デス様楽器選定記
冥府の王デスはまたしてもマルディアスを徘徊していた。相変わらず黒い詩人の格好で。
やがてデスは適当な町に立ち寄ると、真っ直ぐ酒場に向かった。彼のお目当ては自分が姿形を真似している怪しげな吟遊詩人、本名エロールだ。
彼は当然のようにいた。最早酒場こそが彼の寄生場所ではないかと思うくらいに。
エロールはデスの接近を予め察していたように、朗らかな笑顔を向ける。
「やあ。また出てきたのですか。冥府も暇ではないでしょうに」
「確かに年中遊び人の貴様ほど暇ではないな」
「それで、私に何の用ですか?」
最近のエロールは、遊び人とか暇人とか言われるとこうして話を逸らすようになった。今までまるで気に留めていなかったふてぶてしさの方が問題あったのかもしれないが、急に変わると逆に何か疑いたくなる。何か企んでいるのかとか。実際には「いい加減神らしく振舞いなさい」とニーサに叱られたからなのだが、それでも遊び人を止めないのは最早意地か。
「仕事に飽きた。何か面白い話をしろ」
「……あなたもいい加減ぶっちゃけすぎだと思いますけどね」
これでもデスは冥府の王。エロールと違って最初はそれなりに威厳を保とうとしていた。偉そうな喋り方をしたり、相手の話を聞き入れなかったり。方向性が激しく間違っているのだが、生憎突っ込みを入れてくれる存在は冥府にしか居ない。
「まあいいでしょう。こんな話があります」
デスのふてぶてしい要求を受け入れたのは何のことは無い、エロールも暇だったからだ。
エロールは手にしている楽器を鳴らし、語りを始めた。
「ちょっと待て、お前の楽器はそれだったか?」
が、その前に当のデスに遮られる。ちなみに詩人コピーであるデスが持っているのは縦笛。笛でどうやって語りをするのか非常に興味があるが、まずはエロールの楽器である。弦楽器なのは同じだが、形状がかなり違う。
「ああ、これですか。三味線という小さな島国独特の弦楽器です。面白そうだったので暫く変えてみました」
「島国?」
何となく見覚えあるような、そうでないような。首を捻っていると、エロールはやれやれとため息をつく。
「あなたが根城にしている島の伝統楽器ですよ」
「リガウか。成る程、見覚えはある」
というものの、もう随分長いこと見ていない気がする。神でさえも昔と言うような時代だ、人間にとっては途方も無い昔になる。もしかしたらリガウ島にはもう無いのかもしれない。が、だとしたら何故今エロールがそれを持っているのかが気になる。
「何故貴様がそんなものを持っている?」
「楽器コレクターですから」
さらっと答えるエロールに、今度はデスが鼻で笑った。
「貴様のコレクションはどれだけ膨大なのだ。ワイン、人形、刀剣、果てには屋敷コレクションまであるではないか」
「神ですから」
「神が人間の道具のコレクションをするのか。ましてや今の人間はエロール、貴様の子ではないか」
「人間のコレクションを馬鹿にしてはいけませんよ。それに、あなただって人間の魂のコレクションをしているではありませんか」
一応補足しておくと、魂のコレクションとはデスが死んだ人間の魂を見定め、面白そうな魂を見つけては冥府に置いているという職権乱用もいいところの所業のことである。もっとも、これについては人間達に選ばせているため、特に不満は出ていないから問題にはなっていない。増やし続けていけば五千万年後くらいには少し手狭になるかもしれないが、そんなことは後で考えればいい。
「あれはコレクションではない。面白そうだから置いているだけだ」
「そうですか」
ふと、デスの視線が三味線に注がれていることに気づき、エロールは尋ねた。
「楽器が欲しいのですか? それとも三味線に興味がおありで?」
「いや」
即座に否定するが、デスの視線はひたすら三味線に注がれている。少なくとも三味線を気にしているのは間違いない。が、隠す必要も無いのにすんなり本音を言わないデスから無闇に聞き出そうとはしなかった。やるだけ無意味だからである。
それよりも、エロールとしては詩人姿のデスが持っている楽器が気になっていた。これについては最初に見たときから気になっていたことだったのだが。
「というか、あなた私のコピーなら縦笛は止めてください」
「何故だ」
「どうやって弾き語りするんですか」
詩人だからといって弾き語りをしなければならないこともないだろうが、少なくともデスは以前弾き語りをしてみたいと言っていたりもしたのだ。ならば突っ込まざるを得ない。口で縦笛を吹いて語りをするなど、普通は出来ない。人間の形態をとっている以上は不可能である。
