執念にも勝る思い





 冥府の王デスは、ある悩みに頭を抱えていた。その悩みとは、ある人間の魂のことだ。
 およそ千年前に死んだ人間の魂で、本来ならばとっくに魂の浄化が行われて新たな命として転生しているはずだった。なのに、その魂は何年経っても浄化を受け入れず、生前の記憶を保ったまま在り続けている。
 魂の名はアルドラ。人間の英雄ミルザと共に戦い、一人魔物の群れを相手にして命を落とした女魔術師である。




「エロールの子よ、いつまで現世に居座る気か? 汝は既に死者だ。穢れを全て落とし新たな魂として生まれ変わる。それが正しい魂のあり方だというのに、何故汝は現世の記憶などにこだわる?」
「何度も言ったはずだ。オレは絶対にあの人のことを忘れない。忘れたくない。大切なあの人の記憶を、そっちの理屈で奪われてたまるものか!」
 このようなやり取りが、およそ百年に一回のペースで行われる。今回でもう十回目だ。これまで現世の記憶に囚われる愚かな魂を何度も見てきたが、ここまで強情なのは初めてだった。一体何がその人間をここまで駆り立てるのか、デスにはわからない。
「人の思いは、理屈ではないのですよ」
 冥府の戦士Aに何となく尋ねてみると、こう答えた。あの魂と同じ女性だからわかるのか、妙に確信めいた言葉だった。
「我々冥府の戦士が、死んで尚力を求め己を鍛えるのと同じようなものなのでは?」
 冥府のとある戦士Bに尋ねれば、こんな答え。しかしあの煉獄の魂は、冥府の戦士たちよりも遥かに強力な想いを抱えているようだった。それを口に出すと冥府の戦士達は少し不機嫌になった。
「執念でしょうな。私の法に対する思いと同じような」
「いや汝のはただの病気だろう」
 生きている間中法のことばかり考えて、死んでも法のことばかり考えている法律オタクのユリウスには聞くだけ無駄だった。反省。
 と思いきや、当のユリウスから思いがけないことを聞かされる。
「あのミルドラとかいう娘が抱えている思いは、いわば恋愛感情というものでしょう。そういう感情も、一種の病気のようなものです」
「そういうものか」
「はい、私の法に対する強い思いもそれと同様で……」
 法への思いを熱く語り始めたユリウスを無視して、デスは考え込んだ。
 神といえど、いや神だからこそ、人の感情は時に理解できない。仕事を放ったらかして人間界を訪れることの多いデスでさえ、まだわからないことは多い。特に恋愛感情というものは酷く難しく、人によって表現の仕方も持ちようも変わるという、極めて難解なシロモノのようだ。とりあえずユリウスのようなのは絶対に違うだろうと思えるのだが、それすら明確な理由は思い当たらない。敢えて言うなれば直感。
 ユリウスは未だ一人で勝手に何か喋っている。ああなると周囲の声は全く聞こえないのだが、去り際にデスは一言だけ告げる。
「ユリウス、あの魂の名はミルドラではなくアルドラだ」
 本当にどうでも良いことを言い捨てて、デスは何かを思い出したらしく何かの確信を持ちながらいそいそと黒い詩人に変身した。




