開拓地の踊り子





 多くの者が夢見て目指す未開の地フロンティアの入り口、ウエストエンド。その町は比較的開発が進んでおり、他の開拓村に比べて活気がある。夜になれば、一日の疲れを癒しに、あるいは未だに残る情熱を発散させる為に多くの者達が酒場を訪れる。
 その中で、一組の若い男女がカウンターで酒を飲んでいた。どちらも20代半ばの外見だが楽ではない人生を送ってきたと分かるほどに顔つきや身に纏う雰囲気が他の人間とは違う。この辺りでは見かけない外見、その上二人ともかなりの美形という事もあって、否応無しに注目を集めていた。主に好奇の視線を向けられ、女は平然としていたが男の方はあまり良い気分ではないようだった。
「ここの連中は、余程娯楽がないのだな。旅人がそんなに珍しいか。」
「そう言ってやんなよ。ここはフロンティアじゃ比較的発展してる方だけど、それでも他の都会に比べたら田舎なんだからさ。」
「それにしても視線が鬱陶しすぎる。もしかしたら、変な誤解でもされてるのかもな。」
 皮肉げに言い放つ灰の髪の男に、少々派手な格好の女が苦笑する。
「あたしはそれでも構わないけどね、グレイ?」
 からかうような女の瞳に、グレイと呼ばれた男は嘆息する。
「飲みすぎだ、バーバラ。」
 ちらりと盗み見る女・バーバラの頬はほんのり赤い。彼女はそれほど酒に弱いわけではないが、彼女のすぐ傍に転がっている酒瓶の数を数えれば、普通なら青ざめてしまうだろう。恐らく勘定も凄い金額になっているだろう。エルマンが卒倒しなければ良いなと漠然と思いながら、グレイはバーバラを窘める。
「金策がままならなくなって喚いても俺は知らんぞ。」
「つれないねぇ。一緒に旅する仲間だってのにさ。」
「お前達に同行する価値が無くなればそこで終わりだ。金欠の旅芸人に付き合ってやる義理も義務も無い。」
 自由のままに生きるグレイらしい言葉だ。バーバラは彼らしい物言いに楽しそうに笑い、肩を竦める。
「それじゃ、あんたに見捨てられないよう頑張るしかないかな。貴重な用心棒が居なくなったら、こっちも大変だしね。」
 その物言いに、グレイは眉を顰める。その程度の賛辞はいくらでも聞いてきたし、今更気にする事でもない。ただ、目の前にいるバーバラは魔物も素手で片付ける実力の持ち主である。正直、グレイが一人抜けても旅には支障は無い筈である。尤も、今彼女らと共に居れば数々の秘境に潜り込み財宝を見つけ出せるので、グレイにとっても利はあるので外れる気はない。戦力は多ければ良い、その程度なのだろうとグレイはあっさりその思考を切り捨てた。
「でもまあ、これだけ飲み散らかしていると後でエルマンが絶叫するかもね。」
 パーティの財政を司る彼の嘆く顔が彼女にも容易に想像できたのか、苦笑して立ち上がる。そして、宵の残った赤ら顔で、更に酔っ払った男たちに呼び掛ける。
「あんた達、あたしの踊りを見る気は無いかい?こんなところでちまちま飲んでても明るくならないだろう?」
 いきなり何をやらかしているんだ、と訝るグレイを尻目に、バーバラは颯爽と酒場の中央に立つ。踊り子らしく流れるような優雅な佇まいに一瞬目を奪われる。
「いいぞ姉ちゃん、やれやれー!」
 が、豪快に騒ぐ男たちの声と口笛の音に、グレイはすぐに我に返る。その時には既にバーバラは男たちの声に答え笑顔を振り撒いている。旅芸人だから慣れているのだろうが、愛想を振り撒くこと自体がグレイには理解できない領域であり、半分呆れたような目で見つめる。
「あたしの踊りに魅了されたらうっかり財布ごと投げたくなるから、自分の手をしっかりと縛り付けておく事をお勧めするよ。」