が、デスは流石神というべき間抜けな答えを返してくれた。
「簡単だ、口を二つ作れば」
「人間達が怖がったり面白がったり捕まえようとしたり大混乱に陥るので止めてください」
「そうか」
今度はあっさり頷いたものの、ちゃんと納得したわけではないようだ。二つ作るところを見られなければいいのだな、と勝手にぶつぶつ言って決め付けている。訂正しようと思ったが、どうせデスが出会うような人間など、エロールが相手をしているような変わり者の集団くらいだろうとこれまた勝手に決め付けて納得する。実際デスはそういう変わり者しか相手にしてないのだが、それはデスが相手を選んでいるのではなく、ただの偶然である。もしかしたら普通の人間はデスの胡散臭い空気を恐れて近寄らないだけなのかもしれないとエロールは見当をつけたが、それだとデスと同じような存在である自分も避けられているのかと少し落ち込むので考えるのを止めた。エロール自身も普通の人間とは滅多に関わらないのだ。
気を取り直し、エロールは話を元に戻した。
「とにかく、弾き語りをしたいなら笛以外のものにしてください」
「そうか」
意外と素直にデスは頷いた。どうやら笛にこだわりがあったわけではないようだ。うっかりハーメルンのバイオリン……ではなく笛吹きの話で感化されたとかだったら、神の力を用いてでも全力で止めなければならないかもしれなかった。
「ならエロール。何か楽器を寄越せ」
頷いてからほとんど悩むことも無くデスは真顔で言い放った。流石のエロールも一瞬開いた口が塞がらなかったが、立ち直るのは早かった。
「自分で選んだ方が良いものが見つかると思いますよ。楽器は値段や材料ではなく相性が大事なのですから」
偉そうに言うが、完全にどこかの本の受け売りである。エロールは詩人の格好をしているくせにそれほど音楽に造詣が深くない。以前に平然と三味線でロックを歌ってドン引きされたりしたくらいだ。
「成る程」
エロールの言葉をあっさり信じて、デスは酒場を出て行った。楽器を探しに行くらしい。
しかし、とエロールは思う。遥か昔には敵として戦った相手の言葉をあっさり信用するのはどうかと。戦いに疲れて人間になることを望んだ妹のシェラハといい、サルーイン以外の二人は結構単純……もとい純粋なのかもしれない。
町に出て楽器屋を探すデスだったが、ここで肝心なことに気づいた。
町に楽器屋が全く無いのだ。
デスは何度も町に出ているが、今まで楽器に気を遣うことなどまるで無かったため、楽器屋があるかどうかなど気にもかけなかった。しかしかすかな記憶を穿り返してみると、そもそも楽器屋なるものが存在した覚えが無い。しかし世の中に楽器というものは存在する。ならば売っている場所が必ずどこかにあるはずだ。見かけないのは単に見落としていただけか、それともわかりやすい店ではないのか。
適当に歩いていると、いつの間にか大通りから外れて小さな路地に入っていた。昼間なのに日光が建物に遮られて辺りは薄暗い。加えてデスの服装も暗い色ばかりなので、デスの周囲に明るさは欠片もない。冥府の王だから暗いのは嫌いではないが、人間が基本的に闇を好まないことは知っているので、流石にこんなところに店は作らないだろうと思い引き返そうとした。が、その時一瞬だけだがデスは目的のものが視界に入ったことに気づいた。
戻りかけた足を止め、もう一度路地の奥を見てみると、確かにみすぼらしいながらもちゃんと「楽器専門店」の看板が立っていた。本当に申し訳程度のこじんまりとした看板ではあったが。むしろ子供の落書きと思われても仕方ないくらいボロく汚れている看板で、店の方も非常に年季の入った木造建築であった。建物自体が斜めに傾いているし、木の板の一部が剥がれてぶら下がっている。人間はあまり入りたがらないだろうな、とデスは思った。
中に入ると、やはり外見のイメージを崩さず惨めな空間であった。いくつか楽器が置いてあるものの、殆どが埃を被っていて、中には蜘蛛の巣が張ってあるものもある。少なくとも蜘蛛の巣だらけのトランペットを吹きたいとは思わない。
流石にこんなところで買うわけにはいかないかと店を立ち去ろうとしたとき、不運にも店の人間に気づかれてしまった。
「いらっしゃいませ! 何かお探しですか!?」
潰れかけた店に不釣合いな威勢のいい声がデスの耳に届いてしまう。そのまま無視して立ち去っても良かったのだが、何となくデスは去りかけた足を止める。
「我に相応しい楽器は無いか?」
