デスは考えていた。
本来の姿である骸骨ではなく、例のエロール人間形態の黒バージョンで。最近手に入れたトライアングルを腰にぶら下げウクレレを脇に抱え、目の前に佇む人間に何を言うべきかを考えていた。
「話って何ですか?」
赤毛で騒がしそうな魂を持つ、小さなニーサの子が首を傾げデスに問う。彼女はちらちらと仲間達の方を気にしているが、その行為は恐らく無駄になることだろう。
例の如く暇だからとマルディアスを訪れたはいいが、ふと入った酒場でエロールに詩人の仕事とやらを頼まれた。久々に飲みに行きたいので仕事を代わってくれと言われて頷いたが、実のところデスは詩人の仕事などまるで理解していない。時折話しかけてくる物好きの人間に話を聞かせてやることはしたことがあるが、それ以外にも人間の頼みで、仲間を外したい時に説得をするという行為も含まれるらしい。それがまたデスには理解できない。何故自分で直接言わないのだ。「お前は要らない」たったそれだけを言えば話は終わりだ。全くもって理解不能。
わざわざ自分が言わねばならない理由が全くわからないので、デスはとりあえず仕事をすることにした。
「草原に帰れ」
単刀直入にデスは用件を告げた。すると、周囲からすかさず冷たい視線がデスに集中した。
「あんな小さい子に……酷い奴だ」
「最低、あの男」
「あの子泣くんじゃないか? 可哀想に」
酒場の連中がこそこそと、それでいて視線ははっきりとデスに向けていた。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに、人間とは本当に分からない事だらけだ。この類の視線はサルーインが好みそうな類の視線で間違いないが、仕事をこなしただけのデスが何故そんな目で見られなければならないのか、これもわからない。
デスがどういうことなのか考えていると、ニーサの子は首を傾げて返した。
「でも私、どうやってガレサステップに帰ればいいかわからないんだけどな……」
知るか。
簡潔にそう告げると、デスに向けられる視線がますます冷たいものになった。知らんものは知らんと言って何が駄目なのか。
この南エスタミルからガレサステップまでは結構遠い。それくらいは分かるが、何せデスは町と町を移動する際、人間の使う交通機関を使わず、専ら瞬間移動を駆使しているため、人間がどうやってガレサステップまで移動すればいいのかわからない。
考えた結果、一つの手段を発見した。少女と共に酒場の外に出て、デスは本来の鎌を持った骸骨の姿に戻る。一瞬人間たちの視線がデスに集中したが、すぐに外された。普段デスによく絡んでくる、いかにもサルーイン好みっぽい人間やら薄汚い子供やらもデスから離れていく。
「あれ、詩人さん……?」
少女は突然変身したデスに驚き目を丸くする。そんな彼女に構わずデスはガレサステップの方向を確認する。この南エスタミルから真っ直ぐ向かうと、途中で山脈に引っかかるような覚えがある。ならば、高めを取った方がいい。そう判断すると、デスは手にしている鎌を逆さまに持ち、刃を引っ掛けないよう位置と構えを取る。
「あの、あなた一体誰……きゃああああああああっ!!」
デスは無言で、少女をガレサステップ方面(恐らく)に向けて弾き飛ばした。わざわざ神の姿になってまで力を込めたのだから、届かなかったり山脈に引っかかったりということは無いだろう。
ふと、またしても奇妙な視線が自分に集中していることにデスは気づく。ちゃんと仕事を終えて不満そうな視線を向けられた経験などデスには無い。仕事をせずに遊び回ってユリウスに説教されたり魂達に文句を言われたりした覚えならあるが。
しかしデスが振り向けば人間は揃って逃げる。直接文句をつけてこないのなら問題ないだろうと解釈し、デスは再び黒い詩人の姿になって酒場に戻った。
暫くすると酒場にあるパーティが入ってきた。リーダーは耳の尖った小柄な男のようだ。入るなりお喋りを続けている煩い男は、真っ直ぐデスの方に向かってきた。
「よ、相変わらず胡散臭いなー」
「そうか、胡散臭いのか」
この男の言い草からすると、エロールはいつも胡散臭いらしい。あんなのでも一応神、まともではないとわかってしまうのだろう。
一瞬だけ何故か変な顔をした男は、すぐにヘラヘラした顔に戻る。
「まあいいや。あのさ、頼みがあるんだけど。ちょっとメンバーから外したい奴が居るんだけどさ」
「外したければ直接言えば良いだろう。何故言わない」
「まあ、それもそうなんだけどよ。実はちょっと事情があってさ、暫く足止めしててくれねぇ?」