 明らかにおひねりを狙ってる言い草だが、バーバラ自身が冗談めかして言った上に、彼らに酒が入っている事もあって、男たちは大笑いした。それとも、元々開拓地の人間はそういう人種なのか。どんどん盛り上がる酒場で殆ど素面な自分は場違いに思えて抜け出したくなった。だが、ここで抜けると後でバーバラは煩い。仕方なくグレイはその場に留まって成り行きを見守る事にした。
 中央に立ち視線を集めるバーバラが軽くステップを踏んで、華麗に舞う。その方面の知識の無いグレイには彼女の踊りがどの程度のものなのかは分からないが、何処か心を沸き立たせるものがある。情熱を秘めた舞、と言えば良いのか。それは技術とかではなく、彼女自身が持つ炎のような雰囲気が醸し出すものなのかもしれない。
 男たちの熱狂的な声援と手拍子の中、バーバラは舞う。時に優雅に、時に激しく。酒が入っているからか彼女の顔はほんのり赤く、明かりに照らされると殊更色気が際立つ。
 最後にポーズを決めて動きが止まる。一瞬の静寂の後、割れるような歓声があまり広くない酒場に響く。続いて掛けられるアンコールに彼女は笑顔で応え、その合間にちゃっかり飛んできたおひねりを拾う事を忘れない。強かな女だ、とグレイは嘆息した。
 と、いきなりそのバーバラに腕を引かれ思わずグレイは席を立つ。目の前にあるのは酒と熱気で昂揚したバーバラの微笑み。彼女は良く笑うが、この手の笑みを浮かべている時は大抵ロクなものではない。嫌な予感にグレイがその手を跳ね除けようとするが、細い外見に反して腕力の強いバーバラに完全に捕まれた手は簡単に離れない。
「…何のつもりだ。」
「そんなところで仏頂面してても暇でしょ?一緒にやらないかい?」
 唐突な誘いに、グレイは目を見開く。彼女に色々言われたり絡まれたりする事は常だが、この行動は初めてだ。グレイの手を掴んだまま離さないバーバラを軽く睨み、否定の声を上げる。
「俺は踊れんぞ。」
「立ってるだけで良いんだよ。あんたくらいの美形ならそれだけで様になるもんさ。」
 結局バーバラは一歩も譲る事無く、また観客達の視線がこちらに向いている事にも気付き、グレイは渋々ながら頷く。
「今回だけだぞ。」
 ただ立っているだけの相手に何をするのか…とバーバラの意図が掴めず訝るグレイだったが、そんな思考は無意味だったとすぐに知る。意味深に微笑むバーバラに強制的に手を取らされ、そのままじっとしててと耳元で囁かれる。困惑するグレイを置いて、バーバラは再び舞う。今度はグレイの手を軸に、まるで貴族が好む社交ダンスのように。旅芸人とはこんなものまで出来るのか、と呆れを含みつつも素直に感心し、また彼女の情熱的な世界に引きずり込まれる。特に動いているわけでもないのに踊っているように思わせる錯覚。それは周囲の者達にも同様に働いているようで、ほう…とため息をつく者さえいる。
 こうして間近に居ると分かるが、彼女は踊っている時に一番輝く。きっとそれは天性のものなのだろうと、思わず感嘆の声を漏らす。
 バーバラの腕がグレイの背に回され、観客達に振り返って終了のポーズを決める。さっき以上の歓声が響き、いい加減周囲の家から苦情が飛んでくるのではないかと思ったが、その程度の事は日常茶飯事なのか特に誰も駆け込んではこなかった。
 バーバラへの賛辞の声と口笛と、多少のグレイへの歓声も上がる。きっと彼女の舞に酔いしれていたのだろう、とグレイが漏らすとバーバラは少々驚いたように顔を上げる。
「あんた、気付いてなかったのかい?最後らへんで立ち位置を変えたりしてくれてたじゃないか。」
「…そうか?」
 言われて改めて見回すと、最初に立っていた位置より僅かにずれている気がする。とはいえ記憶には無いし確証は無かったから特に気にしなかった。柄にも無く熱気に浮かされていたと考えるのが嫌だったのかもしれない。
