、くれぐれも殺したり、気絶させて操ったりなさらないよう」
「うむ……」
 一方的に話を打ち切り、ユリウスは正座したままのデスをそのままに部屋を後にした。
 そして翌日、ユリウスが仕事の件で部屋を訪れるとデスの姿は消えていた。
 部屋には一枚の書置きが残されていた。
『旅に出ます。探さないで下さい』
 まるでどこかの漫画かドラマにでも出てきそうな典型的な書置きの文面を読み上げ、ユリウスは怒りを爆発させた。
 見張りの者たちは、ユリウスが注意したにも関わらず全員気絶していた。




 人間界に出てきたデスは、いつものように黒い詩人の格好で各地を放浪していた。既にその姿はお馴染みとなっている地域もあり、特に冥府を出るとき必ず立ち寄るジェルトンでは通りすがりの住人と軽く挨拶さえするようになった。
 冥府の王たるデスは、厳しい顔に反してこうしたやり取りが気に入っていた。生命エネルギーに満ち溢れたジェルトンの人々との交流は、デスに生命の力を教えてくれる。そしてデスは思う。このような力強いエネルギーを持つ魂とは偉大なものだと。
 様々な地域を巡っているが、基本的にデスはジェルトンが好きだ。自分のテリトリーに近いからかもしれないが、この空気が好きだ。故に、ジェルトンの空気を感じられる人間にはつい手助けしたくなる。
 と、南エスタミルで孤児を振り払って酒場に駆け込んだデスは、そこで懐かしい気配を感じた。ジェルトンの空気を持つ剣士だ。彼とはこれまでも何度か会っているが、どうも雰囲気が普通の人間と違うと感じていた。それはジェルトンの人間というだけでなく、そこら辺の一般人とは何かが違っていた。何度か少ないながら言葉を交わしていくうちに気づいたが、どうやらこの男はユリウスの大好きな法を破るようなことを当然のようにする人間のようだ。デス・サルーイン・シェラハといった三邪神の恩寵を受けているからそういう人間になったのか、それとも逆なのか、それはデスにもわからない。ただ、邪神の恩寵を受ける彼はデスにとって興味深い。
「久しぶりだな」
「ああ」
 男に話しかけると、短い返事が返ってくる。その程度のやり取りばかりだが、仲が悪いわけではない。
 男と同じテーブルにつき、酒を注文する。金は持っていないが、トマエ火山で拾った純金でどうにかなるだろう。
 と、改めて男を見ると、彼の纏う空気が以前と比べて一層黒くなったように感じたデスは、気になって尋ねてみる。
「汝、最近何かあったのか? 空気が以前と少し違うように感じる」
「そうか?」
 返事は素っ気無かったが、全く心当たりが無いわけでもないらしく、顎に手を当てて考え込む。
「そうだな、最近フレイムタイラントという奴の依頼を受けたのだが」
 フレイムタイラント、彼はサルーインの僕として生み出されたものの、戦いの道具として扱うサルーインを嫌って敵対したというワガママ四天王の一人だ。冥府の門があるトマエ火山に住んでいるため、たまに近所同士の交流がある。といっても、軽い世間話をするだけだが。そういえば最近、トマエ火山のモンスターの一部がジェルトンを襲ったとか言っていた。既にその問題は解決したようだが、その話を前から知っていれば、デスはその不届きなモンスター共を纏めて冥府に叩き込んでいたところだ。ジェルトン名物のスシは美味い。そうしたらまたユリウス辺りに怒られるだろうが。
「奴がトマエ火山から出てきたのか? 引きこもりが大好きな奴にしては珍しい」
「いや、俺がトマエ火山に入った。ジェルトンが襲われているのを何とかしようと思ってな」
 何だ、近所まで来たのか。ならば冥府まで寄って……とまで考えてからデスは思い直した。来客の世話までしたくないからとフレイムタイラントに番人みたいなことを頼んだ記憶がある。どうせ仕事ばかりで単調な毎日なのだから、来客くらいあった方が気分転換にはなるだろう。帰ったらフレイムタイラントに言っておこうとデスは決めた。