「……? 良く分からんが、承知した。それで、誰に言えば良いのだ?」
デスが問うと、男は一緒に居た連中の中から一人をこちらに連れてきた。全身緑色の女だ。間違いなく人間ではあるはずだが、その気配は殆ど野生の動物である。むしろ人間の形をした獣が人間に紛れ込んでいるような雰囲気ですらある。
「何?」
しかもどうやらエリスの加護を強く受けているらしい。エリスといえば、エロールにも容赦なくずけずけものを言う強気な神。エロールがかなり苦手だと言っていたような気がしないでもない。奴にとってニーサ以上に苦手な存在など無いだろうに。
ともあれ、仲間から外したいというのであれば、言うことは一つ。
「森へ帰れ」
「私も帰りたいわ」
すかさず返ってきた答えに、デスは疑問を感じた。
「ならば何故帰らない」
聞き返しながら、デスはこいつも帰り道がわからないのかと呆れた。しかし返ってきた答えはデスの予想の斜め下を突っ切っていた。
「何故? 私は何故ここにいるの? 森へ帰りたいのに帰れないのは運命? それとも私の意志? 答えを教えて」
「知るか」
何だこの人間は、とデスは呆れながら答えた。かなり適当なのだが、女はまた勝手に喋り始めた。
「そう、運命なのね。私が森から出たのも、森へ帰らずふらふらしているのも、地下水路で金を拾って帰ってきたのも、どこかの騎士団とやらを無視して勝手に魔物退治をしたのも、女を集めていた男を殺したのも、全ては運命に定められていたのね」
女の言い分はいまいちわからないが、とりあえず何となくわかったことがある。
さっきの耳の尖った男は、この女から一刻も早く離れたかったのだ。実際男と他の仲間たちの姿は既にどこにも無い。
こんな話の通じない人間がいるとは思わなかった。エリスが何か間違えたのだろうか。
「運命などどうでもいい。重要なのは今、汝が森へ帰るか否かだ」
「……帰るのは構わない。けれど私、ジャミルに指輪を預けたままなのよ。あれを返してもらわないと困るのだけれど」
やっとデスにも意味の分かることを言ってくれた。しかしそんなことを言われてもどうしようもない。
「耳の尖った男のことなら、もう居ない。随分前に仲間と共に酒場から出て行った」
それを言うと、女は無言で酒場を出て行った。10分後何かの悲鳴が聞こえたが、魂が冥府に送られたわけではないようなのでデスは気にしなかった。ただ何となくトライアングルを一回叩いた。チーンと甲高い音が響いた。
次に入ってきたのは例の馴染みのある灰色の男だった。何故彼と馴染みがあるかというと、単に会う回数が多いからだ。デスを含めた三邪神の恩寵を受けている所為か、他の人間と比べて遭遇率が高く、また馴染みやすい人間でもあった。
灰色の男も、酒場に入った途端デスの方に真っ直ぐ歩いてきた。
「仲間を外すのか?」
「ああ。あの緑の男だ」
そう言って男が顎で指したのは、キノコのような緑色の帽子と緑色の服、そして鬱陶しい髭を生やした男だった。その男は酒場に入った途端に酒を頼んで浴びるように飲んでいた。
「ついでに、あいつに何か話でも聞かせてやれ」
それだけ告げると、男は髭男以外の仲間を集めて酒場を出て行った。
「っかー!! やっぱ酒はうめぇなぁ! おめぇもそう思うだろ?」
デスが話しかける前に髭男の方から話しかけてきた。既に結構酔っている。デスは一応何か話をしようとしたが、男の方から勝手に次々話し始めた。
「ったくよぉ、陸に上がってから面倒ばかりだぜ。やっぱ海賊は海に生きるもんだ。そう思わねぇか、ああ?」
「そうだな」
「ブッチャーの野郎、ハメやがって。あんにゃろう今度は絶対ぶっ潰してやる!!」
「そうだな」
「命からがら逃げてきたら俺のレイディラックが壊れちまうしよぉ。金が無いってのにうっかりゲッコ族から古文書なんてもの買っちまってよぉ、もう金がすっからかんなんだぜ」
その言葉を聞いた途端、酒場の店主の顔色が変わったが、特に言うべきことでもないだろう。男は更に続ける。
「古文書に書いてあるのがお宝の在り処だって聞いてうっかり手を出したのは間違いだったかもな。何が書いてあるのかさっぱりだしよ、しゃーねえからグレイにくれてやったんだよ」
「そうか」
「まー俺様としてはあいつに古文書の解読をやらせてお宝にありつこうってつもりでここまで着いてきたんだけどよ。もう在り処もわかって神殿に入るための道具も手に入れてんのに、何故かあいつは行こうとしねえでこんなところまで来やがったんだ。古文書に金を出した俺としてはいい加減お宝が欲しいところでな、そろそろあいつとは手を切って他の連中とお宝を取りに行こうと思ってんだ」
