バルハラントの、雪と氷に囲まれた氷の城で、グレイ達は水色の生き物に出会った。
身体が透き通っていて、本当にそこに存在しているのか、それとも幻なのか。実際に出会った今でさえも存在が不確かとしか言えない、羽根の生えた生き物。人間と全く異なる形の目。人間に近いが非常に小さな手足。きらきら光る氷のような肌。
――いわゆる妖精なのだが、グレイ達はそう呼ばなかった。
彼らにとって妖精とは、何故か人間を敵視したり嫌ったり興味を持ったり、かと思えば親切に説明してくれたり普通であることを残念がったりと、とにかく訳のわからない存在そのものであった。その意味では先ほどの透明な生き物は間違いなく妖精であると言えるはずなのだが、微妙に外見が違うからという理由で、頑なに妖精と認めなかった。
その先ほどの透明な生き物は、氷の城に観光に向かうグレイ達の前に、突如として現れた。
曰く、もうすぐ自分は消えてしまうので、自分の羽根を故郷に送り届けて欲しいという。自分のことを「可哀想」などと評した時点でグレイは無視しようとしたのだが、彼に続いて無視しようとしたメンバーの一人であるジャミルが腕を掴まれ、凍らされそうになったため渋々話を聞くことにしたのだった。本当はグレイはジャミルを見捨てる気満々だったのだが、パーティの術士である彼がロクデナシだの薄情者だのと雪崩でも起きそうな勢いで喚き散らした挙句ギャラクシィを放ちかけたため、見捨てるという選択肢を闇に葬らざるを得なかった。ついでに、内心ではコソ泥のジャミルにロクデナシ呼ばわりされる謂れは無いと思っていた。言えば確実に昔なじみのガラハドを迷わず殺してアイスソードを奪い取った件をネチネチ突っ込まれて煩いので言わないが。
自分の羽をグレイ達に託すと、透明な生き物は消えた。本当に消えたのか、その場からいなくなっただけなのかは定かではないが、何にせよ引き受けた以上はしっかり仕事を終えなければならない。どんな経緯であれ引き受けた仕事は最後まで完遂するのがグレイのポリシーであった。
が、ここで問題があることに気づいた。
「これ、溶けたりしない?」
元竜だか伝説の海賊だかわからない謎の少女シルバーのふとした疑問だった。だが、考えてみれば心配ではある。何せバルハラントで出会った氷っぽい生き物の羽なのだから。
「雪で固めりゃいいんじゃねーの?」
と言いながらジャミルが羽の周囲を雪で固める。形が雪だるまになっているのはご愛嬌か。何となく形が南エスタミルにいた少女に似ているのは気のせいだろうか。
「おめえ、何でそんな凝った雪だるま作ってんだ?」
「ん?」
ホークに言われてジャミルはハッと自分の作った雪だるまを見る。どうやら彼は無意識に作っていたらしい、意外と丁寧に作られている人間の形をした雪だるま……いや雪人形は、明らかに彼の幼馴染の姿をしていた。
「うおっ!! いつの間に」
「器用ですね」
「ゲラ=ハ、そういう問題? にしても……ふ〜ん、もしかしてホームシックとか?」
「んなわけねーだろ!! ったく、俺が南エスタミル出てどれだけ経ってると思ってんだ。今更ホームシックなんてあるかよ!」
シルバーの浮かべたニヤニヤした笑いに、ジャミルは怒りを露にする。そういうところが青臭いと言うのだが、言えばまた煩くなるだろうとグレイは何も言わなかった。
「それより、雪で固めても無駄だろう。あの生き物の言った場所は恐らく、砂漠の下にあった伝説の町のことだ。あんなところまで雪がそのまま残っていると思うか?」
「まあ無理だな。氷漬けにしても無理だろうな」
グレイの言葉にホークが賛同する。彼らの脳裏に蘇るのは、うっかり砂漠に迷い込んで散々彷徨った挙句に辿り着いた地下の町だった。あそこにいる人間にサルーインを叩き殺すと正直に答えたら何故か怒られたという妙な因縁のある場所である。そういえばあのときの人間は背中に何か立派そうな剣を隠していた。恐らくあのときの問答で望む答えを与えてやればくれたのだろう。あの時は疲れていて考えなかったが、いっそ殺してでも奪い取れば……
「グレイ、あんた変なこと考えてない?」
いつの間にか仲間達が白い目でグレイを見ていた。グレイの無表情と無口は今に始まったことではないが、突然周囲を放置して考え込むのは何か良からぬことを企んでいる時であると仲間達にとってはある意味常識となっていた。ガラハド相手に強盗殺人やらかした時もこんな状態だったと思い出したのだ。
「何でもない。しかし、この羽はどうする? 溶けないかどうか試してみるか?」
「話の逸らし方が不自然だけど、まあいっか。羽ねぇ……あたしらとしちゃ、別に溶けても良いんだけどさ」
何の報酬も何も無く、唐突に変な生き物から押し付けられただけのものだ。もし外に持って出て溶けたとしても、そんなのは不可抗力だし、自分達は何も困らない。