 例の如く唐突に酒場に現れた黒い詩人は、真っ直ぐに詩人の方に向かっていく。
「あなたも相変わらず唐突にやってきますね。一応あなたは冥府に封印されているはずなんですが」
「出来の悪い兄らしき神の封印程度で、我の活動を妨げられるとでも思ったか」
「じゃあ何で今まで大人しく冥府に引き篭もっていたんですか? サルーインも後1年くらいで復活しそうな気配ですし、協力してマルディアス乗っ取りでもやらないんですか?」
「面倒だ」
 詩人エロールのからかいを含んだ言葉を黒い詩人デスは一蹴し、早速本題を出した。
 冥府に長いこと居座り続ける面倒な魂アルドラ。彼女はミルザへの思いを消したくないがために1000年もの苦痛に耐え続けている。しかし、デスは思い出したのだ。ミルザとその仲間達の話を。
 ミルザは仲間たちと共にサルーインを倒したが、同時に彼らの命も尽きてしまった。彼らの魂をエロールは拾い上げ、星とした。ミルザは神として扱われ、今でも一部地域では信仰の対象となっている。
「……という話だったな」
「何だかかなり適当な語られ方ですが、まあ大体その通りですね。それで?」
「何故あの魂も拾わなかった?」
 デスの問いに、エロールは暫し沈黙し、やがて大仰に首を傾げた。
「はい?」
「そもそも汝がミルザとその他大勢の魂を拾ったとき、あの魂も持っていけばこんな面倒なことにならずに済んだのだ。あの魂もミルザと共に居られて満足だろう」
「おや、あなたがそんな人の心の動きを理解しているとは」
「誤魔化すな。それで、何故持っていかなかった?」
 デスに言わせれば、アルドラの魂一つくらいミルザの仲間に追加してやっても良かっただろうということだ。そうすればアルドラも満足、デスも余計な手間が掛からず満足。良いことずくめだ。
 デスに詰め寄られたエロールは、視線を彷徨わせながら曖昧に笑う。
「実は、のっぴきならない事情がありまして」
「忘れていただけなら串刺しにするぞ」
「……退避!!!」
「なっ……待て、逃げるな!!」
 突然外に向かって全力で逃げ出したエロールを追ってデスも飛び出したが、出遅れたデスはすぐにエロールを見失ってしまった。エロールはあんなんでも一応神。デスにさえ勘付かれないよう逃げることは出来る。
 あの様子では、暫くは自分から逃げ続けるだろう。もはやエロールを追えなくなったデスは、アルドラをどうにかする手段を失って頭を抱えていた。
 が、すぐに考える。
 アルドラが執着しているのはミルザへの恋慕。ならば、アルドラ同様に恋愛をしている人間に尋ねればわかるかもしれない。そんな神としての威厳もへったくれも無いことをまるで名案とばかりに考えたデスは、早速そういう人間を探そうとした。
 が。
「なー、金くれよ、金」
「腹減ってんだ、腹」
「うりうり〜、ビチグソだぞ〜」
 いつの間にやら小汚い子供が数名、デスに纏わりついていた。
「痛い目に遭いたくなかったら金出しな」
 しかも柄の悪い男まで近寄ってきた。
 鬱陶しいのでそれらを全て剣に変えてその場に放置する。冥府に戻ってから直せばいいだろうと魂を冒涜するようなことを考えてデスは歩き出した。
 どことなく薄汚れた町で、隙あらば何かを奪おうとか殺そうとか、そんなことを考えている人間ばかり。デスの好ましいオーラがあちこちに漂っているので不愉快ではないが、これはむしろサルーインが好みそうな空気でもある。不肖の弟を思い出し、デスは肩を落とした。何千年にも渡って恨みつらみを抱え続けているアホの弟ではあるが、きっとアレと縁が切れることなど無いのだろう。それどころかエロールに言われたような嫌味さえ言われるのが当然の立場なのだ。兄弟揃ってこの街の空気を好むという性質が、どう頑張っても断ち切れないものがあると示しているように思える。神とはいっても、さほど便利な存在でもないのだ。
「あんた、肩なんか落としてどうかしたの?」
「人間で言う腐れ縁とはこのことなのだろうなと、己の生まれを始めて呪っていた」
「? ……まあ、こんな世の中だし、嫌なことなんてたくさんあるだろうけど。そんなに悲観しなくても良いと思うよ。生きてりゃ嫌なことも良いこともあるんだからさ」
 随分さばさばした物言いの女。何となく赤い踊り子を思い出したが、魂の波動がまるで違う。女の顔を見てみれば、やはり別人。見た目はもっと地味で、この町の空気には馴染んでいる様子だ。
「汝は何者だ」
「あたいはファラ。あんたこそ、一体何者だい? ここらじゃ見ない……いや、酒場で良く似た人は居たっけ」
「それの弟……になるのだろうな、一応。認めたくないものだが」
 生まれた経緯を考えれば兄弟というのもおかしな話ではあるが、そう考えて差し支えないのが余計に落ち込む原因になる。エロールにサルーイン、碌な兄弟が居ない。何千年も生きてきて始めて認識した、己の生まれ。鬱だ引き篭もろう。
 突然ふらふらと歩き始めたデスに、ファラは慌てて話しかける。どうも相当心配されてしまっているらしい。
「ちょっと、あんた本当に大丈夫? 疲れてるんならうちに来る? 何にも無いけど、休むくらいならできるからさ」
「いや、我に疲れなどは……」
「いーから来る!!」
 強引に家に引きずり込まれたデスは思った。女は無意味に強い、と。