「そうか」
デスは何となく、目の前の男が既に出し抜かれているのではないかと思ったが、いちいち言ってやるような親切心は持ち合わせていない。大体海賊はウコムの担当だ。娘の像が盗まれたからといって大勢の人間を平然と巻き込んで殺すような癇癪持ちだが、別に悪神ではない。男を助けるくらいはするかもしれない。
どの道、男が直面している問題は金や古文書などではなく、カウンターで鈍器を取り出した店主なのだから。
暫くすると、また別のパーティが酒場に入ってきた。彼らもまた、デスに真っ直ぐ近づいてきた。
「仲間を外すのか? 面倒だから剣か鎧に替えてやろう」
立て続けに変なものの相手をさせられ、デスは少し不機嫌だった。が、やたらとキラキラしすぎた目の羽根の生えた金髪少年ははっきり首を横に振った。
「いいえ、私はお話を聞かせていただきたいのです!!」
「話?」
今回初めての展開にデスは一瞬戸惑ったが、話を飲み込むとすぐに嬉々としてウクレレとトライアングルを取り出す。
「話か。どのような話を望む? 魂をもてあそんだ魔物の話か、それとも未練を抱いて煉獄に落とされた魂の話か、あるいは法律への情熱が強すぎて冥府に残り続ける魂の話か」
「何故全部魂の話なのですか?」
「我は魂の話しか知らぬ」
「私も故郷のイスマスのことくらいしかよくわかりません。そのことでしょっちゅう仲間に世間知らずと言われますが、あなたもそうなのですか」
「世間知らずか、確かにそうと言える」
考えたことも無かったが、言われてみれば確かにその通り。デスは長いこと冥府に封じられていた。いつからか自由に外に出ることが出来るようになっていたが、デスは結局冥府を出て行こうと思ったことは無かった。昔はサルーインと一緒になって暴れ回ったこともあるが、あの頃よりも今の方が充実していると感じている。魂の管理は己の存在意義なのだ。何度もサボって抜け出そうとも結局冥府に戻るのは、そういうことなのだ。サルーインが世界を破壊しようとしたり、ニーサが世界を見守ることも、ウコムが海で暴れることも、恐らく神の為すことの全てが、その神にとっての存在意義。エロールは……世界を守るのか人間で遊ぶのか、その辺がさっぱりわからない。人間になることを望んだシェラハも未だにわからないが。
「世界を知らずとも、己のあるべき場所のことを良く知っているなら、それで良いと我は思う」
世間知らずであることを開き直った言葉だが、それで少年は何故か感動したように震えていた。
「その通りです! 目から鱗が落ちたようです!! そのような考え方があったとは、私は感動しました!!」
適当な言葉にそこまで感動できるとは、なかなか愉快な人間だとデスは感心した。
その後デスは自分の知る魂の話で、特に数奇な人生を歩んだ魂の話を聞かせていた。その度に少年は感動したり騒いだり悲しんだりと忙しかったが、反応の一つ一つが非常に楽しかった。
こういう人間がいるなら、話をするのも悪くない。
その日の夜、戻ってきたエロールは顔を真っ赤にしてふらふらした足取りだった。確実に酔っている。
「お勤めご苦労様です」
言葉だけはしっかりとしたものだ。本来神が酔うわけもないのだから、顔が真っ赤だったり足取りが覚束ないのはエロールの遊び心なのだろう。適当に返事を返したデスだが、ふとエロールがニヤニヤ笑っているのに気づいて睨んだ。
「何か言いたいことがあるなら言え」
「いえ、随分楽しんでおられたようで」
「今汝を相手にするよりはずっと楽しかったな」
「またいずれ私の代わりをしますか?」
「気が向いたらな」
まだニヤニヤ笑っているエロールを背に、デスは酒場を出た。早速襲い掛かってきたごろつきを始末し、冥府に戻る前にデスはふと、物陰に緑色の物体が転がっていることに気づいた。あの髭男で間違いないが、いつの間にこんなところに放り出されたのだろうと首を傾げた。
神ですら気づかないうちにゴミの始末を終えるとは、あの店主はなかなかのものだ。そしてこんな扱いになっても平然と寝ている髭男もまた、なかなかのものだとデスは感心した。
*****************************************************
基本的にデス様シリーズは時間軸をあまり考慮していません。序盤程度の意識です。
トライアングルとウクレレを持っているので、エルマンの店の話よりは後です。
このページは です 無料ホームページをどうぞ