サルーインを再び封印した後、世界を救った英雄達は元の生活に戻った。故郷に錦を飾る者、放浪の旅に戻る者。それぞれがそれぞれの道を再び歩き始めた。
しかし、崩壊したイスマスに一人、ダークは取り残された。
彼はアサシンギルドの長になるはずだった。だが、アサシンギルドはミニオンの介入でぐちゃぐちゃになり、有耶無耶のうちに崩壊させられてしまったのだ。自分が記憶喪失になっている間に居場所を失ったため、その後はほとんど怒りと憎しみだけで動いていた。サルーインを倒した後の展開などまるで考えていなかった。
「俺は……何をすればいいんだ……」
記憶喪失だった頃に戻ってしまったような雰囲気で、ダークは呟いた。
とりあえずダークは、イスマスを離れ各地を放浪していた。どうすればいいか全くわからないが、旅をしていればいずれ目的も見つかるだろうと記憶喪失だった頃と似たようなことをしていた。しかし、失くしたものである記憶と違い、これからの目的など始めから無い。そんなものをどうやって見つければいいんだと心の中で自分に突っ込みを入れていた。苛立ちの中で、近づいてくるチンピラを切り払い、寄ってくる孤児をうっかり殺しかけて冷や汗を掻いたりした。
彼が今いるのは南エスタミル。魔物の襲撃でクジャラートは力を失ったが、直接危機に見舞われていない南エスタミルは意外と立ち直るのも早かった。住人が元々図太いのか、リーであるウハンジが優秀なのか。この南エスタミルにうじゃうじゃといるチンピラや孤児を見ると、前者のように思える。
ダークはぼんやりと海を眺めながら、この先どうするかを考えていた。そこに、軽い調子で話しかける声があった。
「よー、ダークじゃん。お前こんなところで何やってんだ?」
ぽん、と軽く肩に手を置かれ、ダークは反射的に剣を振った。しかし相手は軽やかな動きで剣をかわした。かなりの身のこなしであったが、ダークは驚かなかった。振り向いたと同時に、正体に気づいたからだ。
「ジャミルか。相変わらず逃げるのは得意だな」
「お前こそ、近づく者は皆殺しって雰囲気は相変わらずだな」
ダークの随分な挨拶にジャミルは全く臆することなく笑う。それどころか気安く肩を叩いたりしている。しかし彼と違い、後ろから来ていたダウドはすっかり怯えている。ほとんど面識が無いから気安さがないのは当たり前だが、それに加え突然話しかけた人間を切りつける危険人物とは関わり合いになりたくないのは当然である。
「そういやお前、今何やってんだ? アサシンギルドはもう無いんだろ?」
アサシンギルド復活は許さねえぞ、と釘を刺すと、ダークは肩を竦める。
「俺一人で復活させても仕方ない。他にアサシンがいるわけでもなし、別の生き方を探す」
「へー、結構建設的じゃん。で、どんな生き方するか決まったのか?」
ジャミルの問いに、ダークは黙り込む。その様子にジャミルは事情を察しニヤリと笑った。
「成る程ね〜、その答えを探すために生きているってか。なかなか臭いことしてんじゃん」
「黙れコソ泥」
「まーまー、落ち着けって。要は第二の人生を考えてるってことだろ? ならいっそのこと、盗賊でもやってみねえか?」
「お前の同類になれということか」
険しい目つきになったダークにまるで怯まず、ジャミルは続ける。
「そう言うなって。泥棒人生も悪くないぜ。確かに泥棒も日陰者だけどさ、お前みたいに暗殺者やってるよりはまだマシだぜ」
その言葉に反射的に文句を言おうとしてダークは黙る。記憶を探す旅をしている間に俗世の常識やルールを学んだ彼は、暗殺者よりはまだコソ泥の方がマシと言われて反論できなくなった。本当はどちらも社会的には排除されるべき存在なのだが、そんなことは知ったことではない。
「オレほどじゃないが、お前身軽だし、すばしっこいしな。普通に向いてんじゃねーの?」
自分ほどではないが、をやたら強調するジャミルの口調に、ダークは鼻で笑った。しかし口元の布の所為でジャミルには伝わらなかったようだ。
「というわけで、やってみろ!」
ダークの返事を待たずに、ジャミルは腕を引っ張って走り出す。ダークが怖くて引っ込んでいたダウドも慌てて後を追う。
連れてこられたのは、船で渡った先の北エスタミル。クジャラートのリー、ウハンジの屋敷だ。
「……ここはウハンジの屋敷だな」
「他のどこに見えるんだよ」
念のため確認すれば、間違いなくウハンジの屋敷らしい。
ダークはウハンジについてあまり知らない。ロリコンだとかスケベ親父だとか散々ジャミルに愚痴られたことはあるが、ダーク自身が彼に会ったのはたった一度、娘とやらを水竜から取り返した時だけだ。思えばあの時ウハンジの顔はジャミルを睨みつけつつ引きつっていたが、何か因縁でもあるのだろうか。何にしてもダークには関係ない話ではある。
「アサシンだった俺が何を言うと思うだろうが、普通コソ泥初心者にいきなりこんな大物を狙わせないだろう」
「本当に何言ってんだお前。見つかったら殺ればいいだろ」
「おいコソ泥」
「冗談だって。けど実際、ここの屋敷は実は絶好のポイントなんだぜ」
ジャミルの言葉にダークはもう一度ウハンジの屋敷を見てみた。
いかにも金を掛けて作られたとわかる綺麗な建物。見た目だけでなく造りそのものもしっかりしているように見える。笑えるくらい傷一つない。ここまで完璧な建物などあっていいものかと疑いたくなる。とりあえず、ジャミルに返す言葉は決定した。
「お前は意外とコソ泥には向いていない。その俊敏さと細剣スキルを活かして強盗とかスリにでも転職しろ」