 ファラに引っ張られて入った場所は、お世辞にも良い感想の言えない建物だった。当然、デスがお世辞など言えるはずも無く。
「物置に住むとは、変わった人間だな」
「汚くて悪かったね」
 ファラはあからさまに不機嫌になったが、怒りを露にはしなかった。適当なところに座るよう勧められたが、肉体的な疲れなど神には無縁なのでいちいち座ることはしなかった。
「あんたがさっき言ってた、腐れ縁のことだけどさ」
 徐にファラは口を開いた。もしや自分の正体に気づいたのでは、と思ったが、彼女の口から出てきたのは、予想とはかけ離れた話だった。
「あたいにもそういうのあるんだ。弟じゃなくて幼馴染なんだけどさ。人のもの盗んで生きてる盗賊でさ、本当ならあんまり自慢できる生き方してないんだけど、何だかんだ言っていつも近くに居るんだ。いつかは街の外に出てディステニィストーン見つけるんだなんて言ってるけど」
 あまり褒めた言い方ではないようだが、ファラの顔は穏やかで、ほんの少し赤い気がする。人間の顔が赤いのは病気だという話を聞いたことがある。顔以外は全く病気に見えないのだが。そんなことよりも。
「ディステニィストーン?」
 エロールが作った、サルーインを封じるための石だ。特に感慨など無いが、久しぶりにその名を聞いた気がする。
「エロールの子がディステニィストーンを手に入れてどうする?」
 あの石はサルーインを封じるために作ったものでしかなく、欲しがるのはサルーインを復活させたがる奴らくらいのものだと思っていたのだが。
 ファラの話によると、ディステニィストーンはこの世界においては最高の宝とされているらしい。あんなものが宝とは、エロールの子の感性は不思議なものだ。しかしその石を、この女の幼馴染とやらは本気で手に入れたいと思っているらしい。デスにとってはただの石でしかないのだが、もしかしたらエロールの子が手にすれば何か途方も無い効果があるのかもしれない。
「……ん?」
 ふと、デスはファラから何処かで感じたような奇妙な波動を感じた。昔ではない、ほんのつい最近、こういう魂の波動を感じた気がする。病気の波動だろうか。
「汝は病気なのか?」
「はあ?」
 何で? といわんばかりにファラは目を見開く。同時に、奇妙な波動も消える。気のせいだったかとデスは話を変える。
「お前の幼馴染とやらは悪人なのか?」
「違う! ……とも言い切れないな。といっても、あたいがそんなこと言える資格無いけど」
「そうか」
 適当に相槌を打ちながら、デスは再び例の奇妙な波動が流れるのを感じた。どうやらファラが幼馴染の話をする時に流れるようだ。
「……ああ」
 思い出した。この波動は煉獄に居座り続けているアルドラの魂からも感じられた。ミルザへの恋慕だけで留まり続けているあの魂から感じる波動よりも遥かに弱いが、エロールの子の魂は死んだ後の方が強くなるという話も聞いたことがある。必ずしもそうなるとは限らないが、デスも長い冥府生活でそういう現象があることくらいは知っていた。
 ともあれ、漸く何とかする手がかりを見つけたようだ。
「汝に聞きたいことがある」
「何? あたいでわかることなら何でも答えるよ」
「汝が恋愛感情を抱く男と死に別れたとしたら、どうする?」
「……随分悪趣味なこと聞くんだね」
「悪趣味なのか。我の抱える一番の問題なのだが」
 正直に言うと、ファラは何故か随分奇妙な顔をした。悲しいような辛いような、何だかいろいろ困っているようだ。何かまずいことでも言ったのだろうかとデスが自分の言動を思い返していると、ファラは神妙な顔つきで答えた。
「死んだら仕方ないような気もするけど、やっぱり離れるのは嫌かな。もし離れずに済むんなら、何だってするかもしんない」
「死した後も魂が囚われて責め苦を受けようとも?」
「いや、本当に死んだ後のことなんてわかんないけど、そうだねぇ……やっぱりあいつと離れたままなんて考えられないからね」
 デスは感嘆した。人間の心とはこうまで強固なものなのかと。
 しかし、冥府には冥府の事情がある。魂の滞りはデスにとって最も許せないものなのだ。
「魂が満足するためには、何が必要だろうか」
「また難しい話だね……やっぱり、好きな人とは一緒に居るのが一番だよ」
「そうか」