しかし返す言葉は相手をかなり困らせる一言。服じゃあるまいし、楽器に似合うも似合わないも無いだろう。
が、この人間もかなりの変じ……もとい強者だった。いかにも気弱そうな糸目の割に、変な客への対応もばっちりだった。
「そうですねぇ。お客さんは見るからに胡散臭い……もとい暗そうな雰囲気が漂ってますから、やはり低音の楽器がよろしいのではないかと。例えば、そこにあるコントラバスとか」
そう言って男が指差したのは、店に無造作に置かれている大きな弦楽器。埃を被っている上に、どうも弦が一本切れているように見える。とても使えないことくらいデスにもわかる。
「汝は客に壊れた楽器を買わせるつもりか?」
「いえいえ、あれは見本です。奥にちゃんとした楽器を保管してありますよ」
呆れたデスに、男は平然と返した。言われれば当たり前だろうが、その言葉は新たな疑問を浮かび上がらせた。
「? ならば何故まともなものを置かない?」
「盗まれたりしたら困りますから。私はこの店にいつもいるわけではありませんからねぇ」
「普段は居ないのか?」
「はい、一応本業は別にありますから。これは副業というか……本業で使わなくなったものを売るための場所なんですよ」
わかるようなわからないような、曖昧な返答にデスは適当に頷いた。要らなくなったものを売るなら、ちゃんとした店とか商人とかに売ればいいだろうにと思うが、何せ自分は人間ではない。人間の世界には、神にはまだわからない人間独特のルールがあるのだろう。それなりに人の世を学んだと思っていたが、まだまだ世界は広いようだ。
その件について詳しく聞きたかったが、今回は別に目的がある。男の発言には特に何も返さず、デスは自分の目的を口にする。
「まともな楽器があるなら良い。それより我に合う楽器を用意しろ。一つの口で弾き語りが可能なものだ」
一つの口という言い回しに男は首を傾げるが、デスが変な人(人ですらないが)だというのは既に察していたので、いちいち聞き返さなかった。
「弾き語りですか〜、ということはあなたは吟遊詩人ですか。酒場に居る人とよく似ているとは思っていましたが、あなたもだったんですね。それなら持ち運びが楽な方が良いですね」
「いや我は大きさなど気にしないが」
神なのだから大きなものを運ぶ方法などいくらでもある。が、男はデスの呟きなど全く聞かず、店の奥に一旦引っ込む。まあいいかとデスは男を見送り適当に店の中を見回す。しかしやはり酷い有様だ。副業とは言っていたが、まともに客を呼ぶ気など全く無いのだろう。荒れ果てた店内と手入れもされていない楽器が良い例だ。楽器はちゃんとしたのが奥にあるそうだが、この状況では流石にあまり信用できない。
やがて男がいくつか楽器らしきものを抱えて戻ってくる。彼が持ってきたものはデスの目から見てもちゃんと使えるもののようだ。
「まずは基本の竪琴ですが……見るからに邪あ……暗そうなあなたには似合いませんねぇ」
「侮辱されている気がするが、まあいい。それはともかく……どうやって演奏するのだ? その糸を引きちぎるのか?」
デスは男の差し出した竪琴を眺め首を傾げた。勿論デスは思いつきで楽器を買うことにしたので、楽器の使い方など知らない。最初に持っていた縦笛でさえ、吹けば音が鳴る程度のことしか知らないほどだ。竪琴なんて全くわからない。というより、デスは楽器の演奏の仕方などまるでわからない。なのに楽器だけを欲しがる。
「はぁ、じゃあこのチェロなんかも……」
「どうやって演奏するのだ? その巨大な板を地面に叩きつけて音を鳴らすのか?」
「……アコーディオンなんかもありますが」
「面白い形状だな。この白と黒の板は何だ?」
「……お客さん、楽器は何を扱えるのですか?」
男の糸目がほんの少しだけ開かれる。初めて見えた彼の目は、呆れと驚きと不快感が混ぜこぜになっている。言葉で示すなら簡単、「冷やかしなら帰れ」だ。
「叩いたり吹いたりなら出来るぞ」
そんな男の冷ややかな目などまるで気に留めず、デスは自信満々に言い放った。普通の店と普通の人間なら「帰れ」と言われているところだ。しかしこの男、よほど商売熱心なのかお客第一を心がけているのか、そんなことは言い出さなかった。
「それでしたら、もうほとんど選択肢はありませんね。トライアングルとか木琴とかカスタネットとか……いっそ水の入ったコップでも鳴らしてればいいと思いますが」
男は頑張って思いつく楽器を一応言ってみた。が、最後の一言はまさしく本音か。