 また素っ気無くなったグレイから離れ、バーバラは観客達に愛想を振り撒く。そしてやはり飛んできたおひねりを見事キャッチする。ちゃっかりしている彼女の姿を横目で見やり、グレイは本気で呆れたようなため息をついた。
「そうやって稼いでいたのか。殆ど大道芸だな。」
「そう言わないでよ。これも結構貴重な収入源なんだよ。」
 皮肉の篭ったように聞こえるグレイの言葉をさらっと受け流しバーバラは笑う。グレイも、そうやって受け流すバーバラがまともに皮肉が通用しない人間である事などとうに分かっていたので、彼もそのまま流す。
 その手に大量の金を抱え、バーバラはいたずらっぽい目になる。
「これで、今日の酒代は何とかなるでしょ。」
 得意げにウインクするバーバラに、グレイは何も応えなかった。ただ心底「食えない女だ」と口には出さずに毒づいた。
 カウンターに戻ったバーバラとグレイに、酒場のバーテンが酒瓶を開けながら声を掛けた。
「姉さん達、旅芸人かい?見事な踊りだったよ。」
「ありがとう。でもこの人は…まあ用心棒みたいなもんかな。」
「そうかい?でもその兄さんだって美形だから、芸人としてやっていけると思うけどな。」
 カラカラ笑うバーテンにグレイは眉を寄せる。そのバーテンが暗にグレイを優男と評しているのが気に入らないらしい。あからさまな態度に隣のバーバラが気付かないわけがないのだが、彼女は敢えて気付かない振りで笑い返す。
「でしょ?でもこの人無愛想だから、致命的に芸人向きじゃないのよ。」
「はっはっはっ、そりゃそうだな。だが、さっきの踊りは本当に良かったよ。これからも定期的にここに来てくれると嬉しいんだがな。」
「気が向いたらね。あたし達も色々あるから、一箇所に留まるわけにもいかないし。」
「そうか。ま、気が向いたらいつでも来てくれよ。」




 暫くバーテンと話した後、漸くバーバラとグレイは帰路についた。グレイは未だに少々不機嫌なようだが、ふとバーバラが手にしているものに目を留めて尋ねた。
「また買ったのか?」
 彼女が手にしているのは一本の酒。高級では無さそうだが、あれだけ飲んだ後にまた買うとは、と白い目を向けるグレイに、バーバラが即座に首を振る。
「違うわよ。さっきのバーテンから貰ったのよ。踊りのお礼って事で、あんたと飲めってさ。」
 バーバラが目の前で楽しそうに酒瓶をちらつかせるのを見て、それもまた悪くないと頷いたグレイだった。
「…ん?何か書いてあるぞ。」
「え?」
 グレイが指差した部分は、酒瓶のラベル部分。そこに少し小さな文字で「夫婦・恋人で飲むのにお勧め!」と書いてあった。さらっと見るだけでは見逃していたかもしれない大きさで、グレイが見つけたのも殆ど偶然と言える。
「やっぱり色々誤解されていたな。」
「まあ良いじゃないの。別に夫婦や恋人でないと飲んではいけない、ってものでもないでしょ。」
 呆れるグレイに、バーバラはひたすら笑う。まだ酒が残っているのか、それとも彼女のツボに嵌ったのかは分からない。どちらにしろ、いつもの事なのだとそれ以上突っ込む気も起きず二人はそのまま酒と共に宿に戻った。


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これでもグレバー主張なSS、そんなものです。
グレイが結構皮肉っぽい事ばかり言ってますが、アレは多分大半が本人にとっては皮肉ではないんです。元々まともな人生送ってない感じなので、普通に思ったことを口にして皮肉になってしまう奴なんだと思います。そして、それをさらっと受け流せる大人なバーバラさんが書きたかっただけです。
勿論、これは完全にミンサガ仕様です…

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