 結論など、始めから分かり切っていたのかもしれない。だが、分かってても最早どうしようもないのだ。神となったミルザとその他大勢は魂の流れから解き放たれてしまっている。今更ミルザの魂と共に置くことなど出来ない。
 やはりエロールの失態なのだ。見守っていたなどと言うくらいなら、その程度のことを見逃すべきではないのだ。
 ファラの家を辞した後、デスはふらふらと冥府に帰ってきた。結局成果はあまり無く、解決しようも無いことを認識しただけだった。
 暫くして、冥府に客が訪れる。例の不肖の弟サルーインの分身だか下僕だか取り巻きだか。名前はミニオンなんとかだった気がする。
 顔も見たくない鬱陶しいのが来たなと適当にあしらおうとしたのだが、事もあろうにこのミニオンなんとか、サルーイン復活のために協力しろとか言ってきた。面倒だから無視しようとしたら、逃げるのかとか言ってきた。冥府の王デスに対し無礼な物言いだと潰してやろうかと思ったが、こんな小物相手にムキになってはサルーインと同類だ。しかしこんなミニオンなんとかの言い分に従うのもプライドが許さない。
 そこで思い出したのが、煉獄で反抗期中のアルドラ。アレはミニオンなんとかにとって有益どころかミルザの仲間Aだったのだが、そんなもの言わなきゃわからんだろう。何より煉獄に居座る魂がいなくなるのだから願ったり叶ったり。
 そんな適当な理由で体良くアルドラの魂を追い出し、デスは久しぶりに満足した。
「デス様も弟君に負けず劣らずガキ……いえいえ何でもありません」
 近くを漂っていた魂の召使が何か言ったが、デスはその召使を握り潰すだけにしておいた。魂は物理的損害は全く受けないから、無礼者に対してはかなり寛大な処置である。それだけ今のデスは機嫌が良かった。
 その後のことはエロールに選ばれた人間の方が詳しい。結局アルドラの魂がもたらしたのは彼女の魂の入り込んだダークの中における混乱のみで、世界には何ら影響を与えなかったのだが、それすらデスにとっては知ったことではない。




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時間軸はゲームスタートより前なので、今回のタイトルはデス様〜ではありません。
一番の突っ込みポイントは、いかにも胡散臭いデス様に平然と話しかけるファラです。

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