「強盗はむしろお前向きだろー、ファイナルレターで滅殺!! ってな。まあ冗談はともかく、この屋敷って結構警備がザルなんだぜ。ウハンジの奴、警備雇うのをケチったのかどうか知らねぇけどよ、自分の周囲はがっちり固めてるくせに宝物庫はそんなに警備置いてねえんだよ。無駄に分厚い扉があるくらいでさ」
何でもないように言うジャミルだが、彼はそれが誰にでも楽なものだと思っているのだろうか。少なくとも扉の鍵を開ける方法などダークは知らない。
「その扉が難攻不落だからではないのか?」
「はん、このジャミル様に開けられない扉なんて無いね」
やはり自分にできるからと深く考えてなかったようだ。論外だった。
「生憎俺は鍵開けスキルが無い。話は終わりだ」
「待てって。何も全部やれなんて言ってないだろ。扉を開けるのはオレがやるからさ、お前はオレについてくりゃいいの。まずはそれで及第点ってとこだな」
いつの間にかコソ泥見習いにさせられていた。しかもジャミルが師匠らしい。師匠というよりは支障だ。
「俺はまだやるとは」
「まーまー、何でも経験することって必要だぜ」
言ってない、とのダークの言葉の続きは声になることがなく、またもジャミルに引っ張られてしまった。何故かダウドの姿がどんどん遠くなっていく。
「おい、お前の連れは一緒じゃないのか?」
「あ? 当たり前じゃん。あいつトロいからな、こんな屋敷に入ったらやられちまう」
「おい、お前ここの屋敷は絶好のポイントとか警備がザルとか言ってなかったか?」
「だから、オレにとっては絶好のポイントで警備がザルなんだって!」
「その物言いは詐欺だ」
「いーからいーから、行くぜー!!」
ダークの意見をさらりと流し、ジャミルはダークを引っ張って屋敷に突入していった。
潜入とか侵入ではなく、突入である。
屋敷がやたらと騒がしくなったなと思い、ウハンジは近くの人間を呼ぶ。現れた人間は警護の兵士の一人で、手に武器を持っていた。
「一体何の騒ぎだ?」
「それが……賊のようで」
賊、という単語にウハンジはピクリと眉を上げる。賊というものには嫌な思い出しかない。良い思い出があるわけないのだが、ウハンジにとっては苦い経験を思い起こさせる不愉快な単語であった。
「そうか、ちゃんと始末しておけよ」
「そんなこと言うなよ、おっさん」
くるりと背を向けたウハンジの声に応えたのは兵士ではなく軽い男の声。この手の声にはとにかく嫌な経験しかない。今回も嫌な予感がしてウハンジは振り返る。そして、声にならない叫び声を上げる。
「……!!!!????!!????」
「いや驚きすぎだろおっさん」
「な、な、き、き、さま……!!」
「なあおっさん。ここんとこ金欠でさー、金くれよ」
「ふ、ふざけるな!! ほとんど毎日ではないか!! 貴様はどこまでワシにたかる気だ!!?」
「昨日は来てないだろ。なー、金くれよー」
「黙れ黙れ黙れ!!! 今度こそ貴様のようなコソ泥に好き勝手やらせんぞ!!」
「あっそ。んじゃハーレムの件と愛人の……」
「が――――――っ!!!」
繰り広げられる会話の応酬についていけず、ダークはただ呆然とするばかり。ただ、見ている限りどうもジャミルがこのウハンジとかいうおっさんを脅しているようだ。自分達はコソ泥をしに来たのではなかったか。コソ泥をしに来るという表現もいかがなものかと思うが。
「ジャミル、聞きたいことがあるのだが」
「ん?」
「お前が今やってることは、コソ泥ではなく恐喝ではないか?」
「…………」
「目を逸らすな」
「いや一度こういうのやると癖になるよな〜」
「堕落するぞ」
「ああ、だからそろそろまた旅に出ようかと思ってんだ。こういうのって楽だけど暇になるんだよな」
これは明らかに恐喝。しかもウハンジの何かを知っている人間限定だ。ジャミルのことだからあちこちに言いふらしているかもしれないし、逆にカモを逃すまいと誰にも言っていないかもしれない。ただ一つだけ言えることは、これはコソ泥のすることではないということだ。コソ泥の生き方を学ぶはずだったのだが、予定と変わっている気がする。
ダウドとやらはついていけないから残ったのではなく、ついていきたくないから逃げたのではなかろうか。だとしたら正解だ。
というより、何故アサシンの自分がこんなことを考えているのだろうか。
「俺は帰る」
「やっぱコソ泥は嫌か」
「この状況のどこをどう見てそういう結論に達したのか詳しく問い詰めたいところだが、今回は保留にしておこう」
たくさんの足音が聞こえる。警備の兵達が集まってきたのだろう。ダークは相手を気絶させるだけとか手加減できるほど器用ではないし、する気も無い。ただ無駄に人を殺すと武器の手入れが面倒になるのだ。
ともあれダークは面倒なことにならないうちにさっさと逃げ出した。その後のジャミルがどうなったかは知らない。が、きっと生きているだろう。また南エスタミルに寄ることがあれば様子を見に行ってもいい。奴の仕事(?)に関わるのは御免だが。
とりあえず、恐喝は趣味ではない。
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ジャミル好きな人ごめんなさい。
最初はコソ泥について延々語る話にする予定でしたが、ふとウハンジのことを思い出してしまったので話がずれてしまいました。
ジャミルとダークは能力が近いので、コソ泥コンビとか結成できそうな気がしてます。
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