しかしとりあえず男は再び奥に引っ込み、今度はデスでも使えそうな楽器を持ってきた。まともにメロディーを奏でることなど不可能だと判断されたデスへの選択肢はほとんど残されていなかった。
デスは出された楽器を一つ一つ手に取ってみた。流石にこの辺りになると何となく分かってきたようで、まずはカスタネットを鳴らしてみる。が、音があまり好みではない。
木琴を手に取る。板の一つを叩いてみると、先ほどのカスタネットと大して変わらなさそうな音。違う板を叩けばまた別の音が鳴るが、さほど興味を惹かれなかった。
トライアングルを手にしてみる。三角形の金属部を掴み棒で叩くが、鈍い音しか出ない。
「それは紐でぶら下げるようにして持つんですよ」
そんなこともわからないのか、と言外に告げる男の忠告をデスは素直に聞き、三角形を再び叩く。すると今度は金属のかち合う甲高い音が響く。何故かこの音は妙に耳に馴染んだ。
「決めた。これを買う」
「はあ。毎度あり!!」
いかにも適当感溢れるデスの反応に男はいい加減あきれ果てていたものの、商売人としてのプライドか「毎度あり」だけを元気な声で告げる。
「1000金頂戴します」
「……キン?」
値段を告げると、デスはまた首を傾げる。まさか金も無いのにグダグダやっていたのかとそろそろ男が殺気立ってくる。デスは暫く考え、漸く思い出す。人間は物のやり取りをするのに金というものを使うのだ。しかし、今更思い出したが、デスは現金など持っていない。その旨を言おうとしたが、デスの様子に不穏なものを感じたらしい男は既に剣を手にしている。刃はまだ鞘に納められているが、デスが正直に告げれば確実にその剣は抜かれるだろう。人間相手に後れを取るデスではないが、流石に楽器ごときで人間と揉め事を起こしたくないし、何よりうっかり殺してしまえば仕事が増える上に部下達から小言と嫌味を食らう羽目になる。
デスは考えた。そして、物々交換で何とか見逃してもらおうと手持ちのアイテムを物色する。すると幸いにも、以前道に迷って辺境の洞窟に入ってしまったとき見つけたゴールドリングを発見する。
「これで交換というわけにはいかないか? 今キンなるものは持っていないのだ」
「ん? ……!!」
男はリングを見た途端目を大きく見開いた。突然の急激な変化にデスは怒らせたかと思ったが、彼の予想に反して男は上機嫌でリングを受け取った。
「いや〜、こんなものをくれるなんて、あなた結構太っ腹ですね。いえいえ、神様たるお客様に対してこんな言い方は失礼ですね。しかし、本当に良いんですか?」
「構わん。我はそんなもの要らん」
デスには男が喜ぶ理由がさっぱりわからなかった。金の価値などに興味は無かったからだ。むしろ何故この男に自分が神だとばれたのか、その方が不思議だった。特に驚いている様子もないし気にしている様子でもないのでデスは特に言及しなかった。
しかし男は結局申し訳ないからと言って、デスにトライアングルだけでなく一つの弦楽器もプレゼントしてくれた。男の話だとウクレレというらしい。
「吟遊詩人ならそういう楽器の一つも使えないと格好つかないですよ。練習用の教本もありますから、これで練習してください」
と、男に本まで渡されてしまった。
店を出たデスは、トライアングルとウクレレを抱えて冥府に戻った。暫くはトライアングルを適当に鳴らしながら適当に歌っていた(周囲には唸っているように聞こえたらしいが)が、やがてウクレレの音が少しずつ冥府に響くようになっていった。
「デス様、人間の世界に逃亡もせず楽器を奏でられるとはどういう風の吹き回しですか?」
「たまには良い機会だろう」
部下達にその行動を不信がられながら、デスは教本を前に悪戦苦闘していた。
「ただいま帰りやした」
「あらエルマン。どうしたの、随分機嫌良さそうね」
「ええ、あの店でかなりの儲けがありましてね。今日は盛大にやりましょう!」
「へぇ、あんたがそんなこと言うなんて珍しいね。しっかし、あんなボロい店で誰が何を買ったのやら」
珍しく財布の紐が緩くなっているらしいエルマンの非常に珍しい姿を見ながら、バーバラは心の中でエルマンを喜ばせた誰かにこっそり礼を告げた。
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まだ続いているデス様シリーズです(笑)
この世界での金の価値はかなり適当です。
エルマンの設定も勿論フィクションです。
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