「それで、どんな依頼だったのだ?」
「アイスソードを持って来い、ということだった」
 なるほど、フレイムタイラントの弱点を突く武器を自分の手で始末したかったのか。しかしあんなところに引きこもっているだけの彼をわざわざ倒しに来るような人間などそうはいないだろう。目の前の男は怪しいが。
「持っていったのか。だが、アイスソードなどどこにあったのだ?」
 アイスソードはかなり特殊な武器で、妙な力が込められている。人間の技術ではあんなものを作ることはできないはずで、巨人の里にでも行かなければ手に入らないと思っていたが、弾みで人間界に出回ってしまったのか。何にしてもその剣の行方は少し興味がある。
「アルツールの武器屋にあったのだが、既に売れてしまっていた。だが、運よく買った人間に出会ったので」
「譲ってもらったのか」
 随分寛大な人間だなと感心したのだが、男は首を横に振った。
「頑固な奴で譲ろうとしなかったので、無理やり奪い取った」
「……」
 一瞬、ユリウスの怒り狂う顔が脳裏に浮かんだ。いかにも彼が怒りそうな話だった。
「その人間はどうした?」
「死んだ」
 俗に言う「強盗殺人」というものか。確かそれは、人の世界では重罪に値すると思ったが。まあ、それもその人間の運命なのだろうから、冥府の王が関わることではない。魂を冒涜する行為とも思えない。
「前から頑固だとは思っていたが、最期の瞬間までアイスソードを手放そうとはしなかった。全く、強情な奴だった」
「知り合いか?」
「何度か共に旅をしたことがある」
 男は全く表情を変えずに答える。ユリウスが聞いたら「死刑だ!」とか騒ぐかもしれない、とデスは思った。いや意外と冷静に死刑を宣告するかもしれない。何にしても彼の法では死刑だろう。
「殺してよいものなのか?」
「一般的な法に照らし合わせれば、勿論問題だろうな。だが、俺は俺のルールに従って生きている。俺のルールでは、必要ならば殺す。それだけだ」
「我の部下に、法を大事にするものがいる。奴は、法を破るものに容赦しない。奴から見れば、汝は重罪人だろう」
「だろうな。ローザリアの法なら、確実に死刑だろう」
 何とも珍妙な人間だ。知り合ってから結構経つが、法を踏みにじっているようで法を大事にしているように見える。相変わらず面白いが、ユリウスが知ったら激怒は間違いないだろう。
 何だか、さっきからユリウスのことばかりを考えていると思った。ユリウスの説教に辟易して家出したはずだったのに、何故か今はユリウスの説教が懐かしい。出てきてからまだ3日なのに。これをホームシックというのだろうか。
 デスは立ち上がり、残った酒を飲み干す。
「帰る。汝の話を聞いていたら、奴の説教が聞きたくなった」
「そうか」
 男はそれきり目を伏せ、手元の酒を少しずつ飲む。デスは酒場のマスターに純金を渡して出る。酒場の中が急に騒々しくなったが、デスは興味を持たなかった。




 冥府に戻ってくると、怒り心頭のユリウスがわざわざ三途の川で待ち伏せをしていた。
「お待ちしておりました、デス様。冥府の王ともあろう方が、あんな書置きを残して家出とはどういう了見ですか。貴方はご自分の立場を……」
 三途の川に立たされ、ユリウスの長い説教が始まったが、デスは何故か心が落ち着くのを感じた。やはり、人間界に出るのは良い気分転換になると。




*****************************************************


タイトルが放浪記なのに放浪している姿が見えない件についてはいつも通りの嘘です。
ユリウスは法律大好き人間に違いありません。死んでも法を作り続ける執念はすごい。
ちなみに、ユリウスという法官はちゃんとゲームでも出てきます。

このページは GeoCitiesです 無料ホームページをどうぞ