「つーかさ、こんなもん適当に放り捨てときゃいいんじゃねーの? あいつもう消えちまったんだし、バレねーだろ」
面倒事は受けたくないジャミルがとうとう投げ出す発言をする。口には出さなかったがシルバーも同意見のようだった。一度砂漠で暑い思いをしたのに、また同じ目に遭いたくないらしい。こういうとき一応宥めてくれるはずのゲラ=ハも、空気を読んでいるのかいないのかわからない微妙な反応をするホークも何も言わない。こういうところだけはしっかり全員一致のようだ。
任務放棄したようで気分悪いがグレイは羽を捨てようとする。すると突然ジャミルがウッと唸る。
「どうした?」
突然蹲ったジャミルに声を掛けると、彼は青白い顔を向ける。
「いや、何か急に寒気が」
「バルハラントは寒いものだ。しかしお前の状態は少し異常だな。風邪か?」
「いかにも迷惑そうな面すんな! ……何だか腕が氷になっちまったみたいだ」
「それこそ寒さの所為だ」
気分悪いように青白い顔をしているから珍しく心配(?)すればそんなオチか、とグレイはすっぱり冷たく切って捨てる。寒いのは当たり前で、その寒さに凍えているなら置いていってやろうか、そんな風にまで思っているとシルバーが怪訝そうに呟く。
「グレイ、こいつの状態、ちょっと異常だよ。まるで全身が氷そのものになったかのようだ」
シルバーまで何を言い出すかとグレイはいよいよもって眉間に皺を寄せるが、随分鬼気迫った顔をしていることに気づく。
「氷そのもの?」
「冷たいだけじゃねえ、氷みたく固まっちまってるぜ。こりゃ、あの生き物の呪いか何かじゃねえか?」
ホークもジャミルの腕を掴んで呟く。見ただけではわからないのだが、ホークが指で小突くとコツン、と固いものに当たる音がした。
あの生き物の呪い。ホークが口にしたそれは信じがたいものであったが、同時に辻褄は合うと思わせるものだった。まあ、伝説だったディステニィストーンですら実在したのだから、いい加減何でもアリなのかもしれない。
仕方なくグレイは放り出しかけた羽をしっかり手に取り直す。するとジャミルは何事も無かったかのように立ち上がる。
「お、治ったぜ」
「本当に呪いか」
どこまでも厄介なものに捕まってしまった。既に消えたはずなのにグレイ達を監視しているのだろう。抜け目の無い生き物だ。
「しっかし、何でジャミルだけなんだ?」
すっかり回復したジャミルを眺めながら、ホークが呟く。呪われやすい体質なのかもしれないとか勝手にゲラ=ハに言っているが、そういうものではないだろう。ゲラ=ハも苦笑している。
「あの生き物が、ジャミルの腕を掴んだ時に何かしたんだろう」
「……グレイ、お前やっぱり俺を見捨てりゃ良かったって思ってるだろ?」
「当たり前だ」
「即答すんな! 肯定すんな!! 少しは罪悪感とか倫理観ってもんを持てよ人間として!!」
「コソ泥がそれを言うか」
「強盗殺人犯よりはマシだゴラァ!!!」
「まあ、一度引き受けたものを放棄するのは性に合わん。面倒だが行くしかないだろう」
まだジャミルがギャーギャー言っているが、グレイはもう聞かなかった。
「んで、結局羽が溶ける溶けないとかはどうする?」
さっさと行こうと足を踏み出しかけたグレイは固まる。その問題をすっかり忘れていたのだ。
言い出したシルバー自身も解決法があるわけではなく、話は振り出しに戻る……と思われたが。
「あのよ、あの生き物がジャミルに呪いかけられるくらいだから、それくらいあいつが自分で守るんじゃねえか?」
溶けるんならの話だけどな、とホークは付け加えるが、その言葉に一同はすっかり納得してしまった。
「……そりゃそうだよね。じゃあさっさと行こうか」
さっきまであーだこーだ話をしていたのは何だったのか、皆が一様にさっさと砂漠に向かう方向で一致してしまった。
羽は溶けないものだったのか、それともあの生き物が守っていたのか。その疑問だけが彼らの中で残っていた。
その答えが今、目の前で明かされた。
『あーもう、もっと早く動いてよね! こっちだって限界まで頑張ってたんだから!!』
「……」
あの羽はやはり、ジャミルに呪いをかけられるほどの生き物が自分で守っていたらしい。それだけの力があるなら自分で運んでくるなりすれば良かっただろうと思ったが、とりあえず全員で真っ先に口にしたことは全く同じだった。
「人に頼み事しておいてそれか……」
やはり妖精、あるいはそれに近い生き物は理解したくもない生き物だと実感した瞬間だった。
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凍った城の前で発生するイベントです。
あの羽が溶けそうとか妖精(?)の呪いとかは全てフィクションです。
実際にはこんな設定存在しません(当たり前)
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